156.順調、だけど……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――こんのっ! 大人しくっ、八つ裂かれなさいっ!」
低く鈍い駆動音と共に。
子龍の外皮に、白瀬の持ったチェーンソーが鋭く食い込む。
当たった部分からは火花が散り、硬い鱗を切り裂いていった。
「うらぁぁぁ!! 飯野さんの、バカァァァァ!!」
白瀬はその溜まった鬱憤を晴らすかのように、力いっぱい叫ぶ。
……アイドルのグループ内でも、人間関係って大変なんだなぁ。
「ヒッ、ヒェェ! 飛鳥ちゃん、何でか物凄く怒ってます!?」
バカと言われた本人は心当たりがないらしく。
小柄な体には不釣り合いな斧を振り回しながら、白瀬に対して平謝りしていた。
飯野さんの方が年上なのに、やっぱ独自の力関係があるのかも。
……芸能界って、やっぱ怖ぇぇ。
「Giiiii!!」
おっと。
四方から猛攻を受けている子龍が、首を大きく振りながら奇声を上げる。
痛みに苦しみ、これ以上の攻撃を遮ろうとするように。
だが的は絞らせない。
――いや、ある意味ではその目は釘付けになってもらう。
「――おらぁぁ!! こっちだこっち! それでも目ん玉ついてんのか!?」
あえて挑発するような言葉と共に。
【敵意喚起】を再び発動。
「やぁっ!!」
今、丁度奴に攻撃を仕掛けた逸見さんに、意識が向きかけたが……。
「――Giiiaaaaa!!」
その目が、ギラリと光る。
そして、俺を、俺だけを視界にとらえた。
怒りに染まり、俺を食うか引き裂いてやるまで逃しはしない。
そんな意思がありありと感じ取れた。
「そうだ、お前の相手は俺だ! いいからさっさとこっち来いや!」
そうしてまた背を向け、走り出す。
それを追いかけようと傷だらけの足を踏み出す、正にその時。
「――はぁぁぁ!!」
逆井が高く跳んだ。
その手に持つ鋭い槍先を、落下に合わせて突き刺した。
龍の足に見事に刺さり、更に逆井は体重を乗せて深く食い込ませる。
「チーちゃん!!」
動きが止まった子龍。
そこを見逃さず、逆井は桜田を呼んだ。
「了解です!――そいやっ!!」
助走をつけて、重そうなハンマーを振りかぶる。
逆井が突き刺した槍を、杭に見立て。
桜田はその槍の持ち手部分に、ハンマーを叩きつけた。
「Gi――」
声にならない声が上がる。
今までで一番の大声。
痛くてたまらず出た、そんな声だった。
相手は瀕死。
それを感じ取り、俺は反転。
「逆井、これ借りんぞ――」
「えっ、あっ、ちょっと――」
了承を得る間もなく。
俺は逆井の槍を、奴の足から一気に引き抜いた。
更に悲鳴が上がる。
「ぬりゃぁぁぁ!」
俺も、同じく奇声を上げる。
狙いは、龍が声を上げるために開けた大きな口。
槍投げ選手になった気持ちで。
俺は力いっぱい口の穴目掛けて投擲した。
「Giaaaaaaaaaaaa!」
人に例えれば、開けた口に全力で包丁を投げ込まれたような物。
更に龍はその口から無防備な内臓へと直通だった。
逆井の槍は見事、龍の口内へと吸い込まれていき。
奴を沈める一撃になったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
あの後、少し開けた安全地帯へと移動し。
俺達は小休憩を取ることにした。
入ってからおそらく1時間。
順調に3階層までは進んだが、ここいらで休みが必要だったので丁度いい。
……が。
「新海マジ信じらんない! おかげでアタシの槍、龍の胃液塗れじゃん!!」
「ああ、いや、だから悪かったって……」
俺は逆井から先の戦闘の件で、激しい追及を受けていた。
槍は、確かに逆井の言う通り、ドロッとした液体でベトベトになっている。
「まあまあ……あのモンスター、やたら耐久度高かったですし、先輩の判断は間違っては無かったと思いますよ?」
見かねたのか、桜田が助け舟を出してくれる。
「うぅぅ……まあ、確かに。倒せる時に倒すっていうのは、分からなくはない、けど」
歯切れ悪くはあるものの。
逆井も一旦は矛を収めてくれるようだ。
それでも不満が残っているのは、まあこちらも理解できる。
「悪かったって。だから、武器なら代わりに用意するか、後で志木に俺からも言っとくから」
「ほんとに?」
「ああ」
しっかり頷いて返すと、ようやく逆井の表情も晴れる。
「約束だよ、新海!」
「おう」
「それにしても……この槍これからどうしよう……ベトベトだしヌメヌメして滑る」
…………。
「うわっ、跳ねて服にまで飛んできたし! べチャッとして、何か変な臭いする…… 」
……それはスマンが、俺は力になれそうにない。
というか、俺が絡むとまた面倒臭そうだし。
「ふぅぅ……」
逆井や桜田に一言断りを入れ。
俺は一人、隅へと移動する。
今の所、攻略自体は順調だと言えた。
3階層まで来て、戦闘も4回に抑えられている。
「ただ……やっぱり火力不足だよな……」
地球のメンバーだけだから仕方ないとはいえ。
あの小さなドラゴン1体相手でも、かなり時間を掛けている。
俺の【業火】や【火魔法】は威力はあっても、打てる数に限りがあるし。
6対1でこれなのだ、この先、ますます慎重に進まねばなるまい。
『――ハルト~! ただいまだパコッ!』
そうして考え込んでいると、俺にだけ聞き慣れた声が近づいてきた。
その外見は人体模型などで見る心臓か、あるいはしわ枯れた桃のよう。
要するにかなりグロテスクな見た目に反し、本人曰く“愛の精霊”などという愛らしい生き物。
『…………』
そしてそれに付き従うのは真っ黒なボールに、一つ目の不気味な存在。
レイネに力を貸す“闇の精霊”だ。
「おう……どうだった?」
逆井や白瀬たちとは距離を置いているものの。
意識的に声を落として尋ねる。
『パコ~。この先も、やっぱりモンスターはあのドラゴン型だけだパコ。道は分かれ道になってるけど、パコがまたちゃんと案内するパコ!』
「そうか……」
というか、その言い方だと、この階層で終わりじゃないか。
まあそれは良い。
この2体の精霊。
本来なら家での振る舞いのように、レイネについて回るのが普通だった。
だが今回、俺とレイネの行動が分かれることに伴い、こちらに付いてきたのだ。
俺やレイネと違って、見えない相手は一切精霊に対して影響を与えられない。
要するに、レイネが闇の精霊と位置を入れ替える以外に。
今報告してくれたように、全く危険なく斥候を務めてくれるという副次的効果があるのだ。
『パコ~! パコ、頑張ってるパコ! 褒めて欲しいパコ!』
…………。
「ああ、頑張ってる頑張ってる。すんごい助かってるよ」
若干投げやりながらも、言葉にして褒めてやる。
すると、体を物凄い勢いで回転させ、その喜びを表現。
……うわっ、ちょっと、見た目凄いキツい。
『パコ~! 嬉しいパコ~! レイネもハルトも優しいんだパコ~! 二人ともパコとパコ友だパコ~!』
「……お前、絶対それレイネの前では言うなよ?」
多分“マブダチだ~!”みたいな意味しかないんだろうが……。
『パッコ! パッコ! 二人はパコパコ! パコ友だパコ~』
それでもコイツの口は、いつか封じた方がいい日が来るかもしれん……。
……リズムに合わせて言葉にすんなよ、耳に残ると嫌だろう。
「――あの、陽翔君? その、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫……二人がパコパコでパコだから残ったりしない」
「へ?“パコ”?」
……ってうわっ!?
飯野さん!?
いつの間にこんなに近くに!?
ヤバい、精霊が見えない彼女からしたら。
一人隅で立ってボソボソと“パコパコ”口走ってる危ない奴にしか見えない!!
「いや、うん、何でもない。二人がパピコでパソコン打ってたから閲覧記録残ったりしないよね、ってことで」
「? ごめんね、私おバカだから良く分からなくて……」
っぶねぇぇ……。
良いんすよ、今のは自分でも何言ってるか意味不明だったから。
変なことを口走ってしまって走る鼓動を何とか宥め。
パコ野郎を一睨み。
それからキョトンとしている飯野さんへと向き直った。
「――ええっと、それで、俺になんか話っすか? わざわざ俺んとこまで来たってことは」
そう尋ねると、飯野さんはハッとした顔をする。
だと思うと、今度はモジモジとして、中々切り出さない。
しばらく待っていると、ようやく決意したのだろうか。
目をキュッと瞑って、勢いよく告げた。
「あ、あの――私の胸が可笑しいかどうか、触って確かめてくれませんか!?」
…………。
――この人もこの人で何言うてんねや……。
以下、読まなくても大丈夫です。
――――
「ラティアッ!! どういうことだよ、これは!!」
「ええっと……」
顔を真っ赤にしたレイネに詰め寄られ。
ラティアは内心冷や汗をかく。
そのレイネの手にはノートパソコン。
そしてその画面に映っているのは、若い青年と可愛らしいサキュバスの少女。
絵はとても綺麗に描かれていて、しっかりと二人の肌色を表現していた。
――要するにエロゲーだった。
「これ、絶対えっちぃゲームだろう!?」
「その、愛を、確かめ合う、ゲーム、ですかね」
自分の主人のように都合の悪い部分はぼかして表現する。
が――
“あ、あぁぁ! ダメ、見ないで!!”
“いいや、ダメだ。ちゃんと見せてくれ”
“可愛くないから、あ、ダメ、いやぁぁぁぁ!!”
――がっつりエロゲーの、18禁シーンだった。
一人だと思ってゲームで勉強中、予定が変わり戻って来たレイネに遭遇。
それ以降で一番気まずい沈黙が流れた。
「えと、あの……――そ、そうです! ご主人様のことをもっと知るための勉強なんですよ! レイネも一緒にやってみましょう?」
「――う、うわ……す、凄い」
「ふふ……」
一度は顔を真っ赤にして断られたものの。
嫌よ嫌よも好きの内と、ラティアは上手くプレイに引き込んだ。
咄嗟の機転だったが、レイネはどんどんゲームにのめり込んでくれた。
「こ、これは隊長さんのことをもっと知るため……隊長さんの好みを知るための勉強だから……」
挙句、独り言で言い訳を始める始末。
――これは……普及の甲斐がありますね。
「フフッ……」
ラティアは一人。
レイネに見られていな背後で、笑みを深めるのだった。
――――