166.天井知らずの伏兵力!
お待たせしました。
ではどうぞ。
リヴィルとレイネの二人が家に帰って来て、夕食を済ませ……。
だが俺は今、追い詰められていた。
相手はラティア……ではない。
それでホッと一息つく暇もなく、俺はじりじりと後ずさる。
「えっと……リヴィル、さん?」
俺を追い詰めている張本人は、一歩、また一歩と距離を詰めてきた。
焦点の定まらない目をして、しかし。
俺を逃がさないという目的だけは、ちゃんと理解しているような足取りで。
「……マスター、ねえ、何で逃げるの? 私と良いこと……したくないの?」
「いや、良いことも何も! お前がそんな調子で追ってくるからなんだけど!?」
帰って来た時や夕食時はそうでもなかったのに。
今はどこか話が通じない感があった。
ガンッと背中を打つ。
もう後ろは壁だ。
逃げ場がない。
隙を見て、迫りくるリヴィルと擦れ違うように逃げよう――そう思った時。
――ドンッ。
「マスター、私のこと、嫌い?」
壁に突っ張るようにリヴィルの右腕が伸びてくる。
同じようにグンッと迫ってくるリヴィルの顔。
……いや、壁ドンって、普通逆じゃないんすか?
何で俺が少女漫画のヒロインっぽくなってんの?
「えっと……勿論、嫌いじゃないけど?」
「じゃあ、いいよね。大丈夫、ちょっとだけ、先っちょだけだから」
いやだから、それも逆じゃ――っていやいや、逆とかそう言うことじゃないな!!
リヴィルの顔が、唇が迫ってくる。
別にしゃがんでかわそうと思えば逃げられるのに、何故かそうすることが出来ない。
そんな吸い込まれるような迫力が、魅力が、今のリヴィルにはあった。
俺は……。
「――っておい! 無事か隊長さん!? 何やってんだ、リヴィル!!」
丁度2階から降りてきたところのレイネに助けられた。
あ、危なかった……。
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「あ~そうだったのか、悪ぃ……あたしのせいだ」
二人でリヴィルを抱え、リビングへと連れてきて。
しかし、今も俺にしがみついて離れないリヴィル。
その様子から、明らかに酔っていると察する。
ただでさえ際どいバニーガール姿なのに、更に色気を放つリヴィルから目を逸らす。
「えっと……何か柑橘系のもの、あげちゃったか?」
互いに認識のすり合わせをすると、自分が食べないシュークリームをリヴィルにあげたという。
「そのクリームがさ、多分マーマレード?っていうオレンジのジャムを使ってた、と思う」
「おう……多分それだな」
リヴィル、クリームに使われてるのでもダメなのか……。
「マスター、私、今、ウサギさんなんだ……寂しくて死んじゃう。構って?」
酔った勢いなのか、バニーガール姿のリヴィルは、本当に寂しそうな瞳をしてそう誘ってくる。
「あ~はいはい。そうだな、寂しいな~」
酔っ払いをあしらうように、リヴィルを適度に撫でる。
最初こそ目を細め喜んでくれたものの、直ぐに慣れてしまったようで……。
「お尻……尻尾も寂しい。マスター、撫でて」
更に要求が跳ねあがる。
もうわんこラティアの慎重さなどとは比較にならない直接さだった。
リヴィルはオスを誘惑するかのように腰を突き出し、左右に揺らす。
黒い燕尾型のコスチュームの中で、唯一白い尻尾のフワフワ部分が踊る。
「…………」
リヴィルの火照った頬とも相まって、妖艶なダンスを見せられているように錯覚する。
折角ラティアの猛攻を退けたと思ったのに……これじゃあ――
「――ぬわぁぁ! 止めろ! たっ、隊長さんが困ってんだろ!」
またもやレイネが立ち上がり、リヴィルを引きはがしてくれる。
ただそのレイネも何故か頬を赤く染めていて……。
「何で? 私、今、ウサギだし。マスターと一緒じゃないと寂し死ぬ……あんっ」
「うわっ、ちょ、リヴィル!?」
いきなり指を咥えられ、舌で舐められる。
反射的に直ぐ引き抜いたが、人差し指と中指にはべっとりとその唾液がついていて……。
「そ、そういうえっちぃことはだな! だから、やめろって!」
俺以上に顔を真っ赤にしたレイネによって、リヴィルが再度引きはがされる。
そこに、自室に戻っていたラティアが丁度降りてきた。
「どうかされましたか? 2階まで声が聞こえてきましたが――って!?」
珍しいことに、ラティアがかなり驚いた様子で、酔ったリヴィルを凝視した。
その視線は特に、リヴィルの下半身、脚の方へと向けられていて……。
「リヴィル!? バニーガールなのに何でニーハイなんですか!?――あっ、網タイツの方が好感触というのは嘘だったんですね!!」
え……何を怒ってんの?
ラティアは良く分からないことを言いながらも、リヴィルをジトっと睨む。
「……知らない。私はウサギ。マスターとくっ付いていないと寂し死ぬしがないウサギ……」
「もう! 酔っ払いの言い訳は聞きません! レイネ、部屋に運ぶので、手伝ってください!」
「お、おう……」
レイネは状況に追いつけないながらも、ラティアと共にリヴィルを抱き起す。
そしてラティアに言われた通り、二人でリヴィルを2階へと連れて行ったのだった。
「あ、ああ、マスター……助けて……」
いつものリヴィルなら絶対しないだろう、切な気な声での救助要請。
だが俺は、あえて見ないフリをした。
許せ、リヴィル……。
一人になったその後。
未だ水気を含んだ2本の指をしばらく見つめ、固まっていた。
一瞬頭の中で“舐めないんですか?”と囁く謎の勇者が現れたものの。
それを即座に追い払い、服で拭い取ったのだった。
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『ニシシ! 新海、お疲れさん。リヴィルちゃん、酔っぱらっちゃったんだ?』
ビデオ通話の画面向こう。
可笑しそうに笑う逆井に溜め息を吐き、軽く一睨み。
「笑いごとじゃねえって。シュークリームの柑橘系クリームでもアウトなんだから……」
『あ~、はは。ボクがいない間に、そんなことがあったんだ』
4つに画面が区切られた中、右上の部分からルオの声があった。
同じ画面内には皇さんもいて、後ろでは椎名さんが見守っているのが窺える。
ルオも皇さんもパジャマ姿で、お風呂も既に入った後だと言っていた。
『でも、やはり意外です。いつもお会いする時、とても凛とした方だと思っていますので』
皇さんは未だに信じられないといった風に呟く。
隣にいたルオが軽く説明し、そう言うこともあるのかと一先ず納得してくれた。
『まあ、リヴィルちゃんってホント何でも完璧っぽくてさ、要領良いし、ハヤちゃんっぽいじゃん? そう言う可愛い部分があっても、全然良いと思うんだ』
逆井の包容力が溢れる言葉を聴きながら。
俺は画面の右下に目を向ける。
そこは未だ真っ黒で、本来ならいるはずの人物がまだ来ていない。
まあ、逆井もそれを分かってて、だからこそ例に出したんだろうが。
『そ、その、だから、さ? その……別に新海がモテようがモテまくろうが、さ。ちゃんとアタシは新海のこと……』
何だか良く分からんが、逆井がおかん力を発揮しようとした時。
丁度、その待ち人がやって来た。
逆井の言葉に重なるようにして、画面右下に色彩が宿る。
『――ゴメン、遅れちゃった! ちょっと着替えに手間取っちゃって……』
『あっ、もう、良い所で……――ハヤちゃん遅いし! 全くもう……って、あれ?』
現れた赤星は……普段着やパジャマとはかけ離れた姿をしていた。
しかしそれはある意味、俺にとってはとても見覚えのある衣装で……。
「赤星……その、それは?」
その姿全体を指差しながら尋ねる。
すると、赤星は照れたように頬を掻いた。
『あ、あはは……どう、かな? “バニーガール”のコスプレ。似合ってる?』
…………。
皇さんや逆井、それにルオは直ぐに肯定する。
それぞれが赤星のスタイルや容姿などと共に、その衣装との相性を掛け値なしに褒めた。
ただ俺が黙っているのを見て、赤星は不安そうな表情を浮かべる。
そして俺の後ろを覗き込むような仕草を見せた。
『ええーっと……新海君、リヴィルちゃんは? お揃いで着ようってことで、買って着てみたんだけど……』
どこか居心地悪そうに、あるいは何かの言い訳をするように赤星は身をよじりながら聞いてきた。
「リヴィルが? ああ……そういう……」
なるほど。
確かに、いきなり赤星がコスプレってのも驚いたが、そういう理由だったのか。
先ほどと同じ説明を、もう一度手短に告げる。
『えっ!? そ、そっか……じゃ、じゃあ一人でコスプレか……――うわっ、意識したら急に恥ずかしくなってきた』
本当に恥ずかしそうにモゾモゾと動く。
右腕を曲げ、胸元を隠すように左肘部分を掴み。
自由な左手で食い込み部分を摘まみ、何とか伸びないかと下へ下へと引っ張っている。
だが勿論それで何とかなることは無く。
むしろ赤星が弄っている方へと視線が向いてしまい……。
「…………」
先程のリヴィルの余韻も俺自身の内にまだ残っているのか。
赤星のその仕草一つとっても妙に艶めかしく見えてしまう。
あの、いつも動じず、志木も一目置いている、赤星が……。
『――ぬわぁぁ! ハヤちゃん、さては狙ったな!? あざとい! あざと過ぎだし!!』
『ですです! 颯様、また伏兵力が上昇してます! 天井知らずの伏兵力です!』
そこに、逆井と皇さんが物凄い剣幕で声を上げたのだった。
『え!? いや、狙ったって何が!? って言うか律氷ちゃん、本当に“伏兵力”って何!?』
その後二人から赤星を弾劾する裁判が開かれ。
今度の握手会について意見を聴けるようになるまで、しばらく時間が必要だった……。
あかん、進まん……。
本当はもうちょっと進める予定だったんですが、ちょっとやる気が……。
すいません、感想の返し、午後には多分時間とれると思うのでその時に。