129.えっと……ん?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「えーっと……うん、分かった」
シーンとなりかけた所、何とか声を絞り出す。
気分は立て籠り犯を宥めつつも隙を窺う交渉人。
少しでもいいのでとっかかりを得るため、何とか言葉を選んで相手の主張を肯定した。
「そうだな、“必要以上には”干渉しないようにするよ」
あっさりと俺が同意したことに、一瞬目の前の少女――レイネはキョトンとする。
拍子抜けだ、みたいな顔。
だが直ぐに満足気に頷いた。
「そうか、ああ、それがいい」
……ふふ。
甘かとですたい。
こちとら日々、あの手この手で侵略を繰り返す淫魔とやりあっているのだ。
こんな言葉遊び、お手のもんだぜ。
「俺は新海。新海陽翔だ。一応家主でもあるから、何かあれば言ってくれ」
こちらからは積極的に干渉しませんよ、というニュアンスを踏まえて自己紹介を済ませる。
ラティア達も俺の意を汲んで簡潔に済ませた。
「ラティアです。この中で一番長いので、分からないことは私に聞いてもらえれば」
「おう」
素っ気ない感じがしないでもないが、必要最低限の受け答えはしてくれるようだ。
「私はリヴィル。この中では前衛やってる」
「へぇぇ……」
レイネはこの家に来て初めて、興味深そうな表情を浮かべた。
リヴィルのような細身の女性が前衛を担っているというところが気になったのだろうか。
「ボクルオ! 色々、大抵のことは何でもやるよ?」
本当、ルオはその自己紹介好きだね……。
“ボクルオ”って何かのポケ〇ンかよ。
今のルオの“何でもやる”という言葉の意味を、多分正確には理解できていないのだろう。
「そうか、じゃあルオ、案内してくれ」
「えっ、ボクが?」
レイネはルオにそう頼んだ。
一番近くにいたということもあるのだろうが……。
多分、ルオのことをこの家での雑用係的に思ってるんだろうな……。
まあ一番小柄だし、普通に見たらそう思っちゃうか。
「えっと、部屋は一応私と同室ということになります。ルオ、お願いしますね?」
すかさずラティアがフォローする。
ルオはどうすべきかとこちらへ視線を送って来たが、それを聞いて直ぐに頷いた。
「じゃあ、付いて来て! レイネお姉ちゃん!」
弾けるような笑顔を浮かべて、ルオはレイネの手を取った。
「お、おい――」
「と言っても、直ぐそこだけどね!」
一瞬、困惑した表情を浮かべ、その手を振り解こうとした……ように見えた。
しかし、ルオはそれに気づかず。
結局グイグイと引っ張られるままに、そのまま部屋を後にしたのだった。
「ふぅぅぅ……」
閉じられたドアの向こうからは、一人で一方的に話しかけるルオの声が聞こえてくる。
残った俺達は一先ず緊張を解きほぐすように息を吐いた。
「お疲れ様です、ご主人様」
「ああ、と言っても、大変なのはこれからだろうがな……」
「だね。でも意外にコミュニケーションは取ってくれてるね、今の所」
リヴィルの言うように、会話自体はキチンと成り立っている。
無視されるでもないし、まあそこのところは良かった。
「ただ……“必要以上に干渉すんな”だもんな」
やはり一定の線は引かれているような感じはする。
「何かちょっと、最初の頃のリヴィルを思い出したわ……」
「あ、ですね、私もそれ思いました」
「えっ!?」
ラティアと揃って同じ感想を抱いていたらしい。
そしてそのことに、リヴィルが珍しくショックを受けたような表情になっていた。
「嘘……私、あんな感じだった? そんなにマスターに冷たく当たってたっけ?」
だって……。
リヴィルには“殺しちゃうぞ!”的なこと言われたし……。
「ハハッ、でもそれもいい思い出だ」
「ですね」
「うぅぅ……恥ずかしい」
リヴィルにとってはあの頃の自分は、ちょっとした黒歴史的なくすぐったさがあるらしい。
でも、今リヴィルとこうして笑い合っていられるように。
レイネにも、折角こちらの世界に来てもらったんだから、少しでもより良い人生を送ってもらいた。
ちょっと気合い、入れ直さないとな……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
翌日。
日曜日とはいえ、新たな同居人が増えたこともあり、いつもより少し早めに起きた。
それで、レイネも起きて来たのだが……。
「……へぇぇ」
「えっと……どうかしたか?」
食卓に並んだ朝ご飯を見て、レイネの周囲の空気が一段階重くなった……気がした。
何かダメだっただろうか……。
彼女が来てからの初めての朝食ということで、俺もラティアを手伝って、豪勢な感じにしてみたんだが。
湯気がふんわりと立ち上る、よそわれた白ご飯。
ラティアお得意の味噌汁はちゃんと出汁からとって、ワカメと豆腐が入っている。
俺が作った出汁入りの卵焼きは、ほんの少しだけ焦げ目がついてしまったが、味にはちょっとした自信があった。
和食系ばかりで食べられないとあれだから、お高いソーセージもボイルして準備してある。
極めつけはサラダだ。
ルオがレタスをちぎって、盛り付け。
リヴィルはトマトやデザートのリンゴを切ったりしてくれた。
オレンジジュースもきちんと用意してある。
これだけ完璧な準備をして……何が足りないというのか?
あっ、椅子は確かに足りなかったので、俺はリビングのテーブルに自分の分だけ持ってきたが。
でも、朝ごはんの準備に限っては、大丈夫だという自負があった。
「へっ、なるほどな……」
そうしてレイネの表情を窺っていると、徐にフッと笑って見せる。
彼女は視線をその食卓へと据えたまま、言う。
「いいぜ……来て早々、実戦か。あたしの力、見せてやるよ」
……ん?
「傭兵やってりゃぁ、こういうことは何度もあった。今更怖気づいたりしねぇぜ?」
…………。
……え、何言ってんのこの子?
「えーっと……その、今日は別に、ダンジョンへと向かう予定はありませんよ?」
あのラティアでさえも困惑気味に。
多分彼女が言いたいだろうことを踏まえた上で、そう否定する。
ラティアは確認するように、向こうの方からリビングにいる俺へと視線を向けて来た。
「あー……そうだな、うん。今日は特に戦闘する予定はないぞ?」
「…………」
レイネの衣類とか……。
あとそうそう、椅子ももう一脚買わないと。
じゃないと俺が一人ぼっちの食事が続くことになるし。
ラティアと俺の言葉を受け。
レイネはポカーンとして口を半開きに。
そして慌ててテーブルを指さす。
「う、嘘つくな! じゃ、じゃあ何だよこの食事は! こんな豪勢なもん食わせるんだ、これから死地へと殴り込みかけんだろ!?」
ああ……そういうことか。
彼女が何を言いたいのかが、ようやくわかった。
あれか、もう長くない入院患者に最後の晩餐的に豪勢な食事を出す、みたいな。
そんな感じで、朝食が見たこともないくらい凄かったから、てっきりこれから即ダンジョンだと思った、と。
うーむ……。
ってかこの子、傭兵やってたんだ。
“天使”なのに……。
やっぱり3人に負けず劣らずの重い過去を背負ってそうだな……。
「確かに、ちょっと早起きはしたが……大体こっちの朝食って、こんな感じだぞ?」
奮発したっちゃあしたけど、別に毎回これでも特に問題ないレベルだ。
だから全然嘘とかではないんだが……。
「…………」
信じられない、というようにレイネはプルプルと震える。
リヴィル、そしてルオを順に見て……嘘ではないと分かったらしい。
何とも言い辛そうに、ボソボソ呟いて、大人しくラティアの隣に腰を下ろした。
「……フフッ。では、いただきましょうか」
それを見届けた後、“いただきます”の声が響き渡る。
俺も一人で朝食を食べ始めた。
チラッとキッチンの方へと視線を向ける。
「…………」
レイネは恐る恐る、食事に手を付けていた。
言葉こそ発しないものの、一口食べた後は、手にしたフォークを忙しなく動かす。
そして、キチンと出された食事を完食したのだった。
どうやら食事自体はお気に召したようだ……。
近いうちに、第三者視点を入れると思います。
事前に分かるようにしますので、多分大丈夫と思いますが一応念のため。




