139.これからよろしくな!
お待たせしました。
完全に解決編ですね。
いつもより少しだけ長めになりましたが、どうぞ!
「…………その、ありがと」
泣き止んだレイネがゆっくりと俺から離れる。
恥ずかしそうに頬を赤らめ、持て余したように手をモジモジさせていた。
「おう、気にすんな。自分で言うのもなんだが、信じてくれて嬉しいよ」
レイネが顔を上げてくれて良かった。
俺の出来ることは少ない。
今回の問題は、レイネの気持ちの部分が大きいからな。
後はもう一気に前へと進むだろう。
『パッコォォォ! ヤッホォォォだパコォォォ!!』
うるさッ!?
ちょっ、テンション上がるのはいいけどもう少し落ち着けよ!
『嬉しいんだパコ! レイネとまた仲良くなれるんだパコ! 嬉しすぎてもう、パコはパコパコだパコ!』
何言ってるか分からん。
もう“パコ”しか言っていないんじゃね、コイツ。
さっきまではシリアスだったからかなり控えてたけど。
これからはどんどんツッコんでいくからな。
「? えっと、どうかしたのか、隊長さん?」
「ああ、いや、えっと……その前に“隊長さん”?」
俺の呼び名らしい。
だが何故それになったのか。
聞き返すと、レイネは頬を掻き、1トーン下がったテンションで告げる。
「嫌、だったか? その、隊長さんが嫌だったら……別の呼び方で呼ぶけど」
いやもうレイネの中では“隊長さん”で定着しとるやん。
他の呼び方に変えるの滅茶苦茶嫌そうですやん。
レイネ、傭兵として生きて来たって言ってたから、その名残かね……。
俺、そんな厳しそうな人に見えるの?
ダンジョン攻略過程を撮影して、ハルートブートキャンプとでも称して売り出そうかな……。
「まあ、別に嫌とかではないけど……今までも傭兵でそうやって呼んでたのか?」
純粋に生じた疑問を口にする。
……と、何故かレイネは烈火のごとく怒りだす。
「か、勘違いするなよな! “隊長さん”って呼ぶの、隊長さんだけだから! 他の奴を“隊長さん”だなんて呼んだりしないんだからな!」
えぇぇ……。
どこでツンデレってるんですかレイネさん。
更にレイネはビシッと指を突きつけ、言葉を継ぐ。
「後、勘違いしてるかもしれないから言っとく! あたしがもう一回だけ信じてみようって思ったの、隊長さんだからだかんな! 他の奴相手に、簡単に信じたりなんかしないんだからな!」
「ええっと……うん、それはどうも」
ちょっと早口に捲し立てられたので全部を全部聞き取れなかった。
だがまあ要するに“信じたからな、裏切んなよ!”ってことだろう。
『パコ~。ラヴを感じるパコ~!』
そこうっせえぞ、存在自体が卑猥浮遊体め。
俺しか見えてないんだから、コイツ今のうちに一回懲らしめてやろうかな……。
灰グラスで存在を認識されない時でも思わなかった、そんな悪い考えを何とか抑えて。
俺はレイネが再び精霊達を見ることができるように、もう一度気合を入れ直すのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『――“大いなる闇を宿し玉”、“暗闇より出でたる石が全てを飲み込む剣”、“光を逃さぬ黒き混沌を纏いし英雄の絵”』
「……えーっと、その、すんません。もう一回お願いしても良いっすか?」
『――“大いなる闇を宿し玉”、“暗闇より出でたる石が全てを飲み込む剣”、“光を逃さぬ黒き混沌を纏いし英雄の絵”。これら3つを揃えし時、我との盟を結ぶ扉が開かれるだろう』
「…………」
闇の上位精霊に、レイネの試練に必要な物を尋ねたはいいが……。
――やっべぇぇ!
話してることは聞こえているのに、何を話してるのか全然分かんねぇぇ!?
えっ、コイツさっきまで寡黙ぶってたくせに、いざしゃべったら中二言語ぶっ放してくんじゃん!!
こんなん分かる分けねえよ、何だよコイツ、試練受からせる気ねえの!?
「……えと、どうだった、隊長さん?」
しばらく俺と、そして闇の精霊……が乗っている台座を見ていたレイネが尋ねてくる。
……これ、言っても大丈夫なんだろうか?
「あの、その、実は……」
俺は闇の精霊から告げられたことをそっくりそのままレイネに伝える。
まださっきの愛の精霊の翻訳の方が全然マシだったぞ……。
「――ああ、なるほど、今回はそれか~」
そんな気落ちしている俺を前に。
レイネはアッサリとそう言ってのけた。
……え?
「もしかして……分かんのか?」
「え? うん。えっと……」
それからレイネは視線を上に向け、脳から記憶を引っ張り出すように目を瞑る。
そして口に出し、対応させるように指を一つずつ折って行った。
「“大いなる闇を宿し玉”だろ……“暗闇より出でたる石が全てを飲み込む剣”ってのはカラミティソードのことで、後は……うん、“光を逃さぬ黒き混沌を纏いし英雄の絵”は魔族の英雄が描かれた絵画だな」
レイネは更に最後のは誰でもよく、特定の人物を想定したものではないと補足した。
…………。
「レイネ……凄いな、やっぱりレイネは、間を取り持つとか、媒介するみたいなこと、向いてるかもな」
俺とレイネの役割が逆転現象を起こしている件。
まあ本来はそうあって欲しいとも想ってレイネを選んだのだから、むしろ喜ばしいことだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ……でも、あのさ」
レイネは言い辛そうに首の後ろを撫で、しかし、思い切って口にした。
「これ、こっちの世界ではあるのか? 集められなければ、どれだけ精霊達があたしと仲良くしたいと言ってくれても、無理だぜ?」
あ。
そうか、そのことがあったか……。
こちらで現地調達できるものが指定される、なんてのは流石に無かったか。
ああ、クソッ。
ここに来てそんな落とし穴かよ!
折角レイネがもう一度だけ信じてみようと顔を上げてくれたのに。
何か、何か……ないのか。
レイネもここで諦めるのは嫌なのだろう、一緒に何かないかと悩んでくれていた。
「……あっちだったら、普通に金さえ出せば買える物なんだけどな。折角隊長さんに出会って、その、また、頑張ろうって思えたのに、直ぐには上手くいかねえもんだな。ままならねえぜ」
あっちだったら……普通に買える物?
…………。
「レイネ、今の、もう一回言ってくれ」
「え!? えと、その……“隊長さんと、その、出会えて、嬉しかった”……な、何言わすんだよ! ああ、恥ずい……」
「ああいや、ごめん、そこじゃなくて、かなり前なんだけど」
ってか今の言葉にそんなところあったっけ?
ただでさえ仄かに赤かったレイネの顔が、一気に真っ赤に。
「っっっっ!! バカ!! 隊長さんのバカ!! あっちだったら普通に金払えば買えるんだよ! 大抵の町には売ってるはずだ! 魔族と距離置く天使の里でだって見たんだからな! フンッ!」
拗ねられてしまう。
『パコ~。レイネ、嬉しそうだパコ~!』
お前の目は節穴かよ……。
でもそうか……レイネのおかげで、ある候補が思い浮ぶ。
これなら、何とかなりそうだ。
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『確かに……試練は乗り越えられた』
「ふぅぅ、良かった……」
だが全部で800DPか。
決して安くはないが、それでも精霊の要求した物を揃えられたということで、良しとしよう。
まあ要するに“Isekai”を使ったのだ。
そして丁度、今織部達が滞在している町、ヴァリルの町で本当に売っていた。
それらをDPで購入したというわけだ。
レイネが言うには、最初の1体目は大体どの属性の精霊もこんなもんらしい。
それで、2体目、3体目と仲良くなる精霊が増えてくると、要求も更に難しいものになると。
まあ今はそれはいい。
無事レイネが、再び精霊を見ることができるようになるのが大事だからな。
『――契約の証として、我が深淵なる魔力を授ける』
闇の精霊から、黒に染まった魔力がゆらゆらと浮き出てくる。
それがレイネの体へと漂っていく。
魔力がレイネのお腹辺りにスーッと入り込んだ。
「あっ、あっ、来る! 来る、隊長さん、熱いのが、来るっ!!」
……えっと、うん。
「凄い! 隊長さん、あっ、やっ、痛いけど、でも、直ぐに、気持ちよくなって、あっ、ぁぁぁああ!!」
※注:俺は何もしていません。
レイネさん、俺のことを呼びながら叫ぶのやめて!
ちょっとグッと来ちゃうから!
ほんと勘弁して!
「――ふぅぅ、はぁぁ……」
レイネがしばらく悶えた後。
呼吸が落ち着いてきて、立ち上がる。
そして――
「あっ……“パコピー”」
ずっとその場で試練の様子を見守っていた精霊に、レイネの視線が止まり。
そして、その名を呼んだ。
『ッ!! ――レイネ、レイネェェェェ!!』
精霊は真っ直ぐレイネの胸に飛び込む。
レイネもそれを抱き留め、二人で喜び合った。
「このっ、パコピー、お前、あの時から、ずっと変わんねぇな! 可愛い、愛らしい、その姿のままじゃねえか!」
『ううぅぅ、レイネこそ、ずっと変わらないパコ~! パコが今まで見た天使の中でも、一番綺麗で、お人形さんみたいに可愛くて……うぅぅ、レイネ、レイネェェェ!』
抱きしめ合う二人は声に涙を滲ませている。
一方通行だった想いの空白期間を埋めるように。
二人は互いの存在を確かめ合った。
俺はそっと二人から距離を取り、邪魔をしない様に控える。
そしてその光景を眺めながら、思う。
――え、あの精霊を見て“可愛い・愛らしい”ってマジで言ってんの?
…………ちょっと美的センスを疑います。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「お帰りなさいませ、ご主人様。そして――」
家に戻ってきて。
真っ先に出迎えてくれたラティアは、レイネを見て、微笑む。
「レイネも。フフッ、どうやら色々と解決したみたいですね」
「……お、おう」
多少恥ずかしそうにしながらも、レイネはラティアへとそう返した。
……すっげぇラティアさん。
俺さっき“直ぐ帰る”としかメールしてないっすよね?
何で分かんだろうね……。
「あっ、二人とも、お帰り。意外に早かったね」
「ご主人! レイネお姉ちゃんも! お帰り、ご飯の準備しといたよ!!」
リビングに行くと、既に買い物から帰ってきていた二人も出迎えてくれる。
そしてルオの言った通り、テーブルにはかなり豪華な料理の数々が並べられていて……。
「フフッ。朝もそうでしたが、少し奮発しちゃいました。レイネの歓迎会、ですね」
「え? ……あたし、の?」
レイネは信じられないと言ったような声で呟く。
そのレイネを見て。
リヴィルも、ルオも。
ラティアと同じように温かみある笑みを浮かべてレイネを歓迎した。
「レイネ、これからよろしく」
「よろしくね、レイネお姉ちゃん!」
レイネは皆からの大歓迎を受け、戸惑い、頬を掻く。
真正面を向けず、恥ずかしそうにしながらも、ボソボソッと呟いた。
「その……なんだ、昨日は悪かった、隊長さんにもだけど、あたし、ちょっと態度悪かったし、色々、迷惑かけた、かもだし……」
言いたいことが定まらないのか、ゴニョゴニョと何か言っている。
そこに、ルオが飛び込んだ。
「とーうっ!!」
「うっわっ、おい、何だ!?」
レイネは思わず反射的にルオを抱きとめる。
ルオは楽しそうに、嬉しそうに顔を上げ、レイネを見上げた。
「えへへ! レイネお姉ちゃん、楽しく行こう! 楽しく!」
ルオに同意するように、リヴィルも頷く。
そしてレイネの肩にそっと左手を置き、微笑みかけた。
「これから一緒に暮らしてくんだから、固いことなしだよ」
レイネは二人の気遣いに思い至り、くすぐったそうにはにかんだ。
「へ、へへ……おう! よろしくな!」
『パコ―ッ!! 皆、レイネをよろしくだパコッ!!』
……この付いてきた存在自体が破廉恥精霊はともかく。
レイネは……大丈夫そうだな……。
「――それにしても、悪かったな。椅子も買ってくれたみたいだし、それに、結構遅くなってしまった」
「いえ、それほど待ってませんでしたから、大丈夫です」
テーブルの周りには、朝には無かった新品の折り畳み式の椅子が2脚置いてあった。
早かったとはいえダンジョン攻略だけで3時間かかったし、今はもう20時を過ぎている。
3人の明るい声を耳にしながらも、一言ラティアに謝っておいた。
だがラティアはそれに首を振り、更に微笑んで返してくる。
「それに、左程心配はしておりませんでした」
「え、そうなの?」
「はい。レイネのことも、ご主人様がしっかりと落として……ゴホンッ。解決してくださると、信じていましたので」
…………。
ねえ今“落として”って言った?
言ったよね?
だがラティアの笑顔は揺るがない。
そんなこと言ってないと言わんばかりの笑顔のゴリ押しだ。
……クッ!!
その後、俺だけ若干のモヤモヤ感を抱えながらも。
俺達は夕ご飯に舌鼓を打ち、大いにレイネを歓迎したのだった。
――――
「よしっ……誰もいねぇな」
ラティアは買い物。
リヴィルはルオを連れて隣町に出かけていた。
それを自分自身に言い聞かせながら。
レイネは部屋を出る。
自分の主人もいない、自分一人きりのはずの家。
なのに、レイネは息を潜め、何かから隠れるように移動していた。
「隊長さんの部屋……ゴクッ」
唾を飲み込み、ドアの把手に手をかける。
「…………」
中に入ったレイネは、放心状態になっていた。
別の機会に、他の誰かと入ったことはあった。
だが、今は一人。
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……すぅぅぅ……はぁぁぁ」
レイネは深呼吸を繰り返す。
一度息を吸う度に入ってくる、自分が慕う主人の匂い。
それにレイネは恍惚な表情を浮かべる。
――へ、へへ。へへへ……。
「隊長さんの匂いだ……隊長さんの匂いが胸いっぱいに広がってくる……えへへへ」
そう、レイネは“自然派由来を楽しみながらもそれだけでちょっとトリップしちゃう派閥”に属していたのだ。
ラティア達とは違い、特別な物を使用せずとも微量の匂いだけで恍惚状態へと至れる。
環境に優しいならぬ、隊長さんに優しいを自任し、体のいい言い訳にしているレイネであった。
――――
…………。
こんなんで良いんだろうか……。
ま、いいや。
後は知ぃーらない!




