182.ウチに任せな!
第三者視点で始まり、今回は主人公の視点は無しです。
ではどうぞ。
□◆□◆Another View ◆□◆□
「――え、ダンジョン、出たの?」
研究生のお披露目が行われる直前。
空木は志木、そして白瀬に呼び出されてそのことを聞かされた。
最初は相手が魔王と化した志木だけに、とうとう来たかと自分の死期を悟ったが、そんなことは無く。
白瀬の知り合いの探索士が、この近くにダンジョンがあるということを知らせてくれたのだ。
握手会もほぼ何事もなく終えることが出来た。
それから直ぐ、自分の遺影の心配をすることが無くなり、空木は一先ず安心する。
「ええ。だからお披露目や、ミニライブもそうだけど、常に臨機応変に対応できるよう、心構えをしておいて」
「は、はあ……うん、分かった」
空木はいきなりのことで頭が付いていかず、曖昧に頷いて返すにとどめる。
ダンジョンが出たというのなら、イベントを続けていても良いのか。
何なら自分達が行かなくても良いのか。
色んな疑問が浮かんでは、口を突いて出かける。
だがそんな疑問を先取りしたかのように、白瀬が首を振って応じた。
「だから、そっちは大丈夫。私達は要請がない限り、こっちに集中。ちゃんと探索士も向かってるから」
“貴方は分かるでしょう?”そういう視線を向けられて何のことかと一瞬訳が分からなくなる。
が、直ぐに今日あったことが思い出され、手をポンと打った。
「ああ、あの電話の人!? あれ、探索士だったんだ!」
相手が“梓川要”だと思っている空木は自分で言って、そう言えば彼も探索士だったか、と納得。
「えーっと……まあ、うん、そうね、それで合ってる」
白瀬の微妙な表情を見て、空木は疑問符を浮かべる。
合っていると言う割には、その顔が少し苦し気に見えたからだ。
「……ま、とにかく大丈夫ってこと。それに……ちゃんと助っ人も同行してるらしいから」
そうは言っても、白瀬の顔が完全に晴れたわけではない。
うーん……梓川要に会えない、もどかしさ?
だが自分で言っていて何だかしっくりこない。
――何だろう……。
「――皆さん、そろそろ準備、お願いしまーす!」
だが、思考をそれ以上進める時間は与えられなかった。
スタッフさんの声が聞こえ、一先ず考え事を打ち切る。
「じゃ、そう言うことだから、美桜、よろしくね」
「あ、うん……りょ――花織ちゃん?」
白瀬の言葉に答え、自分も歩き出そうとした時。
不意に、志木の様子が気になった。
そう言えば、他の主要なメンバーたちもそうだったが……。
志木はとりわけ、今日の握手会を楽しみにしていた。
朝始まる前、気合が入っていると声をかけて、嬉しそうに照れていたではないか。
そこではたと気づく。
――あっ、そっか、そういうことか……。梓川要に来て貰うつもりだったけど、彼、ダンジョンに行って来れないんだ。
その対象以外は随分かすってる推測。
だが空木本人は、さも志木の今の心情全てを理解したというように頷き、温かく声をかけた。
「――花織ちゃんさ、お披露目とミニライブ。終ったら、先帰っていいよ?」
「……へ?」
志木にしては珍しく、何を言われたのか分からなかったというような声が漏れる。
だが空木は気にせず、仮設ステージへと向かいながら告げた。
「梨愛ちゃんとか、颯ちゃんとか……もう皆連れてって。残ってもらってっも別にすることないから。じゃ、そういうことで――」
空木は返事を待たずにステージへと走った。
カッコよく決まった――からではない。
捻くれた優しさが通じておらず、もし志木の怒りの導火線に火をつけていたらと思うと怖かったからだ。
要するに舞台へと逃げただけだった。
――うへぇぇ……やっぱ慣れないことはするもんじゃないな。
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「――“シャルロット・ホワイト”と言いマス! よろしくデスネ!」
研究留学生のアメリカ人少女が自己紹介する。
この少女に対するファンの歓声はとりわけ凄かった。
相手はあくまでも研究生という立場。
現に彼女の前に自己紹介した10人ほどの研究生へは、単に温かい拍手なんかが圧倒的に多かった。
「シャルロットちゃーん、可愛いぃぃぃ!」
「金髪美少女ぉぉぉぉ! 待ってましたぁぁぁ!」
「一目見てファンになったよぉぉ! 踏んでぇぇぇ!!」
……一部不適切な声援も聞こえるものの。
概ねこの声援の熱量、純粋な大きさが、彼女のポテンシャルの圧倒的な高さを示していると言えた。
日本で言う高校生だというのに抜群のプロポーション。
誰もが見惚れる程の魅力的なフェイス。
そして日本のアイドルとしては珍しい金髪・青い瞳というのもちゃんと全体とマッチしていた。
「OH!! アリガトございまーす! 嬉しいデスね、フフッ!」
彼女がサービスだと言わんばかりにウィンクを決める。
それにファンも答えるように、歓声も大きくなった。
――凄いな~。もうウチ、この段階で超えられたんじゃね?
そんな様子を俯瞰するように、空木はぼーっと眺めていた。
さっき偽りのパンケーキ二枚の白瀬と話したばかりだ、純粋にこの欧米ド級のダブルメロンには感心する。
勿論容姿・カリスマ性・その他もろもろについても、手放しで凄いと褒めることが出来た。
――でも……何だろう、何かウチ、あんまり自分で思ってるほど、驚いてない?
「――いやもうマジでシャルロットちゃんエッろ! マジエロじゃん!!」
逆井の声を耳にしながら、空木はこの研究生内で一番の目玉少女を眺めていた。
司会進行をちゃんと逆井と共にこなしながらも、頭は別のことを考えている。
この捻ドル、地味に色々なスペックは高かったのだ。
――あっ、そうだ、ばあちゃんの前に握手したあの天使のお姉さん! あれがあったから、そこまで驚いてないんだ!
脳に栓をしていた物がとれたみたいに空木はスッキリする。
殆ど会話らしい会話もなかったが、空木にとってあの金髪美少女との時間はそれだけ衝撃的だったのだ。
――あのお姉さん、ばあちゃんを助けてくれたんだっけ。見た目もそうだったし、ウチと違って、きっと天使みたいに清い心なんだろうな……。
……空木は知らない。
今その天使がとある青年と二人きりでいることも。
そして色々と想像しては鼻血を出しかけている、なんてことも。
「――じゃあ、最後の子で~す! 自己紹介をどうぞ~」
空木は残り一人を前へと誘導し、マイクを向けてあげる。
このお披露目の時間、多くは空木が主導で回していた。
逆井も適宜助けてはくれるが、主にやっていたのは空木の方だった。
――梨愛ちゃんも、花織ちゃんと一緒で梓川要が気になるだろうしな~。ウチが頑張るしかないよね……。
優しさから来る気持ちなのは良いことなのだが……勿論、空木は肝心な、一番重要な主体の部分を間違えていた。
まあそれが大きく影響するわけではないので、誰かがその間違いに気づくこともなく、空木が間違ったまま放置されているのだが……。
「――え、えっと! その――」
前に進み出た少女はとても可愛らしい容姿をしていた。
少女の印象に似合ったフワッとした長い髪の毛。
線も細く、おどおどした様子は一見頼りなさを思わせるも同時に庇護欲を掻き立てた。
しかし一方では折れない芯の強さみたいなものも合わせて感じさせる。
誰もが無視できないような、不思議な魅力を持っている少女であった。
――キィィィン……
ハウリングが起き、思わず耳を塞ぐ。
起こした本人も思わず目を丸くし、そして異音が収まると物凄くあたふたし出した。
「あ、ああ大丈夫大丈夫。落ち着いて、はい、もう一回、どうぞ?」
空木が先輩らしく器用に対応して見せる。
一度自分の声を通してハウリングが起きないことを示したのだ。
研究生の少女を宥め、再びマイクを向けてあげる。
少女は胸に手を当て、2度、深呼吸。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ――
――キィィィン……
「ウグッ!」
今度は呼吸の息で音が発生。
「ふえぇぇん! ごめっ、ごめんなさい!」
「ちょ、君呪われてる!? 今までの進行でこんな音出なかったよ!? 息してハウリングが出るってちょっと凄いね!!」
謝り出した少女に空木はすかさずツッコミを入れた。
それで会場は今日一番の笑い声が起こる。
「いや本当! えっ、“ヒジリん”って“九条聖”って名前なんだよね!? 光っっっ、って感じなのに、呪いの影があるよ!」
逆井もそれに乗ってくれる。
研究生の少女は皆胸元に名前と年齢を書いたワッペンを付けていた。
それを使い、上手く彼女の名前も会場へと伝えたのだ。
――上手いな、梨愛ちゃん。さっき、研究生“夏生椎名 2X歳”をいじって見せた六花さん並みだね。
連続した笑いで会場は更に盛り上がり、とても雰囲気は良くなっていた。
あちこちから研究生の少女を応援する声が飛ぶ。
それに励まされた少女を見て、空木はタイミングを図り、マイクを前に差し出す。
今度は音の邪魔も入らず、彼女の声だけが会場へと広がった。
「――あの、逆井さんからもご紹介していただきました、九条聖です」
九条は先にマイクの異音の件を謝り、研究生に応募した経緯を語った。
「私、鈍臭くって、お母さんに“ダンジョンにでも行って、根性直してこーい!”って、それで研究生になりました!」
はわあわして焦ったのか、ゴッソリと大事な過程を飛ばしている説明。
会場はやはり笑い声に包まれる。
でもそれは温かく雛の成長を見守るような、そんなもので。
――ああ、これは掛け値なしに凄い。さっきのシャルロットちゃんだけかと思ってたけど、これは……うん。
空木は彼女から一番近い位置で、その一連の光景を見守った。
「――推薦してもらった、花織さんみたいな! 素敵なアイドルになれるよう、頑張りたいです!」
この後行われたミニライブ含め、会場は今日一番の盛り上がりを見せたのだった。
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全てが終わり、何もなければこの後は反省会が行われることになっていた。
事務所も学校も違うメンバーが一同に会せる場面はそう多くない。
なので、こうしたイベント事の後には時間を取り、その日の反省点をその日の内に話し合うのだ。
だが、空木はそれを断った。
見送りに来て、後は任せてくれと請け負う。
「……本当にありがとう、美桜さん。必ずこの恩は返すわ」
ハイエースに乗り込んだ志木から直々に礼を言われ、こそばゆくなる。
開けた窓から顔を出す志木に目は合わせず、空木は手をしっしと払った。
「……早く行ったら? あんまりここでとどまってると、堀田プロデューサー達に見つかるよ?」
事実、空木はどうやってあの面倒くさい男達へと言い訳してやろうかと今から考えていた。
白瀬や逸見、そして飯野の会社のプロデューサーであると同時に、“Rays”の総合プロデュースも務めている。
下手な言い訳だと色々と都合が悪い。
「……フフッ。貴方にも、彼を引き会わせてみたくなったわ」
志木の言葉に、空木はそれこそ首を振った。
――いや、ウチ、別に不思議系にも、そもそも男にも全く興味ないし。
そして一瞬、自分がもし異性に惹かれるとしてもという仮定を考えてみた。
――百歩譲っても、ウチが惹かれるとしたら、それは……ウチだけじゃなくて、ばあちゃんとかも大事にしてくれるような優しい人、かな。
「ほらっ、さっさと行った行った」
「――はい、では空木様、失礼します」
助手席の窓が開いたと思うと、椎名の声が飛んできた。
ハイエースの運転は、彼女が担っていたのだ。
――流石だな、椎名さん。伊達に“2X歳”でアイドルしようとしてるわけじゃ――
「――今回は見逃しますが……次はありませんよ、空木様」
「う、うっす!」
――ヒェェ!? ココロ!? ココロヨマレタ!?
そうして恐怖を感じながらも、空木は去っていくハイエースを見送ったのだった。
「――あっ! いたいた、美桜っ! 他のメンバーは!? 反省会はどうした!?」
自分の荷物を取りに、準備スペースまで戻る。
丁度そこで、件のプロデューサーと出くわしてしまった。
昨年の夏ごろ、とある超一級品の原石スカウトで手酷く失敗したらしいという噂は聞いていた。
そのトラウマからようやく立ち直った彼は、基本的には優秀だが……。
――今に限っては、ちょっち面倒くさいな~。
「皆? 帰ってもらったよ」
「はぁ!? 何で――」
「――“1日休暇権”。有難く使用させてもらいました。いや~ウチ、握手会でもうくたくたでさ、反省会なんてやってられないから。今日はもう無しで、ってことで」
それを聴いて、唖然とするプロデューサー。
空木は強引に推し進めて既成事実化させるつもりだったが、特に反論もなかった。
こうして、彼女は。
恋する乙女たちが、恋焦がれる相手の下へと駆けつける手助けを、見事成し遂げたのだった。
――それにしても、あの志木ちゃん達が、“梓川要”を、ねぇぇ。恋は人を変えちゃうんだな~。
……勿論、その相手を間違えていることは最後まで気づかなかったが。
――さーって、休暇権、使っちゃったから、ウチも休もうっと! ばあちゃんは確か駅近くの店で晩飯取るって言ってたし……ウチも行ってみよっかな?
そして、知らず知らずのうちに、とある青年がいる方向へと引き寄せられていることにも、勿論気づいてはいなかった。
□◆□◆Another View End◆□◆□
ふぅぅ。
さて、次話は修羅場っと……。
……え、違う?




