224.“狐の少女”と“五剣姫”
お待たせしました。
ではどうぞ。
『“闇市”……やはり大体の問題はそこに行きつくか……』
『調査をせよ、との命はありましたが、いよいよ放置できなくなってきましたね……』
シルレとカズサさんの納得するような呟きを耳にしながらも。
俺達はオリヴェアの次の言葉を待った。
ただ言っていいものかどうか、しばし躊躇う様な間が出来る。
しかし、オリヴェアは決心するように力強く頷いたのだった。
『ここまで来ると、もう皆さん無関係ではありませんからね……お話します。私がその少女のことを知った経緯を――』
オリヴェアは話すべきことの整理をする時間をとるためか、俺、ルオ、そしてラティアを順に見てから口を開いた。
『……ルーネに“闇市”調査を命じた経緯は、勿論、五剣姫としての任務という意味もありました。ですが本音ではルーネのお姉さん――レイネさん捜し、という意味合いが強かったんですの』
ああ、そう言えば以前そんな風に言ってたな。
ただそのために再会が結果的に遅れることになってしまって、その点についてはなんとも言い辛い感じだが……。
『ですので、私が直接、その狐の少女も一緒に捜すよう命じたということではありません。その少女の情報を私にもたらしたのは同じ“五剣姫”――“タルラ”ですの』
『あいつが!? というか、来たのか、ここに!?』
『まさか神出鬼没のあの子が……』
同じ“五剣姫”というだけあって、名前が出ただけで二人が驚いたような反応を示す。
『確か……王都近くに領地を持つ方、ではなくて。貰った“剣”の能力で、離れながらにして領地経営をこなしている方、でしたかね?』
織部は以前にも話を聴いているのだろう。
その確認に、シルレが頷きで返したのを見てから、オリヴェアは話を続けた。
『異民族の出で、幼いながらも一騎当千の力を持つ寡黙な少女です。ですので誰かに頼るということもなく、敵を作りやすい子でもあるんですが……』
その前置きに、シルレもカズサさんも否定の言葉は挟まない。
つまりはオリヴェアの言ったことは大体合っている、ということなんだろう。
『その“タルラ”がオリヴェアさんに、頼って来た、と?』
オリヴェアは首を縦に振ることで、カズサさんの発言が正しいのだということを示す。
『曰く“偶然出会った、でも自分の孤独を、苦しみを、救ってくれた少女”だと。ただ彼女がその狐の少女と別れた後、運悪く人攫いに遭い、闇市にいるかもしれないらしいです』
「なるほど……」
つまり、シルレが織部を介してカズサさんと協力関係にあるように。
オリヴェアも、その五剣姫である“タルラ”って子と手を結んでいるって訳か。
同じ“五剣姫”という地位にはあっても、横の繋がりがあるとはあまり聞かなかった。
個人主義が強く、こうして協力関係を築けるのは珍しいことだという認識だったが……。
「あっ、だからレイネの妹を潜入に向かわせても、全然焦りなども無かったんですね……」
ラティアが声を抑えながらも、そんなことを呟く。
小声なのは、話の邪魔をしないようにという配慮からだろう。
「ん? どういうことだ?」
「いえ、以前“闇市”が“貴族も御用達”の場だという話を聞きましたよね?」
「ああ……」
ルオと共に、ラティアの声に意識を割く。
ラティアはDD――ダンジョンディスプレイの画面向こうを気にしながらも、自分が理解したことを聞かせてくれる。
「えっと、ですから、警備も厳重でしょうし、秘密裡に行われている非合法な市場だと思います」
「ああ……そっか、つまりすっごい危険な場所なんだよね?」
ルオの要約に、ラティアは頷きで返す。
そして画面向こう、シルレやカズサさん、そしてオリヴェアを順に見て言った。
「そんな所に腹心とは言え、レイネの妹だけを向かわせても安心できている――要するに、その五剣姫の方も同行しているんだろうな、と」
丁度似たような話を向こうでもしていたのか、織部が感心するように頷く動作をしていた。
『そりゃそうですよね~! そんな危ない場所にうら若き美少女一人だけ向かうなんて、ゲームなら捕まってトラウマもののエッチぃシーンが始まっちゃいますもの』
「はぁぁ……そういう知識に詳しいのって普通さ、男子じゃないの? 何でお前がそんな玄人っぽく“分かる分かる!”ってしたり顔してんだよ……」
『あ~! 新海君いけないんですよ~そう言うの! 差別です! 断固抗議します!』
うわっ、面倒臭い……。
『……ニイミ様、放っておいても大丈夫ですので、ご心配なく』
「ああ……サラの言葉に甘えさせてもらうよ」
悟ったようなサラの表情を見て、申し訳なさを覚えつつも。
俺は、専門家に対応を任せることにした。
『さっ、カンナ様、大事な話の最中です、お静かにしましょうね』
『あっ、ちょ、サラ!? 痛っ、痛いです! 横腹の皮膚を摘まむのは無しですよっ!?――』
…………。
ふぅぅ、静かになったな、うん。
「……スマン、続きを頼む」
『は、はぁ……え、えっと、とにかく。タルラと私は共同戦線を張ることに致しました。レイネさんと出会えた今となっては、その狐の少女を何とか助けたいと思っておりますの』
オリヴェアはそこまで一息に言い切って区切り、呼吸を整える。
そして強い意志を秘めた目でもって、改めて告げたのだった。
『――狐の少女の名は“ロトワ”。遠い遠い東の島国、そこで“時の巫女”をしていた、とても特殊な力を持つ“狐人”だそうですわ』
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「――そかそか、良かったじゃん! レイネちゃん、妹さんともう直ぐ会えるかもなんだね?」
「ああ! ……えっとその、ありがとう、リア」
照れながらも、逆井に感謝の言葉を述べるレイネ。
その姿を見て改めて、先日の話を早めに伝えておいてよかったと思う。
今日ウチへ泊りに来た逆井には、織部の近況を簡単にだが話しておいた。
そこから直ぐ、織部に関する感想が出てくるのではなく。
こうしてレイネのことを素直に祝福してくれるところに、逆井の人の良さが出ているように感じた。
コイツ……本当見た目は遊んでそうなギャルっぽいんだが、中身はマジで良い奴なんだよな……。
「で、で? 新海、今日は律氷ちゃんも修学旅行明けで来るんでしょ? もう色々と良い事全部ひっくるめてさ、パーッと行かない?」
「テンション高いな……まあ金曜だし、夜更かしも悪くはないが……」
逆井のはっちゃけ具合に苦笑しつつ。
流石に皇さんとルオは日を跨ぐ前に寝そうだなと想像する。
今日は珍しく、逆井と皇さん二人のお泊りだった。
しかも皇さんがウチに来る機会など滅多にないだろうから、色々とこっちも緊張気味だ。
お金持ちの御嬢様だしな……家を見て“あら、陽翔様、ここは犬小屋か何かですか?”とか言われたらどうしよう……。
いや、流石に皇さんがそんな心を抉るようなことは言わないか、うん……。
「マスター、ところでさ……シイナって来るの?」
「…………」
ソファーに腰かけるリヴィルからの、純粋な質問。
それに対して、俺は沈黙。
というか、俺もそれは知りたい。
「えっと……逆井、何か聞いてるか?」
「え、アタシ!? いや、何も聞いてないけど……でも律氷ちゃんが来るんでしょ? 椎名さんも来るんじゃない?」
そっか……。
俺は出来れば顔を会わせたくない派なんだけどな……。
ただ、皇さんの修学旅行先に密かに付いて行って。
椎名さんも勿論じゃあ戻ってきているはずだから、一緒に来てもおかしくはない。
だから念のため“3人”泊ることを想定して準備は進めてきたつもりだ。
けど、けどなぁ……。
「あ、あはは……新海、そう落ち込むなし。椎名さんも、流石に家主にガン攻めしてこないっしょ?」
「そうだと良いけどな……――っと?」
メールが来た。
この音楽は……うげっ。
「あれ、新海? どしたん、メール出なくていいの?」
逆井は誰から来たのか分かってないからだろう、不思議そうに音がする俺のポケットを見つめて来た。
「いや……うん、まあ出るよ」
渋々、スマホを取り出す。
果たして、やはり送り主は今正に話題に出していた椎名さんだった。
胃が痛くなる思いでメールを開ける。
すると……あれ?
「……椎名さんからだと思ったら、よく見ると皇さんからっぽい」
「へぇぇ……何て?」
走り読みだったのを、しっかりもう一度読み直す。
確かに着信音も、そしてメールの表示も“椎名さん”のものだった。
だが、本文の内容からして、これを書いたのは皇さんだと思った。
『陽翔様。後5分もすれば御家に到着すると思います。ただ、一つだけ陽翔様、そしてルオさんに。椎名のことで謝罪しなければならないことがございます。チャイムを鳴らした後、ドアを開けた際、先ずはそのことについて話をさせてください』
「うん……もう直ぐ着くって」
「あ、そうなん? 楽しみだな~!」
盛り上がる逆井に反して、俺は自分の中に次々と生まれてくる不安を感じていた。
これ……もしかして椎名さん、隠れて付いて行ってたのバレたっぽい?
何か文面が皇さんおこ、または激おこっぽいんだよな……。
そんな懸念に頭を悩ませる間もなく。
――ピーンポーン。
チャイムが鳴った。
どうやら着いたらしい。
キッチンで料理の準備をしているラティアやルオはそのまま続けさせ。
逆井とリヴィル、そしてレイネとともに玄関まで迎えに行く。
ドアを開けるとそこには別の人がいた――なんてことはなく。
皇さんと椎名さんが、二人揃ってドアの前に立っていた。
そして俺の姿を認めると、皇さんは直ぐに頭を下げる。
「陽翔様、この度はお招きいただきありがとうございます。そして申し訳ありませんでした。ほらっ、椎名――」
皇さんに促されるようにして、椎名さんが前に進み出る。
その顔は羞恥で真っ赤に染まっているように見えた。
それだけでなく、今すぐこの場から逃げ出したいというように震える体、そしてこれから起こる未来への絶望を思わせるその瞳……。
し、椎名さん、やっぱり……。
――瞬間、覚悟を決めたかのように、椎名さんが弾けた。
「――きゃっ、きゃぴ~! 新海様、シ、シイナですよ~! きゃわわ~☆ 御嬢様と一緒に、シイナのことも、好きになってくれたら嬉しいな~、アハッ!」
時が止まった。
なるほど、椎名さんは時を司る能力者だったらしい。
このどうしようもない状況を見かねてか、皇さんが再度頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。椎名が、陽翔様にこれを見せるのが一番恥ずかしいというので……」
今も目の横にギャルっぽいピースを構えた椎名さんがプルプルと震えている。
……相当“メイドアイドル ナツキ・シイナ”が嫌らしい。
「でも、私のために付いてきてくれたということで、どうすればいいか迷って……その、私も雇い主として、連帯責任を感じております――ですので、私も!!」
皇さんが椎名さんを真似して弾けようとした。
が、自分が一番恥ずかしいと思う挙動を、主人にはさせられないと思ったのか、庇うように更に前に出て――
「――りょ、両手に萌えを! む、胸には奉仕の精神を! そして全身に御嬢様への愛を詰め込んだ、メイドアイドル、ナツキ・シイナ2X歳! 新海様、貴方の心にも、奉仕ビーム、撃っちゃうぞ、ビビビビー!」
「…………」
今、椎名さんの心の叫びが聞こえた気がした。
“もういっその事殺して下さい……”と。
とりあえず玄関前ですることじゃないと我に返って、二人を迎え入れたのだった。
……この後、泊まりなんだよね?
この空気で1日、同じ屋根の下で過ごすのか……。
フッフッフ、シリアスっぽい話が続くかと思いましたか?
残念、椎名さんの地獄の一日が待ってました!(白目)
椎名さん、強く生きてください……。
感想の返しはまた、午後に時間を取りますのでその時になるかと思います。
ですので申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください!




