131.桜田、そろそろ止めとけ!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「桜田、お前、その恰好……」
呆れながらも、そう指摘する。
誰だよ、親権持ってない親とのささやかな一時とか言った奴。
……俺か。
俺の指摘に、桜田は何故か誇らしげに胸を張り、自分の装いを見せびらかしてくる。
「フッフッフ、どうです、完璧な変装でしょう? 何と言っても、私、有名人ですからね!」
ならもう少し有名人らしくヒッソリしてろよ……。
色々と諦め、視線を移す。
桜田の両手にいる2人の女の子。
どことなく桜田の面影を持った少女達は、人見知りするように桜田の背中に隠れている。
「ほらっ、怖い人じゃありませんよ? 二人とも、ご挨拶は?」
桜田にそう促され、先ず背の高い方の少女がおずおずと前に出る。
そしてペコリと頭を下げた。
「……えと、その、彩、です。桜田彩11歳」
次に、一番小さい女の子が消え入るような声で挨拶した。
「……美也、7歳です――ッ!!」
それだけ言って、直ぐに桜田の後ろに。
「はは……すいません、妹たちです。見ての通り人見知りでして」
「でも桜田にはベッタリだな。……今日はあれか? 姉妹水入らずでお出かけか」
長く引き留めても悪いので、あえて“姉妹水入らずで”という部分を強調しておく。
この後の会話を軽く終わらせやすくするちょっとしたテクニックである。
……こらっ、こっちも微妙に人見知り発動させてるとか言わない。
「はい! もう久しぶりのお休みなんですよ! ほんと、チハちゃんが可愛くて芸能界が放っとけないのはわかりますが、もう少し羽を伸ばしたいとも思う年頃でして……」
まあそうか。
ダンジョン攻略に成功した探索士ってだけでなく、今ではアイドルの方でも引っ張りだこだろうからな。
桜田の更に一段上がった弾む声からして、余程今この時間が楽しいに違いない。
「そうか、じゃあ……」
上手いこと話を打ち切ろうかと思った時。
今のやり取りを見ていた桜田の妹さん達が、いきなり話に割って入って来た。
あんなに人見知りを発動させてたのに、何だろう……。
「姉さん、姉さん」
「はい? 何ですか?」
背の高い方、確か彩と名乗った妹さんが、桜田へと尋ねる。
「この人は……彼氏さん?」
「……えっと、それは……」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
同じような反応を示した桜田が、俺と自分を交互に指さす。
「私と先輩がそう言う関係、ということですか?」
「うん」
すると、畳みかけるようにもう一人の妹さんが笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん、先輩さん? と会って、凄く楽しそう! 彼氏さんだからでしょ!」
ああ、なるほど。
勘違いしちゃってるな……。
あれだけ当初は静かだったのに、恋愛物の話となると人が変わったように明るくなっちゃって。
おませさんだなぁぁ。
桜田も多分、普段から同じような目に遭っているのか、ため息をついた。
一瞬顔を赤らめたように見えたが、多分こんなところで怒るのも、と冷静になったのだろう。
「はぁぁ……二人とも。そう言う冗談は先輩にも“彼女さん”にも失礼ですよ?」
…………ん?
「“彼女さん”? 何のこと言ってんだ?」
俺の返しに、桜田もまたキョトンとする。
スッと指を伸ばして俺の斜め後ろを差した。
「いや、そちらのお綺麗な方ですよ。先輩の彼女さんじゃないんですか?」
そこには、今まで入るに入れなかったレイネの姿が。
知り合いと話していたら、いきなりその知り合いが来て気まずく控えていた、みたいな感じだった。
……あるある。
知り合いの知り合いと引き合わされても、会話が全く弾まないのな。
「あっ、いや、彼女は、レイネ。で、関係は、何ていうか……」
どう言ったものかと言葉を探していると、レイネに先を越されてしまう。
「はっ、はぁぁ!? あ、あたしが、彼女!? ち、違ぇよ! こ、こいつは単なる隊長だ! それ以上でも以下でもねえ!!」
真っ赤になってプルプル震えながら、完全否定。
まあ実際その通りだしいいけどね……うん。
――いや、待て。ってか“隊長”ってなんだ!?
「へぇぇぇ。でも声も凄い綺麗で、さっき初めて見た時なんて外見の凄さだけでビビりましたよ。ねぇ?」
同意を求められた妹さんたちも、一様に首を縦に振っていた。
……まあ、確かに、言葉こそ荒っぽいが、容姿や声は本当に飛びぬけて綺麗だしな。
「はい、今も、お声を聴いて、私が知らないだけで、高名な凄い歌い手の方か何かかと思ってます」
「私、その、えっと、お姉さんの、お声、凄く凄いと思う! あっ、えと、思います!!」
褒め殺しを受けるレイネはそれだけでどんどん顔を真っ赤に染めていく。
最後には口をはわあわさせて言葉にならないことを呟いたかと思うと、一気にそれが爆発した。
「――あ、あたしはっ! 凄くっ、ねぇぇぇぇぇ!!」
……いや、恥ずかしいのか知らんけど。
そんな“俺は、悪くねぇぇぇぇ!!”みたいに言わんでも……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「全然、あたしなんて、その、凄く、ねえよ……」
まださっきのことをブツブツ言っているのか。
ほらっ、そうやって一人でやってると、また妹さんらから何か言われるぞ?
「お姉ちゃん! 私知ってる! これ“ツンデレ”さんっていうんだよね!」
「あん? んだよ、“ツンデレ”? 何のこと言ってんだ」
来たばかりということもあるだろう、何を言われているのか分からないレイネは下の妹さんを指先でつついている。
だが、言葉の荒さはあってもその加減はとても優しい。
何だかんだ言って、小さな子供には甘い一面もあるのだろう。
「キャッ、くすぐったい!」
そんな優しさが伝わっているのか、つつかれている妹さんも人見知りは鳴りを潜め。
今ではすっかりレイネに気を許していた。
二人のやり取りを眺めてホッコリしていると、急に上の方の妹さんも参戦。
しかし話題の矛先は全く別の方へと向く。
「“ツンデレ”……あっ、前に姉さんが教えてくれた! 綺麗な人がそうだったら、“シンデレラ”と掛けて“ツンデレラ”って言うんだよね! 確か、花織ちゃんの話題の時に――」
「――何が望みですか!? お菓子!? 玩具もつけましょう!!」
……今の桜田の反応、凄い速かったな……。
「あ~……私、もう少し楽しみが増えれば、あの時の楽しかった記憶に一時蓋を出来るかも……」
「お昼は外食にしましょう!! ええい、ドリンクバーもオマケです、もってけドロボー!!」
桜田、お前……。
「ごめん、姉さん……記憶が飛び出したいって、暴れてる。外の世界を見たいって、産声を上げようと……もう、私じゃ、抑え、切れない……」
「彩の鬼っ! 悪魔っ! 花織先輩っ!!」
志木を鬼や悪魔と同列に並べるとか……桜田、お前は勇者か!?
「分かりました……花織先輩のサイン色紙も貰ってきましょう」
「やったぁぁ!! 姉さん大好き!! ……あれ? 私、今まで何を……」
上の妹さん、良い性格してるな……。
流石は姉妹といったところか。
「……お姉ちゃん、私は?」
レイネの手を握ったまま、下の妹さんが不安そうに桜田に尋ねた。
それを見て、桜田は目尻を下げる。
やれやれ、しょうがないな、とばかりにフッと息を吐き、優しく微笑んだ。
「はいはい……勿論。ちゃんと美也の分も貰ってきますから」
「……ドリンクバー」
「ああ、もう! 妹ながら逞しく育って!! お姉ちゃん最近は沢山お金貰ってますから! スープバーでもハプニングバーでも好きなだけ頼みなさいな!」
いや最後のはダメだろ!?
そんな感じで、姉妹の何でもない、でも楽し気なやりとりがしばらく続いた。
そっと後ろに下がって、その様子を眺める。
「…………」
同じく気を利かせたようにして間を空けるレイネ。
桜田達3人の姉妹を見守るその様子は、確かに嬉しそうではあった。
頬を緩めて、眩しそうに目を細めて。
だが、それは同時に。
自分がもう手に入れることのない物だと悟っているかのような。
かつて自分が享受していた陽だまりの温もりを思い出すような。
そんな切なさをも、含んだ表情だった。
「――姉妹か……いいな」
ポツリと零れたその言葉は、レイネが無意識に発したのだろうか。
だがそれを確かめることは、出来なかった。
「――あっ、ご主人様! お待たせしました」
ラティア達が丁度買い物を済ませて出てくる。
更に――
――デンデンデーン、デンデデーン、デンデデーン……
スマホの着信が鳴る。
俺のよく知る、あの着信音。
最初、自分の物で椎名さんからかと思ったが、違った。
「――あっ、花織先輩からですね、何でしょう……」
桜田ぇぇぇ。
お前、いつか志木に絞められんぞ……。
祝日なので、何とか、やり切りました……。
休み、申していたように入れるかもしれません。
第三者視点は……多分、次かその次には入るかと。




