163.織部ェェェ……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「おーい、織部、いるか~?」
画面向こうの景色に呼びかける。
DD――ダンジョンディスプレイの通信は繋がったのだから、いるのは確か。
だが映るのは広大な野原。
夜空の下、野営しているのが分かった。
そんな中、織部の返答はない。
サラがこれを繋げてくれて、『探してきます……』と告げ、どこかに行ったきりだった。
「ったく、何してんだか……」
「どうされたんでしょう、何か急な用事でもあったのでしょうか?」
同席しているラティアが心配そうに画面を見つめる。
一方リヴィルは首を傾げ、疑念を込めた視線で画面を見た。
「カンナのことだし……あんまり深い理由とかは無いかもよ?」
リヴィル……。
まあ、織部だし、そうかもしれないけども……。
『――ご、ごめんなさい、新海君ッ! 遅れました!』
画面の外から走ってくる音と共に、そんな織部の声が聞こえた。
はぁ、やっとか……。
織部は直ぐに顔を出し、その姿を見せる。
急いで来たからか少し息も荒く、頬が上気したように赤くなっていた。
『すいません、ちょっと席を外していたもので……』
「おいおい、頼むぜ? 一体何をして――」
そこで不意に、俺の言葉が止まる。
息が整ってきたのか、織部は膝から手を放し、その全身を画面に映した。
乱れた衣服。
少し色っぽい表情。
荒かった息遣い。
……いや、そこから色々と推測することもできるが、まずツッコむべきところはそこじゃなかった。
『あぁぁ、少し暑いですね。汗かいちゃいました』
そう言って着ている服の襟を掴み、パタパタと引っ張って空気を送る。
織部には似つかわしくない色っぽさを感じさせる仕草だが、今そこは置いておく。
問題はその服。
その服は、とても見覚えがあるもので。
織部の胸元、膨らみに重なるようにして刺繍された長方形の枠。
そこには端的に“新海”の二文字が、刻まれていて……。
――お前、俺の体操着を着て、一体何してたんだよ!?
いや確かにあげたよ!?
以前もういらないからって、中学時代のやつをあげたけども!
何でさも当たり前のようにお前が着てんだよ!
『――あっ、カンナさん、ニイミさん、お待たせしました』
ツッコもうと思ったところに、丁度カズサさんが姿を現した。
今日この通信で、同じく話す予定だったが……。
「いえ、それは、良いんですけど……」
クソッ、タイミングを逸した。
仕方ない。
織部へのツッコミは後にしよう。
「シルレと……サラはいいのか?」
画面奥。
織部達の後方を覗き込むようにして尋ねる。
焚火と、大きな飛竜が映っているだけなので、二人の行方が気になった。
『ああ、はい。サラは私に声をかけてくれた後に、シルレと夕食作りをしてくれています』
へぇぇ。
シルレも夕食って作るんだ。
領主をやってるから、そっち方面は他の人に任せるのかと思ってた。
『予定が随分ズレてしまってますからね、シルレも私も交代で手伝ってます。本来ならもうシルレが治める町に戻ってるはずなんですが……』
そう言って、カズサさんは考え込むようにそっと頬に手を当てる。
織部も振り返り、休ませている飛竜を見た。
確かに、織部がフォゼさんのいる町を出て、そこそこ日が経っている。
『飛竜の体調がどうも芳しくなくて……あまり無理させられないんですよ』
「そうなのか……」
仕方ないとはいえ、魔族の町で何日も留まったことが影響してるんではないかと、カズサさんは語った。
魔族は人間と比べ、圧倒的に強い力を持った者が多い。
人の町で飼われ続けていたモンスターが、いきなりそう言った強い気に当てられて調子を崩すこともなくはない、と。
そんなこともあるんだな……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
“――では! 梓川君のファッションチェック、行ってみよう!”
軽く近況を話し合って。
俺たちは本日の主題に移る。
部屋にあったテレビをつけ、録画を再生。
それを、該当箇所まで早送りして、DDの画面の方へ向けた。
『アズサ……頑張ってるのね』
『ほへぇぇ……アズサさん、男装も凄く似合ってますね。違和感ありませんよ』
そう言う織部は違和感ありまくりなんだが……。
乗り出すようにしてあちらの画面に顔を近づけている。
ほぼカズサさんと画面半分を分け合うように、織部もこの録画を興味深く見ていた。
“――おおっと! 腰に手を当てて一回転っ! ポーズもカッコよく決まってる!”
番組の用意したコーディネーターが、ファッションをチェックしていく。
上、下、靴……どれもそれらしいことを言って、肯定的な意見しか口にしない。
……大丈夫かよこのコーディネーター。
全部俺のおさがりだぞ……。
っておい!
今チラッとズボンの内側が見えたけど。
その梓が履いているものには、またしても、とても見覚えがあった。
――梓、お前も! 俺のあげたボクサーパンツ履いてるじゃねぇか!?
『あ、あぁぁ! ハ、ハラハラしますね……』
『ですね。アズサさんの男装がバレたらと思うと……新海君、大丈夫なんですか?』
「……いや、流石に女だってバレてたら放送してないだろう」
『そうなんですか? でも、やっぱりバレるかどうか、ドキドキしてしまいます……』
俺としては梓もそうだが、織部の方も大丈夫かと思うぞ。
まあ、どっちもどっちか……。
梓が女子だと知ってる俺としては、肌が見えたり、バレないか冷や冷やもするし。
ただ、その愚痴をわざわざ口にするのも憚られる。
一つ、溜息をつきながら。
織部に抗議の意味で、鋭い視線をくれてやろうとした、その時。
「…………」
織部が前屈みになっているその状態を、偶然目に入れてしまった。
体操服から覗く、その織部の肌。
――そこに……膨らみがあった。
一瞬、ああはいはい、パッドね――そう思った。
だが、違った。
「――織部……その、“パッド”見えてるぞ?」
俺はあえて鎌をかけてみた。
すると、織部は案の定、ビクッと驚いて慌てた反応を見せる。
そして一歩下がり、恥ずかしそうに怒ってきた。
『も、もう! 新海君! デリカシーに欠けます! いくら私が空気抵抗をものともしない摩擦レス胸だからって、指摘されたら傷つくんですからね?』
聞いてもいないことをつらつらと口にする。
その怒り方・ツッコミ・表情。
どれをとっても、俺にはそれが演技臭かった。
だって俺は知っているのだ。
織部が付けている、その胸に膨らみを与えている物を。
――コイツ、自分の素肌に“麻縄”巻いて上から俺の体操服を着とる!?
そして今の織部の反応からするに、それがバレないかどうか、スリルと快感を楽しんでやがる!
いつもの織部なら、明らかに地雷級の話題であるパッド。
それを、あえて自分から怒って見せることで、自分を縛っている縄の隠れ蓑にしているんだ。
それらを踏まえた上で織部の言葉をもう一度よく聞いてみる。
『うわぁぁ……ドキドキしますね。バレてしまわないか……こんな服装で大丈夫なんでしょうか』……。
何も知らないカズサさんやラティア・リヴィルの耳には、梓のことを気遣っているものと聞こえるだろう。
だが、もう俺には別の意味にしか聞こえない。
「織部を知ってるからか……大体の服装や恰好はもう受け入れる土壌があるからな」
誰かに聞かせることを予定しない、ため息を吐くような、そんな呟き。
ただ、それが聞こえたのか、ラティアとリヴィルは不思議そうな顔をして俺を見、そして織部を見返したのだった。
……こら織部、一々視線に反応しない。
…………。
ちょっと疲れてるのかな。
自分で書いてて、「何書いてんだろう……」と一度、真顔になりました。
……うん、きっと疲れてるんだろうな。
寝よう……。
感想の返信はまた午後以降になると思います。
もう少しお待ちください。




