164.織部ェェェ……ラティアェェェ。
お待たせしました。
ではどうぞ。
梓の録画部分を見終わって、カズサさんはその場を後に。
料理をしているシルレやサラの加勢に向かった。
『――そうですか、もう直ぐそっちは学年が変わるんですね』
「ああ、まあ、そうだな……」
その後、織部と他愛無い話をしていると、話題はこちらのことに移った。
織部は地球のことに思いをはせているのか、ちょっと感傷的になっている。
……その姿で落ち込まれても、同情し辛いんだが。
『二人は3年生……私、新海君や梨愛が卒業するまでに、そっちに戻ることが出来るかどうか……分かりませんね』
「まあ逆井も、3年生になれるかどうか分からないって、ひぃひぃ言ってたがな」
探索士とシーク・ラヴの活動が忙しく、勉強面がかなり遅れ気味だった。
勿論、学校も事情は分かっているので、随分と配慮はしてくれているそうだが……。
逆に赤星とか、志木辺りは全く問題なく。
要領よく勉強もこなして進級も決めているらしい。
……それはいいんだけど、志木の奴、最近またガッツリと教材を送ってきやがった。
今度のは大学で使いそうな政治とか経営の参考書も混じってて、流石に間違ってないか聞き返したが……。
“間違ってないわ。今からやっておけばちゃんと将来役立つ物だから”らしいからな……。
……まあ、実際その通りだろうから、コツコツやっていくしかない。
『フフッ……“ひぃひぃ”って。新海君、そんな梨愛が卑猥に喘ぐみたいに』
いや、どこからその発想が出てくんだよ。
単に逆井が勉強に苦労してる、って意味しかないんだけど。
……服装やその下に巻いてる物に思考が引っ張られてない?
でも、まあ落ち込んだり、ホームシックになられるよりはマシか。
……織部の想像の中で、卑猥な目にあわされている逆井には申し訳ないが。
「まあ安心しろ。卒業しようが就職しようが、この関係は変わらん」
ラティア達もいることだし、こっちのダンジョンもまだまだ増え続けてる。
「そっちの世界救って、織部が戻ってくるまで、ちゃんと面倒見てやるから」
『新海君……』
言葉が出ないというように固まり、織部は口を手で覆う。
沈黙が降り、しばらく時が止まったような感じになって、誰も動かない。
ラティアとリヴィルも口を挟もうとはせず、成り行きを見守っていた。
……いや、ちょっと恥ずい。
誰か、何か言ってくれ。
そう思っていると、ようやく織部が動き出した。
チラチラっと画面を見ては、目を逸らし。
左右の人差し指をツンツンとぶつけ合って、モゾモゾしている。
話すのが、切り出すのが恥ずかしいといった感じで……。
……何? とうとう自分のしている服装+αの異常性に気づいてくれた?
『――あの……できれば、戻った後も、面倒見て欲しいな、なんて……』
「…………」
ようやく切り出したかと思ったら。
はぁぁ……。
……まあ現実的に考えればそうか。
織部が帰って来た頃には……。
既に失踪して何か月も、下手したら年単位の時間が経っていることにもなり得る。
それでいきなり、親や昔の学友を訪ねるというわけにもいかないだろう。
……ラティア達の人生を預かるって決めたんだ。
織部一人増えた所で、そうそう変わらんか……。
「……お前に行く当てがなくて、俺に余裕があればな」
『――っっっっ!!』
織部は更にキュッと内股になって、いきなり目をギュッと瞑り。
かと思うと体操着の胸辺りを力強く握りしめた。
……あっ、上に引っ張ったのか?
――って、あ! そうか、下に隠し巻いてる縄を握ったのか!
それでまるで自らの拘束を強めるようにその縄を引っ張って……って何してんの!?
『ごっ、ごめんなさい新海君! そろそろ夕食が出来そうなので、今日はこれで! また今度っ!――』
「え? あっ、ちょ、おい!」
だが止める間もなく。
織部は何かとても慌てるようにDDの通信を切ってしまった。
…………。
何か、むしろ俺が断られたみたいな終わり方になってんだが。
「……何なのアイツ」
真っ黒になったDDの画面を眺めつつ。
呆れた声でそう呟く……と。
「……今のはマスターが悪いね」
「ですね。カンナ様が弱ってるところに、ご主人様が会心の一撃を与えていました。オーバーキルです」
同情する声音が混じっていながらも。
リヴィルとラティアに、そう切り捨てられる。
……ウソん、俺が悪いのん?
二人は織部の服装+αを知らないから、そう言ってるだけじゃ……。
だが俺の不服だという気持を感じ取ったのか。
ジトーっとする視線で、その反論を封じてしまう。
……クッ!
織部、お前が戻ってくる頃には、この家に俺の居場所はないかもしれん!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
次の日。
夜遅くまで起きていたこともあり、昼頃まで寝てしまった。
未だ頭もぼーっとしている。
「ふぁぁぁ~……」
家の中は静かだった。
休日ということもあり、多くが出かけている。
リヴィルとレイネは確か、赤星と桜田の先輩後輩コンビに誘われ、町へ繰り出しているはず。
ルオは皇さんにお呼ばれしたので、今日はお泊りだった。
「んっ……」
未だ眠たい眼を擦りながら、下へ降りる。
久しぶりに、家の中は俺とラティアの二人きり。
こういう静かな日も悪くない。
そう思いながら顔を洗って歯を磨き。
色々スッキリした後、リビングに入った。
「おはよう……」
「あっ、ご主人様。おは……あっ!」
振り返ったラティアは、何か違和感があった。
俺に気づいて、途中まで挨拶しかける。
しかし、それを止め、改めて大きく口を開いて、こう言った――いや、鳴いたのだった。
「――わんわんっ!」
「…………」
……………………。
たっぷり30秒ほど固まって。
俺は一度、洗面所に。
もう一度水でパシャパシャと顔を洗う。
ふぅぅ……さっぱりした。
危ねぇ危ねぇ。
何かラティアが犬っぽく見えてしまった。
休みとは言え、寝ぼけ過ぎだな、うん。
俺はスッキリした頭でもう一度リビングに。
「おはよう」
「わん、わんわんっ!」
やはりラティアは可愛らしく吠えてきた。
…………。
――えっ、何事!?
「ど、どうしたラティア、何かあったのか!?」
とりあえず状況を把握しようと、慌ててラティアの様子を確認する。
いつもの卑猥なサキュバスの正装はそのままに。
更に追加で、その頭には犬耳のカチューシャが。
手には肉球がついた五本指の手袋が装着されていた。
そして極めつけは、俺が随分前に送った首輪とベルトをちゃんとつけていて……。
……あっ、よく見ると尻尾はサキュバスのじゃなくて、犬のフサフサな奴だった。
「わんわん、わん!」
ラティアはなおも言葉をしゃべらず。
しかし、テーブルからスマホを取り上げ。
戻ってくると、素早い手付きで文字を入力した。
……手袋付けてるのに、操作凄い上手いな。
「わんっ!」
可愛らしい鳴き声と共に、画面を俺に見せる。
『先日、カンナ様とのお話の際“……大体の服装や恰好はもう受け入れる土壌がある”とおっしゃっていたので……』
「……確かに、言ったな」
うん、言った。
昨日だったし、流石に覚えている。
俺の反応を見て、ラティアはまた素早く文字入力。
『今日はリヴィルも、ルオも、レイネもいません。ご主人様と二人きりでしたので、思い切ってやってみようと……』
はぁ、そうですか。
何だ、ビビった。
この前いきなり、リヴィルが罰ゲームかなんかで“私、実は間違ってマスターの歯ブラシ使ったことあるんだ”と打ち明けてきたが。
それみたいに罰ゲームか何かかと思ったが、違うらしい。
「えっと、なら、“犬”のコスプレなのは? サキュバスの衣装の上からってのも……気になるが」
「…………」
ラティアは答えない。
犬の鳴き真似もしなければ、手にあるスマホを操作することもせず。
“サキュバス”……“犬”……――
直近で思い当たる節があった。
なので、あえて強引にラティアから聞こうとは思わず。
しばらく考え、ゆっくりと頷いた。
「……そか。なら今日はその姿のラティアと。ゆっくりしようかな」
「!!」
俺の言葉を聞き喜んでくれたのか、ラティアの表情は見る見る笑顔に包まれていく。
「――わんっ!」
そうして嬉しさで溢れる鳴き声と共に、また画面を見せてくれた。
『はい! 犬サキュバスは忠誠を誓う主人には甘え、尽くします! ご主人様、今日一日、可愛がってくださいね?』
「お、おう……」
“ドッグサキュバス”って……あくまでも大元の部分は“犬”ではなく“サキュバス”らしい。
まあ普通、そんなエロい恰好した犬なんていないもんな……。
……一瞬、何故か織部の姿が浮かんだが、そんな想像も直ぐに消え。
俺はこの後皆が返ってくるまでどう時間を潰そうか、早くも考え始めたのだった。
やめて!
ラティアの別角度からの可愛エロい攻めで、自制心を焼き払われたら、ラティアに骨の髄までしゃぶり尽くされちゃう!
お願い、死なないで新海!
あんたが今ここで倒れたら、志木さんや織部との約束はどうなっちゃうの?
策略はまだ残ってる!
ここを耐えれば、ラティアの誘惑に勝てるんだから!
次回、「新海死す」。デュエルスタンバイ!(嘘です!)




