168.アイドル誕生の、前章……その現場で。
お待たせしました。
ではどうぞ。
『これなら椎名も実際にアイドルとして活動することで、ルオさんをサポートできるでしょ?』
正に世紀の大発明でもしたかの様な笑顔を浮かべ。
皇さんは自信あり気に、椎名さんへとそう告げた。
『椎名お姉さんなら、事情を知ってくれてるし、色々と動きやすいと思うんだ!』
丈の合わない服で、破廉恥姿の椎名さん――を真似るルオがそう口にする。
意図するところは要するに、ルオと椎名さんの二人で、アイドルとしての“椎名さん”を演じていこうということだろう。
椎名さん本人が忙しい時はルオが演じて。
ルオが難しい時は椎名さん本人が活動する。
そうした二人三脚的なことを想定しているんだと思う。
『――むむむむ無理です無理ですっ! 私、もう二十歳過ぎてるんですよ!? アイドルなんて不可能です! お考え直しを!!』
だが当の本人、椎名さんの反対は想像以上のものだった。
こんなに狼狽している椎名さんなんて、初めて見たくらいの勢いだ。
『? 20歳を過ぎてると、アイドルって、ダメなんでしょうか……』
皇さんが純粋な瞳を画面に向けてくる。
うわっ、ちょっ、そんな本質的な話、こっち側に振らないで!
これはあれだ……。
子供にいきなり“赤ちゃんって、どうやってできるの?”と聞かれるくらい困る質問だ……。
『え!? えーっと、別に、ダメ、とかじゃないと思うけど……ねえハヤちゃん!?』
頼りなく答えた後、逆井はパスを赤星へと回す。
『私!? んーと……確かに年齢が低い方が、有利、みたいな空気はあると思うけど……――でも、うん、夢は何歳でも持っていいと思う』
赤星のちょっとズレたような回答が、しかし。
皇さんに更なる自信を与えた。
椎名さんに向き直り、ちょっとドヤっとした顔をする。
だが椎名さんも怯まない。
『いえ、私別にアイドルになりたいとか、思ったことありませんから! 御嬢様のように10代の子ばかりがいる世界です、私が入るような場所ではありません!』
『でも……六花さん、普通に、シーク・ラヴの最前線で頑張ってるけど? 椎名、六花さんと同い年で、同級生なんだよね?』
『うぐっ!』
“赤ちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるのよ?”との椎名さんの説明に対し。
“へ~。でも、じゃあコウノトリさんの赤ちゃんはどうやってできるの? それもコウノトリさんが運ぶだけ?”と皇さんから追及されているように幻視する。
ここで迂闊にも“え、ええ……そうよ”などと答えて……。
“それ、可笑しくない? 何で人の赤ちゃんの領域にコウノトリさんが踏み込んでくるの? コウノトリさんと人間との間に、どういう関係性があるの?”などと反論される。
思った以上に論理的な反論が飛んできて、言葉に詰まっているような光景に見えた。
子供の“何で? ねえ何で?”って際限がないよね……。
ちなみにこのセリフを“ヤンデレ”がしゃべってると仮定すると、一気にその恐怖感が跳ね上がる不思議。
『あ、あの子は特殊で! 天然ぽわぽわ星から来た天然星人なんです! だから御嬢様が思っている以上にちょっと頭がアレなんですよ! 参考になりません!』
うわっ、すっげぇ貶し様……。
“天然星人”もそうだが、“頭がアレ”って。
まあ、それだけ逸見さんを知っている間柄だということでもあるんだろうが……。
……逸見さんと椎名さんの二人って、本当に仲良いの?
『……椎名、でも、ルオさんを全力でサポートするって、さっき言ってた。椎名自身がアイドル頑張ってくれたら、私もルオさんも、凄い心強いのに』
『うっ、うぅぅ……』
皇さん言葉の使い方が上手いなぁぁ……。
椎名さん自身の言葉を引用して、しかも別に責めるようなニュアンスにはしていない。
むしろ椎名さんに側にいて欲しいという、強い想いを伝えるものになっていた。
事態が止まり出したその時、逆井が声をかける。
『……あの、勉強の面でも、何でも、その、椎名さんにはお世話になってるんで! アイドル、なるんだったらアタシ、色々と手伝うんで!』
俺が握手会に参加する後押しをしたように。
逆井が纏まらないなりにも、自分の気持ちを椎名さんに伝える。
……ってか、逆井、椎名さんに勉強見てもらってたんか。
『えっと……椎名さん、年齢のこと気にしてるようですけど、お世辞抜きに全然若いし、綺麗だと思います。大人っぽさもあって、知的でクールな感じ……アリじゃないかな、と』
赤星も、肯定的に椎名さんの背中を押していた。
……いや、別に椎名さん“キラキラしたい……けど〇には、スクールアイドル、向いてないずら……”みたいなことじゃないんだけどね。
でももう何か椎名さんをアイドルに向かわせる流れらしい。
『う、うぅぅ…………――っ!!』
え、何、俺!?
呻き声を上げていた椎名さんは、突如俺に視線を向けてきた。
最後の頼みの綱だとでも言うように、懇願するような表情で俺を見ている。
……いつも毒を吐いてる俺にこんな表情向けるくらい、“2X歳でキャピキャピのアイドル”はキツイってことっすかね……。
どうにかして欲しい、という視線を受け、俺は思考する。
いつも立てている皇さん相手に、これほど抵抗しているんだ。
椎名さんがアイドルはキツイと思っているのは十分に分かった。
でも一方で、皇さんの言葉が椎名さんの心を揺らしているようにも、思えるんだよな……。
「ええっと……こういうのはどうですかね?」
俺は折衷的に椎名さんへと提案する。
“輝きたい、キラキラしたい”とか、そういうことではなく。
多分、純粋に“皇さんの側にいて、皇さんを支えることが出来る”という面を押した方がいい。
椎名さんの行動原理として、多分そっちの方がアイドルとしてのメリットを感じ、心に響いているはずだから。
「先ず大前提として、もうアイドルの方向性を決めてしまう。あくまで例えばだけど“従者アイドル”みたいな?」
最初、これで“何を言っているんだコイツは……”みたいな視線を受けてしまう。
……いや、うん、大丈夫。
ちゃんとこれから説明します。
「よくあるでしょう? “ぶりっ子アイドル”とか、あるいは“天然系アイドル”とか」
桜田や、先ほど例に出たばかりの逸見さんを念頭に置いて例える。
「要するに、アイドルとしての色を既に決めておいて。で、それが皇さんとセットであることが普通の感じを出しておくんです」
皇さんからの推薦で研究生になるということも相まって。
これで、だから椎名さんが皇さんと一緒にいられる場面が自ずと増えていく。
更に、これには椎名さん自身のアイドルとしての活動量を一気に減らす効果も期待できる。
あくまで従者なので、という前置きがあれば仕事量を調整しやすい環境が作れるのだ。
それで、例えば10の仕事量を8・6・4と小さめに抑えられることに加え。
ルオと二人で一人の“椎名さん”を演じるんだ、椎名さん本人がアイドルとして活動するのはだから、4とか3とか、上手くいけば2くらいの量になるはず。
『確かに、言いたいことは分かりますが……』
勿論、これだけで椎名さんが頷くとは思ってない。
今のは椎名さんが皇さんの側にいられる利点を、感覚的に分かるように伝えただけだ。
「で、本題として――ルオと明確に、役割り分担をしたら、どうですか?」
椎名さんがアイドル活動を忌避しているのはつまり。
あのキラキラした場面・舞台に、自分自身が上がるのが嫌だから。
要するに、表のスポットライトの当たる世界には出たくないと。
だったら、じゃあ裏の部分だけすればいい。
『ということは、ボクが、歌とか踊りとかの場面を主にやって――』
『……私は裏の、御嬢様を支えたり、人付き合いのいるシーンを担う、ということですか?』
勿論、一つの人体の中に二つの精神が同居している、みたいなとんでも状況ではないので、厳密な区別は難しいだろう。
でも、可能な限り、椎名さんの希望に沿うことはできる。
「ちょっと今度の仕事、テレビに出ることになりそうだな、と思ったらルオに任せて……」
そういう度胸の要りそうなことは、ルオの得意とすることだろうし。
「……あるいは研修とか、面倒そうだけど陽が当たることじゃなさそうだな、と思ったら椎名さん自身がすればいいんじゃないですか?」
もっと言うと、別にお互いが逆をする時があっても勿論いい。
二人で都合のいいように出たいときに出るで、良いんじゃないかな。
『それ、凄く素敵です! そうすれば、ルオさんをアイドルに付きっ切りにすることもないですし、椎名がアイドルを無理してずっとすることにもなりません!』
皇さんはどうやら今の提案を賛成してくれるようだ。
確かに皇さんの言うように、ルオがずっとアイドルを演じっぱなしっていうのも大丈夫だろうか、との懸念はあった。
なので、こうして適度な負担でやりたいことをしてくれるのなら、言うことは無い。
「……どうでしょう、一応、椎名さんの意思も汲んだ提案をした、つもりなんですが……」
椎名さんはアイドル活動の嫌な部分はルオに任せて、更に皇さんの側にいる方法を得られる。
ルオはアイドル活動をすることで、地球で出来た親しい友人、皇さんと同じ舞台にいることが出来る。
それに、二人ですることになるから、純粋に考えたら負担は1/2。
ルオも家を出ることまではしなくても済むかもしれないな……。
まっ、お互いに知った情報・知識をフィードバックし合うことも必要にはなるだろうし、最初はちょっとドタバタするかもしれんが……。
『――……分かり、ました。その条件であれば、呑みっっっっましょう……』
おおお……。
今、頷くまでに物凄い葛藤があったな。
だが、それでも。
椎名さんは既に、覚悟を決めた表情をしていた。
『やったぁぁ!! 椎名お姉さん、よろしくね!』
『はい、ルオ様。これからも御嬢様共々、よろしくお願いしますね』
こうして、俺は“2X歳キャピキャピ従者アイドル”が産声を上げる、その前章の現場に居合わせたのだった……。
『…………新海様。今からオハナシ、しますか?』
「いえ、すんません、結構です」
……従者アイドルさん、俺にだけ勘の働きが鋭すぎませんか?
20歳越えで従者アイドルとしてデビュー……未来ずら~!
すいません、明日の更新はもしかしたらお休みするかもしれません。
感想の返しは、午後に時間を取りますので、もう少しお待ちください。




