171.二人……だと!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――と、言うことです。【闇魔法】は出来るだけ魔族などがいる、魔力の濃い場所にいることが、習得のコツですね」
「ふむふむ……」
リビングにホワイトボードを持って来て、簡単な授業が行われていた。
教師はラティア、そして生徒はルオだ。
特に“闇属性”について、掘り下げた話がされていた。
「闇の精霊は何つうか……気難しい奴だな。精神面は特に気を付けてやらないといけないぜ?」
補助的な役割で、レイネが経験に基づく知識を授ける。
ルオはそれら全てを吸収せんとばかりに真剣な様子だった。
「ルオ……頑張ってるね」
俺の前に座るリヴィルが、声を抑えながらそう呟く。
あちらの邪魔をしない様、一緒にキッチンの方へと移動していた。
あのバニーガール酔っ払い事件があって以降、あまり口を利いてくれなかったが。
今日は避けられることもなく、上手く会話が成り立っていた。
ルオの懸命な姿を見て、リヴィルは嬉しそうに、でも少し寂しそうにも目を細める。
「……ま、今後のためってことだからな、応援してやらないと」
「……うん、そうだね」
今後アイドル活動をするなら、椎名さんへと姿を変えている時間が、どうしても増えてくる。
なのでルオは【影絵】の質・パフォーマンスを上げることを、自身の課題としていた。
「――根を詰めても仕方ありません。ルオ、レイネ、一度休憩しましょうか」
「は~い……」
「おう、そうだな」
今やろうとしているのは先ず手始めに、教師役であるラティアのストックを制作すること。
ルオが後回しにしてきた、俺達を対象とするということだった。
「ふへぇぇぇ……疲れたよ、リヴィルお姉ちゃん」
「ふふっ。お疲れ、ルオ」
体をフラフラと横に揺らし、リヴィルの隣の席に腰かける。
リヴィルはそんなルオを労い、頭を撫でてやっていた。
「どうだ、ルオ、調子の方は?」
そんなルオを励ます意味も含め、声をかけて見る。
呼ばれて、ぐでぇぇっと持たれかかっていたテーブルから、頭だけを上げ。
ルオはしかし、元気そうな笑顔を浮かべて答えた。
「うん! 勉強はちょっと大変だけど……でも楽しいよ? ラティアお姉ちゃんの【影絵】も順調かな?」
ほう……。
そんな自信を持った返答を受け、俺はレイネ、そしてラティアの方へと首を向けた。
「うーん……あたしも細かい所までは分かんねぇけど、ちゃんと理解はしてんじゃねぇか?」
レイネに確認するように尋ねられて、ラティアは暫し視線を上向ける。
そして黙考した後、笑顔で答えた。
「結構いい感じなんじゃないでしょうか。――ルオ、どうです? 一度、“私”になってみませんか?」
「今? うーん……分かった!」
ラティアが淹れてくれたお茶を一気に飲み干すと、ルオは勢いよく立ち上がる。
その勢いのまま部屋を飛び出そうとして、何かに気づいたように急ブレーキ。
俺へ向けてとびっきりの笑顔を浮かべて見せたのだった。
「ご主人っ、覚悟してよね! ボクの“ラティアお姉ちゃん”で、ご主人を悩殺しちゃうんだから!」
そう言ってウィンクを決めるルオに、苦笑いで返す。
「ああ、楽しみにしてるよ」
「えへへ……」
そう言ってルオは一度自分の部屋へと戻っていった。
【影重】の後、衣装も着替えて来るのだろう。
「そうですか……ご主人様は私本人より、ルオが演じる“私”の方が、お好みでしたか?」
ルオが一旦いなくなった後。
ラティアが悲し気にそう尋ねてきた。
その中に揶揄う様なニュアンスを感じ取り、慌てながら対応する。
「あ、いや、あれは単なる言葉の綾だから。そういう風に取られるとちょっと困るな」
「フフッ、冗談です」
冗談ですかい……。
でも、これ、よくよく考えると冗談では済まない事態も含まれているような……。
ラティア一人にただでさえ掌の上で踊らされることが多いのに。
純粋に考えて、それがもう一人増えることになるなんて……。
……ヤバいな、考えただけでもゾッとするぞ。
「えっと……あんまり俺からは聞かないんだけど、ルオの【影絵】って、普通の人よりかは、やっぱり俺達を相手にする方が難しいのかな」
何とか話題を変えようと、思いついた疑問をとにかく口にする。
思いのほかそれが上手く働いたのか、リヴィルとレイネが乗って来た。
「うーん……らしいね。前にルオから聞いたけどさ、“身体的特徴”の差異もそうだけど“スキル”の有無とか“種族”の違いもかなり大きな影響があるって」
「何もスキル持ってない奴よりかは、そりゃあたし等みたいに何かの能力持ってる奴の方が理解するのは難しいだろうな……」
レイネの感想にリヴィルも同意見だと頷き、更に話を展開させた。
「ルオってさ……以前生き残るために、普通の人を100人超えてストックしてたでしょ? その時点で、既に容姿とか見た目の部分を真似る能力は磨かれてたんだと思う」
それはレイネが来る前の話だったが、レイネも簡単にだが事情を聴き知っていた。
「相手を知り、理解することがストックの質に影響すんだろ? 今回の“闇属性”に関する講義も、その一環だと、あたしなりに認識してたんだが……」
レイネが語った考えは間違ってないだろう。
頷きでそれを肯定してやりながら、俺も思考を整理する。
ルオが今までに持っているストックで、地球の人間が圧倒的に多いのも、今の話に大きく関係していた。
“スキル”や“種族”の部分に関する理解というのは、一つだけでも大きく時間を掛けないと分からない・理解できないものだ。
ルオ自身を除いて、俺達4人はそれぞれが各々、スキルや種族の違いが激しい。
だから、ルオが真似ようとしても一朝一夕では上手くいかない壁があったのだ。
でも、だからと言って何もしないままではいられない。
少しでも【影絵】【影重】自体の質を良くして、今後に繋げる。
それがアイドル活動を行う上で、上手く事を運ぶためにも重要になってくるのだ。
数分程、お茶を飲みながら待った。
「――お待たせ~!!」
おっ。
部屋の外、廊下から声がした。
口調こそルオの物だが、その声質はとても聞き覚えがあるように思えた。
期待と不安の入り混じったドキドキを感じながら。
俺達はルオを迎え入れた――
「――うっふ~ん、どう? ボクのセクシーな姿に、釘付けになってる?」
入って来たルオはしなをつくりながら、投げキッス。
その後も様々な誘惑ポーズを決めながら、俺達の前に。
「…………」
「ご・しゅ・じん。今夜ボクと良いこと、しよう?」
「…………」
「……あれ? やっぱりなんか、可笑しかった?」
俺が無反応なのを見て取って。
目の前のルオは慌てて自らの姿をあちこち振り返り出した。
それがとても焦って泣きそうな様子に見えたので、俺も慌ててルオを宥める。
「いや、可笑しくは……ない。おかしくはないんだが……」
改めて、入って来たルオの姿をじっくりと観察する。
ラティアの物とはまた違ったデザインの、しかし生地面積の点については同じようなサキュバス衣装。
それに着られることなく、しなやかで魅力的な肢体が眩しい。
うっかりすると見入ってしまいそうな顔も、十分に性的な誘惑を感じる。
何より、相手のオスとしての部分を的確に刺激する、サキュバスとしての全体的な完成度。
ルオの【影絵】【影重】それ自体はとても質が高いものだと言えた。
だが……。
「これは……“ラティア”ではないな」
その言葉だけではしっくりこなかったのか。
未だ不安そうな表情を浮かべるルオに、俺は言葉を付け足した。
「魅惑的な、エロくて男が喜ぶ要素をちゃんと備えた“サキュバスか”と聞かれたらバッチリだ。これで落ちない男はいないだろう」
そう答えながら、一瞬ラティアから意味ありげな視線を送られた気がする。
……が、今はとりあえずスルー。
「でも今のルオが“ラティアか”と聞かれたら、それは違うかな……」
そう言って、レイネやリヴィルへ視線で尋ねる。
「うーん……あたしも、ルオには済まないけど、別の存在、別のサキュバスって言われた方がしっくりくるかな」
レイネの意見にリヴィルも頷き、落ち込みそうになるルオへフォローを入れる。
「多分、無意識的に“ラティアを真似よう”ってするより“サキュバスになろう”って思い過ぎてるんじゃないかな? ラティアのサキュバスとしての、その、エッチな、魅力的な部分に意識が引っ張られて、さ」
最後は照れなのか、少し言い辛そうにしながらもリヴィルは自分の意見を伝えた。
「そっかぁぁ……確かに感覚的に、ラティアお姉ちゃんの要素よりも、サキュバスとしての要素の方が、何か多い気がする。うぅぅ、まだまだだね、ボク」
「ああ、いや! 落ち込むことは無いぞ!? ええっと……」
肩を落としてテンションが下がっているルオに、何とか励まそうと声をかける。
「その姿自体は一人の人格としてストックしとけばいいんじゃないか? それ、サキュバスとしては完全に合格点なんだから! うん!」
「……本当?」
「ああ、本当だとも!」
励ますためとはいえ、力強く肯定しすぎた……。
ルオはそれで救われたと言うように満開の笑顔を浮かべてくれたが。
その反動で――
「…………そうですか、私よりも、ルオの方がサキュバスらしく、ご主人様に響きましたか?」
ぎゃぁぁぁ!?
ラティアのヤル気――もとい、やる気スイッチ押しちゃったぁぁぁ!?
「ああ、いや! 勿論、サキュバスとして物凄く魅力的だぞ、ラティアは! うん!」
「うふふっ……そうですか。――ルオ、良かったですね、ご主人様に、二人で可愛がっていただけるそうです」
ラティアさん……そのうっとりと微笑む仕草、物凄くサキュバスっぽいですよ?
獲物が糸にかかった時の捕食者みたいに微笑まんでください……。
「やったぁぁ!! ご主人、ちょっと最初思ってたのとは違うけど! ご主人をちゃんとメロメロのトロトロにしちゃうからね!」
姿がサキュバスのそれだからか。
いつもよりも表現に遠慮がないような気がする。
「……マスター。ちょっと用事できたから、上にいるね」
待て待て待て待て待て!
何嘘ついて自分だけ逃げようとしてんの!?
置いてくなよリヴィル!
「……そ、その、隊長さん、えっちぃことは、聞こえないように、しろよな?」
しねぇよ!
ってかレイネさん、貴方何か第三者っぽく振舞ってるくせに、リヴィルと違って逆に残ってんじゃねぇか!
何かあった時に野次馬的に見る気満々じゃねぇかよ!
顔真っ赤にして、若干期待したような表情しやがって……。
だから“ムッツりツンデレ”略して“ムッツンデレ”って裏で言われんだぞ!
その後、交代で皆を膝上抱っこをするということで何とか手を打ってもらった。
わんこラティアの時にもやったが、それがかなりラティア的には好評だったようだ。
……クッ、俺の精神正常値よ、保ってくれ!!
以下、読まなくても大丈夫です。
――――
「ほっ、やっ、たっ!!」
軽快なステップと共に、ルオの楽し気な声が響く。
「んっ、すっ、はっ――」
隣でリヴィルが負けじと足を動かす。
二人の足の下には、特殊なマットが引かれていた。
八方に矢印が描かれており、ダンスに合わせて流れてくる矢印を踏むのだ。
「おりょ? リヴィルお姉ちゃん、大丈夫? ミス、さっきより多くなってるよ?」
余裕そうに一回転までして見せるルオ。
対するリヴィルには、確かに余裕がなかった。
「っ! 後で! 知らないから!」
ダンス自体は何でもない。
運動能力の高いリヴィルを苦しめていたのは、そこではなかった。
――リヴィルは今、メイド服の丈の長いスカート姿をしていたのだ。
それが引っかかって、上手く踊れない。
対するルオは下着以外は何も身に着けていない。
だが、それは別に何もズルをしているわけではなく。
「ふぅぅ……3戦目終了だね――……あっ、やったぁ! またボクの勝ち!」
ゲーム内の音楽が終わり、各自のスコアが映し出され。
またもやルオの勝利が告げられる。
そしてルオは意地悪な笑みを浮かべて、リヴィルを見た。
「ふっふっふ……じゃあ今度は……“スカートの中”! ガーターベルトを着けてもらおうかな!」
「……クッ!」
悔しそうな様子を滲ませながらも、リヴィルはルオの指示に従う。
そう、二人は脱衣麻雀、脱衣野球拳ならぬ。
着衣ダンシングゲームをしていたのだ。
勝てば相手に好きな部位の衣装を着せられる。
つまり勝てば勝つほど相手に動き辛い枷をはめることが出来る。
そして全身のコーデが先に完成した方の最終的な負け。
そのコーデで、彼女らの主を向かえないといけないのだ。
「――お、お、お帰り、なさいませ……マスター」
ルオが通算成績15勝3敗から勝ち星を更に一つ積み上げ。
その日、主人を迎えるクーデレメイドが一人、誕生したそうな……。
――――
ふぅぅぅ。
ようやく書けた。
とりあえずゲーム編は一周しましたね。
また次に書くときは違う編に突入かな……。
何にするかは考えておきます。




