211.あちゃぁぁぁぁ!?
お待たせしました。
ではどうぞ!
「……赤星、着てみるか?」
「え!? えっと……」
俺の提案に、赤星は直ぐには答えられないでいた。
俺やアルラウネへと視線を行ったり来たりさせ、迷いを見せる。
が、そこを逆井達が後押しした。
「いいじゃん、ハヤちゃん、何か感じることがあったんでしょ?」
「リアの言う通り。マスターもこう言ってるし、着てみたら?」
「梨愛……リヴィルちゃん……」
ゆっくりと二人を見た後、その目を俺に向ける。
俺は赤星へと静かに頷き、そしてアルラウネに確認した。
「別に赤星が着ても大丈夫なんだよな?」
「勿論なのよ! というか、シルフ様はもしかしたらこの子に身に着けて欲しいのかもなのよ!」
彼女は俺が渡したアンダーやブーツ、それにグローブを、赤星に差し出すように近づけてみる。
すると、やはり惹かれ合うかのように防具の発する光が強まるのだ。
「うん! 着てみるのも、良いんじゃない?」
「……分かった。じゃあちょっと装備してみるね?」
赤星は決意したらしい。
……と言っても、別に怪しい商品を身に纏うとかじゃないから、そこまでの大事でもないとは思うが。
それに、とても価値ある防具やダガーなんだとは思う。
が、それも使われなければ宝の持ち腐れだ。
何よりこれ……男が着るのは見た目的に大分キツいのだ。
ピッチピチだし、何よりホットパンツやブーツって……。
男性でも勿論着る人はいるだろうが、少なくとも俺はダメだ。
自分が身に着けた姿を想像するだけでウェッとなる。
「…………」
そう考えると、赤星に着てもらえるのは幸いなことかもな。
スタイルも良いし、見栄えもするだろう。
「…………」
……その赤星が無言でジーッと俺を見てくる。
恥ずかしそうに着替えをギュッと胸に抱き。
そして何かを訴えるように視線を外さないのだ。
「えーっと……何?」
「あの……えと、私、着替えるんだけど……――あ、あはは、新海君の前で、の方が、良いかな?」
茶化すようにしながらも、しかしどこかで照れや恥ずかしさが残ったような言い方だった。
「っっ!」
それを言われ、一瞬で赤星の意図を理解した。
ヤベェ、そりゃそうだ、俺がいたら着替えられないな、うん!
「じゃ、じゃあちょっと上の階に行ってるから! ――よし、レイネ、桜田、行くぞっ!」
「え? あ、あたしも!?」
「私もなんですか!? 先輩っ、ちょ待ってください~!」
丁度暇してそうだからと二人を引き連れて上の階に戻ることにした。
ゴッさん達の様子も気にはなってたし、良い時間潰しになるだろう……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「クニュッ! クニュゥゥ、クニュニュ!」
「ギシシッ!」
一番上の階層まで戻ると、そこでは予想外の光景が展開されていた。
存在すら知らない桜田はともかく、攻略の時に目にしているレイネですら唖然とするほどだ。
「……先輩、あれ、竜で、いいんですよね?」
「ああ……そうだな」
桜田の指差す先を見て、間違いないと頷き返す。
そこでは、ゴッさんとあの子ドラゴンの温かな交流がなされていたのだ。
「……隊長さん、あのゴブリン、何かすっごい母性溢れさせてんだが」
レイネが信じられないという感じで目の前の光景を見ていた。
……いや、俺も俄かには信じがたい。
無邪気にキャッキャと走り回る幼竜。
それをゴッさんが、温かな眼差しで見守っている。
その瞳はまるで我が子を慈しむようにも見えて……。
「……ところで、スモールゴーレムの方は?」
「あっ、そう言えば……」
レイネの言葉を受け、辺りを見回す。
ゴッさんと子竜の光景に驚かされて忘れてた。
「あれ、じゃないですか? ……何か固まってますね? 置物ですか?」
「いや、分からん。何やってんだろう……」
ゴーさんは何故か周囲の木々に同化するように身を屈めて丸まっていた。
と、そこに遊び回っている幼竜が近づいて行く。
……あっ。
「……あのドラゴン、よじ登ってんぞ?」
「滑り台……みたいな、遊具扱い、ですかね」
様子を見ていると、子竜はゴーさんの背中から勢いよく滑り落ちる。
なだらかな斜面を形成していたゴーさんの背の、即席の滑り台だった。
そして降りて来た子竜を、怪我しない様にゴッさんが優しく抱き留める。
ゴッさんは子竜を抱き上げ、あやすように腕を小さく上下させた。
そのゴッさんの瞳はとても穏やかで、優しさに溢れていて……。
「――っっ!!」
俺は一瞬、眩暈に襲われる。
ほんの、ほんの極僅かな時間。
――ゴッさんが、八重歯の似合う可愛い少女に見えてしまった。
それは瞬きを繰り返すと、幻だったかのように直ぐに消えてしまう。
確かに、体型なんかは人の少女のそれとほぼ大差ない程にまでなっている。
顔も、一見して醜いと逸らす程ではなくなっている。
が、それでも今錯覚したような容姿は、正に美少女のそれで……。
「……戻るか」
「え、もういいんですか!? まあ先輩がそういうんならいいですけど……」
「だ、大丈夫か隊長さん……さっきから目頭ずっと揉んでるが」
いや、うん、大丈夫……大丈夫なはず。
母性が影響して、より人の女の子っぽくなるなんて考え……俺の一時の気の迷いだから。
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「おぉぉぉ~! 颯先輩、すっごい似合ってます!」
「そ、そうかな……」
「いや、うん、結構様になってると思うぜ、あたしも!」
戻ってきて直ぐに、赤星の着替えたその姿を目にした。
桜田やレイネの興奮具合からも分かるように、それだけ赤星の姿はカッコよく、そして輝いて見えた。
「うん……良いんじゃないか? 赤星的にも、今の所は違和感とかないんだろう?」
「えっと、うん、そうだね……」
俺に問われて、赤星は自分の体を点検するようにあちこち伸ばしてみる。
腕を上げてみたり、あるいは屈伸してみせたり。
……チラッと見える脇辺りが、何となくエロいな。
「――うん、大丈夫そうかな! それにね、凄く体が軽いんだ、羽になったみたいにさ!」
嬉しそうに話しながら、ピョンピョンとその場で跳ねて見せる。
確かに、重力の影響をほとんど感じてないかのように、高くまで跳んでからの落下がとても緩やかだった。
……装備としての性能は問題なくピカイチらしい。
「……ハヤちゃん、物凄く強くなったッポイのは良いけどさ、ぶっちゃけ服装としてはかなりエロくない?」
着替えの場にいた逆井が、俺にそう耳打ちして来る。
俺は何となく同じように思っていたが、流石に男の俺がそれを口にするのは憚られた。
が、逆井は構わずヒソヒソ話を一方的に続ける。
「アンダーって言ってもさ、胸の部分が隠れるだけだし。なのにマントって、逆に痴女っぽさ増してる。おへそまで出して……」
逆井、それ以上はよすんだ!
お前の言い方だと、何か聞いていてある特定の人物が脳裏に浮かんで離れないんだよ!
その想像内での人物が、突如目の前の赤星の姿に変わる。
そして頭の中で、赤星がその恰好のままこう言うのだ。
“――ブレイブハヤテ、見参! 悪い子は、私のダガーで、チクっとお仕置き、しちゃうぞ!”
――ダメだ、永久に記憶の底に沈めないと案件だった!
俺は今脳内で描いた光景を、厳重に鎖で縛り付け鍵をかけ、広大な記憶の海へと放り投げた。
もう帰ってくんなよ~!!
特に織部の記憶とはちゃんと距離を取るんだぞ~!!
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「うわぁぁ……美味しい。ラティアちゃん、やっぱりお料理上手だね」
逆井が紙コップを口から離して、ほぅと息をつく。
中からは湯気と共に味噌の良い匂いが漂っていた。
「うん、ラティアは和食も洋食も一通り出来るからね――はい、ハヤテ」
リヴィルは答えながらも、保温性の水筒から味噌汁を注ぐ。
そして赤星が零さないよう気を付けながら、その紙コップを渡した。
一通り、今夜すべきことを終え、俺達は遅い夕食を頂いていた。
ラティアが持たせてくれたのは卵焼き、ウィンナー、唐揚げと簡単に摘まめるものが揃っていた。
それをおかずに、ルオも握ってくれたというおにぎりを頬張っている。
俺は少し喉につっかえそうになり、自分の味噌汁を口に運び、詰まりごと流し込む。
ふぅぅ……。
「――で、防具や武器は装着出来たんだけど、この指輪だけは私を受け付けなくて……」
既に再び自分の服へと着替え終っている赤星が、そう切り出してくる。
爪楊枝で刺した唐揚げを口に運びながら、赤星はあの指輪を出した。
“シルフの好感度”なるものが確か10くらいあって。
で、それがまるで黄緑色の液体のように、黒い宝石内をその10%分だけ満たしている。
「そか……じゃあこの指輪だけは、俺じゃないと使えないのかもな」
赤星から指輪を受け取り、改めてそれを掲げ見る。
「隊長さんしか使えないって言っても……じゃあ何に使うんだろうな? あたしもそこは全然だから、どうなんだろう……」
「うーん……レイネも分からないとなると、ちょっと私も分からないかな」
レイネもリヴィルもお手上げだというように顔を見合わせている。
「ゲームとかだと、指輪ってさ。能力が上がったり、それか特別なアイテムだったりするじゃん? そういう感じ?」
「梨愛先輩の言う通り、重要なアイテムなんじゃないですか? だって先輩しか使え無さそうなんでしょう?」
「多分な……でもその用途が全く分からん」
好感度と言っても、単にシルフの俺への印象を表すためだけの道具だとは思えないし……。
そう悩まし気に首を捻っていると、桜田が何かを思いついたような声を上げる。
「あっ、そうだ! 前に妹たちと休みの日、朝のアニメを見てたんです! それで、女の子が変身する時に指輪がそのアイテムになってたんですよ!」
「えぇぇ……それって、じゃあこの指輪も、何か変身のための道具ってこと? ははっ、チーちゃん、それはないっしょ! ねえ、新海?」
俺も流石にそれは違うだろうと首を振りかける。
が、その“変身”というワードを耳にして、首が止まり……。
“――ブレイブハヤテ、見参! 悪い子は、私のダガーで、チクっとお仕置き、しちゃうぞ!”
――違う違う違う!
って、こら!
記憶の底から急浮上してくんな! もっとだだっ広い記憶の海を漂流して来い!
「……そうだ、そんなこと、あるわけない」
また出てきた想像を打ち消したかったからか、自分にしては珍しく意地になったみたいに、強めの否定の言葉を使う。
が、その次の言葉を紡いだ時、事件は起きた。
「だってそうだろう? それじゃあ何か? 恰もこの指輪を使ったら、“赤星が変身する”みたいな話に――」
「えっ――」
――瞬間、赤星の着ていた上下の服が弾けた。
その言葉をまるでキーワードとしていて、それに反応したかのように。
赤星自身も何が起こったのか分からないといった風に声が漏れる。
服の切れ端だろうか、何か布みたいな物の欠片がビシャッと俺の顔まで跳んできた。
……ちょっと、汗の甘酸っぱい匂いがする。
「な、何が――」
手に持つ指輪が光る。
そしてその光が、今度は方向性を持って輝いた。
光は赤星の体の全身を照らす。
……そのせいで、生まれたての姿の赤星がライトアップされるが、そこは今は置いておく。
「ハ、ハヤテ……」
「ハ、ハヤちゃん……マジ?」
リヴィルと逆井の驚きの声。
二人だけでなく、桜田も、そしてレイネも。
更に言うならば俺も含め、全員が、この状況がどういうことなのかを直感的に察した。
指輪から放たれた光が赤星の体をスキャンするように流れていく。
そして、赤星の体全身を包むと……光は一瞬にして衣服に変わった。
そう、先程にお披露目会を開いた、あの“シルフの贈り物”の防具一式だ。
「あ、あ、あ……」
当の本人、赤星だけは何が起きたのか分かっておらず。
しかしとてもとても恥ずかしいことがこの瞬間、起きてしまったことだけはどうやら理解している様で。
言葉にならないうわ言を呟きながら、その顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっていた。
「――う、うわぁぁぁぁぁ!?」
赤星の叫び声が、フィールド全体に響き渡った。
変身が済んで、ちょっと刺激が強い恰好とはいえ、服を着ているのに。
赤星はまるで全身を覆い隠すかのように自らの体を抱きしめ、しゃがみ込んだのだった。
「…………」
そんな中、俺の頭の中には一つの記憶が何度も何度も繰り返し再生される。
いや、赤星の服が爆散した後のあられもない姿とかではなくて……。
“――へ~んしん!! マジカルブレイブ、メタモルフォーゼ!!”
“キュアっとクールに悪と戦う、魔法少女、ブレイブカンナ!! 悪い子は、お仕置きだぞ、ズッキュン!!”
――ヤバい、このままだと戦隊モノになってしまう……。
俺はこの先の未来に対して、本気で頭を抱えたくなったのだった。
【(人によっては)朗報!】
【(赤星さんにとっては)悲報!】
赤星さん、変身少女になる!
自分で書いててあれですが、“ブレイブの戦隊モノ”というパワーワードに一人で恐れ戦いています……。
で、でも悪い事ばかりでもないはず!?
良いこと……良いこと……良いこと……。
――うん、すいません、ちょっと用事を思い出したのでそれはまた今度にしましょう!
感想の返しはまた午後にでも時間を取ろうと思いますので、今しばらくお待ちください!




