141.レイネの出来ることを確認しよう!
お待たせしました。
ではどうぞ!
「――せっ、はぁっ! さっ、せぁぁ!!」
短時間の間にレイネの声が何度も響く。
ダンジョン内を軽やかに駆け巡るレイネは、モンスターを一人で圧倒していた。
湾曲したナイフを二振り。
両手で自由自在に操り、骸骨を翻弄する。
「ふんっ、遅い、ぜっ! 欠伸が、でらぁぁ!!」
骨を叩き割り、あるいは魔法を放とうとする杖を断ち切り。
かと思えばいきなり駆け出し、距離を取る。
と思わせてグッと加速し、隙だらけの骨の体へ渾身の一撃を入れた。
……すっげぇぇ。
3体と4体のグループが合流して、計7体のスケルトンとの戦闘。
それをレイネは一人で戦って見せていた。
“あたしの戦力の把握が目的なんだろ? ならまずは見ててくれや”と、気負いなく言って。
「はぇぇぇ。目が回るね」
ルオの感嘆を横で聞きながら、俺も同意するように頷く。
「だな~。もう精霊の力とかいらねえんじゃね?」
『ひっ、酷いパコ!! パコ達精霊もちゃんと役立つんだパコ! レイネと共に戦うんだパコ!!』
って言ってもなぁぁ……。
先日リヴィルとルオが見つけてくれたダンジョンに、5人で初めて潜っていた。
なので今回は攻略を目的とはせず、あまり深追いしないと決めている。
今行われている戦闘でまだ3戦目。
だが、もう既に十分、レイネは俺達にその実力を見せてくれていた。
「――おらっ、これで、最後の、一体ッ!」
その細い脚から放たれた鋭い蹴り。
リヴィルのように何かの力の上乗せがあるわけでもなく。
「ギシッ――」
しかし、綺麗に顎骨へとクリーンヒット。
頭部がボーリングのピンのように吹っ飛んだ。
それで行動を止めたスケルトンへと、レイネは曲がったナイフを、振り下ろす。
「終わりだ――」
その言葉通り、最後の一体は胸の骨以下を一瞬でバラバラに砕かれる。
それが、戦闘終了の合図となった。
「――いや、それにしても凄かったな、さっきのレイネ」
「ですね。これなら、普段は遊撃を任せればいいんじゃないですかね」
ラティアと共に、先ほどの戦闘の感想を伝え合う。
レイネはリヴィルとルオと一緒に、俺達二人から離れるように歩いていた。
これから、精霊との契約で得た能力を見せてもらうためだ。
「本人は何でもやるって言ってたけど……あれはタイプ的には“暗殺者”とか、そっち系だな」
身のこなしも軽やかだし、相手の急所を上手く見抜いていた。
まあ骨のモンスターだったし、いくらか倒しやすくはあっただろうが、それでもだ。
先ほどの戦闘で一気に7体も倒したからか、ここら一体のスペースは俺達が制圧した感じになっていた。
それもあって、レイネはリヴィルやルオと気軽に話している。
汗の吸いやすい長袖タイプのアンダーシャツ。
その上にノースリーブのジャケットを、レイネは羽織っていた。
手袋もはめ、口元はピッタリ張り付くような黒いマスクを着けている。
ネックウォーマーみたいな感じで、首元から引っ張り上げ、口を隠したり出したりすることが出来た。
「ですね。衣服もあまり拘らないらしくて……見ているこっちが寒くなりそうだったので、手袋と、あと二ーソックスは履かせたんですが……」
ラティアが言うように、下も結構簡単に済ませている。
ホットパンツと靴。
戦闘用の装備と言えばその両手に持ったククリナイフくらい。
まだ冬真っ盛りなのに。
ラティアが言わなければ、本当に肌を思いっきり出して歩いていたかもしれない。
「……角を曲がったな。もう大丈夫そうか?」
ここからは一本道だが緩やかな曲がり道になっていて、リヴィル達の姿が見えなくなった。
本当に出来るのだろうか……。
「――ご主人、こっちは大丈夫。レイネお姉ちゃん、準備出来たよ?」
曲がり角の向こうからルオの声が聞こえて来た。
俺はそれを聞いてから、自分の斜め上へと視線を向ける。
『…………我が力、解放せし時!』
「……あ、そう」
黒いボール状の浮遊体――闇の精霊も問題ないことを確認。
「――おーし、こっちも良いぞ! 頼む!」
両手で口元に覆いを作り、声を向こう側へと響かせる。
そして、俺が言い終わった数秒後……異変が生じた。
「――うぉっ!?」
――闇の精霊の体が、溶けた。
ドロッと融解し、液体状になる。
「え、え!? どうなっているんですか!? もう始まって!?」
隣のラティアが慌てたような声を上げる。
精霊を見ることができないラティアはやはり、変化を感じ取れないらしい。
「ああ、もう始まった。精霊の体が、何か……グニャって、潰れて、液体状に――」
何が起きているか同時的に伝えようと言葉を紡いでいると、状況は目まぐるしく変化していった。
そのまま浮遊していた真っ黒な液体が、いきなり膨張し出す。
明らかに元の体積よりも増えていって、それがある大きさまで到達すると、止まった。
と思ったら、今度はそれがどんどん人の形を成していき……。
「――あっ!! レイネが!!」
それがレイネの形にまでなると、ラティアにも認識できるようになったらしい。
ラティアの言葉通り、俺の真上に、レイネが姿を現したのだ。
これが……レイネが言っていた“闇化による瞬間移動”か!!
凄いものを見せてもらった……って、ん!?
――あれ!? レイネさん、“俺の真上”って!
「ふぅぅ……久々だしどうなるかと思ったけど、成功みたいだな――って、えぇぇぇ!? 隊長さん!? ちょ、どいてどいて!!」
「いや、お前が降ってくるんだって! うわっ――」
空中に現れた瞬間は停止していたものの。
直ぐに重力によってレイネは落下し始め。
そうして俺を下敷きにしたのだった。
「いってぇぇ……大丈夫か、レイネ……」
「う、うん……何とか。隊長さんが、受け止めて、くれたから」
結構強く腰を打ってしまった。
まあうまくレイネをキャッチ出来ただけ良しとするが。
……意外に痛くて、ちょっと直ぐには動けない。
目と鼻の先に、レイネの綺麗な顔が迫っていた。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「だっ、大丈夫ですか、ご主人様、レイネ!」
側で事の始終を見ていたラティアが慌てて駆け寄る。
……が、差し伸べようとした手を、ピタッと止めた。
……え、何?
「――レイネ……大胆ですね」
いきなり振られたレイネも良く分からないといった風に首を傾げる。
「……は? 何言ってんだ、ラティア」
「いえ、だって……」
そこでラティアはスーッと指を向ける。
レイネと、そしてその下にいる俺に。
「――ご主人様をいきなり下敷きにして、密着姿勢で馬乗りになるなんて……」
「…………はぁぁぁぁぁぁ!?」
痛い痛い痛い!
ちょ、腰落とさないで、体重かけないで!?
打ったところジンジンする!!
回復魔法使っとこうかな……。
「んな、んな……んなぁぁぁ!」
わなわなと震えるレイネは顔を真っ赤にする。
そして何か言おうと必死に口を動かすが、言葉が出てこない。
「いえ、単に見たままの体勢がそうだったので……」
「ちっ、ちげぇぇし! 別に隊長さんと肌で触れ合ってるとか、抱き合ってるとか、んなんじゃねえし!」
そうしてレイネが早口で何か言っていると、ルオとリヴィルが戻って来た。
「――レイネお姉ちゃん、大丈夫!? 何か凄い音が、した、けど……」
「何っ、まさか、敵!? 皆…………えっと、その、何?」
ごめんよ、リヴィル……。
俺も“何だこれ”って聞きたい気分だ。
「ち、ちげぇぇ!! そんな目で見んな!! ――あっ、そ、そうだ! 隊長さんからもなんか言ってやってくれ!!」
そう言ってレイネはようやく俺を起こそうとしてくれた。
首の襟元を掴み、グッと上へと引き起こす。
……え、あの、いや、だから、俺の上からもどいてくれません?
「何でもないように見せかけてご主人様の体勢を誘導して……対面座位?」
コラッ、ラティア。
いらないこと言わない。
「っっっっ!!」
ほらっ、レイネ、もうこれ以上ないってくらい顔赤くしちゃってるじゃん。
「違ぇって!! その、これは、だから!! 隊長さんを起こしてあげようとしただけで――」
「むむむっ……ご主人様への忠誠を既にそこまで。レイネ、中々侮れない雌犬力を持ってますね!」
ラティアさん……嬉しそうっすね。
それにまた“雌犬力”とか謎の造語作るし……。
その後立ち上がってもしばらく、レイネがラティアにいじられる時間が続いたのだった。
……腰は特に問題なかったので、魔法を使うことにはならなかったが。
雌犬力:“めすいぬりょく”。主人への忠誠心を表す言葉。忠誠を持つことを前提に、主人を前に乱れたり、自身でも気づかぬ内に目がハートになっていたり、そんな風に主人へ落ちている程度を表す際にも用いられる。
――――
「……ふーん」
リヴィルは一人、家で留守番をしていた。
誰もいないので、時間を潰す意味もあり、ノートパソコンを開く。
ラティアと共にお金を出して、奴隷たちの間で使えるようにした共用のものだ。
リヴィルはこの世界の知識を深める他、自分の興味がある衣装などを見ていた。
「……ん? あれ……?」
そんな中、何気ないタイミング。
リヴィルは検索履歴をたまたま見た。
本当に特に意味はなく、適当に動かしていた時だった。
「確か……前はラティアが……」
共用なので、最後に使った人はメモに使用を記帳するという自主ルールがあった。
そこには昨日の夜、ラティアの使用があったことが記されている。
そしてそれを踏まえたうえで、リヴィルは検索履歴を視界に入れた。
「“催眠術 抑えている精力 爆発”……“襲ってもらう 五円玉 暗示の方が”……“寝ている 囁く 【名前】エロいよ【名前】”……」
リヴィルは更に、マウスのホイールを動かす。
他にも“マッサージ 精力増強 ツボ”とか。
“いやらしい衣装 着たまま 効果アップ”など。
色々なものが見られた。
「…………」
リヴィルは特にそれに言及することなく、自分の調べものを再開するのだった。
――――




