122.すげぇ……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――ふんっ! はぁっ!」
梓の力ある声に合わせ、ハンマーで叩きつけるような轟音が鳴り響く。
あの細身からあんな威力ある蹴りが連続で放たれるなんて、想像だにしなかった。
「GIIIII!? GIGI,GIGAGA!?」
一方的に攻撃を受けているのは俺もお馴染みとなっているスモールゴーレムだ。
勿論俺がダンジョンで生成したゴーレム――ゴーさんとは別個体。
だが、こうも同種族のモンスターが蹴りの度に、体をボコボコに凹まされているのを見ると……。
ちょっと何とも言えない気持ちになってくる。
これで、今の戦闘だけでも既に3体沈んでいた。
梓は時にはキックボクシングのように豪快な蹴りを放ったと思うと……。
「しぃっ、せぁぁ!」
まるで獣のように地を駆け巡り、バク転の体勢から蹴り上げたりと、変幻自在に動き回っていた。
「――さい、ごっ!!」
そして、その圧倒的な機動性・攻撃力を支えているのは勿論、梓自身の戦闘センスや経験値もあるだろう。
だが一番はやはり、あの細い足を腿辺りまで覆う漆黒のブーツだった。
地を跳ねたかと思うと、まるで見えない足場でもあるかのように、空中に降り立つ。
黒いニーハイブーツ――重剣豪の黒長靴は、その黒を更に深める。
空中を蹴った。
落ちていく。
回転する。
そして、踵を、叩きつけた。
「GIIIIIII-----!」
頭部にヒビが入った――と思った時には、それが一気に胴、そして足へと広がっていた。
梓の渾身の踵落としで、スモールゴーレムはその耐久性も虚しく、文字通り一蹴されたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「いや、正直、凄かったよ」
モンスターがいない、少し開けた空白地帯まで来て。
腰を下ろしながらも、俺は素直にそう口にした。
先ほどの戦闘で、合わせて13体。
梓は本当に一人で、それだけのモンスターを倒して見せたのだ。
1階層しかないとはいえ、梓は一切相手からの攻撃を受けていない。
やはり凄いの一言に尽きる強さだった。
「ん。でも今日は相手が歯ごたえなかった。全然、私の全力、ハルトに見てもらえてない」
「あれで手抜きだって言うのかよ……」
梓はいつものように淡々と、当たり前のことを告げるかのようにそう口にする。
何度驚かされることになるのか……。
俺のそんな反応に少し気を良くしたのか、梓は小さく笑む。
そしてまたあらぬ方を向いたかと思うと、そちらに指を伸ばした。
「って、精霊か……」
「うん」
か細い光の点が、梓の爪の上にチョコンと乗った。
普通に見れば見間違いで済ませてしまうような、そんな光だ。
「……やっぱり後4体だって。1回の戦闘で片付けられそう」
「そか。……やっぱ凄いな、精霊ってのは」
「そう? でもハルトも十分凄い、見えてるんでしょ?」
「まあ、な……」
改めて梓に問われ、自分でも不思議な気分だった。
梓曰く、精霊は誰にでも見えるものではないらしい。
ゲームでは大精霊みたいに、強大な存在になる程色んな人から認識されるっぽいイメージがあるが、そんなことはなく。
精霊を認識できるだけでもごく限られた数に絞られる。
まして、中級、上位の精霊になっていけば更にその数はグッと減るのだとか。
「見えるだけで凄い。ハルト、誇っていい」
まあそう言われて悪い気はしないけどさ……。
多分、それは俺が主人公的存在だから――なんてことはなく。
最近得た称号が原因だと思っている。
つまり、あのミミックのボス戦を経て獲得した〔枠外者に強き者〕だ。
一番最初〔ダンジョンを知り行く者〕を得た時は――
“ジョブ:《ダンジョンマスター》+《ダンジョン鑑定士》+(ダンジョン内のみ)全能力+20%”という恩恵が手に入った。
そして今回――
“≪強者狩り≫+≪超直感士≫+(自己より〔Lv.〕か〔総合能力値〕が上の相手のみ)全能力値+25%”だと、灰グラスを掛けた際に見えたのだ。
まあ、要するに具体的な効果は分からんが、≪超直感士≫のおかげだろう。
「でも、見えるだけだしな……むしろ、俺からしたら梓の戦闘能力の方が羨ましいよ――今でも全力じゃなかったんだろ?」
「? うん……まだ魔法も、剣も、それに精霊も戦闘中使ってない」
その言い方だと、それらを用いた戦闘技術が、あの純粋な体術に負けず劣らず凄いという風に聞こえる。
だが、やはり梓のことだ。
嘘でもなんでもなく、それが事実なんだろう。
とんでもないな……。
「それに……」
更にまだあるぞと言わんばかりの梓は、視線を落とす。
そして自らが身に着けているブーツをそっと撫でた。
「このブーツ、本来の使い方は別にある。さっきまでのは単なる力のゴリ押し」
曰く、“重剣豪の黒長靴”という名称で“剣豪”とあるように。
自分に圧倒的有利な間合いをいつでも作り出すブーツなのだと言う。
梓が先ほど見せた、重力を感じさせぬ軽やかな身のこなし。
あれを戦闘中に用いて、一息に懐に入ったり、あるいはそこから一足で離れたり。
それは勿論地上にとどまらず、重力を無視した空中をも含めることになる。
それを可能にした後は、地空を飛び跳ね回り、どこからでも必殺の間合いを作れるということだ。
そうして間合いを手中に収め、剣や刀などの武器で仕留める――それがおそらく正規の使い方だと梓は考えていた。
「なるほど……」
速さを追求して出来上がった車に乗ったら、副次的に人を簡単に轢き殺す能力も備わってしまってました、みたいなもんか。
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〈Congratulations!!――ダンジョンLv.11を攻略しました!!〉
「……お疲れさん」
ダンジョン攻略を示すいつもの音が聞こえ。
俺は梓に声をかける。
本当に今回、俺は梓に付いていって、その攻略を見学するだけだった。
それでも収穫は随分と多かったが。
一人でダンジョンを攻略する、そのお手本を見せてもらえたのだ。
自分が今後目指す方向性みたいなものが、おぼろげながらも分かったような気がした。
「うん。ハルトも、今日は来てくれてありがとう」
疲れたわけではなさそうだが、攻略を完遂できてホッとしたのか。
梓はその場にストンと腰を下ろす。
「それにしても、本当に凄かったよ。梓も――いや、そのブーツも凄いが、それを上手く使いこなしている梓の能力も。良い物見せてもらったよ」
一瞬逆、つまり“梓も凄かったけど、ブーツも凄かったな”と言いかけたが、直ぐに修正した。
それだと何かブーツのおかげで梓が凄いみたいなニュアンスになってしまうが、そんなことはないと分かっている。
変な感じで伝わってしまうのは嫌だったので、そうしたが……。
「そう。それは良かった……」
その方面での心配はいらなかったみたいだが……。
「んっしょ――」
梓はいきなりブーツに手をかけ、それを脱ぎ始めた。
「……はい」
「え、いや“はい”って……」
しかもそれを俺に手渡してきた。
……別の方面で、変な感じになってしまっているな。
「ハルトに、色々と知ってもらうって、言った。だから、これも、見てもらっておこうと思って」
「…………」
その真っ直ぐな言葉・瞳に気おされて。
俺は仕方なくそれを受け取った。
膝から上の部分は柔軟に動いて、直ぐにクタッとなる。
持ってみた感じ、特に重くも軽くも感じない。
肌触りはレザーの感じが手に伝わる。
俺がラティアに試してもらってダメだったように。
やはり所有者が持たないと特別性を発揮しないのだろうか……。
ただ、俺の感覚の誤作動か、少しだけ……違和感を持つ。
――外側を触れているのに少しホカ~っとしていて温かい。
…………。
今までその脚で、梓が華麗に戦闘を繰り広げていたことを思い出す。
それに、今は冬だ。
ダンジョン内は比較的暖かいとはいえ、脚を密閉するブーツは蒸れるだろう。
…………。
一瞬、織部の顔が浮かんだ。
“中を嗅がないで――確かめないでいいんですか?”と何故か残念そうな顔の……。
「――えと、うん、ありがとう、返すわ」
「? もういいの?」
「ああ……」
想像した上で、ブーツの感触を確かめるよう触り続けてたら、何か変態っぽいしな……。
はぁぁ……何もしてないのに、こっちが疲れたわ。
織部への連絡は、明日にしてもらおう……。
すいません、感想の返しはまたお昼ごろか、それ以降になると思います。
ちょっとゴタゴタして、クタクタで……申し訳ありません。




