223.違う、勇者じゃないから!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「えへへ、またこれからカンナお姉さんとお話なんだよね? 楽しみだな~!」
「え、ええ……そうですね、カンナ様はとても愉快な方ですから、私もお話できるのが待ち遠しい限りです」
ラティアが笑顔を浮かべて同意する。
が、その笑顔は俺の角度から見ると、若干の緊張で強張っていた。
……ってか内心でも動揺しているのか、織部のこと“愉快な方”とか言っちゃってるし。
ただそれは、ラティアの前で抱きかかえられるようにして座るルオからは見えないものだった。
ルオはすっかり織部のことを気に入ったらしく。
織部と話す時は出来るだけ同席したいと言ってきたのだ。
「…………」
「…………」
俺とラティアはルオにバレない様、目線だけで意思を確認し合う。
ルオかレイネがいる場合はいつもこうして気を使うのだ。
こっちは織部の“勇者要素”がバレてしまわないかとヒヤヒヤしているってのに……。
だが悪い事ばかりでもない。
こうして少しずつでも、織部への友好度を上げて行ってくれれば。
いつしか勇者であるとこを打ち明けても、大丈夫な日が来るかもしれないからな……。
「さて、じゃあ早速繋ぐか――」
俺はDD――ダンジョンディスプレイを取り出して、織部のDDへと連絡する。
レイネはリヴィルが引き付けてくれている。
“今度可愛いウサギさん映像を、バニーガール姿のリヴィルと一緒に見る”という謎の取引で買収済みだ。
「……あっ、繋がった! 繋がったよ!?」
「こ~ら、ルオ、分かりましたから、あんまりはしゃいだらいけませんよ? それにしても……誰も画面に映りませんね」
疑問に首を捻るラティアの言う通り、DDは繋がりはしたものの、町にある木々を映し出すのみ。
そこには誰の姿もなかった。
『――あっ、えと、あの、ニイミ様、今はちょっと取り込んでいて……』
おっ、サラか。
「ん? どした、何か困りごとか?」
聞こえて来た声に反射的にそう対応する。
ただサラの声は焦っているというよりは、むしろ状況に困惑しているという方が強かった。
『その、どう説明すればいいか――』
その時、サラの言葉に被せるように、シルレ達の声も聞こえて来た。
『――おい、これどうするんだ!?』
『何で私に聞くの!?』
『カズサの方が詳しいだろう!』
『詳しいわけないでしょう! でも、これを領民に見せるわけには――』
……。
珍しくシルレとカズサさんが言い争っていた。
かなりヒートアップしていて、でもお互い何とか声を抑えようとしている風にも聞こえる。
「確かにお取込み中……のようですね」
「……どうするの、ご主人?」
「うーん……サラ、DDは織部から預かったんだろ? 一旦俺達にも状況を見せてくれ」
俺の提案に、サラが迷う間が一瞬だけあった。
しかし、むしろ俺を介入させた方がいいだろうと判断したのか、直ぐに申し出を飲んでくれる。
『分かりました、ニイミ様、お願いします――』
画面が動く。
あちらのDDが持ち上げられたようだ。
そして景色が変わる。
あのオリヴェアの住んでいる館が映し出された。
どうやら今、サラ達はその裏庭辺りにいるようだ。
そしてサラが映し出したのはその建物ではなく――
『――ちょっとオリヴェアさん! それに新海君の血は付いていませんよ!? それは私が貰った新海君の体操着です!!』
『で、ですがここから旦那様の濃い匂いが、いえ、もう今は血じゃなくてもいいんですの、旦那様の体液が混ざっていればそれで――』
『ぐぬっ!! え、えーっと……あっ、そうだ! それは実はもう既に私が何度も何度も地肌の上から着て、更に口に含んでもいるんです! ですから、新海君菌は既に私が全て楽しんだも同然で!』
『い、いえ!! 以前旦那様から送っていただいた飲み物で、間接キスというものを学ばせていただきましたわ! なら、他人が着ていようと問題なく旦那様エキスの間接摂取が可能かと――』
織部とオリヴェアが、元俺の体操着を引っ張り合っている光景だった。
しかもオリヴェアの顔は、何かの禁断症状でも出ているみたいな凄い表情をしていて……。
更にそれに対抗する織部も織部で……。
……何だこりゃ。
「…………」
「えーっと……これ、どういう状況なの?」
「こ~らルオ、ご主人様が一番聞きたそうなことを、ご主人様に聞いてはいけませんよ?」
うん……ゴメン、ラティア。
『あの……ニイミ様?』
「……スマン、サラ、ちょっとだけ放置することを許してくれ」
『えと、ニイミ様!?』
俺はしばらく思考停止せざるを得なかった。
……そして再起動。
立ち上がり、一度部屋を後にする。
幾つかの空のペットボトルに水道水を注ぎ込んだ。
後はもう今では手慣れたリストカットならぬ、フィンガーカット。
滴り落ちる血をペットボトル内へと垂らしたら完成だ。
蓋を閉じ、全てを部屋へと持っていく。
そしてDDで転送した。
「――サラ、後は任せた」
『は、はい!!』
受け取ったペットボトルの1本を抱えて、慌ててオリヴェアの元に走るサラ。
キャップを開け、“オリヴェア、それ血やない、俺の体操服や!”状態の吸血姫へと強引に飲ませた。
『うぷっ……っ!! ――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ふぅぅ』
表情穏やかに戻ったオリヴェアを見て、騒動を治めることに成功したと理解する。
「……何だか大変だね……あれ? カンナお姉さん、何してるんだろう?」
ん?
ルオの指差す方へと視線を向ける。
そこには誰も見ていないだろうことを確認している織部がいた。
『ふぅぅ……全く、油断も隙もあったもんじゃないですよ。危うく奪われるところでした』
織部はDDの存在を忘れているのか、恥じらいなく服の裾を捲る。
そこに、放さず握っていた体操服をパンツとの間へと捻じ込むように挟んだのだ。
そしてちゃんと隠れるように服を下ろして……。
……いや、どこに体操着を隠し持ってんだよ。
油断も隙もないはこっちのセリフだわ。
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『……その、お見苦しい所をお見せしましたわね』
流石に恥ずかしい場面を見られた自覚はあるのか……。
執務室へと場所を移したオリヴェアが、咳払いしながら先程の騒動を謝罪した。
「……今後もちょっとずつ改善してくれればいいから」
また纏まった量の血を送り、それを希釈して飲むよう指導はしておいた。
……まあ、あの最初みたく、オリヴェアがオリヴェアでなくなるレベルじゃないだけ改善してはいるからな。
その証拠に……。
「……? どうかなさいましたか、ご主人様?」
ラティアとオリヴェアを見比べる。
オリヴェアは今、全てが栄養源となる異性の血を飲み始めたからか、以前に増して肌艶や表情、存在全体に色気が増しているように見える。
ラティアも、最初に出会った当時は体が痩せ細っていた。
でも地球の栄養ある食事を通して、サキュバスとしてどんどん際限なく魅力ある容姿・体型へと今も成長・進化し続けているのだ。
それを思うと、オリヴェアへの血の提供を通してラティアの成長を振り返っているようで。
何だか感慨深いものがあるな……。
「いや、何でもない」
「そうですか? フフッ、何もなくても、私はいつでも構いませんよ?」
「は、はは……」
その分、毎日食われやしないかと気が気じゃないがな!
『あっ、それと、旦那様にもお知らせしておきますが、レイネさんにもお伝えください。ルーネはおそらく10日後くらいに戻ってきます』
おお、そうか!
それは朗報だ。
「やったね! レイネお姉ちゃん、喜んでくれるかな!?」
「ええ……きっと。また後で伝えてあげましょうね?」
「うん!」
ルオとラティアは勿論。
俺もその報告を聞けて素直に嬉しい。
10日後となるとちょっと先になるが、予定は頑張って空けておこう。
『――さて、そろそろ本題に入ろう。“鏡”の話、だったな?』
シルレが話を促す様に、俺へとそう確認してきた。
「ああ。織部には直接話したと思うが――」
あのダンジョンでリヴィルや赤星と見たことを、シルレ達にも改めて語って聞かせた。
「……という訳だ。本当なら直接見てもらって、意見を聞く方がいいんだろうが……」
『ああ、いえ、“回数制限”があるんですよね? なら無理することもないですよ』
カズサさんが俺の心配を先回りして、そう気遣ってくれる。
目礼で返すと、カズサさんも気にしなくていいというように小さく笑った。
……この人も、普通の状況ならまともなんだけどな。
だがこれでも梓の姉である。
一癖も二癖もあることは受け入れよう……。
「それで……どうだろう? 何か心当たりというか、その“鏡”や少女、どういうものか分かるだろうか?」
『うーん……先にカンナに伝えた以上のことは、私は何とも』
『ですね……私も、シルレに同じく。ただ“精霊のお礼鏡”に関して知りたければ梓の方が詳しいかと』
なるほど……。
シルレとカズサさんからは追加情報なし、か。
『新海君、その狐の女の子、可愛かったですか?』
「は? 何だ、その情報いるのか?」
『勿論です! 可愛いかどうかは重要じゃないですか!!』
『そうなんですの? 何かそんな情報で分かる能力が“勇者”に――』
「――へ……“勇者”?」
ギャァァァァァ!!
ルオのそのあり得ない程の無感情な呟きを聞き、一瞬にして背筋が凍る。
その切っ掛けとなったオリヴェアはキョトンとしている。
一方の織部は、完全に俺と同じ危機感を共有したような“ヤバい!?”という顔をしていた。
そうかっ、オリヴェアにはルオの事情は流石に言ってないか!?
「ねえご主人、今、“勇者”って聞こえたけど――」
いつもの天真爛漫なルオはどこへ行ってしまったのか。
そう思う程冷めた声で……――ええい!!
「――ルオッ!!」
「え――うわっぷ!? ご、ご主人!?」
ラティアの前に座っていたルオを、真正面から引っ張って抱きしめた。
強引にその顔を俺の胸に埋めさせる。
流石のルオもいきなりのことで混乱しているらしく、腕の中で小さくだが藻掻くように暴れていた。
「ルオ、何かの聞き間違いだ! えーっと……そ、そう! “余裕綽綽”! 余裕綽綽って言ったのが多分そう聞こえたんだな、うん!」
「え!? でも……」
ええい、何でそこで常識観を発揮する!!
俺はラティアに目配せし、援護を求めた。
すかさずラティアも頷き返し――
「そ、そうですよルオ。私もそのように聞こえました。そしてご主人様はルオのことをしっかりと好きだと! 余裕綽綽でルオのことを愛しているんだ、と。今のハグはその気持ちの表れなんですよ!」
くっ、いささか強引だが背に腹は代えられない!
「う、うぅぅ……うにゅ、そ、そうなの?」
「ああ!」
再び強く頷き返すと、ルオはようやく納得してくれたらしい。
腕の中で暴れる力も収まり、いつしか抵抗しなくなった。
そして抱きしめられたまま、顔をギューッと俺の胸に押し付けている。
……ふぅぅ。
『グヌヌッ……うら、やましくなんて……無いです』
『カンナ様……顔、顔が正直に物語り過ぎてますよ?』
どうやらあちらも、オリヴェアへの突貫での説明は終えたらしい。
はぁぁ……マジでヒヤっとした。
流石に今回はバレたと思ったが……。
「……えへへ、ご主人の匂い、うん、えへへ……」
まあ……今は回避できてよかった、それでいいかな。
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「――で、狐の少女と、後“鏡”の話なんだが……」
ドッと疲れた後だし、追加の情報が出るとはあまり期待していなかった。
が、そこで思わぬ声が上がる。
『――あの、一つ確認というか、お聞きしたいことがあるのですが……』
恐る恐る手を挙げたのはオリヴェアだった。
オリヴェアは、迷った挙句、織部に尋ねる。
『えと……旦那様やあのお二人は異世界にいる、ということでよろしいんですよね?』
『はい、そうですね……えっとどこまで話せばいいか……』
しばらく織部のレクチャーが続いた。
ルオだけでなく、俺達の事情をかいつまんで説明する。
それを聞き終えたオリヴェアが一つ、力強く頷いたのだった。
『やはりそうですか……異世界と聞いていたので、頭から可能性を排除しておりましたわ。ですがその話を前提とするのなら、あり得るかもしれません』
『? おい、どういうことだオリヴェア』
シルレの問いかけに一瞬、嫌そうな表情を浮かべる。
だが、最終的にはそれに答えるようにして、オリヴェアは言った。
『――その“狐の少女”。もしかしたら私、知っているかもしれません』
そして、出会ってから今まで、彼女が語ってくれたことを一つ一つ繋げるかのように。
オリヴェアはゆっくりと話の核心を告げたのだった。
『というか……ルーネが潜入捜査している“闇市”。そこのオークションに出品される目玉商品の一つと目されるのが、特殊な能力を持つ“狐人”なんですの』
織部さん、オリヴェアさん、そしてルオ……。
この3人が一同に会するだけでこうも予定していたことから外れていくとは……。
……とりあえずルオは地雷製造士1級に認定します。




