217.ああ……憂鬱だな……。
お待たせしました。
今日は少し軽めです。
ではどうぞ。
「あぁぁ……嫌だなぁ、何だろうなぁ、怖いなぁ……」
「? “何”ってご主人……“修学旅行”に行くんでしょ? その準備じゃないの?」
「…………」
疑問符を浮かべたルオのツッコミに、思わず黙ってしまう。
ボストンバッグに明日以降の着替えなどを詰め込んでいたが、その手を止めて振り返った。
「ルオ……修学旅行ってのはな、ボッチにとっては嫌なもので、そして怖いものなんだ」
俺は人生の教訓を授けてやるという気持ちで諭す。
が、しっくりこないらしく、なおもルオは反論してきた。
「えぇ……でも、リツヒも明後日から修学旅行あるって言ってたけど、凄い楽しみにしてたよ?」
その反論内容を聴いて、思わず溜息が漏れた。
「……それはな、ルオ。皇さんと俺じゃあ、友人関係に圧倒的な差があるんだ、残念ながらな」
それでも納得できないらしいが、一先ずは引いてくれた。
良かった、ルオは偶にエンドレス“何で? どうして?”攻めが続くからな……。
「で、どうだ? お土産はちゃんと買ってくるから、何がいい?」
話を逸らす意味でも、もっと生産性のある話題へと移る。
ルオは顎に指を当て、しばらく考え込む。
「んーっと……“京都”ってところに行くんだよね? シイナお姉さんに聞いたけど、お茶菓子が有名だって聞いたから、それかな……」
「お、おう、そうか……」
「? ご主人?」
「ああいや、何でもない!」
椎名さんの名前が出て、一瞬だけ動揺してしまう。
別に、何かあるわけじゃないが、名前を聞くだけで何だかドキッとすんだよな……。
いや、恋心の芽生えとか、そんな甘酸っぱいものじゃなく。
多分、命の危険を感じて身構えるみたいな、そんな本能的なものだと思う。
――ピーンポーン
「ん?」
チャイムの音が聞こえた。
宅急便だろうか……。
今下にはラティアとレイネがいる。
二人ともが対応できない相手だったら、2階に直ぐ来るはずだが……。
「あ、階段の音だね」
「ああ。やっぱ誰か来たのかな?」
そう思って部屋から出ようとすると、丁度レイネがノックしようとするところだった。
その小脇には二つの包みが抱えられていた。
小型の同じような大きさをした段ボール箱だ。
「隊長さん、荷物だって」
「おう、ありがとう……んぁ? 志木と……皇さん?」
「あれ? リツヒから!?」
今正に話題に出ていた人物の一人だけあって、俺とルオの驚きも大きい。
そのままレイネを交えた3人で、荷物の開封会となった。
先ず志木の物から。
テープを剥がして中を開ける。
すると……。
「……時計? 目覚まし時計かな?」
「かも……あっ、カオリお姉さんが映ってる!」
保護剤の中から取り出すと、時計の中央にはメガホンを持ったチアリーダー姿の志木がプリントされている。
……何じゃこりゃ。
「うーん……皇さんの方も開けてみるか」
志木の目覚まし時計について深く掘り下げる勇気が沸かず、一旦棚上げすることに。
同じように“送り主”が皇さんになっている方を開封する。
しかし……。
「……こっちも目覚まし時計、だな、隊長さん」
「……だな」
流石にレイネも訝しむ表情で、時計を見ていた。
こっちはポンポンを持った、やはりチアリーダー姿の皇さんのプリント付きだ。
「ん~っと……あっ、ご主人! これ“本人の声援付き目覚まし時計”だって! 声、入ってるのかな!?」
同封されていた商品説明書をルオが読み上げる。
なるほど……要はアイドルグッズってわけか。
「でも、俺別に応募とか購入した覚えはないんだけどな……」
そうして首を捻りつつも、付属していた電池を入れ、適当に時刻をセット。
目覚ましを一度機能させてみることに。
……3,2,1――
『――フッ、フレー、フレー! お兄様、時間ですよ。……もう、お兄様の、寝坊助さん。……起きてくださらないと、律氷が悪戯、しちゃいます、からね?』
……よし、寝たフリしよう!
――じゃなくて!
「うわぁぁ! 凄い凄い、本当にリツヒの声が入ってた! それにリツヒが起こしてくれるってシチュエーションなんだね!」
「……それは良いが、隊長さんが何で“お兄様”なんだ?」
……レイネ、細かいことは良いんだよ。
それにしても、恥じらいを込めながらも妹バージョン皇さんが起こしてくれるってのは……うん、良いな。
チアというシチュで応援しながら起こすというのは良く分からんが。
「……じゃあ、次は志木、か」
ゴクリと唾を飲み込む。
皇さんの時計に反し、志木の目覚まし音声は何が飛び出すかとドキドキだった。
同じようにセッティングを済ませ、1分もしない短い時間が過ぎるのを待つ。
そして、時は来た――
『――かおりん、かおりん、かおりんりん! こ~らっ、朝、だぞ! 一緒に登校、するんでしょ? 置いて行っちゃうぞ。もう~……ばか』
「ブフッ――」
思わず吹き出してしまう。
な、何だ今のは!?
と、時が止まらなかったか!?
この目覚まし時計、時を告げるのではなくて、実は凍らせる能力があった!?
「へぇぇ……可愛らしい目覚まし時計になってんな!」
「だね!」
え、おい嘘だろ、レイネ、ルオ!
今のを聞いて恐怖や驚きを覚えなかったというのか!?
クッ、仕方ない……誰にも自分の気持ちを分かってもらえないなんて既に慣れっこだ。
楽しそうに時計を手に取るルオやレイネを横目に、俺は付属されていた商品説明書を見ることにした。
“試供品:シーク・ラヴ会員番号 0番様。 本商品は非売品、志木花織バージョンとなっております。普段のご愛顧・ご声援の感謝を、少しでも形で表せればとお送りさせていただきます”
「うーん……書かれてる内容は物凄く企業っぽいのにな……」
だがそれだと送り主が“ファンクラブ”そのものやメーカーからでないのが気になった。
直接、皇さんや志木から送られてきたんだもんな……。
まあそれはまた、本人たちに今度聞けばいいことだ。
問題は……。
「目覚まし……スマホアプリで足りてるし、そもそも二つも使わない、よな……」
とりあえずは二つとも入れ物の箱へと入れ直したのだった。
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「ふあぁぁぁ……じゃ、行ってくる。最悪はDDで戻ってくるが、留守はよろしくな」
欠伸を噛み殺しながら、ラティアへと後を任せる。
「はい、行ってらっしゃいませ、ご主人様……ほらっ、ルオ、ご主人様に行ってらっしゃいって言うんでしょ?」
「うにゅぅぅ……ご主人、行ってらっしゃい……」
別に無理しなくても良いって言ったのに。
レイネもまだ寝てるだろうし。
眠そうに目を擦りながらも、見送りをしてくれたルオを撫でてやった。
「ああ……行ってくる」
2泊3日の荷物が入ったボストンバッグを抱え直し、俺は家を出たのだった。
「はぁぁ……ようやく着いた」
集合場所の駅には既に、クラスメイトや他のクラスの生徒が沢山詰めかけていた。
そこで少し安心感を覚えるも、直ぐにその気持ちは自分の中に引っ込んでいく。
「…………」
そりゃそうだ、別に親しい奴がいるわけでもなし、待っている間凄い疎外感・孤独感だもんな……。
仕方なしに隅に移動し、ポチポチとスマホを弄ることに。
……お、赤星からメール来てた。
『今、リヴィルちゃんと朝食中です。泊っている旅館も凄く落ち着いた雰囲気で、楽しんでるよ? その……向こうで、もしかしたら会えるかもね』
「へぇぇ……」
羨ましい、あの二人は好きなメンツだけで旅行だもんな。
誰に気兼ねするでもなく、本当に楽しむことを目的とした旅。
リヴィルが突然、赤星と旅行に行くって言い出した時は驚いたが、普通に親しい友人と行く旅行ってだけだ。
「はぁぁ……」
片やこちらは、仲良くもない、そもそもしゃべったことすら無い奴と班になって修学旅行だ。
溜息も出るというものだ。
……ただ。
ぎこちないながらも赤星が、今もメールをしてくれるということ。
それだけは、今日の収穫だったかもしれない。
まだ、ギクシャクしたまんまだもんな……。
「“そうか、いつも頑張ってるだろうから、ゆっくり羽を休めてくれ。リヴィルにもよろしく言っといてくれ”っと」
送信しながらも、そう言えば、じゃあ赤星だけでなく桜田も今日・明日は代休かと理解する。
……まあ分かったところで何ということは無いが。
「――マジかよ、お前当たったの!? “シーク・ラヴ目覚まし時計”!?誰の誰の!?」
「へっへーん! 何と! 聞いて驚け、“志木ちゃん”のが当たったんだ!!」
「マジかすっげぇぇぇ!! 良いなぁ、羨ましいなぁぁ!!」
近くにいた男子グループの一つから、タイムリーな話題が飛び出し、耳を側立てる。
勿論スマホを弄りながら、全く興味も関心もありませんよという風を装いながらだ。
「で、で!? あれ、花織ちゃんとか、メンバーそれぞれの声が入ってんだろ!?」
「そうそう、それそれ! 何て!? 花織様は何て言って起こしてくれんの!?」
どうでもいいが凄ぇな、志木のこと“花織様”呼びしてるよアイツ……。
「何と、何と! ――“こ~ら、朝だぞ、起きろ~!”って、言ってくれんだ、しかも本物の志木ちゃんの声で!!」
……え?
「スッゲェェェ!! いいなぁぁ!! マジで!! 俺も逆井の応募したけど、全然っ、掠りもしなかったんだぜ?」
「うわっ、お前マジか、クラスメイトだぞ? 流石にキモいだろ!」
「ははっ、うっせえ、この野郎! 花織様を“志木ちゃん”とか呼んでる時点で同類だぜ!」
いや違うだろ……。
志木を“花織様”呼びしてる方も相当だと思うぞ……。
って、そんなツッコミは良いんだ。
問題はそこじゃなくて……。
……目覚まし時計のボイス、俺のだけ何か壊れてたのか、間違ってる?
「――は~い皆さん、一旦集合してください! 急遽、皆さんに連絡事項が出来ました!!」
その後、学年副主任から、今日見学する予定だった観光地に突如支障があったと聞かされた。
そんな急な予定変更も殆ど気にならず。
俺は特に、志木の目覚まし時計が何か恐怖のお告げとかではないかと、戦々恐々としていたのだった。
かおりん、かおりん、かおりんりん!
→あまりツッコまないでください……ただ目覚ましの鳴る音とかおりんの“りん”をかけたらいいんじゃ?となって、採用されてしまっただけですので……。
この真相は多分次話かその次位には出る、かも。
後修学旅行の話もそこまで長くならないと思います。
長くても4話。
多分3話で終わる予定ですので。




