176.まるで恋する乙女の表情……。
お待たせしました。
握手会当日です。
でも握手会自体はまだ始まる前です。
最後、また第三者視点となります。
ではどうぞ。
「ふぁぁぁ……おいーっす」
欠伸を噛み殺しながら、軽く手を挙げて挨拶する。
前日に来て、ビジネスホテルを利用しても流石にこの時間はしんどい。
しかし、未だ朝の4時というとても早い時間にもかかわらず。
「おはよう、ハルト。皆も」
梓は全く眠そうな様子を見せず、俺達にそう返す。
集合場所である、本日の握手会が行われる県民ホールの最寄り駅。
まだ始発すら出ておらず、周りに俺達以外の人影はなかった。
「じゃ、行こっか」
梓は合流すると、スッと反転。
殆ど説明すらせずに歩き始めた。
以前に“風竜の鱗”と交換条件だった、俺の衣類を受け取ることすらせずに、だ。
「おっ、おいおい! ちょ、待てよ!」
別に狙ったわけではないが、有名なフレーズが口から出てしまう。
だが梓も、そしてラティア達も。
誰一人として知っている者がいないのが、返って更に恥ずかしさを増す。
皆、異世界出身だった……。
「ん? 何?」
「いやいや、この時間に集合することになった訳を、もう少し詳しく教えてくれよ?」
遅れないよう梓の隣を歩き。
本当なら9時集合のところ、5時間も早まってしまった理由を尋ねる。
「……直ぐに分かる」
梓はそれっきり、口を噤んでしまう。
だがそれは別にふざけてるわけでも。
まして俺達を揶揄っているのでもないと分かる。
真っ直ぐ前を向き、歩く速度を緩めないその姿勢は真剣そのものだった。
「……分かった。後でちゃんと説明、頼むぞ?」
「ん」
会話はそこで終わる。
しばらくの間、俺達は無言で梓の後に付いていった。
「――はぁぁ……なるほどね……」
しばらく歩いて、梓が足を止めた先。
コンビニと居酒屋の間にある狭い路地の奥。
そこにあるものを見て、俺達は梓の態度の訳をようやく理解した。
「……こんなところに“ダンジョン”ですか」
ラティアも険しい表情をして、グニャグニャとうねる入り口を見る。
「……よく見つけたね、こんなところ」
感心したようにリヴィルは梓へと尋ねた。
だが梓はこれに首を振り。
「違う。私も自分で見つけたわけじゃない。アスカに教えてもらった」
「白瀬が?」
その確認に、無言で頷く梓。
そこで初めて梓は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ゴメン。昨日、アスカに、相談された。で、私が一人で何とかするって、言った。でも……握手会までに間に合わなかったら、アスカ、心配するから」
なるほど……。
つまり、握手会前にこのことを知った白瀬は、当日の握手会に何か悪い影響が出ないか心配になったと。
それで梓に相談したら、梓が請け負い、そこから俺達に……。
「……ここまで連れてきて、見せてから言うのは卑怯だと分かってる。――だから、お願い、力を貸して欲しい。お礼は、勿論、何でもするから」
梓の行動は、要は、白瀬を。
もっと言うと、握手会に臨むシーク・ラヴのメンバー皆を想ってのことだ。
一人では解決できないかもしれないと俺達の力を当てにしてくれたのも、逆に言えばそれだけ俺達の実力を認めて、頼りにしてくれている証拠でもある。
「……ふぅぅ。――貸しだからな、今度、何か奢れよ?」
俺の言葉を聞いて、梓の表情に、少しずつ喜びの色が広がっていく。
嬉しいからなのか、珍しく動作過多で、頻りに頷き返してきた。
「うん……うん! 任せて欲しい。ハルトには特に着るために貰う衣類のことで、世話になってる。だから、何でも言ってほしい! ちゃんと言うことを聞くから!」
自ら借金の元本を認めて増やしていくスタイル!!
何お前、破滅願望でもあんの!?
「いや、気を使って“何か奢る”ってだけで解決しようとしてんの! わざわざ自分から借りを重くしないで!?」
比較的メンバー内で常識人なルオへと視線を送る。
何とかしてくれという願いを、ルオはしっかりと受け取って、力強く頷き返し――
「――あっ、じゃあボク、アズサお姉さんのヌード見たい! ストック作る研究をするのに、凄く良いんだ、これが」
清々しいまでの裏切り!!
“凄く良いんだ、これが”じゃねえよ!?
えっ、じゃあ、えっと、レイネ――
「“何でも言うことを聞く”……隊長さんの命令に、逆らえない……あんなことや、こんなことでも……あっ、鼻血っ――」
――はダメだった!
後はラティアとリヴィルの2択。
ここは、ヤバそうと思ってる方が、実は意外に正解だと見た!
ラティア、この状況、何とかしてくれっ――
「フフ、フフフ……“着るために貰う衣類”。そこの所、詳しくお教えいただけないでしょうか……」
ギャァァァァ!
引き込まれそうな程のうっとりする笑みぃぃ!
でもその瞳は光を失ってる!
ブラックホールスマイルゥゥゥゥ!!
がが、ラティアががががががが……。
「……はぁぁぁ。皆も、マスターも。早いとこ入って、早いとこ攻略しちゃおう? こうしてる時間自体、ロスじゃない?」
お、おお!
……すまぬ、リヴィル。
初めからリヴィルに頼ればよかったよ……。
「むむっ、リヴィル、一人だけ点数稼ぎですか、ズルいです……」
……ラティアさん、変なところで対抗意識燃やさない。
そんなこんなで色々あったが、俺達は早速、ダンジョン攻略に乗り出したのだった。
□◆□◆Another View ◆□◆□
「はぁぁ……嫌だなぁ、面倒くさいなぁ……」
空木美桜は溜め息を吐く。
そしてアイドルらしからぬ濁ったような瞳で、会場内の準備スペースを見渡す。
彼女含めシーク・ラヴのメンバー12人が、一つの部屋でそれぞれメイクや衣装など、その準備を進めていた。
それを見るにつれ、これから多くの人と触れ合わねばならないことを嫌でも理解させられる。
誤解があるといけないので言及しておくと、空木は別に握手会自体に不快感を持っているわけではない。
人との握手が不潔だとか、こういうイベント自体がオタクっぽいとか。
そう言う偏見は特にないのだ。
なら何が嫌なのかというと――
「――ウチ、働きたくないでござる……」
単に仕事が嫌なだけだった。
「……ダメですよ? 美桜様。お仕事、頑張りませんと」
空木の独り言を拾い、プリプリと怒って見せるのは皇律氷だ。
年も1つ違いということで、比較的親しい間柄。
いつもこうして仕事を嫌がる空木を、律氷が窘めていた。
「楽して金稼ぎがしたいです、安〇先生……」
「あんざ……? えっと……恩師の方か、どなたかですか?」
生粋の御嬢様とあって、ネタがほぼほぼ通じない。
空木は軽く苦笑いしながら手を振る。
「いや、ゴメン何でもない。……うん、皇ちゃんに言われて、ウチが間違ってたって分かった。出来るだけ、頑張ってみるよ」
「はい! うふふ……頑張りましょうね、美桜様!」
律氷は自分の思いが通じたと上機嫌に離れていく。
その後姿を眺めながら、空木は思う。
――ふへへ、御嬢様、実にちょろい相手だぜぇ。
……と。
話を長引かせると、いつも椎名が現れる。
なので、空木は律氷と話すときは、大体自分が折れて片付けることにしていた。
――それにしても、いつにもましてお洒落してるな、皇ちゃん。恋する乙女かよ。
だが心の中ではこれである。
――ウチにかかれば即座にバレるぜ、そんなの。ふへへ、ちょろいぜぇ、ワイルドだろ~。
最近、周回遅れでハマった、一昔前に流行したワイルドな芸人風に。
しかし、ボリュームは抑えに抑えて小さく呟く。
「――何が“ちょろい”のかしら?」
「うげっ……」
今のを聴きとられたらしい。
どんな地獄耳してんだよとうんざりしながら、空木は相手へと振り返った。
「いや? 最近のギャルゲーはチョロインが多くて困るってこと。うん、それだけ。志木ちゃんが気にすることじゃないよ」
「ふ~ん、そう……」
上手く誤魔化せただろうか、と内心空木は冷や汗をかく。
しかし、目の前に現れた志木は、不審げな視線でじーっと空木を睨みつけていた。
……空木は知っている。
志木派閥と白瀬派閥が主に対立関係にある、なんてネットではよく面白半分で言われている。
が、しかし。
――志木花織は、もう既にシーク・ラヴをほぼその手中に収めている。
更に言うならば、空木は目の前の御嬢様に、表と裏の顔があるとも睨んでいた。
アイドルの時や自分の御嬢様学校にいる時などでは、可愛い可愛い美少女花織を見せている。
――でも、それは仮面だ。偽りの自分。つまり、その仮面の下には、裏花織がいるはず。
集団内で生き残る術として人間観察を磨いてきた空木は、自分の見立てに自信があった。
「――で、律氷と何を話していたの?」
彼女と律氷がとても親しい先輩後輩の仲であることは周知の事実。
だがあまりに正直に打ち明けすぎると、また自分が怒られることになる。
先の未来を読んでその光景を幻視した空木は……。
――ううむ、面倒臭い、はぐらかそう。
話を逸らすことにした。
「ええっと……ま、頑張ろうね、って。それだけ。――ところで、志木ちゃん、今日、一段と気合入ってんね?」
普段から隙が無く、全てを完璧に決めていることは知っている。
だがそんないつも以上に、志木の化粧や衣装が念入りになされていると、空木は気付いた。
「あらっ!? そ、そうかしら……」
意識を少しでも逸らせればいいかな、程度だった。
だが、どうしたことだろう。
いつも会話においても隙を見せない志木が、それを指摘され、照れている。
――ん? んんん!?
嬉しそうな、恥ずかしそうな……まるで、恋する乙女のような仕草。
――あれ、さっきも同じような感想、思った様な……。
「ま、まあ、勿論おかしいってことじゃなくって。むしろ綺麗さ可愛さに磨き掛け過ぎ。来たファンの人皆を虜にする気か、って思っちゃっただけだから」
「そうかしら? ……フフッ、ありがとう、美桜さん」
「い、いえ……どういたしまして」
会話を終え、上機嫌で去っていく志木を見て。
空木は茫然としながらも、こう思わずにはいられなかった。
――あ、あやつ! メスの顔をしておる!!
□◆□◆Another View End◆□◆□
次の書き始め、また第三者視点から始まるか、それとも主人公たちの視点に戻すか、まだ決めていません。
前書きでお知らせはしますので、大丈夫とは思いますが一応お知らせしておきます。




