218.修学旅行……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「ねぇねぇ! 立石君、モデルのオファーとか来てるの!?」
「この前のバラエティー番組見たよ! 立石君、3問も正解してたよね!」
「あのさあのさ! 今日と明日の自由時間、一緒に行動しない!?」
新幹線内での自由時間。
思い思いに席を移動し、各自が修学旅行を楽しんでいた。
教師も流石にこの程度では目くじらを立てたりしない。
……まあ、俺としてはちょっと寝れないな、とは思うけど。
女子ってなんでこうも元気なんだろうね……。
「はは、でもそれも確か班行動だろ? 俺、ちゃんとクラスの男子と班、組んでるから」
「えぇぇ、良いじゃん良いじゃん! 何ならその人達も一緒でいいしさ!」
「むしろ放っといてもいいじゃん他の男子はさ? 皆言わないけど班行動って建前でしょ?」
どうも他の男子Aです。
いや、気が合うね、俺も一人でいたいからさ……。
……ちょっとそこのこめかみを痙攣させてる先生に、もう一回同じこと言ってやってくれ。
「…………」
「あ、あはは……ゴ、ゴメン先生嘘です嘘! ちゃんと班行動しまーす!!」
金剛力士像のような体育教師に睨まれ、立石の周りに集まっていた女子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
……が、何故か俺も睨まれる羽目に。
このオッサン、本当俺に恨みでもあんの?
体育の時だって“おら~二人組作れ~”って俺に嫌がらせして来るし。
「……ちょーっとトイレにでも、行ってこようかな」
誰に言い訳するでもなくそう呟きながら立ち上がる。
そして体育教師の視線から逃れるようにその場を離れたのだった。
「――およ? あはっ、新海じゃん、どしたし?」
「……逆井か」
トイレの近くの席に、逆井が一人で座っていた。
他の生徒たちからは席4つ分程離れている。
「いや、トイレだけどさ……お前こそどしたの?」
「アタシ? アタシはここでゆっくり寛ぎ中。先生たちが気を利かせてくれたんだ」
話を聴くと、どうやら先生がいつも忙しく頑張ってる逆井と席を変わってくれたらしい。
普段だと他の生徒の手前、あからさまな贔屓が出来ない分、こういう時のちょっとした気遣いなのだろう。
「ふーん……そか。じゃあ邪魔しちゃ悪いな」
「っていやいやいや! え、ここでUターン!? 新海ノリ悪っ!?」
えぇぇ……俺トイレ来ただけなんだけど。
仕方なしに、3つ手前の開いている席に腰かける。
ここの元いた生徒も立って他の場所へと行っているらしい。
「マジでか……もう、新海のばか」
後ろの方から俺を罵倒する声がする。
酷い……気を使ってる結果なのに。
と、そんなことを思っているとメールが来た。
……誰かと思ったら逆井だった。
『マジ意味わかんないし! もう! プンスカッ!!』
やはりメールには逆井特有の謎絵文字が添付されている。
コック帽を被った豚が、菜箸を手にトンカツを揚げている絵だった。
……どういうこと?
「いやしゃべれよ……」
中腰になって後ろを向くも、逆井は知らんぷり。
仕方なしに座席に腰を下ろす。
……また来た。
『……で、新海、“K”へのお土産、何か考えてんの?』
ああ……“織部”への土産ね。
この“K”とはつまり、逆井が織部の名前を出す時の隠語みたいなものだった。
“柑奈”の“K”ってことだ。
……ちなみに今度は豚がラケット片手に卓球をしている絵だ。
今逆井は豚ブームなのかな?
「“一応な……八つ橋とか有名だろうから、多分食べ物系かな”」
『ふーん……アタシは着物でも買おっかな! アイドルとか探索士のおかげでお金は一杯あるし! K、紐の付け方とか分かるかな?』
着物の帯紐……誰か使い方教えないと、アイツ、絶対別の用途で使いそう。
人生に絶望している人と同じように、織部に対して紐状の物を与える際は注意が必要だった。
「“さぁな? ――ってか、お前、もうちょっと修学旅行らしいことしたらどうだ? 何気ない会話でも、女子友とかと話してたら思い出になったりするらしいぞ?”っと」
それを送ると、しばらく返信が来なかった。
いつも頑張っているだろう逆井へのちょっとした気遣いのつもりだったのだが……。
そうして痺れを切らし、後ろを振り向こうとしたところでようやくメールが届いた。
が、それには本文は無く。
代わりに付されていたのは“あっかんべー”としているものと。
そして縄でグルグル巻きにされた豚が、煮え滾るマグマの上で吊るされている絵文字だった。
え、どういうこと!?
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――はい、では先程も確認しましたが、大事なことなのでもう一度繰り返します!」
宿泊先のホテルにて、再度、教師により連絡事項が告げられる。
「本日向かう予定だった観光地が急遽、残念ながら臨時休業となりました。ですので余った時間は自由時間とします!」
生徒達の反応はそれぞれ違っていた。
日本の観光名所を訪れることが出来ず残念がる者。
あまり歴史的なことに興味がないために、急に出来た自由時間を歓迎する者。
とりあえず既に帰りたくなってきた者……などなどだ。
……いや、最後は別に俺じゃないよ、うん?
「皆さんは京都の地理に不案内でしょうから、出来るだけホテルからは離れないで下さい! ただ、時間通りに戻ってきてくれるなら周辺を散策するも、部屋で時間を潰すも自由です!」
何かあった場合の教師への連絡先が告げられ、解散となる。
一先ずは部屋に戻ってどうするかを考える者が大半のようだ。
俺は……うん。
「外にでも行くか……」
「あぁぁぁ……っっ、ふぅぅ」
新幹線やバスで凝り固まった体を伸びでほぐす。
周辺はビルや商店、コンビニなど建物が沢山並んでいる。
それだけを見ると他の都道府県と変わりないように思える。
しかし、しばらく歩いていると、何となく心がワクワクして来るのだ。
「……何か、ちょっと、京都っぽいな」
特別な伝統ある建造物が一つ、有るわけではない。
でも、全体としての並びが整理され、綺麗に配置されているように感じる。
碁盤の目のように市内の通りが出来ているということもあるのかもしれない。
親しくもない者で出来た班員で、互いに気を使いながら歩いていては、きっと感じることが出来なかっただろう。
一人でしか感じられない調和のとれた風情のようなものを、短いながらも満喫できた時間だった。
「ん? 電話? ――はい、もしもし?」
『――あっ、隊長さん? 今大丈夫だった?』
突然かかって来た電話は、レイネからだった。
家の固定電話かららしい。
「おお、今丁度さ、一人だから、うん、今が偶々一人だっただけだから」
修学旅行が始まって以降、複数人でコミュニケーションを取りながらの行動が、未だ数える程だということは勿論伏せておく。
『? えーっと、まあそれならいいか。えっとさ、また宅配が届いたんだけど……』
その言い辛そうな、どう扱えばいいか戸惑うような声に、思わず声を上げる。
「え!?」
何となく、昨日の今日だからか、また目覚まし時計かと想像してしまう。
果たして――
「もしかして……」
『……うん、開けてないけど送り主が“サカイリア”、“アカホシハヤテ”“サクラダチハヤ”だって』
「ウソッ!? 3つ!?」
昨日より増えてる!?
目覚まし時計でしょ!?
そんなに使わねぇよ!!
「そ……そうか、一応開けて確認してみてくれるか?」
レイネに開封の許可を出し、しばらく待つ。
『……見事にどれも目覚まし時計だな』
「Oh……」
額に手を当て、しばし思考停止に陥る。
再び回復した頭を働かせ、レイネに保管しておくように頼んだ。
「はぁぁ……何で修学旅行に来てまで、目覚まし時計に思考を割く羽目になるのか……」
頭が痛くなる想いだったが、これがどういうことなのか流石に聞かずにはいられない。
一番近くにいるだろう、送って来た当の本人に電話を入れた。
『――はい? え、いきなりどしたし!?』
「……逆井か、今大丈夫か? ちょっと聞きたいことがあるんだが」
何か奥の方からキャピキャピと楽しそうな話し声が聞こえてくる。
……グループで行動中か?
『あ、うん! 大丈夫だけど――え? バッ、違うし! ぜ、全然彼氏とか、まだそういうんじゃないし!!』
早口で否定する逆井の声。
女子仲間から何か言われたらしい。
……かけ直そうかな。
『ゴメンゴメン、今もう一人になったから。で、本当にどしたの?』
俺は真面目な声になった逆井に、目覚まし時計の件を告げた。
すると、変な話じゃなかったと安心するように、逆井は笑い声をあげる。
『あはは! な~んだ、それね! アタシの、届いたって?』
「何で楽しそうなんだよ……ああ、さっき届いたって電話があった。だから直接見て確認したのは、昨日届いた志木のと、後は皇さんのだ」
『はは、かおりんと律氷ちゃんのか~! どうどう、律氷ちゃんのはムチャ可愛いだろうし、後さ、かおりんの、びっくりしたっしょ?』
ああ、やっぱり逆井も送って来ただけあって中身は知ってるってことか。
「ああ、皇さんのはルオにも好評だった。で、志木のは……確かにあれはビビったな」
『だろうね~何と言っても――“後ろ! 後ろよ! 椎名さんが鬼の形相で貴方に迫ってるわ!”だもんね! 新海、椎名さん苦手だからな~かおりん、案外悪戯っぽいところあるよね!』
…………。
んんん?
『あっ、あれさ! 単に新海に目覚まし時計の試供品プレゼントってだけじゃないからね? 詳しくはアタシも知らないけど、何かかおりんが実験的な意味があるって言ってて……』
逆井が何か言っているが、聞こえているのにそれが頭の中に入ってこない。
それよりも、さっきの話の方が気になって仕方がない。
……え、やっぱり志木の目覚ましだけ、壊れてた?
そんな俺を余所に、逆井は楽しそうに声を入れる時のエピソードを語って聞かせてくれた。
『後さ! これは遊びで色々とセリフ考えてたんだけど! “かおりん、かおりん、かおりんりん!”って、アタシが呟いてたら、椎名さんとかおりんに聞かれててさ~超恥ずい!』
…………。
んんんんんん!?
「逆井、その話詳しく!!」
『え!? えっと、うん……それで、かおりんがちょっとそのフレーズ気に入ってくれて、恥ずかしそうにしながらも呟いてくれて……』
「……で?」
『で、でも、これ、目覚ましの音声には入らなかった奴だよ? アタシと椎名さんとかおりんしか知らないし……』
「いや……十分だ、ありがとう」
『えっ、ちょ、新海!?――』
通話を切り、俺はスマホをポケットに仕舞う。
しばらく無言で、その場に立ち尽くした。
「…………」
――あの従者か!!
修学旅行の時くらい、ダンジョンとか、志木や椎名さんのことを考えることもないかも、なんて思っていたが。
「甘かったか……」
溜息を吐きながら、俺は疲れた足取りでホテルへと戻っていったのだった。
感想の返しはすいません、午後に時間を取りますのでその時にさせて下さい。
お送りいただいている中お待たせして申し訳ないです。
次……終わるかな?
ちょっと微妙ですね……。




