151.また、ダンジョンですか……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
最近あまり着なくなった衣類一式を数日かけて選別し。
そうして誰かさんに送って一息ついた、その後だった。
『本当に申し訳ございません、陽翔様にご迷惑をおかけすることになってしまい……』
テレビチャットの画面向こうで、皇さんが本当にしょんぼりとしながら頭を下げる。
赤星もその隣にいて、苦笑いしながらそれを宥めていた。
「ああ、いや。別に、うん。大丈夫だから、全然こっちに実害なかったし」
実際皇さん親娘の対談で、俺が何か不利益を被ったわけでもなし。
『律氷ちゃんさ、あの後、空いた時間にお父さんから電話でしつこく問い詰められたっぽいよ』
うわっ、マジか。
そう教えてくれた赤星も気の毒に思ったのか、同情的な視線で皇さんを見ていた。
「そうか……皇さんこそ、大丈夫? 俺のことは良いから、その、お父さんのこと、気にした方がいいんじゃない?」
『そうですね…………あれ?』
ん?
何かが引っかかったと言うように、皇さんは俯かせていた顔をスッと上げる。
落ち込んでいた表情も、今は引っ込み。
何か強い意志を感じさせる瞳で、俺を見据えていた。
『……すみません、陽翔様。今、何とおっしゃいました?』
あれれ?
え、聞こえてたよね?
だから返事してくれたんじゃないの?
……難聴系ヒロインか何かなのかな?
「えーっと……“皇さんこそ、大丈夫”って、言ったと思うけど」
『その少し後を、もう一度お願いします!』
何、この迫力!?
え、俺そんな気力を漲らせるようなセリフ口にした!?
「……“お父さんのこと、気にした方がいい”って、言いました」
『“お父さん”……“お義父さん”!!』
いや、だからそう言ってんじゃん。
何がそこまで皇さんの琴線に触れたのか、全然分からんのだが。
さっきまで凄い落ち込んでたのに。
今じゃ嬉しそうにはにかんで“お父さん”という単語を呟いている。
……何だかな。
「…………」
“どう思う? っていうか、今の意味分かる?”という感じで赤星に視線を向ける。
それを受けた赤星は胸の前で軽く両腕を組み。
小さく首を傾けて考える。
『う~ん……どちらかと言うと、今のは新海君のうっかりさんかな』
おぅふ……。
赤星はこの一連の流れの意味が分かるらしい。
くっ、俺ぁ物分かりや勘の良い子は嫌いだよ!
そうしてぐぬぬ顔をして赤星を冗談混じりに睨んでいると……。
『――あら? 何してるの?』
今日、テレビチャットを設ける提案をした、本人の声がした。
二人がいる部屋に、志木が入って来たのだ。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふむ……なるほど。また親子ダンジョン、か」
『ええ。またよ』
志木は淡々とした風にそう返す。
今回もそのダンジョンを見つけたのは志木のところの従業員だというが……。
「で、今回はどこだ?」
以前の志木のように。
ダンジョンの穴が出来て、それが分裂した所を見たというのだから、そこそこ広い所だとは思うが……。
と、考えているが、直ぐには返事が戻ってこなかった。
『御姉様?』
『……大丈夫?』
皇さんと赤星も、異変を察したのか。
志木の顔を覗き込むようにして心配する。
『大丈夫よ、ありがとう』
志木は笑顔を浮かべて何でもないと返す。
…………。
「……最近忙しそうにしてるからな。少し休むか? 疲れてる顔してるし」
画面越しの俺からは、ちょっと疲労感がある顔に見えた。
白かおりんと黒かおりんの違いを普段からハッキリ見ているからだろうか。
それか、≪超直感士≫なんていうジョブを持っているからか。
志木のそんな小さな変化も、何となく分かる気がしたのだ。
『……そういう細かいところは、気づかなくてもいいのよ。バカ』
俺の耳は、その志木の呟きを拾う。
……バカって言われた。
でもその呟きもちょっと弱々しかったように感じる。
やっぱり体調面であんま本調子じゃないのかね。
『ああ、もう! 店舗内で、しかもそれが“18歳未満立ち入り禁止”の場所だったの! どう、これで十分かしら!?』
…………おおう。
いつになく強い口調で言い切る志木。
心なしか、流石にその顔には照れが混じっているようにも見える。
……黒かおりんの照れ顔、貴重な一瞬ですな。
冗談はさておき。
それにしても……。
まさか、今回もまた同じ従業員さんによる発見じゃないだろうな。
……いや流石にないか。
『あ、あはは……』
『あ、あ、あぅぅぅ……』
赤星も赤星で何とも言い辛そうにほんのり赤まった頬を掻いて。
一方の皇さんは中でも一番恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「あ~うん……分かった」
とりあえず頷き、何とも言えない気まずい雰囲気を打ち切ろうと試みる。
志木も同様に思ったのだろう、わざとらしく空咳をして、話題の転換を図ろうとした。
『ん、んん! それで、急で悪いんだけど、どうかしら?』
志木の提案にしばし黙考。
特に明日明後日は予定があるわけじゃない。
そうして考え込んでいると、志木から更なる提案が。
『勿論、依頼という形でお願いするわけだから何か欲しい物があれば用意します』
『陽翔様。ご一緒出来ない分、キチンと追加の報酬もお支払いします、いかがでしょう?』
皇さんからもそうした補足がなされ、改めて考える。
そう言えば……。
ラティア、リヴィル、ルオの3人は既に椎名さんから、仕事用としてスマホやカードを貰っている。
だが、レイネはまだだ。
いい機会だし、今回はそれをお願いするか。
「分かった。明日にでもちょっくら行ってくるわ」
承諾の意思とともに、もう一人分、スマホやカードを貰えるか、と伝える。
すると……。
『え? 貴方、まさかまた……』
『陽翔様……ルオさん達以外にも、増えたの、ですか?』
志木も皇さんも、何でそんな深刻そうに聞き返すの!?
いや、確かにレイネが増えたけども……。
『あ~。そう言えば……』
そこで、唯一その存在も知っていて。
既にレイネと顔合わせも済ませている赤星がそう呟いた。
瞬間、4つの鋭い眼差しが赤星を襲う。
『颯さん、何か知っているの!?』
『またですか! 颯様、また伏兵案件ですか!?』
『あ、いや、ちょ、二人とも、少し落ち着いて!! って言うか律氷ちゃん、“また伏兵案件”って何!?』
詰め寄られる赤星から、助けを求める視線が飛んでくる。
……良く分からんが話しておくか。
「まあ一人、“レイネ”って子がダンジョン攻略に協力してくれることになったんだ」
『…………』
『…………』
……ちょ、怖い。
二人とも、そんな一言一句聞き漏らすまいみたいな気迫、ここではいらないから。
ってか志木も皇さんも、御嬢様なんだよね!?
ちょっと凄みすら感じるんだけど……。
……一人か二人、殺ってる?
「親子ダンジョンってことならラティア達だけじゃなく、多分その子にも、協力を頼むと思うぞ」
『最初はちょっとぶっきら棒な印象を受けるかもだけど、とっても良い子だよ?』
二人の謎の追及から助け出したお礼なのか、赤星がそうフォローしてくれる。
『…………そう』
『……分かりました』
ふぅぅ。
と、安堵の息を漏らすと直ぐに……。
『――ただ、そう言うことなら、少し方針を変えましょう』
志木からそんな言葉が飛んできた。
『明日、私達3人はこの通り、一緒に向かえません』
そう言って志木は皇さん、そして赤星を見る。
まあ今県内にいないわけだしな。
それは分かる。
『逆井さんと桜田さんは二人だけでも、様子見をお願いするつもりでしたが、明日、合流してください』
「へぇぇ……そうなんだ」
俺が受けようが受けまいが、あの二人で調査程度は任せるつもりだったのか。
だがそれにとどまらず、志木は自分の考えていることを、俺達に話した。
『――近く、“シーク・ラヴ”の握手会と同時に、とうとう研修生のお披露目も行われることになりました』
「ああ、そう言えば、そんなネット記事を以前に見た気がする」
俺が話の前提を理解していると分かり、志木は軽く頷き。
そうして続きを口にした。
『既に水面下では小規模ながら派閥・権力争いのような物も起きています――律氷、私のスマホある?』
『あ、はい――どうぞ』
『ありがとう……』
近くにいた皇さんに取ってもらったスマホを受け取ると、志木はそれを操作。
そして該当する場所に至ったらしく、その画面をこちらに向けた。
指でスワイプしながら、志木はそれで何を言いたいのかを示す。
それは仕事用として整理された連絡先。
シーク・ラヴメンバーで一括りになった、その中で。
“飛鳥さん”・“六花さん”・“美洋さん”の3人の部分を行ったり来たりさせる。
『地盤・足場を固めるために、彼女達にも、箔をつけて貰いましょう』
そう言って小悪魔めいた妖しい笑みを見せる、志木。
それを見て、俺は思った。
――あの飯野さんのクイズの件、未だ根に持ってんのかい!
感想の返し、午後には時間を取れると思いますので、その際に。
ですので、もう少しだけお待ちください。
――――
「おぉぉ! ボクそっくり!」
とある午後の一場面。
ルオは画面を見て感嘆の声を上げる。
メイキングされた自分に似たキャラ。
最近人気の格闘バトルゲームで、実際に使用して戦うことも可能だ。
「だろっ! それにしてもスゲェな、ゲームってのは」
これから対戦相手となるのはレイネだ。
そしてその機能の凄さを伝えられた喜びからか、嬉しそうにゲーム画面を見ていた。
「でも凄いね! ボク、普通に戦闘を楽しむだけだったから見逃しちゃってた!」
「ハハッ。そう言うあたしも、実際はラティアに聞いて試そうと思っただけなんだがな」
軽く笑ってネタバラシ。
それでもこれからの楽しみが減るわけじゃない。
ルオも笑って返して、それを軽く流した。
「でも妙なことも言ってたな……」
レイネは思いだす。
自らの主人そっくりのキャラも同時に作成し。
そうしてルオそっくりのキャラと対戦させてみて欲しい。
「ま、やってみればいいか」
そのように言われたが、所詮ゲームはゲーム。
主人そっくりにしたら攻撃できないとか、そんなことでも思ったのだろうか。
それにどちらがどちらのキャラを操作するかもまだ決めていない。
――あたしが、そんなしょぼい目くらましに騙されるかっての。残念だったな、ラティア!
そう当たりをつけたレイネの勘はしかし、ある意味では外れ、ある意味では当たるのだった。
「――ふぁぁ! ふわぁぁぁ! ご主っ、ご主人と、ボクが!!」
「――うわっ、うわぁぁぁ! 隊長さんと、隊長さんとルオが!!」
対戦が始まり、その意図するところは直ぐに表れた。
――アーマーブレイク!
その体力・HPゲージの減少に伴い、身に着けている衣服がすり減っていく、ちょっとHな機能。
それがこのゲームには搭載されていたのだ。
そしてそれだけではなく……。
「はわっ、はわわ! 半裸のボクが、半裸のご主人に、跨って、跨って……」
「あわっ、あわわ! 隊長さんが!! ルオに組み敷かれてる!」
――追い打ち技!!
ダウンした相手に、さらなる追撃を行える技が存在した。
つまり、実在する人物に似たキャラを作成し、こうした状況を作り上げる。
すると、ゲームの趣旨とは異なるものの、かなり際どいシーンを見ることが出来るのだった!
「あっ……ごめん、レイネお姉ちゃん、倒しちゃった……」
「い、いや、大丈夫だ……もう1戦、行くか?」
「……うん」
その後、新たにレイネそっくりのキャラの作成もなされ。
リヴィルが家に帰ってくるまで、そのゲームは続けられたのだった。
――――




