187.アグレッシブ過ぎんだろ……。
ふぅぅ……。
ではどうぞ。
「……いや、ばあちゃん。何で一緒にご飯食べることになってんの?」
「おばあちゃん、大勢で食べるの久しぶりなんだから。それに、もう明日帰るのよ? 少しくらい良いじゃない」
空木とそのおばあちゃんと、何故か昼食を共にすることになった。
定食屋に付く前に、俺とリヴィルは流石に遠慮しようと思ったのだが……。
「…………」
「フフっ、それに、ほらっ。この青年さんのおかげで、おばあちゃん、シーデーゲットできたんだから。ねっ?」
空木はおばあちゃんには弱いのか、溜め息を吐くだけでそれ以上は何も言わなかった。
……ここで俺達が断るのも、なぁぁ……。
「はぁぁ……“CD”ね」
空木は殆ど諦めたように口にしていた。
……何か色々と振り回されてそうだな。
「――ふぅぅ……で、どうしよっか? あっ、リヴィルちゃん、何頼む~?」
「うーん……私は、クリームコロッケ定食、かな。ハヤテは?」
「私は……うん。エビフライにする」
6人席、前3つの椅子に座る逆井達は既にお品書きを開いていた。
逆井以外はもう何を頼むか決めてすらいる。
一方でこちら側は……。
「……ねえ、何でウチがこのお兄さんの隣なの?」
「いいじゃない、おばあちゃん、隅っこが好きなのよ」
「むぅぅ……」
真ん中、リヴィルの前に座る空木に、何か警戒されてる……。
別に君がアイドルだってこと、特に気にしてないんすよ?
逆井とか赤星で、それこそ慣れてるんだから……。
「え、えーっと……逆井達が決まっちゃいそうなんで、こっちも注文、決めちゃいましょう」
返事があることは期待せず、俺はとっとと自分の頼むものを選んでしまうことにする。
ええっと……。
トンカツ、ミックスフライ、鯵フライ……。
あっ、コロッケ定食、一番安いな。
いいや、これで。
「――じゃあ俺、コロッケ定食で」
「っ!?」
ん?
何か隣から息を呑む声が……。
チラッと横を見ると、空木が丁度同じページを開いていた。
そして彼女の視線は、俺が頼もうとしたメニューそのものを見つめていて……。
「っっっっ!!」
「お、おい……」
空木はフリーズした体を再起動させ、メニュー表を繰り始める。
素早く目線を動かし、やがてピタッと止まった。
「ウ、ウチ! これにするから!」
空木が指さしたのは、半分のハンバーグがメインの定食。
そして女性に配慮したメニューなのか、その隅っこには小鉢に盛られたポテトサラダが映っていた。
「フフッ……」
「……何、ばあちゃん」
「いいえ、何にも」
空木、その不満、分かるぞ。
おばあちゃんや、その何か意味ありげな笑み、何なんすか……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――その、さ……今更なんだけど、いいの? 颯ちゃんも梨愛ちゃんも」
全員分の料理が運ばれ、食事が始まっていた。
そんな中、空木は割りばしの先を口にくわえたまま、そんなことを尋ねる。
そんな所作を“はしたない!”みたいに指摘することもなく。
おばあちゃんは美味しそうに味噌汁をすすっていた。
……うーん、良く分からん関係だな、この祖母と孫。
「ん? いいのって……ああ、新海君のこと?」
赤星が確認すると、空木は頷いた。
そして声を潜めながらも、自身の懸念を口にする。
「二人とも、今を時めくアイドル、でしょ? このお兄さんと一緒にいて、大丈夫なの?」
すると、赤星は間のリヴィルを飛んで、逆井と目を合わせた。
逆井もそれを受け、赤星と視線を交差させる。
一拍程、沈黙。
二人は前を向いて笑った。
「ハハッ、大丈夫だよ、美桜ちゃん。新海君だし」
「そそ、ツギミー心配し過ぎだし。新海だよ?」
……お二人さん、それは俺をフォローしてくれてるんでしょうか?
むしろ俺のことディスってるのかと勘繰りたくなるぞ。
「いや、どういう事!? このお兄さん何者なの!? っていうか目の前のお姉さんも謎の超絶美人オーラが凄いし!!」
リヴィルを指さしてツッコミ出したところで、おばあちゃんから愛のある柔らかな叱責が飛ぶ。
「こ~ら、美桜、人を指ささない」
空木はそれで、何か言いたそうに俺とリヴィルを交互に見たが……。
「う、うぅぅ……分かったよ」
諦めてまた食事を再開した。
……この子、おばあちゃん相手に激弱かよ。
「……あむっ……あむっ」
叱られたからなのか、それともそれが無くなるのが惜しいからなのか。
空木はチョビチョビとポテトサラダを箸で切り分け、口に運ぶ。
……ああそうか。
俺は逆井の顔を見て、以前のドッキリ企画のことを思い出す。
その際、この子の好きな物を聞き出していた。
そしてその過程で確か“芋料理”が好きだと、答えていたはず。
「…………」
自分のお盆の上に乗った皿、特にメインのコロッケを見る。
ようやくさっきの動作の意味が分かった。
――そっか……コロッケ、食べたかったんだ。
それならそうと自分も頼めばいいのに、俺と一緒が嫌なのか、半ハンバーグ定食にしていた。
はぁぁ……何か、世話が焼けるな。
「――なあリヴィル、コロッケ半分あげるからさ、そっちのクリームコロッケ、ちょっとくれないか?」
「? いいけど……んしょ。はい、マスター」
リヴィルは器用にお箸で切り分ける。
クリームが中から溢れることもなく、上手いこと俺の皿へと乗せてくれた。
俺はお返しに自分のコロッケを同じようにして、リヴィルへと分ける。
「…………」
リヴィルが俺のことを、普通ならあまり耳にしない“マスター”と呼ぶことなど気にもせず。
空木はじーっと今のやり取りを見守っていた。
そして上手く隠そうとはしているが、その視線は俺の皿の残った1/4の欠片に。
…………。
俺は気づかないふりをして、リヴィルから貰ったクリームコロッケを口に運ぶ。
そして一気に残りの白ご飯を平らげた。
「うわっ……このクリームコロッケ、美味いけど濃いな……一気にお腹一杯になったぞ」
そして2個あったコロッケの内残り1個、そしてその半分となったコロッケを箸でつつく。
「うわぁぁ……ここの定食、凄いボリュームなんだな。まだこんなに残ってるのか……食えるかな」
……チラッ。
俺が見ているのにも気づかず、空木の視線は俺の皿の上に釘付けだった。
「ウフフ……」
目線を上げると、おばあちゃんと目が合う。
“ごめんなさいね、気を使わせて……”
その目が、そう言っているように聞こえた。
……いや、別に大丈夫っす。
「おっ、そうだ! な、その半ハンバーグの残りとこれ、交換しないか?
「え!? なっ、何で!?」
「目測だが……今なら半ハンバーグ1/8とコロッケ1/4。好条件だぞ、今しかないレートだぞ? どうだ?」
疑問には答えず、悩ましい状況をさらに時間制限を設けて煽って見せる。
正常な判断を出来なくさせ、交換へと誘導するのだ。
……おばあちゃん、詐欺はこうして起こります、騙されないでね?
「――わ、分かった! か、返せって言っても、返さないからね!」
空木は素早く俺の皿からコロッケを掴み取り。
そうしてその箸を一度も下ろさず、口の中へと持っていった。
「ん~~~~~!! ホクホクッ! 美味しい、芋、芋だ芋!!」
最後の方の感想の意味は良く分からなかったが……。
まあ、幸せそうに食べてくれるのなら、いっか……。
「ふ~ん……マスター、そういうこと」
こ~ら。
リヴィル、察しが良すぎるのも、困り物だぞ?
リヴィルは空木の口、そして俺があげたコロッケへと視線を往復させる。
そしてわざとらしく自分もコロッケを口に運び、音を立てながら咀嚼した。
更に棒読みの食レポまでセットで付いて来て……。
「わ~。美味しいな~。マスターが口を付けたお箸で分けてくれたコロッケ、正に間接キスの味だな~」
「ブフッ――ゲホッゲホッ……」
空木が吹いた。
慌ててお茶を口に流し込む。
……リヴィルゥゥゥ。
そして頬を赤らめ……何故か俺が睨まれた。
「フフッ、良いじゃない美桜。貴方、昔からお兄ちゃん、欲しがってたじゃないの」
おばあちゃん、その情報……今要りますか?
「いや、ばあちゃん!? 今その情報要る!?」
……同じこと思ってたっぽい。
「ってかウチ別にこのお兄さんのこと何とも――」
「えぇぇ……もう普通に“お兄さん”って呼んじゃってるじゃない。無意識下の、潜在的な欲求って言うの? そう言うの、出ちゃうって言うでしょ?」
おばあちゃん、何でそんなノリノリなんすか……。
ああ、ほらっ、空木も怒って――
「っっ~~~~!――か、関係ないから!」
「えっ……」
「ばあちゃんを助けてくれたらしいこととか、コロッケくれたのも、その、嬉しかったけど……そ、それとこれとは、全然関係ないから!」
隣の席からグググっと顔を近づけてきて、頷くまで離れぬという気迫を感じた。
「お、おう……関係ないな、うん!」
「……よしっ」
ドスンと椅子に腰を下ろす。
これでこの話は終わりらしい。
「……ウフフ」
……おばあちゃん、若者をいたぶって面白いっすか。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「今日はお昼ご一緒してくださって、ありがとうございました」
「ああ、いやいや! アタシらも楽しかったです! ね、ハヤちゃん!」
「うん。お祖母さんも、明日北海道に帰られるんですよね? お気をつけて」
定食屋を出て、これから行く方向が違うので、空木達とはここでお別れに。
空木は未だお冠なのか、先を歩いて行ってしまう。
……と思ったが、20mくらい歩くとそこで止まって、おばあちゃんが来るのを待っている。
……おばあちゃん大好きっ子かよ。
「フフッ……あの子、アイドルの方は頑張っているみたいだけど、ダンジョンの方はまだまだみたいで……」
空木の耳に入らないからか、おばあちゃんは俺達にだけ聞こえるようにそう話す。
「未熟で捻くれ者で、扱い辛いかもしれませんが……とても根は良い子なんです。美桜のこと、どうかこれからもよろしくお願いします」
逆井と赤星に向けられた言葉だった。
二人は頷き合い、笑顔で請け負う。
「うん! ツギミー捻くれ者だけどいい子だってことは知ってるから!」
「彼女も立派なシーク・ラヴの一員です。私達も助けられることが多々ありますから、大丈夫ですよ」
その答えに満足したのか、おばあちゃんは目じりを下げて笑みを深めた。
そして、今度は俺へと向き直る。
「――青年さんは色んな綺麗な女性に囲まれてるから、あんまりあの子のことは目に入らないかもしれませんが……」
「はい? いや、ちょっとおっしゃってる意味が……」
本当に意味が分からないんですが……。
俺は慌てて話を止めに入る。
だがおばあちゃんはリヴィルに目線をやり、意味深に笑って見せた。
「フフッ。この前のあの綺麗なメイドさん――天使みたいなお嬢さんとも仲良しなんでしょう?」
「ああ……レイネのことだね、多分」
あの時、メイド衣装を着させた張本人だからだろう。
リヴィルは直ぐに誰のことを言っているのか分かったらしい。
おばあちゃんは朗らかに笑う。
「だから……最初は“妹みたいな存在”でいいんです。ちょっとだけでいいんです。あの子のこと、少しでいいから、気にしてあげてくれたら、とっても嬉しいわ」
「…………」
どう答えればいいんだろう……。
そう思い悩んでいると――
「――ばあちゃ~ん、何してんの!? 早くぅぅ!」
「あらいけない!」
待ちくたびれた空木が大きな声で呼ぶ。
おばあちゃんはそれで話を切り上げ。
……しかし、それで終わりではなく。
「えーっと……ああ、はい、これ!」
品の良いハンドバッグから、何かが書かれた紙片を取り出す。
そしてそれを俺に強引に握らせた。
「ちょ、これ、何すか!?」
「ん? 美桜の“めーるあどれす”っていうの? それ」
はぁぁ!?
何勝手に赤の他人に孫のメアド渡してんの!?
「もう、気にしないで。直ぐ恋――妹みたいな存在になるんだから」
いやだから何言ってんのこの人!?
しかも何か言い直したよね!?
「じゃあ、めーる、してあげてね? それじゃあ――」
「あっ、ちょ――」
だが止める間もなく、おばあちゃんは空木の下へと小走りに向かっていった。
……というか、逃げたな。
「あ、あはは……まあ、アタシらからも、先にちょっとツギミーに言っとくからさ。メール、してあげたら?」
「……はぁぁ。分かった、頼むわ」
逆井にそう言われ。
俺は仕方なしに頷いたのだった。
何なんだあのおばあちゃん、アグレッシブ過ぎんだろ……。
その夜のツギミー。
――――
「うわっ……梨愛ちゃん達が言ってたの、マジだったんだ……」
空木は今日会ったばかりの相手からメールが来たことに驚いた。
相手も困惑気味で、内容は無理して登録する必要はないということを語っていた。
「むっ……別に、無理とか、してないし……」
スマホを素早く打ち込み、登録を完了させる。
本人は“新海だ”としか書いてないが……。
“お兄さん”。
空木のスマホのアドレス欄には、そのように登録されることになった。
「…………別に、意識とか、してないし」
口元を隠すようにスマホを持つ。
空木は気づかない。
誰に、何に対して言い訳をしているのか……。
独りでいてばかりいることが災いし、本人自身は、そのことに気づけないのだった。
――――――
多分次とその次ぐらいに、逆井さんとルオの話をちょびっとして。
それから一話、掲示板回を挟もうかな、と考えてます。
まだ未定ですが……。




