185.ありがとうございました 後編
これで、一応握手会は一段落、のつもりです……。
ではどうぞ。
「下手に実力がない探索士が入っていったとしても、1対1の状況にはなるわけ、か……」
「――そっか。もし新海がボスを無視して出てたら……そのボス、外に出てたかもしれないんだね」
志木が全てを理解し、それを口にしてしまった。
最早そこまで行くと、俺の手の届く範囲を超えてしまっていて……。
赤星と逆井も、志木から与えられたピースを自分でドンドンはめ込んでいく。
……はぁぁ。
「ハルト、元気出して。えっと……“心は自由に出来ないけれど、私の身体は自由に出来る”よ?」
だから女騎士かって。
ってか、今はもうそんなことどうでもいい……。
はぁぁ……元凶なのに、コイツは気楽だな。
「そうなると……当然、この周辺一帯はパニックに」
そんな白瀬の呟きを受け、立ち直っていた皇さんも自分の推測を進める。
「はい……そして――握手会も、当然、中止になっていたはずです」
沈黙が流れる。
全部の事実・情報が机上に置かれてしまうと、いつかはこうなるかもとは思っていた。
特に志木や赤星辺りは勘も鋭い。
でもここまで早いとは……。
「え、えーっとそうでもないんじゃないかな? カエル、結構弱かったよ? 最後なんてトドメの一撃でボフンッって破裂してたし!」
どういう意図でこの足掻きをしたのか、自分でもよくは分からない。
ただこのままだと、何かがマズいと直感的に思ったのだろう。
身振り手振りを交えて、いかに相手が弱かったのか。
いかに大したこと無かったのかと口にする。
「――あれっ、新海君……その手」
そんな中での、思わず気になったという赤星の呟き。
しかし、それが呼び水となって、他の皆の関心を一気に引き寄せる結果となる。
「え……――ちょっ、新海、腕出して!」
「あっ、逆井、こらっ――」
逆井に肘を掴まれ、折角カモフラージュにと着ていた長袖をまくり上げられる。
「包帯……こんなに」
「陽翔様……えっ、手も、皮膚が、真っ赤なところ、一杯……」
逆井と皇さんの呟く声に、車内は一瞬静寂に包まれた。
本当に今はもう痛みもないのに、これだと何かもの凄い激戦を経た後みたいに――
「隊長さん、これでも物凄い薬草食べてたんだぜ?」
「私も、ルオに治療してもらったらって、マスターに進言したけど……“大したことないからいい。時間がたてば自分で治療できるようになる”って」
レイネ、リヴィル、お前らもか!?
四面楚歌かって!
いや、確かにそれも事実だよ!?
言ったよ、うん!
でもさ、タイミング!
タイミング考えてくれよ!!
あれ、ここって女子vs男子みたいな感じだったっけ!?
「私達……凄く握手会、楽しみにしてたもんね……」
「六花さんだけじゃありません。私、陽翔君が来てくれるって、握手会、シーク・ラヴで初めてだって、凄く凄く、舞い上がっちゃってて……」
ほらぁぁ、逸見さんも飯野さんも落ち込んじゃったじゃん!
それに連鎖されるように、他のメンバーも勝手に俯いていく。
……こういうのが、嫌だったんだけどな。
「――勝手に、握手会のことで、貴方を絡めて、一喜一憂して……」
そんな中、志木が一人、呟く。
他の皆に聞こえることなど気にしない、構わないという態度で。
腹黒い大人たちと接する機会の多い志木は、自分の言葉を、気持ちを隠すのにとても長けている。
そんな志木が、今の想い全てを打ち明けるかのようにして呟き始めたのだ。
「研究生のお披露目も上手くいって。ミニライブもこなして。握手会、ちゃんと最後までできて……」
「かおりん……」
「花織、御姉様……」
志木の側、関係性も近しい逆井と皇さんがその独白を間近で見守る。
その気持ちが痛いほど分かるというように、一切そこから目を逸らさず……。
「お客さん・ファンの人達、皆喜んでくれた――でも、その裏で、貴方は一人、戦っていてくれたのね。私達のそんな大切な時間を守るために」
「…………」
顔を上げ。
志木は視線を向けてくる。
それに対して、俺は直ぐに答えることが出来なかった。
その真っ直ぐな眼差し。
純粋な志木の想いに射すくめられたような気がして……。
「――い、いや~! 案外そうでもなくてだな!」
一拍ほど遅れて、慌てるように口を動かす。
「あのカエル野郎、姿消す癖して、服だけじゃなく人体まで溶かしてくんだよ! マジで個人的な怨恨だな、うん! 本当男の夢を壊すような――」
俺の口からその先が紡がれることは無かった。
いつの間にか立ち上がり。
そうして俺の前に志木がいた。
志木は極々自然の動作で俺の手を取り。
壊れ物でも扱うかのように、自身の両手でそっと包み込んだのだった。
「この手が、貴方の傷だらけの体が。私達の大切な時間を、思い出を。守ってくれたんですね――ありがとうございました」
そう言ってニコッと小さく微笑んだのだった。
だがその顔は……。
いつもテレビで見せるような、アイドルとしての志木でもあり。
そして、時に裏で目にするみたいな腹黒そうな志木でもあって。
どちらの要素もあって、でも、どちらでもない、そんな見たことないような顔だった。
…………。
「……えーっと?」
間が持たずに、何とかそれだけを言葉にする。
すると目の前の志木は、その時にはいつもの志木に戻っていて……。
「フフッ。“握手”。してなかったでしょ? アイドルの私との握手、どうだったかしら?」
……そりゃまあ、いいんじゃねえの?
他を知らんから、良く分からんけど。
「――あぁぁぁ! かおりん、一人抜け駆けしてるしぃぃ! 新海ッ、ほら、アタシも握手してあげる、手、出して!」
いつもの志木に揶揄われたと思ったら、逆井が見計らったかのように声をあげた。
「陽翔様! わっ、私も! 握手を、是非っ!」
え、いや、何!?
皇さんも!?
「あ、あはは……アイドルのリツヒ達が、握手を求めるんだ」
だよね、ルオ、可笑しい状況だよね!?
言ってやって!
「フフフッ……アイドルとしてのカオリ様が、ご主人様との処女握手を貰ったというわけですか……」
「も、もう! ラティアさん、変な言い方をしないで!?」
本当だぞ、ラティア!
何でもそういうえっちぃ系に持っていくの良くない!
でも……揶揄われて赤くなる志木ってのも珍しい。
これはこれで、良かったのかもしれないな……。
ああいや、変な意味じゃなく、この件の終わり方という意味で。
イベントの時間には間に合わなかったが、彼女達は皆、それを責めることは無かった。
全部知った上で、もう一度ここで、俺達だけで握手会をしようと言ってくれたんだ。
これで、今回のことは終わり――
「――あれ? でも、アイドルとしての握手、初めてって花織ちゃんなんでしょうか?」
……と思っただろう?
俺も思ってた。
でも飯野さんが何か言い出したんだが……。
「え? だって、かおりんが最初に抜け駆けして新海の手を握って――」
「だ、だから梨愛さん! 抜け駆けとか、そういうことじゃなくて……」
珍しい照れかおりんにて逆井に反論をする。
が、そんなこともお構いなしと言わんばかりに、飯野さんは思いついたままに独走。
爆弾を落としたのだった。
「――陽翔君がこの車に乗った時を思い出して、皆! 誰が陽翔君の手を引っ張って、この車内に連れ込んだ?」
…………。
俺も含め、車内に沈黙が流れる。
そして一部、頭の回転が速い組の視線が、スススッと前へと向いていく。
それは助手席にいた桜田――ではなく。
その桜田からしたら自分の右手側になるわけで……。
「…………え、何ですか、皆さん?」
――椎名さんは珍しく困惑を浮かべ、車内を振り返った。
彼女の視線が真後ろの逆井に。
そしてそこから自分の敬愛する主人、皇さんへと移り、二人の視線が交差。
椎名さんは理由のない安堵感を抱き、ホッと一息つく。
だが、主人はそうではなかったらしく――
「――椎名、伏兵っ!!」
「ちょ、御嬢様!? 何ですかいきなり!?」
「椎名さんも伏兵力高かったの!? マジもんの伏兵だし、忍者っ!? クールビューティーくのいち!?」
「梨愛様も!? えっ、“伏兵”!? 何のことをおっしゃって――」
場は一瞬にしてカオスに陥った。
志木の照れ顔もそりゃ珍しかったが……。
椎名さんがこれほどあたふたして状況に振り回されるのも、中々見られない場面だった。
「椎名さん……ようこそ、こっちの世界へ」
「颯様!? 何故にそのように悟った表情で!? っていうか、本当何かの誤解です、御嬢様、皆さん!!」
臨時の握手会はこうして、無事に終わりを迎えたのだった。
「おいっ!? そこの無関心装ってる問題の中心点っ! 着信の音楽の件、追及してやろうか!!」
「おっと皆、椎名さんへと群がるのはそこまでだ」
訂正。
“俺が無事で”終わりを迎えることが出来たのだった。
椎名さんの着信音楽を暗黒卿のテーマにしてたの、バレてた……。
うーん……椎名さんも伏兵力が高い御仁だったか(棒読み)。
裏では淫魔が暗躍し、その仲間達がバックアップしている……。
……主人公、やっぱりハイエース内で死ぬんじゃね?