172.ぎゃぁぁぁ! ニセモノ!!
まだ握手会の話ではありません。
が、ちょっとだけ先日申していたシーク・ラヴの一人が出てきます。
まあ、そこまで気を張らなくても大丈夫です。
一先ずはサラッと物語それ自体を読んでいただく、それだけで。
ではどうぞ。
「よっと……ほいっ。これでいいか?」
テレビ画面が良く見える位置に、DD――ダンジョンディスプレイを置いた。
『ありがとうございます。わぁぁ……生でテレビを見るなんて、凄く懐かしいですね……』
向こうの織部はとても感慨深そうに呟く。
ようやくシルレが治める町に戻って安心したのか、故郷が恋しくなったらしい。
逆井達シーク・ラヴの握手会がもう直ぐだと言った近況報告をすると、是非テレビが見たいと言い出したのだ。
申し訳なさそうに頼み込んでくる織部を見ると、流石に断ることなんてできなかった。
「そっか……逆井が出る番組が丁度だったから、タイミングが良かったな」
俺はそう言いながらリモコンを取った。
チャンネルをいじり、その番組に合わせる。
握手会の告知のためか、このところシーク・ラヴの誰かがテレビに出ることが増えていた。
昨日は白瀬と皇さんをクイズ番組で見かけた。
志木と逸見さんも一昨日に朝の情報番組に出てたし、そういう時期なんだろう。
織部に新聞の該当するテレビ欄を開いて見せる。
『えーっと……あっ、本当です! “人気爆発中シーク・ラヴのメンバー3人が、ドッキリの仕掛け人とターゲットに!”ですか』
「CMでも見所を流してたが、逆井と飯野さんの2人が仕掛け人らしい」
嬉しそうにはしゃぐ織部に一応教えておく。
織部はそれを聞くと目を丸くし、キョトンとした。
『梨愛が……仕掛け人ですか。何だか上手く想像できませんね、じゃあターゲットは誰でしょう?』
「ターゲット? えーっと……」
シーク・ラヴ内で完結するドッキリを一つ、するってわけだから……。
3人出るうち、2人、つまり逆井と飯野さんは仕掛け人。
じゃあターゲットは自然、残りの1人ということになる。
一応そのテレビ局のホームページを検索。
スマホをいじると、今日の特番のページが見つかった。
「あったあった。えーっと……“空木美桜”。この子だろうな」
『はぁぁ……中二、14歳ですか。新海君たちからは聞かない名の子ですね』
まあ、そうだろう。
この子は志木のグループにも。
そして白瀬のグループにも属していない。
3つ目の中立派とも呼ぶべきグループの子だからだ。
あまり俺達とも今の所接点がないので、その分話題にも上らない。
「まあ、これを機会に見て知れば良いさ」
『そうですね』
丁度話が纏まった辺りで、番組が始まった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
芸能人の色んなドッキリ企画を行い、それを集めて放送する特番。
意外にも、逆井達のドッキリ映像が一番初めに放送される。
こういう場合、極々簡単に済む企画の寄せ集めを最初に流し。
そうして場を温めてメインに進む、みたいに想像していたが……。
『あれですかね、梨愛や飯野さんという方じゃなく、空木さん、一応14歳でしょう? 撮影済みを放送するとはいえ、労基法とかに配慮してるんじゃ?』
「うーん……さぁ、どうなんだろうな」
午後7時からの放送。
子供たちをテレビで使える時間は確かに短い。
織部の推測を聴き、それっぽい理由ではあると思ったが……。
確たることは言えないため、一先ず保留することに。
今度会った時、逆井か飯野さんに聞けばいいや。
“今大人気の探索士かつ美少女アイドルグループ、シーク・ラヴのメンバーによるドッキリ企画!!”
ナレーションと共に、簡単に登場人物の説明が入る。
“本日の仕掛け人は既に国民的認知度となった、逆井梨愛さん。そして先日公開された新たな攻略過程の動画で話題となっている飯野美洋さんの二人だ!”
「“国民的認知度”……ねぇ」
『何だか梨愛が遠い人になったような気分です』
逆井が今の織部の恥部を知ったら、同じような感想を抱くと思うが……。
織部の呟きに、心の中でツッコミを入れる。
一瞬鋭い視線が飛んできたが、素知らぬフリを決めこむ。
数秒続けていると、ナレーションが進んでいったことで気配が止んだ。
……ふぅぅ。
“対するターゲットは誕生日を間近に迎えた空木美桜さんだ! 二人は事前に彼女から欲しい物を聞き出し、当日になってサプライズで祝うというのが、今回のドッキリだ!”
『それ、ドッキリって言うんですかね……』
「いや、まあいいんじゃねえの? 特に誰かが迷惑被るわけでもねえし」
企画内容への織部のツッコミに、適当に相槌を打つ。
ここで否定したところで何が変わるわけでもないし。
というか、こうして番組を見つつ、他愛ない話をすることこそ、今織部が望んでいることだろうからな……。
ドッキリはスタート。
逆井と飯野さんという、不安要素しかない組み合わせの二人。
サプライズの10日前から映像は始まる。
二人が控室にいるターゲットを訪ねていった。
“やっほ~! ツギミー! オッスオッス!”
逆井が謎の挨拶を口にしながら入り。
“えと、チチーッス! 美桜ちゃん、ご機嫌いかが麗しゅう?”
飯野さんも更に良く分からない挨拶で続く。
それを受けた相手は整っている綺麗な顔を、とても胡散臭そうに歪めた。
栗色で少し癖っ気のある髪を指先に括り付けて、不審を隠そうともしない。
“うげっ……何この不自然極まりない組み合わせは……ってか梨愛ちゃん、いつも言うけどさ、ツギミーってどこを取ってのあだ名なの?”
「開始早々に相手の警戒感をMaxに上げていくスタイル……俺は嫌いじゃないな」
『新海君、すんごい他人事ですね……』
そういう織部も、久しぶりに見るテレビのドッキリ番組に声が弾んでいた。
やっぱり何だかんだ言っても故郷の娯楽はそれだけで懐かしく面白いのだろう。
“空木美桜さんは撮影当時14歳ながらもとても大人びていて、メンバー相手でも中々心を開いてくれないシャイな女の子だぞ!”
ナレーションが面白おかしく状況を解説する。
二人は何とか不自然ながらも、空木を相手に欲しい物は無いかと聞き出す。
“欲しい物? 休日。土日を譲歩して抜いたとして、週休5日くらい欲しいかな~”
“いやそれ土日含めるともう週休7日になっちゃう! ツギミーどんだけ休みたいんだし!?”
“えと、あのさ、美桜ちゃん、何て言うか、そういう非現実的な物じゃなくて……もっと、その、即物的な物って、ないかな?”
逆井の切れのあるツッコミや、飯野さんの直接的過ぎる物言いで、スタジオに大きな笑いが起きる。
スタジオにいるタレントに画面が一瞬だけ戻り、彼らの発言が取り上げられた。
“あはは! 彼女ら、大丈夫なのかね!?”
“飯野さん、それ隠して聞き出す気あるの!?”
「確かに、この二人のコンビ……色んな意味で酷いな」
『……私の知らない梨愛が沢山ですね……フフッ、可笑しい』
何をおっしゃる織部さん。
逆井の知らない織部さんこそ沢山いらっしゃるじゃありませんか。
それを全て知った時、果たして逆井は、爆笑だけで踏みとどまることができるかどうか……。
『に・い・み君? 何か面白いことでも想像していましたか?』
「いや? 別に?」
例の如く知らんぷりを決めこむ。
すると、DDの向こうから呪詛を呟くような声が届いてくる。
『嘘です……新海君お得意の嘘の目です。どうせ私の、その、はっ、恥ずかしいことを色々と想像して、バカにしていたんです。“織部、先ず他人の心配をする前に、自分の恥部でも心配したらどうだ(笑)”って……』
どんだけネガティブなんだよ。
『そうして私は例え地球に戻ったとしても、そのことをネタに一生脅され続けるんです。“おい織部。お前の恥ずかしいあんなことやこんなこと、言いふらされたくないだろう。だったら……分かるよな?”と、ニヤッと笑う新海君が目に浮かびます』
ってかお前の想像の中の俺、どんだけ陰湿なんだ。
……あれ、織部、お前若干さ、歪ながら笑顔浮かべてない?
いや、違うか……見間違いだよね、お願い、そうだと言って!?
“――はぁぁ……。まあ、じゃ、芋料理、かな? ポテトサラダとか、スイートポテトとか、まあそんな感じ”
テレビの方に進展があった。
食い下がる逆井と飯野さんの諦めの悪さに溜息を吐き。
空木は渋々ながら自分の好きな食べ物を教えたのだった。
そこを区切りに、番組はCMに入る。
『……どうせ私は、新海君の奴隷になるしか道は残ってないんです。そうして、日夜あんなことや、こんなことに……』
何かブツブツと呟きながら、織部は一旦画面を離れていった。
一応CMに入ったということは理解しているらしい。
……あっちも冷静になる時間がいるだろう。
俺もちょっと休憩と立ち上がろうとした、その時。
「――ご主人っ! って、あっ、違った!――“新海君”っ!」
部屋に入って来たのは、何ということだろう、今正に話していた相手――織部だった。
――いや、よくよく見ると、やはり織部じゃないと直ぐに分かる。
一瞬驚きで冷静さを失いかけたが、最初俺を呼び間違えたことからも、ルオだと分かった。
「……はあぁ。ルオ、流石にビビるから、いきなりそれはやめてくれ」
「えへへ……ごめんなさい」
織部に似た姿のまま、ルオは悪戯っぽく舌を出して謝る。
ラティアを真似る練習から、ルオは【影絵】【影重】を積極的に磨き続けていた。
多分、織部を真似たのも、その一環なのだろう。
だが、ついさっきまで本人を見ていたこともあり、その違いはやはり明確に認識出来た。
その輪郭と言うか、身体つき全体か。
平均的にちょっと大きめなのだ。
「顔も、何か本物よりぽちゃっとしてる、かな?」
「そうなの? うーん……やっぱり、カンナお姉さんをまだちゃんと良く理解しきれてないんだと思う。難しいな……」
そりゃ……そうだろうな。
未だ織部が“勇者”だという大事な部分について、ルオには教えずに今まで来ている。
今後、ちゃんとルオに話せる日が来れば、良いんだが……。
「えっと、じゃあ今の段階でさ! ご主人から見て、一番どこら辺が違うかな? 本物のカンナお姉さんと」
ルオはそう言って、見易い様にという配慮か、腕を背中に回して胸を張った。
その際、誇るように突き出された大きな胸がプルンっと震える。
「うーんと、そうだな……」
本物が戻ってくるまで、付き合ってやるか……。
そんな気分で、俺はじーっとルオを眺める。
…………。
……………………。
――あれ?
待って、何か、さっき、凄い違和感なかった?
ゾンビが、新鮮な鼓動を訴える心臓を、見せびらかす様な。
とんでもない美少女を相手にドキドキしていたら“――だが、男である”というナレーションが入る様な。
そんな、無いはずの物を持っているかの様な、驚愕の衝撃を受ける予感がしてならない。
「どうどう? ご主人、どこが変、かな?」
ルオは焦れったそうに織部としての体を捩る。
その際、やはり自らの顔であるかのような大きな胸が、プルルンッと上下し――
――ぎゃぁぁぁぁぁ、虚乳ぉぉぉぉ!?
「(マズいマズいマズい……織部が戻ってきちゃう!? この二人アカン、どっちにとっても混ぜたら危険じゃねえか!!)」
主人公の今の心の内の狼狽っぷりですね……。




