155.これは一体……。
お待たせしました。
昨日は体調管理として念のためお休みにしました。
“ちょっと喉が渇いたな……”と思った時には既に体は水分を求めているみたいに。
ちょっと疲れがたまってきたかな、と思った時には体が悲鳴を上げているのかもしれないと。
そのように安全マージンとして、そうなるちょっと前くらいに休むようにしています。
この時期ですし、皆さんもご無理はなさらずに。
ではどうぞ。
「――ラティアッ!! 片方そっちに行った!!」
短いながらも、鋭く。
リヴィルが後ろへと声を飛ばす。
「ええ、大丈夫ですよ――」
普段ならリヴィルが一人で複数体でも対処するが、このモンスターは体が大きい。
2体の内1体、子龍がラティアへと接近していた。
だがラティアは戦況を俯瞰で見ているので、特に問題はないと応じる。
このダンジョン。
いつものように、それほど強くないモンスターが大勢いるという感じではなく。
比較的強いモンスターが少数でうろついているという印象がラティアにはあった。
“龍”というあまり群れない個体だからか、それ以外の要因があるのか。
それは分からなかったが、しかし。
今のように2体同時に接敵するのでも、珍しいということになる。
事実、ルオやレイネと共に4人でいた時でさえ、3体同時ということがなかったのだから。
「Grrrrrr!!」
子龍との距離が3mを切ろうとした。
だが、ラティアに焦りや狼狽の色は一切ない。
ラティアは淡々と子龍の目を捉える。
同時に、ラティアの全身から、とても濃厚な桃色の霧が吹き出した。
「――【チャーム】!」
ラティアの【チャーム】は彼女の主人と出会った時から、既に大きく成長を遂げていた。
ラティアの魅力と合わさると、“Lv.2”ですら一流の戦士たちでも抵抗困難と評価されるだろうスキル。
それが“Lv.4”という狂う程の誘惑の波となって、相手に襲い掛かるのである。
「Girr――」
濃霧は子龍の体を包み込み、一呼吸だけで生物――オスとしての本能を強烈に刺激した。
主に人や人型のモンスターに有効だった魅了が、今では無性で無ければ。
このように個として誇りある龍であっても、サキュバスとしての魅力の虜となりうるのだ。
「Gyuuuuuu!!」
四つ足で地を這っていた子龍は、興奮のあまり後ろ脚二つで立ち上がる。
その目はもう、周りの物を視界に入れられない。
うっとりと自身を眺めている……ように龍には見えているラティア以外、何も。
「――さぁ。頑張ってください」
ラティアのそのたった一言で。
子龍は、恰も女神から優しく微笑みを向けられたかのように昂る。
そして、今まさにリヴィルが戦っている同朋に、突っ込んでいった。
「リヴィルっ!」
「んっ!!」
阿吽の呼吸で、リヴィルは高く後ろに跳ねる。
と、同時に。
入れ替わるようにラティアに魅了された龍が突進。
「Giiiiii――」
既にリヴィルによって痛めつけられた子龍は、堪らず吹き飛んだ。
そして――
「終わり、しぃあっ!!――」
仰向けになったところに、リヴィルのとどめの一撃。
硬い鱗がない腹を、導力を纏った腕で、殴り、貫いた。
「Giaaaaa――」
断末魔が響く。
戦闘は短時間で終わりを告げた。
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「3戦目でしたが、あんまり苦戦した感じはしませんでしたね」
「だね。ラティアが1体引き付けてくれるから、私は凄く楽だよ」
ラティアの言葉に、リヴィルは掛け値なしでそう答える。
合わせて、付いて来ている子龍に視線を向けた。
その様子は龍という威厳ある存在には似合わず。
息は荒く、今にもラティアへと襲い掛からんばかりの興奮状態だった。
「えーっと……ラティアは、その、大丈夫?」
具体的に言葉にするのは何だか生々しい気がして、リヴィルは曖昧にそう尋ねた。
対するラティアは特に気にした風でもなく。
リヴィルの言わんとするところを察し、笑顔で頷いた。
「ええ。オークやゴブリンみたいな人型モンスターじゃないので、特に嫌悪感のようなものはありません」
そう言ってラティアは子龍の大きな顎を優しく撫でる。
それだけで子龍は顔を蕩けさせた。
…………凄い。
リヴィルは純粋にそう思った。
自分の物理的な武力に対して、リヴィルは過大評価も過小評価もしていない。
おそらく主人も含めて、パーティー内では一番前衛に適していると思っている。
ただ戦力面という広い観点で見ると、リヴィル自身の貢献度はラティアと左程異ならないと感じていた。
魔法も然ることながら、この【チャーム】は脅威だ。
基本・土台となる威力がLv.4に上がったことに加え。
チャームはラティア自身のサキュバスとしての魅力も、その威力を上げる重要な要素となっている。
「そっか……うん、ラティアが大丈夫なら私はいいけど」
地球の恵まれた栄養事情によって、女性として極めて魅力的な体に育ったことに加え。
精神的な面での女性としての圧倒的余裕が存在することが、チャームの威力を大幅に底上げしていた。
「フフッ。ご主人様にももっと見て頂きたいものなんですがね……」
茶目っ気を含めてラティアは笑い、リヴィルに返して見せる。
ラティアは先の言葉を強がりではなく、本当にそう思っていた。
自己の最愛の主人の周りにはとても魅力的な女性が多い。
それはリヴィルやルオ、レイネなど同じ境遇たる奴隷だけでなく。
逆井や志木をはじめとする女性達もだ。
そんな美少女達が主人のことを想い、果敢に近づいてもラティアは動じない。
どころかむしろ積極的に許容し、後押ししている節すらあった。
そんな態度が返って、ラティアの精神的な余裕・成長を生み。
それがサキュバスとしてのラティアの魅力を、更にグングンと引き上げることになっていたのだ。
「ふぅ……」
「どれくらい来ただろうね……」
それから一度だけ戦闘になったが、1体では二人の相手にはならなかった。
また、同朋が相手側についていることも動揺を誘い、戦闘はリヴィルの蹂躙によって呆気なく片付いたのだ。
その後、20分ほど進んで。
「あっ――」
「これ……」
二人は会話を一時終わらせ、立ち止まる。
二人が辿り着いたのは行き止まり。
だがそれはただの岩場ではなく。
ダンジョンの最奥を示す、広間だった。
しかし、二人が怪訝な様子で立ち止まったのはそのためではない。
「死体……ですね」
その広間には、人の死体があったのだ。
決してつい最近の物ではなく、腐敗が進んでいた。
ラティアの険しい表情を余所に、リヴィルは背後の警戒を怠らない。
付いてきた龍のこともあるが、それ以外に。
何かが近づいてくる気配がしていた。
それを敏感に察知していたリヴィルは、ラティアを守るように立つ。
……が、直ぐにその体の力を抜く。
「――おおい! 二人とも、無事かっ?」
「リヴィルお姉ちゃん! ラティアお姉ちゃん!」
レイネとルオの二人が駆けつけたのだ。
ルオはシルレの姿より、元のルオ自身の方が足が速かったため、既にベースに戻っていた。
急いで走って来た二人は一瞬、子龍がいることに驚くものの。
「お、おぉぉ……。何だ、コイツ? ラティアの下僕か」
「う~ん……まあ、ね」
レイネの認識がそれほど間違っているわけでもなかったので、リヴィルは曖昧に頷いておいた。
「あれ? じゃあ……二人は何をしてるの?」
奥にある青い結晶――“魔法石”が見えているのに、動かない。
ルオはそれを不思議に思い、リヴィルの横を抜ける。
ラティアがしゃがみ込み、何かを見ていたので、自分もそれを覗いてみた。
「うわっ!? え、死体!? え、何で!?」
「は!? なん――どういうことだっ!」
レイネも直ぐに確認する。
それが間違いではなく、正真正銘の死体だと分かり、顔を歪めた。
それは別に死体を見慣れていないから、ということではなく。
こんなところに死体があるという状況の違和感にだった。
「……これ、こっちの世界の人間か?」
レイネの言葉に、一番地球の生活歴が長いラティアは首を振って否定する。
「いえ……違うでしょう。服装がこちらの人の物じゃありません」
身に着けている服は簡素で、有り体に言えばみすぼらしい。
彼女らがあちらの世界にいた際、良く見かけた物。
あえて言えば盗賊などのように上下がちぐはぐで、統一性が無かった。
「それに、このダンジョン、こっちで出来たばっかなんでしょ? 私達が一番乗りのはず」
リヴィルの補足で俄然、違和感が広がった。
「じゃあ……これって……ボク達みたいに、あっちの世界の人って、こと?」
「多分ね……」
ルオの疑問に、リヴィルは釈然としないものの、頷き返す。
身分を示す物もなく、それ以上のヒントは得られず。
疑問が残るものの、彼女らはそこで考察を一旦区切り。
そうして当初の目的である魔法石を割り、子ダンジョン攻略を遂行したのだった。
□◆□◆Another View End◆□◆□
これで一応第三者視点は終わりで、次話から主人公の方に戻ります。
ちょっとシリアスっぽい感じになりましたが、まああまり深く気にしなくても大丈夫だと思います。
このお話で主に伝えたかったのは、要は――
ラティア「いつでも食べていただく準備もできていますし、なんなら食べる準備もできています!」
ということですね、はい。




