191.新学期の始まり……。
ここから第5章スタートということになります。
始まりということもあって、あまりストーリー的には進んでませんが……。
ではどうぞ。
「でさ~握手会、俺とうとう六花さんと握手出来たんよ!」
「マジか!! 俺も行きたかったな~。白瀬ちゃんコスプレしたんだろ? 見たかった……」
「ふっふっふ……皇さんのファンクラブ会員番号30番台の俺に死角はなかった!」
…………。
新たなクラスに足を運んで、自分の席を確認。
早速知り合い同士でつるんでいる男子や女子たちを尻目に、俺は椅子に座った。
はぁぁ……。
早くも帰りたくなってきたな……。
「このクラス、マジでアタリだよね!!」
「マジそれぇぇ! だってあれでしょ? 梨愛もいるんでしょ?」
「うんっ! それに何と言っても――」
近くにいた女子たちの言葉が止む。
何だろうと視線を上げると、入り口に立石の姿が見えた。
一瞬の間、教室内が静寂に包まれる。
そして爆発――
「うぉぉぉおおお!!」
「キャァァァァ! 立石君だ!!」
「マジでウチのクラスなんだ! もうサイッコーー!!」
同じ学校の生徒だというのに、もうその反応が芸能人に対するそれだった。
……まあ、芸能人で間違いないんだろうが。
「皆、おはよう。仕事の関係であんまり来れないかもだけど、1年間よろしく」
その言葉で、更に生徒たちは歓声をあげる。
……耳が痛い。
立石が自分の席を探すと、親切な生徒が沢山出てくる。
「あそこあそこ! 俺、長谷川! よろしく!」
「わ、私土屋って言うの! 席近くだから、困ったら何でも言ってね?」
「うん、皆ありがとう」
……クールだねぇぇ。
一番後ろの席から状況を眺めている……と。
「えっと……ここか」
立石が左斜め前に座った。
まあ苗字のあいうえお順だし、そう言うこともあるだろう。
……寝たふりしよう。
耳にイヤホンを装着。
机に突っ伏し、バリヤーを展開。
これで良し。
…。
……。
…………。
音楽を聴いているのに、周りの声が微妙に聞こえてくる。
具体的な会話の内容までは分からない。
また誰か有名人でも来たのかよ……。
あ痛ッ――
「……?……」
頭に何かが当たった。
顔を上げると同時に、右耳のイヤホンを取る。
すると丁度俺の左前を逆井が通るところだった。
逆井は一瞬こちらを振り向き、プイっと顔を背けてしまう。
「ふんっ……ばか」
……そっか、逆井も同じクラスになったのか。
帰ってラティアに報告してやれば……喜ぶかな?
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「――え~であるからして~。未だダンジョンの突発的な出現は止まない中……」
多くの生徒が感じていたクラス替えのドキドキも一時は収まり。
全校集会にて、校長先生の有難いお話を頂戴していた。
大体は学業の大切さを手を変え品を変えて表現し、俺達にその重要性を説く。
だが去年からはこうしてダンジョン関連のことを話すのも増えていた。
まあそりゃ、その最前線で活躍する逆井がいるんだから――
――んおっ?
ポケットがバイブレーションで震える。
……織部だったら、この単語だけで違う反応をするんだろうな……。
「……何やってんだアイツ」
周囲の様子を確認しスマホを取り出すと、メールだった。
その逆井本人だったので、驚きも少なくない。
周囲に先生が誰もいないことを確認し、そっと中身を見てみる。
『マジ退屈~! 校長先生の話って長くない? ってか新海、さっきアタシのこと毟ったでしょ!! 何か今度埋め合わせしてよね!?』
“無視った”の誤変換……。
しかも逆井のメール独特の謎絵文字がふんだんに散りばめられている。
ヒヨコが指揮棒を持ってフェンシングしていたり。
あるいは人の体が生えた魚が、バーベルを持ち上げて筋トレしていたり。
最も意味不明だったのは、将棋の“角”の駒がやすりを持って頭のてっぺんを磨いている絵だ。
……コイツは何を伝えたいのか。
「…………」
ただ俺は、逆井程にはメールを打つ技術に優れていない。
流石に返信をしたためたら先生にバレるだろうと放置した。
……だがまたもう一通追いメールが。
『怒ってる? ちょ、え、ウソウソ! 別に良いから! さっき鞄で殴ったの、本気じゃないし、モチ。ちょっと新海に気づいて欲しかっただけだし……』
いや、だから返信しないのは怒ってるとかじゃなくて。
「――近頃は~我が校の誇りでもある3人が~」
え、逆に何でこの厳粛な雰囲気で気づかないの?
校長もお前の話題をわざわざ出してんだぞ!?
しかし、やはりメールは止まらず。
『……ゴメン。機嫌直して? その……罰とかお仕置きとか……ちょっとくらいなら受けるからさ? 勿論! 新海のしたいプレイとかでもいいし!』
俺はサッとスマホをポケットに突っ込む。
別に教師が近くを通ったから、とかではない。
人気者の逆井と、しかも今このタイミングでメールをしているというのも勿論隠すべき事ではある。
だがこの最後の一通だけは、最も世に出してはいけないものだと判断したのだ。
逆井のメンタルゥゥゥゥ。
アイツ何なの、何でこんな場面で打たれ弱さ発揮すんだよ。
ダンジョン攻略の時の頼もしさはどうした。
早いとこ……いや今日にでも、織部の件、進めないとな……。
「――つまり、この3名は、我が校や県だけでなく、今や日本そのものの誇りでもあります」
校長が逆井や立石、そして木田を称える拍手を促した。
体育館内は自然と生徒たちの手を叩く音に包まれる。
俺はその時、素直に手を叩くことが出来なかった。
それは別に自分自身が一番ダンジョン攻略に貢献している、なんてちっちゃな話ではない。
一連の流れを見ていて、織部のことを思ったからだ。
アイツはつい去年まではここの生徒で。
そしてクラスや学校全体としても人気者だった。
綺麗で、勉強もできて、正義感もある良くできた美少女。
そんな織部が消えても日常は回っていく。
だがそれでも、俺だけはアイツの頑張りを認識していてやりたかったのだ。
俺が一度も実際に手を叩くことなく、拍手の音は止んでいた。
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「あっ、お帰りなさいませ、ご主人様」
始業式ということもあり、早めに学校が終わった。
家に帰るとラティアが出迎えてくれる。
エプロンで手を拭いているところを見ると……早目の晩御飯の準備というところか。
そしてそのエプロンの下は……いつものサキュバスの衣装。
本当、家にいる時はその頻度が高いな……。
「いかがでしたか? 新しい学年での学校は」
「うーん……まあ大きくは変わらない、かな――あっ、そうだ、逆井と同じクラスにはなってた」
思い出してそれを口にした。
すると、ラティアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「まあ! それは良かったですね! リア様とご一緒なんて……フフッ」
……いや、まあ良いこと、なのかもしれないけど。
でもラティアさん……何でそんなニヤりとした笑顔になるんですかい。
逆井が俺と同じクラスだと、そんなにあなたにとって都合がいいの?
起きた時には殆ど覚えていないものの、最近ラティア絡みのちょっとえっちぃ夢を見ることも多い。
色々と気を付けなくては……。
「えーっと……あっ、そうそう。これから織部と連絡とるから」
話題を変える意味もあって、考えていた織部の名前を出す。
「カンナ様と? お帰りになって直ぐ……この時間からですか?」
流石にラティアも不思議そうに聞き返してきた。
「ああ……逆井と織部の関係――そろそろ動かそうと思ってな」
逆井さんのメンタル面のためにも、早く織部さんと再会させないと!
さあ織部さん、久しぶりに親友と再会できる日が来るよ!




