147.うん……俺達はよくやったよ。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「二人とも、よく聴いてください――ご主人様とカンナ様は実は、お互いに他人には言えないようなことも語り、相談し合う間柄なんですよ!」
ラティアが立ち上がり、注目を集めるように指を立てて告げる。
……え、いきなり何言い出すの?
そもそも何でこんな流れになったのだろうか……。
元々は定期連絡とはまた別に、カズサさんが話したいことがあるということだった。
それで、まだこの場に姿を見せない彼女を待つ間、織部やサラと話していて……。
で、何かの拍子に誰かが“勇者”という言葉を使ったことに端を発する、のだが。
……いや、でも本当にラティアもリヴィルも、何を言い出すんだろう。
「え? えーっと……うん、ボクも、何となくそうなんだろうな、とは思ってるけど」
同じように状況の流れが良く分からずに、ルオは首を傾げてラティアへ返答する。
それを受けて、更に言葉を継いだのはリヴィルだった。
「うん、ルオはね。でも……レイネは多分、そのことも。それに……その核心部分も、知らないでしょ?」
話を振られたレイネは何だか気まずそうに口をとがらせて答える。
「な、なんだよ……ああ、知らねえよ。悪いか?」
その回答を待っていた、と言わんばかりに。
ラティアとリヴィルは顔を見合わせ、互いに頷く。
そして俺みたいに事態の流れを怪訝そうに見ていた織部を見た。
「カンナ様が何故怖そうな表情――いいえ、少し緊張なさった様子だったか、それはですね……」
ラティアは主にレイネへと教え諭すように告げる。
今日こうして、織部と向き合って話すのが初めてだろうことに配慮するように。
「レイネ、ご主人様に仕える貴方に、受け入れてもらえるかどうか不安だったからですよ」
「……はぁ? どういうことだ、それは?」
レイネは当然、それだけではどういうことか分からないと疑問符を浮かべる。
「あたしは別に、隊長さんが1つや2つ、秘密を持ってたって気にしない。隊長さんが信頼してるんなら、その相手もまあ、そこまで目くじら立てたりしねえよ」
『レイネさん……』
織部はもう、この流れが単純にちょっと感動系で、それで有耶無耶にしようとしてるんだと早合点してしまう。
だが俺は、既に目を潤ませ始めている織部程には楽観視できない。
何故なら……。
――ラティアとリヴィルが、組んでいるから。
その俺の直感が正しいのだと証明するかのように。
ラティアのその目が、怪しく光り。
そしてその笑みを深めた。
言質は取りましたよ、そう言わんばかりのうっとりするような笑みだった。
「本当ですか? それは良かったです……」
大袈裟なまでに深く息を吐き、安堵を示す。
そしてリヴィルにアイコンタクトを取ってバトンタッチ。
リヴィルは頷く。
そして、もう解決した気分で頬をフニャッと緩めていた織部を向いた。
「そうだね、うん。レイネがちゃんと受け入れてくれるって言ってくれてよかった。何と言っても……カンナの“性癖”も含めて、マスターと色々相談したりするんだもんね」
あっ――
『……へ?』
「……へ?」
織部とレイネの。
そんな、呆けた声が重なった。
そうして織部は一瞬にしてこの先の未来を悟り。
逆にレイネはこの先の話を予想して顔を赤らめる。
……ムッツリめ。
「せっ、性癖って、お、おい、それは……」
「え? でも……嘘じゃないよね? ――ねぇ、マスター。カンナも、ねぇ?」
その動じぬ瞳に射すくめられ、俺と織部は揃って息を呑む。
この先…………お互い修羅しか待ち受けていないと分かっていても。
それで、レイネとルオの意識が、勇者から逸れるのであれば……っ!
――やるしかない!!
「そ、そうなんだ! なあ、織部っ!?」
織部の喉がゴクッと動き、生唾を呑んだのが見えた。
そして一瞬俯き、プルプルと震える。
それは何かを決意するための、一瞬の、しかし本人には長く感じられるだろう時間だった。
織部は顔を上げる。
その織部の表情は……全てを振り切ったのかというくらいに、笑顔一色で満ちていたのだった。
『――ええ、ええ! もう普段から新海君にはお世話になりっぱなしで! 色んな意味で! 最近なんて、衣類や飲食だけじゃないんですよ、送ってもらう物は!』
テンションのメーターが一気に上がり切ったみたいに。
織部は不気味に思える程、早口に捲し立てていた。
『自分を満たす物資に限らずですね! 自分の動きを制限する、束縛するのに必要な物なんかも送ってもらっちゃって!』
「…………」
「…………」
織部の勢いに飲まれたのか。
それとも、話している内容にドン引きしてるのか。
それは分からなかったが、ルオとレイネは開いた口が塞がらないようだった。
……あれ?
レイネさん……ちょっと顔真っ赤になってます?
……もしかして想像しちゃってません?
『あはは! でも自縄自縛を試してみて、不自由ながらも満たされている自分を心の中で見つけちゃうんですから! 結局は同じですよね!』
全てを言い終えた織部を見て。
“同じじゃねえよ……”なんてツッコミは出来ず。
その後真っ白な灰になる程燃え尽きた織部に、かけてやる言葉が中々見つからなかった俺は……。
「そんな織部を勿論想像して、俺も購入の際は一切手を抜かないんだ!」
同様に、ブッ飛んだのだった。
「縄と言っても荒い物もあれば、優しい肌触りの物もある! 織部がどんな縄を欲しているか、それを見極めるのが俺の腕が試されるところだな、うん!」
『――あれ? ええっと……どうかされましたか? カンナさん、真っ白な灰みたいになってますが……って、ニイミさんも!?』
5分ほど、微妙な空気が流れ。
ようやく今日の話の本題、カズサさんが部屋に来たが……。
『は、はは……いいんです。気にしないでください』
織部の目の光は、どこか遠い所に行ってしまっていた。
「……こっちも、気にしなくて大丈夫です」
『え? いえ、ですが……え、本当に大丈夫ですか?』
流石に放っておけないカズサさんが、心配して側にいる織部へと声をかける。
『良いんです……どうせ私は新海君が送ってくれた縄を見て、色々想像を膨らませては自分で使ってみるワクワクさんですよ……』
織部ぇぇぇ。
お前R18の工作担当にでもなるつもりかよ……。
「な、縄……隊長さんが縄で縛って、それで……」
おーい、レイネ~。
何かブツブツ言ってないで、現実に戻って来ーい。
カズサさんとの話し合いは、ちょっと気まずい雰囲気でスタートしたことは言うまでもないだろう……。
勿論、以下読まなくても大丈夫です。
今回はラティアになりますかね……。
――――
「……あれ?」
ラティアはノートパソコンを開いた。
私用の物として持っている方ではなく、何か調べものをする際は共用の物を使うようにしていた。
そちらの方がメリハリが利くだろうと思ったからだ。
「シャットダウンされてない……あっ、それに紙も」
誰が使ったのかのメモを見なくても、ラティアは直近の使用者が分かった。
ノートパソコンに挟まっていた紙。
そこに書かれていた字が、あまり洗練されていない。
要するに、一番最近に来たレイネだろうと。
念のためにメモを確認しても、やはり最後の使用者はレイネであると記されていた。
「……えーっと、これは……」
ラティアは未だ開かれたままのインターネットの幾つかのサイトに目を向けた。
「……催眠術?」
それはどれも催眠術に関するホームページだった。
中には過激なことを書いているサイトもあって、ラティアは思わず首を捻る。
そして、その際に丁度視界に入った、あの紙を見た。
調べ物をしながら、レイネがメモを取っていたのだろうそこには……。
「“男→女× これじゃない” 、“女→男〇 そうそう、あたしが隊長さんに”、“催眠術かける→隊長さん、我慢できなくなる・襲いたくなる”……」
ラティアは何だか既視感を覚えながら、その紙を更に見ていった。
「“全部打ち明ける……×→あんまり素直になれないし、恥ずい。やっぱり催眠術〇……”あっ、ここで葛藤があったんですね」
これも何だかデジャヴュだな、とラティアは懐かしむ。
「“普段から無意識的な領域へ刷り込みが必要→隊長さんに襲いたくなるようにさせる?→エッチな服とか……ムラムラするような服とか? 着た方がいい、のかな?”……フフッ」
ラティアはそっと、ブラウザを消し、何も見なかったことに。
そして自分の調べものを再開したのだった。
ここに淫魔と天使の相互不可侵条約が一方的に結ばれたのだった。
――――




