150.何か、送ろうか?
お待たせしました。
ではどうぞ。
『――通常時は共に四天王を務め、“前”魔王様を支えた。君のお母さまはとても偉大な方だ。おかげで今、私やカリュル様は生きているのだから』
全てを理解したと言ったように頷いた後。
フォゼさんは在りし日を思うように目を細め、ルオのお母さんのことを話した。
それを聴く覚悟を決めるかのように、ルオはカリュルの姿から普段のストックに戻る。
フォゼさんは、ルオがまだ全くストックを持っていなかった、純度100%ドッペルゲンガーの時しか知らなかったと謝罪を入れ。
ルオのお母さんの話へと戻っていく。
『彼女は時には“前”魔王様を叱り、時には頼もしい護衛となり、そして時には、一番の理解者となってくれていた。私達も、そんな彼女を、とても信頼していた』
そしてただ静かに、フォゼさんの話に耳を傾けた。
自分の知らない母親の姿を思い浮かべるためか、目を瞑り。
「うん……うん」
そうして時折、ルオは相槌を打つように頷いていた。
『――そしてあの時。勇者が何の前触れもなく現れ、我々が危機に陥った時。彼女はその身を挺して、我らを守ってくれた。逃げる時間を稼いでくれた。本当に、彼女には感謝してもしきれない』
「……知らない母さんが沢山。うん、ボク、凄く誇らしいや」
ルオは涙を流さなかった。
その代わり、少し俯き。
強く、強く拳を握りしめ、震える。
何か溢れ出ようとする思いを何とかせき止めるように。
そして、新たに生まれた大切な決意のような何かに約束するかのように。
ルオはしっかりと、前を向いた。
「――ありがとうフォゼさん! 教えてくれて、嬉しかったよ、ボク!」
『ああ。今は……』
フォゼさんは一度ルオから視線を外し、俺に視線を合わせる。
そしてまたルオに戻し、優しく微笑んだ。
『“ルオ”嬢とお呼びした方が良いですかな?』
「うん! ボクはこれから……“ボク”として、“ボク”の出来ることをやっていくから!」
その芯の通ったルオの返事に。
フォゼさんは自分の孫娘の成長でも見るかのように、一層その笑みを深めたのだった。
『私も――ルオ嬢が生きていてくれて、本当によかった。カリュル様に、これで良い知らせがまた一つ増える……』
そう呟いたフォゼさんの声は、上擦り、少し強い感情が込められていて。
更にその目からは、つぅぅっと流れる雫が。
それは彼がスライムでも。
どれだけ今回のことを嬉しく思ってくれているのかを、端的に表していた。
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『また戻ってきますから。その際は是非、よろしくお願いしますね』
『ええ。次回いらっしゃる時は我らの都市へと案内します。カリュル様にもきちんと、お客人として迎えるようお伝えしておきますので』
織部達が屋敷を辞し、フォゼさんに挨拶する。
そのカリュルって相手と会話するにしても、DD――ダンジョンディスプレイの通信がないと出来ない。
つまり、織部が向かってくれないとルオとカリュルの再会は実現しないのだ。
「本当に……いいのか? その、あたしの方は後でも構わないんだぞ?」
織部達が屋敷から離れていくのを画面越しで眺めながら。
レイネは気遣って、ルオにそう確認していた。
「え? うん! カリュルとは幼馴染だし、会いたくないわけじゃないけど……」
そう前置いてから、しかし、ルオは笑顔で言い切って見せる。
「レイネお姉ちゃんの方が大事だよ! ボクは後でも大丈夫だから」
似た状況にありながらも。
ルオの中では本当に何か判断基準があって、それで優先順位が既に確定しているような言い方だった。
「……そっか。その、ありがとな、ルオ」
「えへへ……うん!」
不器用ながらもレイネはその感謝の言葉を述べ。
それに対して、ルオは満面の笑顔で答えていた。
「――さっ。今日はもうこれで終わりだ。皆、お風呂入ってしまってくれ」
既に入浴を済ませていた俺は、そう言って解散だと告げる。
話が長引いたから、焚き直しもした方がいいだろう。
そう告げると、ラティアが頷き返し、3人を纏めて退出を始めた。
「分かりました。私はそのままのぬるま湯で大丈夫ですので、私がまず入ってしまいますね?」
「いやいや。ラティア、何どさくさに紛れて2番湯に入ろうとしてるの? いつものようにじゃんけんでいいじゃん」
リヴィル、そこまで2番湯に拘りでもあるの?
「そうだよ! ラティアお姉ちゃん、ボク、抜け駆け良くないと思うな!」
「そ、その、あたしは……別に……何番風呂でも気にしないけど……」
「あ、じゃあレイネを抜いた3人でじゃんけんにしますか」
ラティアがササっとそう告げると、レイネは慌てて待ったをかけていた。
「あっ、やっ、ダメっ! そ、その……そうだ! 何か隊長さんが入った後、風呂に異変が起きてないか調べるため! うん、だからあたしも2番風呂は譲れねぇ!」
「レイネ……凄い理由をでっちあげるね」
リヴィルが呆れるのも分かるが……それより。
「いや、あの……誰が2番風呂かなんてそんなに重要? 何だったら、1番風呂はやっぱり誰かに譲ろうか?」
だがそんな気遣いはむしろ彼女らに宿った小さな炎にせっせと薪をくべる愚行だったらしい。
その後、特にラティアとレイネを筆頭に。
俺が1番風呂に入ることだけは譲れないと、かなり強い論調で4人に押し切られたのだった。
……うん、それは十分に分かったから、早くお風呂入っておいで。
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4人が部屋から出ていった後。
俺は再びDDの通信を繋ぎ直す。
そうしてその相手に、軽く礼を言っておいた。
「……悪いな、色々と気を使わせたか?」
『いえ。どうせ五剣姫は全員、魔王は出来る限り味方に引き入れる方針でしたから』
既に、あっちは町の宿に戻っていた。
ベッドに腰かけ、寛いでいる。
織部は裏のない笑顔を浮かべて、そう告げてくれた。
「そうか。なら良かったが……」
ルオやレイネのためとはいえ。
それだけのために遠くを行ったり来たりさせるのは気が引ける思いだった。
織部の言葉からすると、今言ったことも、そしてルオやレイネを気遣ってくれているのも本心なんだろう。
「何か礼にまた送ろうか? 金の心配は今の所大丈夫だから」
俺も気遣ってそう提案すると、織部はベッドから跳ね起き、DDに食らいつく。
『ほ、本当ですか!? 何でも!? 何でもいいって言いました!?』
「言ってない。一言も、1ミクロンたりとも言ってない」
食い付きの速度の凄まじさよ。
はぁぁ……。
まあ、大抵の物なら、用意しないでもないけど。
こうがっつかれるとちょっと、ね?
『うぅぅ~。分かりました。じゃあ仕方ありません……』
織部は顎に指先を当て、考え始める。
だが直ぐにチラッ、チラッチラッとこちらの様子を窺い始め。
そうして恐る恐る口を開く。
『――これは最近、友達の友達から聞いた話なんですけどね』
え、何その前振り。
何かツッコんだ方がいいのだろうか。
『ダンジョン攻略とか、ギルドの依頼とかで他のパーティーと臨時で組むことってあるじゃないですか』
いや、そんな当たり前のことですけどみたいに言われても、俺そっちのこと詳しくないし。
「……まあ、あるんだろうな」
『そうしたら、相手のパーティーに男性メンバーも、いる可能性があるわけですよ、ええはい!』
何でそう捲し立てんの?
…………。
まあいいや、最後まで聞いておこう。
「……で?」
『長期間の遠征だったりしたら、険悪にならない程度には、友好関係を結んどいた方が得策なわけです。それで、男性の冒険者相手にどうすれば喜ばれるか、という話になってですね』
「……ふむ」
……かなり回りくどいな。
何か織部の視線も右へ左へと泳ぎまくってるし。
『やっぱり肌着とか、下着類とか、そういう実用性あるものがお裾分けに良いらしいんですよ! これが、意外に! あっ、勿論、私が欲しいとかじゃなく、知人から聞いた話ですよ?』
……間のもう一人の友達どこ行った。
「で、俺は何を送ればいいんだ?」
簡潔に結論を促す。
すると、織部は一瞬言葉に詰まるものの……。
『――に、に、新海君の衣類を、送ってもらえますかっ!! 古着とか、使わなくなったものとかで良いので!』
…………。
「じゃあな、織部。また今度。お休み」
『あぁぁぁ! ちょ、ちょっと待って! 待ってください! ちがっ、違うんですよ!』
「お休み~」
『ダメ、切ら――』
画面越しのくせして物凄く追い縋ってくる織部は無視して。
俺はDDの通信を切った。
「…………はぁぁ」
その後一人になって。
改めて一息つき、冷静に考える。
「はぁぁ……あんまし使わなくなった服、あったかな……」
俺は仕方なく、衣装ケースの引き出しを開け、プチ断捨離を始めたのだった。
すいません、ちょっと書き始める時間が遅かったので……。
ミニミニストーリー、次回にします。
どんどん伸びていって申し訳ないです。
それ単体だと1話に分ける程の文量にはならないので……はい。




