207.小さなお着換え会……。
お待たせしました。
Gは……惜しくも逃がしてしまいました。
室内散布型の殺虫剤も検討しているこの頃です。
はい、どうでもいいですね、ではどうぞ!
「いや~今日は来てもらって悪いね! ありがとう、六花! 皆を連れてきてくれて」
「ううん、私も久しぶりに菜月ちゃんの顔を見れて嬉しいわ」
逸見さんはここ最近忙しいだろうに、全然そんな様子を見せず三井名さんにそう答えていた。
やはり学生時代からの友人というだけあり、第三者から見ても二人の仲はとても好ましく映る。
「新海君も、久しぶり。クリスマスの焼き肉以来だよね? 覚えててくれるとお姉さん、嬉しいんだけどな~」
今度は俺達へとフランクに挨拶してきた。
ニカッと笑って話すその姿はとても気さくで、2度目でしかないにもかかわらず話しやすさを覚える程だ。
「勿論です。今日はよろしくお願いします――と言っても、俺は別にすることは無いんですよね?」
「あはは! うん、そちらの素敵なお嬢さん二人と、“梓”。3人がモデルしてるところを見ててくれればいいだけだから」
その言葉に俺はホッと息を吐く。
反対に、背後では緊張を強めたように身動ぎする音が。
今日俺が連れてきた二人の内一人――リヴィルは特に問題無さそうに立っている。
が、一方でもう一人――ラティアは普段見ない程に顔をこわばらせていた。
いつも心に余裕を持って行動してそうなラティアだけに、これは非情に珍しい光景だと言える。
……ちなみに梓は、既に物珍しそうに室内を歩き回っているが。
「大丈夫だって……マジの商業の手伝いってわけじゃないんだから」
「そうそう! 気楽にさ、着たい服とか衣装とかをドンドン着ていってくれればいいだけだから! あっ、偶には私の指定する服を着てくれたら嬉しいな~!」
三井名さんと共に、ラティアの緊張を解きほぐす。
「そ、そうですよね……は、はい! 頑張ります!」
しかしラティアはかえって深刻さを増したような表情に。
体の動きもぎこちなく、まるで発表会を前にする子供のようだ。
「……じゃ、私達は早速見ていけばいいんだよね? 行こ、ラティア」
リヴィルがふぅと息を吐き、小さく笑んでラティアの手を取った。
……悪い、リヴィル、助かる。
「は、はい! で、では、行ってきます!」
それでもまだ固い表情ではあったが、リヴィルに引っ張られたラティアは衣装の並ぶスペースへと歩いて行った。
……ま、体を動かしていれば自然に解れてくるだろう。
「……本当にありがとうね、新海君。こんな逸材にモデル頼めるなんてそうそうない機会だから助かっちゃうよ」
三井名さんは衣装フロア全体を見回しながら、そんなことを呟く。
「いえ、決めたのは二人ですから……でも終った後のラーメンは楽しみにしてますんで。あっ、俺何も働いてないっすけどタダ飯でもいいんすか?」
あの去年のクリスマス、志木達とともに過ごした焼き肉屋以外でも。
三井名さんはここアパレル関連の会社や、この後に連れて行ってもらうラーメン屋まで。
とても手広く様々な業種の会社経営に関わっていた。
それでいて、椎名さんがアイドルになったのを、つい最近知ったというのだから中々掴みどころがない。
「……フフ、気遣ってくれてるんでしょ? ありがとう。うん、大丈夫! 替え玉は2杯までなら許そう!」
……おおう、見透かされておるわい。
やはりこの人は手強い印象があるな。
「もう~! 二人とも酷~い! 私の方が菜月ちゃんも、新海君も、付き合い長いのに!」
三井名さんとの間に割って入る様に、逸見さんが自分の存在を主張する。
怒っているようだが、元がほんわかとしているせいで全然怖くない。
それどころか、頬を膨らませて拗ねるみたいな仕草を見せる。
まあそれがかえって、外見の大人っぽさとのギャップを生んでドキリとさせられるのだが……。
「ははっ、ゴメンゴメン! じゃ、一先ずは3人の帰りを待つとしようか! 六花はカフェ・オレでいいよね。新海君は? 何飲む?」
「あっ、じゃあコーヒーで。日を跨ぐっぽいので」
そう返すと、三井名さんは楽しそうに笑い、そのポニーテールを揺らす。
そして了解という風に手を振って歩いていく。
「おおっ、コーヒーとは渋いねぇ。うーん、最近の高校生の無気力化はカフェイン過多が原因かな?」
こらっ、それ偏見。
ってか……俺の目はそんなに眠そうに見えるの?
そんなツッコミを心で入れながら、俺と逸見さんは三井名さんが一端出ていくのを見送ったのだった。
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簡易的なモデル会が始まって、30分くらいが経った。
時計はPM10:15を示している。
この時間だからこそ、社員さんやバイトの人達を気にしないでいいんだと三井名さんは言っていた。
今回の目的は逸見さんと三井名さんのインスピレーションのためということで、カメラでの撮影などは一切ない。
ラティアやリヴィル、そして梓が入れ替わり立ち代わり、好きな衣装に身を包んで現れる。
その姿を、二人が見て意見を出し合うだけだった。
「ふんっ、むっ、ふっ!……どう?」
「うーん……可愛い系も似合うけど、やっぱ“梓”は何かクール系ってイメージなんだよね~」
三井名さんがチラッと視線を横に移すと、逸見さんも頬に手を当てながら同意する。
一般人の中で、三井名さんは梓の“男装事情”を知っている数少ない人だ。
……ただ、今日さっき言われるまで“梓川要本人”と同一人物だとは気づかなかった、というのはどうなんだ。
「そうね~。梓ちゃん、いつもは男の子だもん、中々可愛い系のイメージが沸かないわね~……新海君はどう思うかしら?」
最後に俺に回ってくるのはもうこの3回程の過程で学んでいた。
俺は一連のポーズを含め、梓の全体をじっと見つめる。
真っ白なシャツに、サスペンダー付きの黒いミニスカート。
あまり見ない梓の可愛らしい装いに、俺はその点については違和感を覚えなかった。
……が。
「……ポーズと掛け声、何とかならないか?」
何故その服を着て空手っぽい気迫ある動作を選んだのか。
「むむむ……次回の検討課題。善処する」
しかも善処かい……。
「……え、えと……っっっっ!」
また衣装選びに戻った梓に代わり、今度はリヴィルが姿を現す。
先の3回は、どれもモデル顔負けの完璧なコーディネートだった。
バンドマン風のちょっとキザな感じも良かったし。
黒のレザーの上下でビシッと決めていたのなんかは、ランウェイにいてもすんなり受け入れる程の風格があった。
が、今回は今までとは違って――
「おぉぉ~! 良いじゃん良いじゃん! リヴィルちゃん、お淑やか系御嬢様の制服も全然イケてる!」
「ええ、本当に。良かったわ~菜月ちゃんに言われて高校時代の制服持って来ておいて。とてもよく似合ってる!」
そんな二人の掛け値なしの誉め言葉にもかかわらず。
当の本人はとても居心地悪そうにしていた。
「う、うぅぅぅ……」
仕舞いにはロングスカートを指で摘まんでいじり出す始末。
殆ど見ることは無い、羞恥に悶えるリヴィルの姿は、それだけでとても新鮮だった。
……いや、うん、まあ良いんじゃない?
ってかそうか、今リヴィルが着ているのは逸見さんがかつて身に着けていた物か。
ということは、その後輩にあたる志木や皇さんも、普段何もない時はこの制服を着てるっていうことでもあって……。
想像してみる……。
……うん、皇さんは可愛いな、無茶苦茶。
志木は……ああ、ダメだ。
その姿で遭遇してしまったら“あれ、どうした、今日は白かおりんの日か?”とか出会い頭に言ってしまいそう……。
――うぉっ!?
い、今何か背中がゾクっとした!?
だ、大丈夫だよね!?
エスパーなんて迷信だよね!?
呪術使えるとかそんなオチないよね!?
「――さ~ってと。お次はラティアちゃんだね。ちゃんと指定した服、袖を通してくれてるかな?」
堪え切れずに離脱したリヴィルを横目に、次のラティアの番が回ってくる。
先の3回は自由にラティアが選んで着た物だが、今回は違う。
最初こそぎこちなさが消えなかった。
しかし、回数を重ねるごとにリヴィルのように自分を出せるようになっていた。
それを見て、三井名さんが衣装を指定したのだ。
まあ俺はどんなものを着るかは知らされてない。
ただ、リヴィルの例を見る限り、本人の思ってないジャンルながら無茶な要求はしてないはず。
アパレル・服飾関連での発想を得たいという今回の趣旨からして、ラティア達の可能性を引き出したいという感じか。
「…………」
恐る恐る。
カメの如くゆったりとした歩み。
ラティアはとても恥ずかし気に俺達の前へと姿を現した。
「おお~!」
「まぁ! 凄いわ、とても似合ってる!」
その衣装は確かに、普段のラティアからは想像できないようなものだった。
ただ、やはり三井名さんや逸見さんが口にするように、それは他者の目を惹き付けるには十分な魅力ある姿だと言える。
「う、うぅぅぅ……消えて、しまいたいです」
ラティア本人は恥ずかしさで顔から火が出るくらいに真っ赤っか。
でも、普段はサキュバス服なんて過激なもの着てるくせに、それが恥ずかしいってどういう感性なんだろう……。
「大丈夫、本当に似合ってるって! “ギャル風制服”! ね、六花!?」
「ええ。普段なら……そうねぇ、逆井さん辺りがしていそうね。でもラティアちゃん、小悪魔感があって、凄く魅力的よ?」
逆井が“していそう”というよりは、まんま逆井の学校の服装っポイかな。
ラティアはカッターシャツを腕まくりして肌を露出。
ネクタイもおへそ辺りまで来る程、長めに結ばれている。
反対にスカートは膝上が覗くくらい、とても短く折られていた。
胸元のボタンは外されていて、谷間の肌色が見えてしまっている。
それらが全体として、色んな意味で風紀を乱しそうな妖艶さを醸し出していた。
……うん、何でこれが恥ずいのだろう?
普通に似合っててエロ可愛いのに。
……逆井っぽい恰好が嫌なのかな?
逆井、ドンマイ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
それから更に30分程続けて、着せ替え会は終了した。
もう直ぐで日付が変わろうかという時間だ。
「本当にありがとう! じゃ、約束通り、お礼に私ん所のラーメンを奢ってしんぜよう! あっ、勿論何か他にも欲しかったら言って、コンビニ寄るから」
女子でしかも深夜近くにラーメンとはどうなのか。
が、俺が心配するまでもなく、皆はそれで納得していた。
特に梓は食うだろうな……。
「――あっ! ちょっと待って! いけない、私ったら! 凄く大事なこと忘れてたわ!」
逸見さんがいきなり、そんな大声を上げる。
俺達以外誰もいないので、その声が更に反響して聞こえた。
すわ何事かと思っていたら、逸見さんはスマホを物凄い速さで操作し始める。
「……凄いでしょ、この子いつもはのんびりほわわ~んな癖に、こういうことだけは素早いの」
呆れるように苦笑いしながら、三井名さんは逸見さんをそう表現する。
が、そこには不快感はなく、隠しきれない愛情と親しみが感じられた。
うーん……長年の友人だからこそ言えること、かな。
「ああっ、やっぱり! は、早く行きましょう! 今からラーメン屋に向かえば、まだ同時に楽しめるわ!」
今日はラティアやリヴィルだけでなく、逸見さんの普段見られないような姿まで目にしてしまってるな……。
凄い勢いで彼女が突き出したスマホは、とあるホームページが開かれている。
そしてそれにはこう書かれていたのだった。
『ダンジョンナイトアワー 本日出演者 メイン:志木花織、空木美桜 ゲスト:研究生2名 ※九条聖、夏生椎名の二人に決定しました』
また、末尾には備考で生放送ではなく収録済みの物を放送するとの記載もある。
時間と彼女らの年齢的に、労基法に配慮してますってことだろう。
俺達はラーメンに舌鼓を打つだけではなく、急遽ラジオをも楽しむことになった。
逸見さんと三井名さん、同級生コンビが出てくるとあっては、あの人も出ざるを得ないでしょう……。
さぁ~て、来週の椎名さんは?
――――
椎名です。
あの一件以来、怒りが収まりません。
御嬢様やルオ様は良いんです、お二人の笑顔が見られれば私はそれで。
……でも、新海様。
彼とは未だまともなオハナシが出来ていません。
早く出来ると良いな~二人きりでのオ・ハ・ナ・シ、あは。
さて次回は……。
①椎名、ある家の鍵を入手②新海「あれ? 今日は一人のはずなのに……」③ルオ、いなくなったご主人を探す
の3本です!
来週もまた見てくださいね、じゃんけんポンッ(拳が何かにヒット)!
ウフフフッ……(光を失った瞳)
――――
勿論嘘です!
でも新海さん、逃げて!
超逃げて!!
感想の返しは午後にまた時間を取ろうと思います。
ですので、もう少しだけお待ちください。




