173.いいんだ、うん、大丈夫……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「ルオッ、その姿は色々とヤバい! 今すぐに他のストックにしてくれ!」
「ええっ!? えっと……そんな、急に言われても……」
肩を掴み目の前にまで顔を近づけ、必死に頼み込む。
ここで織部が丁度帰ってくる、なんてことにはならず。
まだルオがその姿を変えてくれる猶予があった。
しかし、ルオは突然のことで良く分からず戸惑ってしまっている。
「織部は、その……そ、そう! 結構さ、体型を気にしてるんだ! だから、今その姿で会ってもらうのはちょーっとマズい、かな?」
これはある意味真実を捉えている。
だが今のルオの姿は全体的にポチャッとした感じ。
つまり、言葉の意味的には“織部は女の子らしく、太っていると思われるのは嫌だ”くらいに伝わるはず。
「あっ、お話中で……そっか、そうなんだ……うん、分かった、誰でもいいんだよね?」
「ああ、そうだ、誰でもいいんだ。今後アイドルやるんだったら、こういう突発的なことは沢山出てくるぞ? 練習だと思って、な?」
ルオは俺の想定したような意図をキチンと察してくれる。
そして直ぐに【影重】を発動。
ふぅぅ……これで、最悪の事態は避けられた。
“無”または“貧”の世界に住む織部にとって、あり得たかもしれない“巨”の自分を見るなど、地雷以外の何物でもないからな……。
コスプレだろう女子高生の制服姿だったルオは、また別の体へと変わっていく。
それは何だか見覚えのあるシルエットで、さっきよりもかなりスラッとしていた。
発動が終わり、その全体像がハッキリとしてくる。
『――ふぅぅ……すいません、ちょっとサラに説教食らっちゃいました』
『全くもう、カンナ様は直ぐにご自分を見失うんですから……』
丁度、復活した織部がサラを引き連れて戻って来た。
織部と同様に、俺の側にも最初にはいなかった相手がいて……。
ルオが演じるその女性は、先程とは違ってちゃんと凹凸がハッキリしていた。
それは今、正にDD――ダンジョンディスプレイに顔を出した美少女そっくりで……。
『――え?』
そのエルフの彼女は、画面向こうにいる自分を見て、息を呑んだ。
……そりゃそうだ、そこには自分に似た姿の少女がいて。
そして異世界、異国の学校の制服姿をしていたんだから。
「――ふぅぅ……えっと、ご主人……あっ、違った。――“ニイミ様”、これで、宜しいですか?」
ラティアや織部はちゃんと識別できるほどに、似てない部分が明確だったのに。
また一番見られたくない相手――“サラ”が現れた今、何故かルオの【影絵】は驚きのハイクオリティを叩き出す。
『…………』
画面向こうのサラの沈黙が痛い。
そして俺も同じく、声を上げられなかった。
今にして思う。
……何で“誰でもいい”なんて言ってしまったのか。
普通に“ルオ自身に戻ってくれ”で良かったではないか
そして何故ルオもルオで、こうピンポイントに“サラ”を選んだのか……。
「ええっと……あれ? 何か、マズかった、かな?」
口調が若干ルオの物に戻ってくれても、もう色々とタイミングが悪かった。
何とか無かったことに出来ないかと、再びベッドに腰かける。
が、鋭い視線が俺を射抜き。
更に追い打ちの言葉が飛んでくるのだった。
『――サラの“制服コス”ですか……新海君はサラにそういう服を着せて楽しむのが趣味ですか、そうですか……』
グフッ!?
『そ、その……ニイミ様……お恥ずかしいです』
本人が照れて、頬に手を当てる可愛らしい様子も、今の俺には追撃にしかならない。
『現役でピチピチの女子高生がいるのに……やっぱりエルフ巨乳美女ですか! 地球の文化に不慣れそうな美人エルフにコスプレさせるのがそそるんですか、ええ!?』
織部がぷんすかと怒る姿を横目に、俺は悟りの表情を浮かべる。
「え、えっと……ご主人? ボク、何か悪いことしちゃった?」
泣きそうな表情で落ち込むルオに、仏のような笑顔で応じた。
励ましつつも外に出て、自分の部屋かあるいはリビングに戻るよう促す。
「大丈夫だ、うん。俺は大丈夫だぞ~」
「ご主人、あの、その、顔が、何か凄いことに……」
「――うん、大丈夫なんだ~」
大丈夫だの一点張りで押し通した。
ルオを見送った後、戻ってDDの画面に再び向かい合う。
『その、ニイミ様……ご希望の衣類を送ってさえ下されば、いつでも、その、私は着替えてお見せします、ので……』
『ふーんだ! 制服フェチの新海君なんて知りません! ……私だって、制服くらい、言ってくれたら、いくらでも着るのに……』
「……そうか。じゃあまた今度、通販で目ぼしい物でも見つけたら頼むことにするよ、二人に」
半ば白目を剥きながら答えていたかもしれない。
『!! も、もう、しょうがないですね……仕方ないから、その、着てあげます……』
だがそれで織部は多少なりとも機嫌を直してくれたらしい。
自分の尊厳を犠牲にはしたが……。
何とか爆弾と爆弾がぶつかることは回避できたらしい。
……本当、ルオと織部は今後出来るだけ近づけないようにしないと……。
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『ありゃりゃ……結構見逃してしまってますね、今どうなってるんでしょう?』
再びテレビのドッキリ企画を二人で見る。
俺が一人、爆弾処理班として孤独な闘いを進めていた間に、CMは勿論終わっており。
話は随分進んでしまったようだ。
「うーん……何か、逆ドッキリっぽかったらしいな」
テレビを見ると、何故か逆井と飯野さんが追い詰められている。
空木が目に涙を溜め、今にも泣き出しそうになっていた。
しかしそれは、逆井や飯野さんに誕生日を祝われた嬉しさからくるものではなく……。
“ウっ、ウチっ、シーク・ラヴのメンバー、皆、大好きで、誕生日も、ちゃんと皆の覚えて、て……だから”
“ご、ゴメン! ツギミーの誕生日、今日って聞いててさ! だから、その、今日にサプライズしようって”
“そうなの! 美桜ちゃん、本当にごめんなさい! 私、スタッフさん達に何回も確認して、今日だともう確信しちゃってて!”
今ので大体把握した。
逆井と飯野さんはサプライズしたは良いものの、その誕生日を間違えたということか。
……で、空木はそれを悲しんで泣いている――フリをしている、と。
丁度ナレーションが状況を解説してくれる。
“実際に空木さんの誕生日は今日で合ってるぞ! でも、二人は完全に間違えたとあたふたしている! 飯野さんに至ってはもう企画でやってましたと無意識にバラしちゃった!”
『うわ~この子迫真の演技ですよ。って言うか番組もこんな企画するなんて、性根が捻じ曲がってませんかね……』
番組の制作側も、きっと織部には言われたくないだろうな……。
『……新海君、何か?』
「いや? 何も……」
“スタッフ、さん? ウチの誕生日って……やっぱり、番組とかの企画でもないと、祝って、貰えないもの、なんだ……ウチ、やっぱりシーク・ラヴの厄介者なんだね……”
関西っぽさを想起させない、一人称のイントネーションで何度も自分を卑下していく。
確かこの子、関東出身だったっけ……まああんまり関係ないけど。
“ちっ、違うから! 何言っちゃってんの!? そう言うことじゃなくて!”
“そ、そうだよ! 何なら私の方がお荷物なんだよ! いつも飛鳥ちゃんに怒られてるし! おバカだし、鈍いし! それに、いつも花織ちゃんに怒られているし!”
「飯野さん、焦りすぎて同じこと言ってる……あっ、そうか、主体が違うか」
『凄いですね……“花織ちゃん”って、“志木”さんって方ですよね? 確か凄い綺麗な美少女で、御嬢様で……その子をいつも怒らせるんですか』
「まあ、志木は、なあ……」
黒かおりんどころか、白かおりんすらまともに知らない織部からしたら、信じられないことなんだろう……。
まあ知らなくても良いことは、世の中には一杯あるってこだ。
“思わぬ所でメンバーの白瀬さん・志木さんの共通点が知れたところで! そろそろ二人が可哀そうだ! ここらで、ネタばらしと、行こうか!!”
ナレーションに続く様にして、空木がとうとう泣き出す――演技をする。
そしてこの場から逃げ去るようにして飛び出していった。
“あっ――”
“待って――”
二人は固まっていた。
そしてしばらくして、我に戻る。
部屋から出た空木を追いかけようと、逆井と飯野さんも慌てて部屋から駆けだした。
だが、外には最初は無かった壁が用意されていて……。
“うわっ!? ちょっ、何っ!?”
“うぎゅっ――”
逆井はその能力を活かし、ギリギリのところで回避。
一方の飯野さんは、逆にお手本の様に壁へと見事にぶつかった。
『おぉぉ……梨愛、凄いですね、今の』
「流石だな、逆井の奴は……」
スタジオも逆井の華麗な回避に感嘆の声が上が……ったかと思うと。
直ぐその後の飯野さんのおバカっぷりを見て、盛大な笑い声に変わった。
板の壁は、廊下の空いた空間へと上手いこと回収されて行く。
そしてその後ろに隠れていた空木がプラカードと共に、二人の下へと近づいていった。
“てってれ~。ドッキリでした~”
その一言に。
逆井はキョトンとし。
飯野さんはそもそも、まだ衝突の混乱自体から立ち直れていなかった。
それでまた一笑いが起きる。
“えっ、え? どう言うこと? えと、ドッキリって、今さっきまで、アタシらがやってて……でも、ツギミーの誕生日が違ってて……”
唯一対応できる逆井が、混乱した今の状況を整理していく。
“だね~。ウチ、今日誕生日だったんだ。さつま芋ケーキ、後でちゃんといただきます。ども~”
さっきまでの泣きの名演技はどこへやら。
空木は全くの別人のように怠けた声で、逆井の答え合わせに付き合う。
“えっ、えっ!? じゃ、じゃあ! 要するに、騙されてたの、アタシらってこと!? うわ~最悪だし~”
更にプラカードをひっくり返し、空木はその板面をカメラに向けた。
“そゆこと~。仕掛け人成功の報酬、1日休暇権、ゴチになります~!”
『良い性格してますね、この子。告知もちゃっかり済ませてます』
「確かにな~」
プラカードの裏面には今度の握手会の日程と“是非来てね!”という文字が。
全てを理解した逆井と飯野さんはだら~っとその場に崩れ落ち。
しかし、最後はちゃんと空木と共に告知をこなすのだった。
『……はぁぁ、面白かったですね』
「もう、良いのか?」
逆井達のドッキリを見終わって、織部は穏やかな表情でそう言った。
『はい。梨愛が楽しそうに過ごしているのを確認できたので、十分です』
織部が満足そうなので、俺もそこは特に言及せず、テレビを消す。
だが、先ほどのルオの一件が引っかかっていた。
それは別に悪い意味ではなく、むしろヒントを貰ったような気がしていたのだ。
だから、このまま終わらせるのも、何だかしっくりこない。
「……なあ、織部、あのさぁ……」
俺はそこで思い切り。
ちょっと提案してみることにした。
「――そろそろ逆井に、織部の姿を、チラッと見せてみたり、しないか?」
織部さんとル織部さんの対面は、まだ先ですね……。
その代わりと言っては何ですが、別の顔合わせがあり得る、かも……。




