204.もうヤダ、お家帰りたい……。
お待たせ、しました。
ではどうぞ。
「うわっ、本当だ、いた」
「……確かに“子竜”だね」
リヴィルが俺に同意するように呟く。
「……クニャァァ」
俺たちの視線の先には、1匹の小さな小さな竜がいた。
不自然にそこだけは木が生えておらず、丸く縁どられた空間となっている。
真ん中に1mくらいの大きさをした岩が鎮座しており、子竜はその上で欠伸をしていた。
正に生まれたて位の体をしており、手足なんかも爪が伸びておらず丸っこい。
「で、どうする? アイツが目当てなんだろ?」
先頭に立つレイネが振り返り、俺の指示を仰ぐ。
チラッと振り返ると、ルオとラティアも頷き返してくる。
じゃあ……。
「……一度、また織部達に繋ぐか」
俺はしゃがみ込み、DD――ダンジョンディスプレイを取り出す。
これからまた話し込むことになりそうなので、リヴィルとレイネには周囲の警戒を頼んだ。
『――どうですかニイミさん。そちらの様子は?』
繋いだ画面に出てきたのはカズサさんだった。
主に彼女とサラが、俺たちの攻略中のナビをしてくれることになったのだ。
「えっと、一応見つけました。見えるかな……」
俺はDDを胸元まで持って来て、子竜の方へと画面を向ける。
「クニュニュ……」
周囲に咲く花々の匂いに誘われてか、子竜はうとうとしている。
『大丈夫です、分かりました。多分その子が“鍵”になります』
あのミニドラゴンでいいらしい。
『でも、私も1度だけしか経験がありませんから。絶対とは言えないことを頭の隅に置いておいてください』
「分かりました」
そう注意を促したカズサさんの背後には、野営の準備を進めている織部、そしてシルレが映っていた。
あのボス戦の後、流石に動き回るのは得策でないと休むことに決めたらしい。
……織部の奴は時折、一体何を踊ってるんだ?
……ああ、シーク・ラヴの歌か。
画面越しで遠目だとお前のダンス、何かの儀式に見えるぞ。
『でもカズサ様、攻略したんですよね……“ウンディーネ”でしたっけ、水の大精霊の。凄いです……』
横に控えていたサラが、ちょっと顔を出してそう尋ねる。
カズサさんは苦笑して頷く。
『あくまでもその“配下のダンジョン”の、だけど。でも、同じ“大精霊”同士だから、“シルフ”関連のダンジョンでも、共通項はあるはず』
恥ずかしいからなのか、それともあまり自慢できることでもないと思っているのか。
カズサさんはそこで話を戻した。
『――とにかく、あの子ワイバーンを倒すか、何らかの手段で連れていくか。それによってダンジョンの攻略難度がグッと変わるはず』
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レイネに代わり、先頭に立った。
そして後ろに付くラティアを見て、頷き合う。
「良し……じゃあ、行くぞ!」
それを合図に飛び出す。
灰グラスは大きな戦闘がありそうな後に取っておきたい。
なので、この一発で成功させられるかが勝負だった。
この作戦の要となるラティアに上手くバトンを繋げるため、俺は近づくと即座に発動する。
「しぃッ!」
【敵意喚起】を一点に集中させる。
「クニュゥゥ……ニュ!?」
うっとりしていた子竜がピクッと反応。
顔を巡らせ、俺の存在に気付いた。
よし!
奴は俺に釘付けのようだった。
「ラティアッ!」
「はい!」
今の間に、ラティアに準備させる。
【チャーム】だ。
これで、確実にあの子ドラゴンを誘惑し、引き連れるつもりだった。
「クニュッ! クニュゥゥ!!」
子竜の視界に、そのラティアは入っていない。
パタパタと頼りない羽ばたきを持って、俺に突進してきた。
ふっ、自分が罠にはまっているとも知らず、甘いな。
それにドラゴンと言っても、本当に幼い赤ちゃんみたいなもの。
戦闘をしてもダメージすら食らわない程の圧倒的な力量差が、俺達の間にはあった。
「フッフッフ……お可愛いこと」
いつもは幻視するラティア様に言われていそうな言葉を。
俺はニヒルに笑いながら子竜に向けて言ってやった。
さあ、世界の不条理をその身で体験するんだな!
……って!?
え、速ッ――グフッ!?
おま、どこ、突っ込んで――
「クニュウッ、クニュゥゥゥ!」
予想外の速さで頭から飛び込んできたドラゴンに、そのまま押し倒される。
そしてどういうわけか、子竜はベロベロと俺の顔を舐め始めたのだ。
ク、クサッ……。
「ちょ、お前、こらっ、止めろ――」
「クッ、ニュニュ、クゥゥ」
あ、おい!
下半身を擦り付けてくんな!
「……私が【チャーム】で誘惑する必要、無かったみたいですね」
「……凄いね、ご主人のこと大好きだってこっちにまで伝わってくるよ」
「……初見の雌ドラゴンをこうも簡単に篭絡しちゃうって、マスター何かしたの?」
「え、これ隊長さんがやったのか!? 何つうか……初めて親を見つけた雛みたいな懐き方にも見えるけど」
いや君ら冷静に分析してないで!
助けて!
今一応さ、君たちの主人がモンスターに襲われてるんだけど!?
「ご主人様、これは……親に向ける親愛の情でじゃれている、もしくは雌が発情して異性に飛びついている、という解釈なのでセーフ、では?」
アウトだよ!?
何でその解釈なら助けないでいいって発想になった!
「クニュゥゥ! クニュ、クニュ!」
うわッ、だからお前、もうちょっと口内綺麗にしろ!
唾液が凄い臭いすんぞ!?
ああ、もう、歯磨き用の犬ジャーキー食わせてやろうか!
――prrrr,prrrr……
あっ、DDに通信が!
「だ、誰か出てくれ!」
第三者が入れば、話をややこしくしない様にラティア達もこの状況に介入せざるを得ないだろう。
「あ、うん、分かった、ボクが出るよ!」
ルオがラティアからDDを受け取る。
うぅぅ、顔が唾液臭い……。
……ん?
あれ、今の音って……織部のだったか?
「あれ? ――あっ、リアお姉さん!」
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『――え、うわっ、ルオちゃんだったんだ! ゴメンゴメン、今何か取り込み中だった?』
え、逆井!?
な、何で……。
いや、アイツも志木達のグループとしてDDは持ってるんだ。
それに俺のDDとはやり取りが出来るから、かけてきてもおかしくはない。
が――
「ご主人? ああ、えっと……さっきまではカンナお姉さんとお話もしてたんだけど、今は……」
『あれ!? え、ルオちゃんって、えっと、柑奈のこと、大丈夫だったっけ?』
バッ、ちょ、アイツいらないこと口走るなよ!?
ルオは勿論、レイネもまだ織部が“勇者”だって知らないんだぞ!
「お、おい逆井ッ! バカ、変なこと口にすんな!」
『新海っ!? え、今どこいんの!? 画面の外から声が聞こえたけど!? ――ってか“変なこと”ととか言うなし! それじゃまるで“柑奈”が放送禁止用語みたいじゃん!』
いやそうじゃねえよ!
確かに存在自体が今では放送禁止っぽくなってるけども!
「? カンナお姉さん、凄くカッコよかったよ! “へーんしん! ブレイブカンナ、メタモルフォーゼ!!”って! 何か日曜朝の変身ヒロインみたいでさ!」
ギャァァァ!
核心部分そう言えば見られてたぁぁぁ!!
でもなんか上手い具合に変な方向に勘違いしてくれてるぅぅぅ!
『へ、へぇぇ……って、てかさ! てかさ! 何か変な水音しない!? ちゃぷちゃぷって、まるでエロいこと起きてる現場っぽいさ、あはは!』
さ、逆井っ!
ルオから勇者の話題を逸らそうとフォローしてくれてありがとう!
でも話題選びのセンスゥゥゥ!
しかも恰も全くエロいことなんて起きてないと頭から決めつけているみたいな言い方だ!
これは、この絶妙な言葉の言い回しは、絶対に奴が食い付くぞ!?
「……ウフフッ、流石リア様。ご名答ですね。今まさに、ご主人様が、メスの体液塗れになってますよ?」
ほら見ろぉぉぉぉ!!
『は、はぁ!? 新海が、え、えぇぇぇ!?』
「しかもそのメスは未だにご主人様を愛おしそうに舐め回し、下半身もせっせと擦り付けています。まるでそれが最上の愛情表現であるかのように」
「舐め回し……下半身を……うっ、鼻血が――」
いやレイネは直に目の前で真実を見てるでしょ!?
何で今の言葉で鼻血出すんだよ!
リ、リヴィル、お前が頼りだ!
この状況、どうにか収拾してくれ!
「…………」
目が合ったリヴィルは一瞬、考え込む。
そして頷き――
「――私、モンスターが襲ってこないか見張りしてくる」
リヴィルゥゥゥ!
現在進行形で襲われてる主人を見殺しにしてるぅぅぅ!!
もうヤダ、お家帰りたい……。
その後、自力で少々強引に引き剥がすことによって解決を図った。
ただ、ベトベトの体から生臭い香りが漂っていて。
……ちょっとこの後のダンジョン攻略、やる気が全然沸かないんだけど。
このダンジョンの話が終わったら、多分1日お休みかな……。
おそらく2回あれば終わると思うんですが……。




