201.吹っかけられたっポイ……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「へぇぇ、ダンジョンが変質、ねぇ……」
夕食後、志木から送られてきた小難しい経営書と格闘している時だった。
俺は連絡をくれた相手に更に細かい部分を尋ねる。
『はい、颯様から連絡があったんです』
画面向こうの皇さんが詳しい話を聞かせてくれた。
赤星が、攻略したダンジョン奥に再度潜ったところ、見たことない穴を見つけたらしい。
要するに、攻略済みのダンジョンに、またダンジョンの入り口が発生したってことか……。
『そこからまたモンスターが出てくることは無かったそうですが、一応陽翔様にもお知らせしておこうかと』
「そっか、それはありがとう。……赤星、直接俺に知らせてくれても良かったのに」
そう呟くと、皇さんは何とも言い辛い表情で恐る恐る切り出した。
『あ、あの……颯様からの言伝がありまして……“この前相談に乗ってくれなかったお返し”だそうです』
「ああ……」
つまりあれか、鬼と化した椎名さんの対処を、赤星に放り投げたことを言ってるのか。
……ちょっと根に持ってたのかよ。
それにしては皇さんにちゃんと伝言預けて、俺に間接的に伝えてくるとか……。
想像の中で、赤星が舌を出してプイっとそっぽを向く姿が思い浮かんだ。
……赤星のそんな仕草に、ちょびっとエモさを感じてしまう。
『……むぅぅ』
そんなことを考えていると、画面に映る皇さんが分かりやすく頬を膨らませていた。
「え、えっと、どうかした?」
『……いえ、お二人だけに通じる合言葉か何かですか? 颯様、また伏兵力をお上げになったなと』
だから何だ“伏兵力”って……。
そっちこそ俺に分からない謎用語、逆井と使ってるじゃん。
……要するに、何のことを言ってるのか分からないから拗ねてるってことでOK?
「その、別に大したことじゃなくて。赤星から、椎名さん、色々と最近あれだねって相談されたんだけど……」
『椎名が“あれ”? “あれ”とは……?』
直接的に言葉にするのはどうかとボカしたが……。
更に皇さんを困らせる形に。
……うーん。
「ま、まあとにかく、椎名さんの件でちょっと話して、でも――」
『――私が、何ですか?』
ヒィッ!?
こ、この声は!?
「し、椎名さん!? い、いたんならいたと言って下さいよ~は、はは……」
皇さんが泊っているホテルの部屋だろうそこに、椎名さんの姿が。
お風呂上りなのか、少し火照っているようにも見える。
俺は即座にゴマすりモードに。
だが、若干声が上ずってしまう。
ヤベェ、流石に度肝抜かれたぜ……。
『……こんばんは、新海様。何やら御嬢様と楽しそうにお話されていましたね。私も是非混ぜてください――オ・ハ・ナ・シ・に』
「ヒッ!?」
怖ッ!?
目が!
目が笑ってない!!
「そ、そんな、えと、椎名さん、落ち着いて……」
混乱する中、何とか宥めるための言葉を、頭の引き出しから引っ張り出してくる。
何でもいいと口から出るに任せ、言葉を紡いだ。
「そ、そうだ! 笑顔、貴方のアイドルとしての魅力は笑顔です!」
シンデレラを目指すアイドルには、この言葉が一番だと、どこかのプロデューサーが実践していた。
だから、大丈夫なはず!
『“アイドル”……“私”……』
――ブチッ
ギャァァァァァ!?
何か今血管が切れる音した!?
ちょっと待ってぇぇぇ、今のも禁止ワードなの!?
無理じゃん!
俺何言ってもアウトじゃん!
“新海、アウト~”なの!?
『あの、えと、椎名?』
『大丈夫です、御嬢様。ちょーっと新海様とオハナシ、するだけですからね』
全然、これっぽっちも大丈夫じゃない!
主に俺が!
「え、えっと! 皇さんも明日早いだろうし、今日はこれくらいで! じゃ、ダンジョンの情報ありがと、明日に早速調べてみるよ!」
『あっ、コラッ、待ちなさ――』
ブチッ――
通信を終了。
今度は血管が切れる音ではない。
ふぃぃ。
「危ねぇぇ……」
額にかいた汗を拭う。
マジでボス戦並みにヒヤヒヤしたぜ……。
最後、反射的に止めようとしたのか、椎名さんが画面に手を伸ばした。
何か次元を超えて、髪の長い女性お化けみたいにその手が俺の首に届くかもと錯覚しさえしたぞ。
「さて……先ずは、っと」
俺はその後、とりあえずスマホの電源を切ったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――悪い悪い、遅くなったか」
次の日の授業終わり、家に帰って直ぐ。
俺はDD――ダンジョンディスプレイの転移機能を使い、ある場所に移動した。
「あ、マスターお帰り。ううん、全然」
「ご主人! お疲れ様!」
攻略済みのダンジョン、その最奥の広間には既に4人がいた。
朝の内に、同じようにここに運んで待機してもらっていたのだ。
「で、どうだ? 様子は」
尋ねると、二人は揃って同じ方を向いた。
リヴィルとルオの視線の先には、大きな穴がポッカリと開いていた。
そこの側にラティアとレイネがいる。
「朝からずっと見てるけど、特に変わった様子はない、かな」
「だね。モンスターがあそこから出てくることもないし」
「そうか……」
昨日皇さんに聞いた通りだった。
ここは一度、攻略したはずのダンジョン。
なのに、そこにまた更にダンジョンへの入り口が出来ている。
どういうことなのか……。
「――ご主人様、お疲れ様です」
「隊長さんお疲れ!」
俺が来たと分かり、二人も近づいてくる。
「確かハヤテ様が、最初にこれを発見されたんですよね?」
全員集まったのを見計らい、ラティアが口を開く。
「ああ。そういう話だった」
「うーん……ここって、ボクやレイネお姉ちゃんが来る前に攻略したんだよね?」
ルオが隣のリヴィルへと尋ねる。
「そうだよ? 私が加わって、確か初めてボス戦したダンジョン」
それと同時に、ここは初めて赤星と出会うきっかけにもなったダンジョンだった。
タクシーに乗ったり、外に出てきたモンスターをリヴィルが無双したり、逆井を連れてここに潜ったり。
色々と思い出深い場所でもある。
「まあ赤星のことだ、また温泉にでもつかりに来たついでに寄ったんだろう。……で、あれだが」
そう言って、件のダンジョンの入り口に目を向けた。
今まで見た穴より、1,2mはデカい直径をしている。
そして何より違うのは、その縁がうっすらと色付いていることだ。
これまではどのダンジョンも透明で。
一方これは、黄緑色の外縁なのだ。
「――ちーっと面倒かも」
レイネが一人、穴から目を逸らさずにそう呟く。
それは朝から考えていただろうことの結論を、今ここで出したと言った感じだった。
「……どういうことだ?」
尋ねても、レイネは直ぐには反応しない。
が、代わりに反応した者がいた。
『――無礼者! 無礼者! この入り口をどこに通じると心得る! 頭が高い!』
まん丸ボールに羽の手を!
……いや、うん、ゴメン、風の精霊だった。
「いや、それを今考えてるんだけど……」
レイネが考え込んでいた分、俺から反応が返ってきて嬉しいのか。
風の精霊は文字通りその羽で飛び跳ねる。
『このうつけ者! このうつけ者! 無礼であるぞ~!』
本当、精霊って自由奔放だな……。
もうこのコミュニケーションのし辛さには慣れた。
その点、レイネって凄いよな。
中までたっぷりチョコ――じゃなかった。
精霊に対する知識が詰まってるんだから。
そうして溜め息を付きながら、あちこち飛び回る精霊を何とはなしに目で追っていた。
すると、何でもない、いつものような調子で驚くべきことを口にしたのだ。
『――“シルフ様”が関わられているダンジョンである! おそらく従者殿が管理されているであろう! 思い知ったか!』
「え――」
理解が追いつく前に、レイネが更にたたみかける。
それはいつにも増して真剣な声音だった。
「故意か偶然かは知んねぇけど……――隊長さんのこのダンジョン、“戦争”吹っかけられたっポイな」
ダンジョン物っポイ!
ポイポイポイ!
……すいません、特に意味はないです。




