216.一度だけ……。
お待たせ、しました……。
あと一話で何とか、という話をしてしまったので、何とか一話で纏めました。
最初、第三者視点となります。
その後また主人公視点に戻ります、お気を付けを。
ではどうぞ。
□◆□◆Another View ◆□◆□
「私のことは、放っておいてくださいまし! ……今は、今はレイネさんとルーネのことで、喜べば良いではありませんか」
周りの心配を一蹴し、オリヴェアは距離を取った。
特に、事情を一番知っているカズサの視線から逃れるように。
“死霊使い”として戦場を駆けて来たカズサは、オリヴェアの過去を幾つも耳にしていたのだ。
「オリヴェアさん……本当に良いの? 生き永らえるためには“血”は不可欠なんでしょう? 貴方のやっていることは……“吸血鬼”としての、種としての自己否定よ」
こういう余計なことを言ってくることも、オリヴェアがカズサのことを快く思っていない理由の一つだった。
自分のことを思って言ってくれているようで、自身の一番触れて欲しくない部分に一直線に触れてくる。
「っっ!!」
カズサの言葉が癇に障り、キツく睨みつける。
そこに、会談が始まってからの余裕・自信などはもう一つも無かった。
オリヴェアは自分の内側から、ドロドロとした黒いものが湧き上がってくるのを感じる。
いつも蓋をして、厳重に封を施している感情や記憶の数々。
それが出てくると、仮面が剥がれてしまう。
だからいつも必死で隠していた。
「貴方たちに…………何が分かるの?」
オリヴェアは同性から得た血を魔力へと変換し、それをいつも体外に発している。
青年が察知していた違和感、あるいは威圧感のようなそれだ。
自分を強く見せる鎧のようにそれを身に纏って、他者の目を誤魔化していた。
でも、今はもうそれを上手く纏うことが出来ない。
内でモンスターのように暴れる感情が、冷静さを蹂躙していく。
他者の目を欺き、自分を守るための仮面が、ボロボロと剥がれ落ちようとしていた。
後はもう、止まれなかった。
言葉が、想いが、気持ちが、体の内から溢れてきて仕方がなかったのだ。
「――何が分かるのですかっ!! 幼い子供だった私を、拐かそうとした不届き者がいましたわっ! 何も知らない幼い時分に、貞操を奪われそうになったのです! この“吸血鬼”という種のせいで!!」
彼女の両親が治める、領内でのことだった。
吸血鬼は命の源である血を吸うことで、体へのこれ以上ない栄養とする。
そのため見た目も若々しく、整った容姿をする者も多い。
サキュバス程ではないが、吸血鬼を見て理性を失う異性も決して少なくなかった。
「それで、恐怖に怯えて訳も分からず返り討ちにしましたわ! いつの間にか、自分の手が、真っ赤に染まっていたんです! それで駆けつけた衛兵からかけられた言葉が何だと思います!?」
オリヴェアは一瞬だけ落ち着いたのか、自嘲するように笑って見せた。
が、それがまた彼女の心を蝕み、傷つけ、真っ暗な闇の中へと引きずり込んでいく。
「……“吸血鬼って、やっぱおっかねえ……”ですって。命の危険すら感じた幼子へ、一番にかけるのが、心配の言葉じゃないんですの。私を見る目が、まるで化け物を見るようで……」
オリヴェアを襲おうとしたのも。
助けに来たのも。
どちらも男性だった。
心が未成熟な幼い時に、そのどちらからも残酷な仕打ちを受け。
オリヴェアの心は砕けた。
それ以降も似たような経験を幾つもしていた。
成長しても、それらの傷が癒えることは無い。
それでも自分を守らないといけないからと、自信家を演じ。
相手と距離を取るために、魔力のオーラを発し、親しくない他者を出来るだけ寄せ付けなかった。
そのような経緯があるからこそ、オリヴェアにとって。
例え生き永らえられないとしても、異性とは忌避するに足る存在であったのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
シルレも、サラも、そしてオリヴェアの事情に通じるカズサでさえも。
言葉を発せなかった。
何も、オリヴェアへとかける言葉がないのだ。
ここまで曝け出してしまった程、彼女にとって根幹にかかわる問題。
生半可な気休めは、徒にオリヴェアを傷つけるだけだと。
オリヴェアも、溢れる想いに任せ言葉を発し、幾らか心にも落ち着きが戻っていた。
これで、この話題は終わりにしよう。
ルーネの姉、レイネと出会えたことを祝福する時間で良いではないか。
彼女を見るに、とても幸せそうだった、きっと良い人に匿ってもらっているのだろう。
――さ、またいつもの私に戻りましょう。
そうして、オリヴェアがボロボロの仮面をもう一度被り直そうとした、その時。
「――いえ、それでも。“異性の血”は、飲むべきではないでしょうか?」
一人だけ、前を向いていた者がいた。
□◆□◆Another View End◆□◆□
おいおい……。
織部の奴、正気かよ。
この空気で、まだオリヴェアの問題を深堀りする気か?
『要は、オリヴェアさんが吸血鬼パワー全開になっても、恐れず、怯えず、そして魅了されない男性が、いればいいわけですよね?――よいしょっと……』
織部は謎の要約をしながら、あちら側のDD――ダンジョンディスプレイを手に取った。
この問題に関しては第三者のはずの俺達と、その目が合った。
「……お前マジで言ってんのか?」
『フフッ……レイネさんのこともそうですが、私は今日、とびっきりの“心当たり”を紹介する日なんでしょうね』
織部の含み笑い。
そして今の言葉を耳にして、俺の中から猛烈に嫌な予感が膨れ上がってくる。
『あの、貴方、何を?』
一番の当事者たるオリヴェアも、状況が分からず困惑する様子を見せる。
織部はその面前へ、DDを持っていった。
今まで先延ばしにされていた俺とオリヴェアとの初対面が、こんなタイミングでなされることに。
『えっ――』
“俺”を……というか“異性”を見て反射的に声を上げようとする。
それを織部がすかさず制し、説明した。
『先程もチラッと話題に出したと思いますが、この人が、私達の協力者。そして、レイネさんを保護している人でもあります!』
そしてチラッとこちらを向く。
“自己紹介を!”ということらしい。
くっそ、強引に進めやがって……後で覚えてろよ?
「え、えっと……ウっす、新海です」
『新海君っ、何ですかその淡泊な自己紹介は! オリヴェアさんが今後ちゃんとした人生を送れるかどうかの瀬戸際なんですよ!? 真面目に口説いてください!』
ふざけんな!?
“真面目に口説け”って、お前も真面目にしろよ!?
『…………』
当事者を置き去りにするように言い合っていたからか、オリヴェアが困惑しながらその様子を見ていた。
織部も俺もそれを理解し、話を切る。
『……私は彼を――新海君を推薦します、オリヴェアさん』
スッと真面目な表情を作った織部が、オリヴェアに面と向かってそう言った。
『新海君でダメなら……もうお節介は言いません。どうですか、一度だけでいいので、私にチャンスをくれませんか?』
『そ、そんな……でも――』
戸惑うオリヴェアを余所に、別の所から声が上がる。
『そうだな、うん! 私もニイミを推そう!』
シルレが。
『で、ですね! ニイミ様なら、何とかなる気がします!』
サラが。
『……食わず嫌いは良くありませんよ? 案外、とても貴方の体に合うかもしれません』
カズサさんまでもが。
俺を候補に挙げるのだ。
…………。
はぁぁ、しゃあない。
織部とまた目が合い、アイコンタクトだけでその意を告げる。
織部は申し訳なさそうに目を伏せ、礼を返してきた。
『…………』
オリヴェアは恐れるような表情をしながら、織部達を見ていく。
織部を、シルレを、サラを、そしてカズサさんを。
そしてその後、DDへと視線を移し、俺を見た。
その目から、視線を逸らさない。
何秒かじーっと見つめ合った後、オリヴェアが俺から視線を外す。
オリヴェアがその目を向けた先は、レイネとラティアだった。
二人を。
そしてその二人を通して、俺を見ている。
そんな気がした。
「えーっと……上手く言えないけどさ、隊長さんは凄い人だから、うん。一回さ、試してみて、くれないか? ルーネの恩人が、ずっと苦しんでるってのは……あたしも辛い」
「…………貴方様はきっと、まだ何も知らない、目が未発達な雛なだけです。ご主人様だけでもいい、一度だけでいいので、目を開けて、“異性”を見てみてはいかがですか?」
『…………』
レイネとラティアの言葉を噛み締めるように、オリヴェアは瞳を閉じた。
そしてしばらくして、その目を開ける。
『――一度だけ、そう一度だけ……力を全開にしてみます。……私の事情に巻き込んだ形になってしまい、申し訳ありませんわ』
自分が一番苦しんでいるだろうに、オリヴェアはその相手である男の俺に、気遣いを見せる。
それを感じて、なおさら何とかしてやりたいという想いが強まった。
……確かに、織部じゃなくてもこれは気張ろうと思うだろうな。
「いや、気にしないでくれ」
『……ありがとうございます。吸血鬼としての全力の私を見て怯えず、恐れず、そして性的に囚われず。そうして下されば、信じてみよう、そう思えるような気がします』
そう告げた瞬間、さっきまで消えていたあの不気味な圧力が復活した。
しかも今度は先ほどまでのそれとは比較にならない程の強烈なオーラだった。
これが今から全部、俺一人に向けられる。
それはまるで、360度に散らして展開している殺気を、一方向のみに集中させられるようなもの。
冷や汗が、頬を伝う。
「おう、どんとこい――」
軽口を告げた時、一瞬だけ、オリヴェアが笑った気がした。
「――っっ!?」
――次の瞬間、意識が刈り取られそうになった。
画面越しでさえも、肌に突き刺すように感じる威圧。
そしてそんな圧倒的強者の風格を発するオリヴェアが、自分の意思とは無関係に、とても魅力的な女性であるようにも思えてくる。
こんなもの、素の人間が受けたらそりゃ一溜まりもないだろう。
が……。
――俺はそれを受け切った。
『なっ!?』
俺を本能的に屈服させようとするオーラを発した、その本人自身が驚いていた。
その表情は驚愕に染まっている。
あり得ない、未知の生物を目の当たりにした、そんな顔だった。
そりゃそうだろう。
俺は本心から、今のオリヴェアを怖くもないし、恐れてもいない。
更に言うなら性的な興奮でさえもないと言い切れる。
むしろ俺は、オリヴェアをまるで、ようやく出会えた好敵手のような心境で見ていた。
「フフッ……流石です、ご主人様」
ラティアも、今の俺を見て、俺が一切揺らがなかったことを直感的に確信してくれたらしい。
「ああ……――≪強者狩り≫が効いたらしい」
今までダンジョンにて出会ったどのボスよりも、オリヴェアの強さをヒシヒシと感じていた。
オリヴェアは今まで出会った中でも最強クラスだ。
でも、だからこそ。
俺のジョブが生き生きと発動しているのだろう。
何かもう、これから熱い戦いが始まるんじゃないかとウキウキ・ワクワクすらしている。
俺、いつからこんなジャ〇プのバトル物マンガの主人公みたいな思考になってんだろうと、自分で驚くほどだ。
今戦闘になっても、オリヴェアとは良い戦いが出来る気がする。
『そ、そんな……今の私を見て、純粋に笑顔を見せてくださる、殿方がいらっしゃる、なんて』
糸が切れた人形のように、オリヴェアは全ての力を抜き、ペタンと床に腰を落とした。
どうやらこの賭け、俺達の勝利らしい。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『あの、すいません! 新海君、事後承諾的になってしまって申し訳ないんですが、新海君って血出すのOKでしたっけ!? 何か家系的に他人に血を分けるのNGとかってあります!?』
「今更んなこと心配しなくても良いって……大丈夫だから」
その分、他のことで貸しは返してもらうから。
「ふーん……大丈夫なんだ」
「ですね……ご主人様、いつから流血OKなんでしょうか」
いや、レイネさん?
ラティアさんまで、何を拗ねてらっしゃるの?
伸ばした人差し指に、包丁を近づけながら疑問符を浮かべる。
その下には空のペットボトルがあった。
これに血を貯めて、異世界に送るためだ。
「いえ……ご主人様がお決めになったことです。否はありません。ただ……」
「……隊長さん、あんまり、自分で自分の体、虐めないでくれよ?」
二人の視線の先には、今からでも皮膚を切り裂かんとスタンバっている我が家の包丁が。
…………。
「……勿論、俺は自分の体が大事だからな。何なら大事過ぎるあまり危機管理の能力が発達しすぎて長期的に見た結果、これが一番今後の生傷が少ない戦略だと見たまである」
「……はぁぁ」
「…………」
うわっ、溜息!?
ラティアに至っては無言ジト目!?
酷い……一生懸命に早口でしゃべったのに。
俺は心の中で涙を流しながら、指に走らせた鋭い痛みを我慢したのだった。
『ゴクリッ……こ、これが……殿方の……血液』
文字通り俺が身を削って貯めた血。
それが入ったペットボトルが、今、DDを介して織部に渡り。
そして更に、それを受け取ったオリヴェアがまじまじと見つめていた。
『ささっ、ゴクッと、一気に行っちゃいましょう! オリヴェアさんの~! ちょっと良いとこ見てみたい、ふぅ~っ!!』
織部は少し黙ってようか。
『…………』
先程の力の開放とやらで、更に顔色を悪くし、今もまた直ぐにでも倒れそうなオリヴェア。
しかし、その表情にはもう彼女に張り付く弱さは残っていなかった。
弱い自分を変えたい、新しい一歩を踏み出したい。
そんな好奇心・冒険心に満ちた強い心が今、未来の眩い光に目を細めながらも、そこへ一歩、また一歩と近づこうとしている。
――そしてペットボトルに、口を付け、傾けた。
『っっ!?』
底の方を満たす程もない、僅かな俺の血液。
それを、一滴。
口に含んだ瞬間、オリヴェアの目が見開いた。
一気に血全てを口内へと流し込み、ペットボトルを空にする。
そして――
『――ダ、ダメェェ! りゃめにゃのぉぉぉぉぉ!』
オリヴェアの声が、弾けた。
『し、知らにゃい! こんな美味ちいの、私、知りゃにゃいのぉぉぉぉ!!』
呂律の回らないオリヴェアは時折ビクビクと痙攣しながらも、聞いたことないような大声を上げる。
『もっと!! もっと飲みたい!! 血、いや、血じゃにゃくてもいいのぉ! 体液!? いや、分からない! でも飲みたいのぉぉぉ!!』
『ちょっと新海君っ!? 血に変な薬か何か混ぜました!? 一口飲んだだけで“新海君の体液依存症”みたいになってるんですけど!?』
「いや知らねえよ!? 織部こそ、さっきDDで転送した後、ちょっと間空かなかったか!? 何か混ぜたんじゃないのか!?」
さっき真面目・シリアスを演じ過ぎて、とうとう織部の奴、我慢の限界が来たんだ!
それでこんな凶行に及んで……クッ!
『……純粋に、初めて飲んだ男性の血の味が衝撃的過ぎただけのような、気もしますが』
『吸血鬼は血の味に対しては舌がとても敏感だと聞くしな……』
『……自分を受け止めてくださったニイミ様を、無意識的にでも異性として憎からぬイメージを抱いて、それで口にしたから、とも思えます』
カズサさんやシルレ、それにサラが何か考察を語り合っている。
が、俺には織部犯人説が有力に思えてならない。
『旦那しゃま、あぁぁ、旦那しゃまのお血血をくだしゃいぃぃ!! 血がダメにゃら他の、唾液や汗でも何でもいいにょれ、体液を、体液をくりゃしゃいぃぃ!!』
お乳みたくいうな!
さっきまでのシリアスが台無しだった。
その後、流石に全部血はヤバいと判断して、汗と普通の水で薄めた液体を再度送った。
米粒程の血を混ぜた物だったが、何とかそれで応急処置は出来たらしい。
……“今後は少しずつ舌を慣らす必要がある”って言ってたが、それ、俺が手伝わないといけないの?
またとんでもない気苦労が一つ、増えたのだった。
オリヴェアさんのシリアスとその後が結構大変だったので、疲れました!!
ですので、オリヴェアさんに関する何かご意見を頂いても直ぐには対応できないかもしれせんがご了承ください!
ただ一つだけ、述べておくとすると……。
このオリヴェアさんを生んだのは、作者ではなく異世界に蔓延る闇だということですね(迫真)
やはり織部さんが異世界を救いに行ったのは正しかったということです!




