130.お前かーい!
お待たせしました。
レイネとの関係を少し丁寧に書くために、進行はちょっと遅めです。
ではどうぞ!
食後にラティアが入れてくれたお茶で一息つき。
もう少ししたら出かけようかという時間帯。
朝食だけでカルチャーショックを受けているレイネを見て、ちょっと悪戯心が湧いた。
「そうだ、レイネ、これをやろう」
「あん? 何だ、これは……」
尊大な感じを演じながらも、手渡したのは単なる飴。
真ん中に穴が開いている、パイナップル味のあれだ。
自分でも手本を見せるように一つ封を切って、口に入れる。
「こうやって、舐める、食べ物だ。美味いぞ」
「…………」
俺と手にある飴を交互に見て、数秒、躊躇う。
だが俺があからさまに「うめぇぇ!」とか「悪魔的だ~!」とか言ってると、食べる決意をしたようだ。
「んっ、ん! ちっ、これ、開かねぇ……」
ああ……。
上手く封を切れないらしい。
ギザギザの部分で両手の指を細かく動かしている。
見かねた俺は大袋からまた一つ取り出し、封を切って渡してやった。
「ほれっ」
「お、おう……あの、えっと……ッ!!」
一瞬礼を言おうとしたのだろうか、だが言葉は最後まで紡がれることはなく。
そして薬でも飲みこむように飴を口に放り込んだ。
「――っ!? 何だ、これっ!? 甘ぇぇ!!」
目を見開き、その味に驚愕する。
その一欠けらたりとも逃すまいと口内で舌を動かしていた。
フフフッ。
声自体は綺麗なんだ。
お嬢ちゃん、言葉遣いが荒かろうと、その喜びを含んだ声は隠しきれていないぜ?
アカン……何かこの言い方はゲスっぽいな、止めておこう。
「ははっ、気に入ってくれたようだな。――そうだ、これも全部やるよ」
そう言って俺は景品の掴み取りでもするかのように、袋の中の飴を鷲掴み、ゴッソリと取り出す。
そして両手で掬いを作らせ、そこにボトっと落とした。
「えっ、おい、これ――」
キャッチこそしたものの、一方的な施しなど受けられるか、みたいな非難の声が。
俺はそこでまた言葉巧みに操ることに。
「ほう? いいのか、これは別に嗜好品というだけでなく、別の側面も持つ」
持って回った言い方をして、注意を惹きつける。
「飴は舐めて分かった通り、甘いだろう。つまり、エネルギー補給の意味合いもあるんだよ」
「エネルギー補給……」
「そうだ。すると……どうなる? これだけ小さく持ち運ぶのにも便利なのに、応急食の一端をも担えるんだ」
ゴクリと唾を飲み込む。
……いや、ただ単に飴の味を含んだ唾液が、丁度飲み込み時だっただけかもしれんが。
ただ、それでも。
レイネはもう、両手の上で山を作った飴を、俺に返そうとはしなかった。
ふへへ。
傭兵って言ってたしな。
ちょっとツボを押したらこんなもんよ!
……いやだから俺は何キャラなんだよ。
「へん、いいのかよ。こんなに大盤振る舞いで」
「構わん。ああ、もし気にするようなら、働いてくれる報酬の一部とでも思ってくれればいい」
――実際に皆が食べるかな、と思って買ったやつだしな!
「……分かった。大事に使わせてもらうぜ」
そう言って、本当に大事そうに両手で包み込む。
……でもリヴィルが手を付けてほろ酔いして以降、皆ちょっと手を出し辛くて余っていた奴なんだけどな……。
ううむ、こんなにも目をキラキラさせて喜んでもらえるとは……。
……ヤバい、ちょっと罪悪感。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
良い時間になったので、レイネも含めた5人で買い物に出かけた。
最初こそ渋っていたものの、そこはやはり俺の口車――もとい建設的な提案に乗ってくれたわけだ。
街に出て、まずはレイネの服を買おうということになったのだが……。
「ふぅぅぅ……あ゛ぁぁぁぁぁ……」
俺は一足先に店を出た。
女子の買い物、特に衣類関係になるともう男が立ち入る隙など無い。
ラティアと、意外にもルオが率先して服選びをしていた。
色んな人になることがあるから、そっち方面への関心も高いのだろうか……。
「はぁぁぁ……――あっ」
「……おう、お疲れさん」
本日の主役であるレイネが、同じように店から出てきたのだった。
相当振り回されたのだろう、その顔は既に疲労感が滲んで見える。
「……あのさ、あたし、言ったよな、最初に」
人一人分の距離を空けて止まった彼女は、前を向きながらも話しかけてくる。
それは昨日の第一声のようなビシッとした感じではなく。
どこか戸惑いを含んだ、そんな揺れるような声音だった。
「“必要以上に干渉すんな”……だろう? 分かってるさ」
先回りして答える。
「だったら――」
「――俺達は、必要だと思った。それだけだ」
「…………」
何か言おうとするも、それが言葉になる前に、飲み込まれる。
視界の端で、拳が強く握りしめられているのが目に入った。
「あたしは……あたしは……」
小刻みに震えていて、何かに耐えているように映る。
「……嫌ならやめるよ。ラティア達にも俺が言っとく。でも、必要最低限の衣類とか、身の回りのもんは我慢して買っといた方がいいぞ? 今後生活し辛いからな」
「…………」
これくらいが、引き際か。
1分ほどだろうか、気まずい沈黙が落ちる。
ラティア達、早く帰ってこないかな……。
ちょっとこの空気に耐えられなくなってきたんだけど……。
そんなことを考えていた時だった。
「……ッ!」
いきなり、レイネが顔を上げる。
そしてその視線がある一点に固定された。
何だ?
何かあるのか……?
そう思ってその方向を追いかけると……。
「…………」
――不審者がいた。
マスクに真っ黒なサングラス。
頭には目深な帽子を装着。
体型を悟らせないためなのか、幾つも重ね着していることを窺わせる体の膨らみ。
きょろきょろと辺りを見回して忙しない。
立派な不審者Lv.100の玄人不審者だった。
そしてその人物の両手は塞がれている。
子供が2人、それぞれ手を握っているのだ。
つまり背丈的な並びで言えば中、大、小の3人。
「……なあ、あれ、怪しくねえか?」
先ほどまで少し険悪な空気になっていたにもかかわらず。
レイネは視線は逸らさないまま俺にそう確認してきた。
なるほど、要するにレイネはあれが事案だと見たわけだ。
しかも、まだこの世界に来て殆ど間がないというのに、子供たちのことを想って俺に話しかけてくれたってのか。
……うん、嬉しい限りだ。
俺も普通なら真っ先にスマホのダイヤルへと手を伸ばすだろう。
けど……。
ただ、その考えに沿って110へと持っていく指を押しとどめる事情が、一応あった。
その不審者の両手にいる少女達二人は、とても嬉しそうな表情を浮かべているのだ。
今この時間が幸せ一杯で、少しでも長くこの時間を楽しみたい、記憶に焼き付けたいと言うように。
「…………」
以前、何かで目にした何かの知識。
離婚して、親権を持たない片方の親が、ひっそりと子供に会いに行くことがあるらしい。
法律的にはマズい要素を含んでいるそうだが、でも、心情としてはやはり抗いがたい欲求なんだとか。
あの3人も、もしかしたら本当に短い間の、束の間の幸福を味わっているのかもしれない。
「なあ、レイネ、ここはさ、一つ――」
“見なかったフリをしてあげるのもいいんじゃないか”。
そう言おうとした言葉は、しかし。
レイネ自身の言葉によって、遮られた。
「――お、おい、なんかこっち来んぞ!?」
「え、嘘っ!?」
彼女の言った通り、あの3人組が何故だかドンドンこちらへと向かってくる。
仕舞には、真ん中の不審者と中くらいの背の少女とが繋いだ手を上げて、振っているのだ。
俺達に自分の存在をアピールするかのように。
そして目の前まで来た不審者は、繋いでいた手を放し、サングラスを取って見せたのだった。
「――先輩、私です私。“桜田”です。愛しのチハちゃんですよ!」
…………。
お前かーい!
次の次ぐらいに、多分第三者視点が入るかと。
ルオの時と同じく2話分くらい使うかな……。