159.準備完了!
お待たせしました。
ではどうぞ。
『お待たせしました。こちらのダンジョンは攻略できましたが……どうでしょう?』
逆井が地面に置いたDD――ダンジョンディスプレイの画面。
そこに映るラティアが、こちらの様子を気にしながら尋ねてきた。
「大丈夫だよん! バッチリ! もうね、壁がサーっと消えてった!」
振り返って、階段前の何もない空間を逆井は指さす。
さっきまで、俺達の行く手を阻む障壁があった場所だ。
『そうですか……。それは良かったです』
ホッと胸を撫でおろす姿が見える。
こちらのことを気にして、かなり急いでくれたんだろう。
「……本当に、同時に双方向でやり取りができるのね」
DDでの会話を見て、白瀬がそう呟く。
「スマホはやっぱり圏外だし。ダンジョンってやっぱり凄い不思議な場所なんだね~……」
白瀬に続くように、飯野さんも表情豊かに驚いていた。
「ラティアちゃん……やっぱり物凄く美人よね。私より年下なのに、色気とかエロ気とか凄いし……」
逸見さん……今気にするところそこですか。
20代前半にしては、貴方の色っぽさも相当だと思いますけど。
ってか“エロ気”ってなんだ……。
「――新海、新海!」
DDの前で主にやり取りをしていた逆井から呼ばれる。
画面の前を譲ってくれた。
なので後ろから移動し、画面前へと腰を下ろす。
相手がラティア達だからと気を使ってくれたらしい。
「お疲れさん、4人とも」
俺が顔を覗かせると、あちらの画面が俄かに騒がしくなる。
ラティアの横からルオがひょこっと顔を出したかと思うと。
それをきっかけにリヴィル、そしてレイネも画面に映るよう近づいた。
『ご主人! ボク達、頑張ったよ!』
『……マスター、私も』
『あっ、ちょ、お前ら! 隊長さん! その、あたしも、えっと……』
……いや、だからお疲れさんって言ったけど……。
もう一回言わないとダメっぽい。
「おう。頑張ってくれたんだな、ありがとう」
言葉を受けると、3人はそれぞれ反応の大小違いはあれど。
満足したようにスッと画面から一歩退いた。
……あれでいいんかい。
『申し訳ございません、騒がしくなって――で、私達はどうしたらいいでしょうか? そちらの状況は?』
ラティアは軽く頭を下げた後、話の中身に入った。
軽くこちらの状況を話す。
既に4階層で、次がラスト。
つまり、5階層でボス戦が控えていると。
俺がそれを口にすると、ラティアからではなく、後ろから驚きの声が上がった。
「え!? もう次がボス戦!? っていうか先輩そんなこと分かるんですか!?」
桜田の反応こそ大袈裟だったが、逆井や白瀬も大なり小なり気にはなるらしい。
あまり精霊のことについて話すと、ややこしくなりそうだな……。
極々手短に応じることにする。
「まあ、あれだ。ダンジョン攻略を続けてれば、こういう能力が身に付く可能性も無きにしも非ずってところか」
「ほへぇぇ……なる~」
何だ、逆井、その“なる~”って。
“なるほど”ってこと?
お前の言葉、省略しすぎて返って相手が汲み取れなくなってない?
「“ダンジョン攻略を続けていれば”って……もしかして、今までも攻略してたりするの? それじゃあ立石と木田の二人って……」
…………。
こ~ら。
白瀬ちゃん、世の中には知らなくてもいい事ってあるんだゾッ☆
……まあ、もう白瀬たちにはバレても良いっちゃあ良いんだけど。
『――……分かりました。それでは、レイネには一足先にそちらに行ってもらいましょうか』
こちらの状況を聴いて、考え込んでいたラティアが顔を上げる。
今からラティア達が走ってこっちに向かったとして、少なくとも1時間以上かかる。
なので、レイネに能力を用いて、先に向かってもらおうということか。
『ボス戦は?』
「うーん……安全マージンを取るならラティア達を待ちたいところだが……」
でもそれだと、やはりここから更に長い時間を休憩に使うことになる。
後はボス戦だけだが、日を跨ぐとなると、逆井達が参加できない。
単純に俺達の経験値とか、そう言うものだけを考えるのならそれでもいいんだが……。
『レイネがそちらに加わることになりますので……戦力面ではそこまで心配はないと思いますが……』
今回、逆井達も同行していることの趣旨に、ラティアも配慮してくれているんだろう。
逆井と桜田だけでなく、ボス戦経験のない白瀬たちにも経験を積ませる。
勿論安全が第一なので、最悪の場合はそれを無視してもいいが。
出来る限りはそれに沿いたい。
『――ねえ、ラティア、ちょっといい?』
そうしてどうしようかと頭を悩ませていた所で。
リヴィルがラティアに声をかけた。
一瞬こっちを向いて、断りを入れてきた。
俺も頷き返す。
何か考えがあるのか。
それで、二人は一度、画面向こうに離れ。
そうして1分ほどしただろうか。
話が終わって、ラティアが戻って来た。
「お待たせしました。――ご主人様、この通信が終わった後、レイネに“この”DDを持たせましょう」
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
闇の精霊の体が歪む。
そしてその体積が増していくと、どんどんレイネの体を形作っていった。
俺はその過程を見ることができるので、驚きはない。
しかし、俺以外の者にとっては――
「うわっ!? ちょ、レイネちゃん!? どしたし!? いきなり、え!?」
「レイネさん、どこから来たんですか!? え、先輩っ、空からレイネさんが!」
いや、桜田。
そんな“親方っ! 空から女の子が!”的に言わなくとも。
「――よっと……」
つい先ほどまで、画面向こう、子ダンジョンの方にいたレイネが。
今正に、こちらの地面に降り立った。
「隊長さん! これ、渡しとくな!」
「おう」
ジャケット裏にあったポケットから取り出し、レイネが渡してくる。
俺はそのDDを受け取り、頷いた。
勿論、俺のDDはそもそも異空間から出し入れが可能。
だがこうして、レイネに運んでもらうことができるのかどうかの検証もかねて、持って来てもらった。
レイネの衣類が移動の際、消えないんだ。
その身に纏う、言い換えればレイネを構成するものであれば、同時に移動も可能だと思った。
はたして、レイネは無事、ラティアに預けていた俺のDDを届けてくれたのだ。
「レイネも来てくれたし、DDもある。最悪の場合はこれで回避できるな」
「ん。で、あたしは攻略出来ようが出来まいが、必要な時にはまたラティア達に伝言すればいいんだな?」
レイネの確認に、頷きで返す。
ダンジョンが攻略出来ればそれを伝えに戻ってもらい。
そうでなく、DDのテレポート機能で緊急離脱する場合。
その際には、向かってくれているはずのラティア達と入れ違うことになる。
なので、その場合もレイネに向かってもらい、事情を伝えてもらうのだ。
ここにきて、当初レイネを迎えようと思った趣旨が、とても上手く機能し始めていた。
後は、レイネがこのメンバーに馴染めるか、だが……。
「レイネさん! 何ですかあれは!? って言うか、降りてくる姿が神秘的過ぎます、女神ですか!?」
話が終わったと見るや、すかさず桜田がレイネに飛びつく。
「え!? あ、あたしが女神!? 違ぇぇし! そんなんじゃ――って、ちょ、チハヤ、近い……」
「ぐぬぬ……容姿も超がつく美少女で、ツンデレ属性持ち! 更に雰囲気が神秘的ってなんですか!」
「いや、怒られても……ってか“ツンデレ”ってなんだよ!? あ、あたしはツンデレじゃねえ!」
あたふたするレイネを、桜田が更に追及。
だが、その様子は傍目にはとても好ましく見えて……。
レイネも困った様にしながらも、俺以外の相手と話したことで、緊張も解けていた。
以前、レイネが来たばかりの時の件が効いているんだろう。
お姉ちゃん同士ということもあり、二人の仲は更に深まっているように見えた。
「……くっ、ただでさえライバルが多いのに、何なの、滅茶苦茶に可愛いじゃない……」
「ですね……手強すぎます。でも、飛鳥ちゃんも十分可愛いから、大丈夫ですよ!」
「ありがとう飯野さん……って、あ、いや、違っ、私、別にだからそういうんじゃ……」
こちらも特にレイネを嫌がっている感じではなく。
というか何か良く分からない警戒感を持っているような……。
まあ、ちゃんと受け入れてはくれているので、いいんだが。
「フフッ……新海君。若くて可愛い子も良いけど。お姉さんのことも、気にしてくれたら嬉しいな」
え、ちょ、逸見さん、顔近い!
しな垂れかかって来ないで!
耳元で息をフーってしないで!
そもそも貴方も十分若いでしょ!
っていうか、あれ、この人こんな雰囲気の人だっけ!?
もうちょっと天然でほんわかさんっぽいと思ってたんだけど……。
バッと距離を取り、離れる。
逸見さんは意味ありげな笑みを浮かべるものの、追ってはこない。
なんなのマジで……。
「女子ってマジ怖いのな……逸見さんってあんなだっけ? 何かちょっとおかしくない?」
志木じゃないけど、表裏あるの?
距離をとりつつ、逆井に近づいて愚痴をこぼす。
……が。
「……アタシには、ある意味物凄く普通に見えるけど? ――新海、女の子って、案外一つのきっかけで、ガラッと変わったりするもんなんだよ」
何だか物凄く実感の籠ったような言い方。
……逆井の言葉に説得力を感じる日が来ようとは。
その後、連携などの確認を簡単に済ませ。
俺達はボス攻略へと挑むのだった。
すいません、明日はもしかしたらお休みするかもしれません。
次にボス戦で、多分1話で終わると思います。
なのでどうするかはちょっと考え中です。




