116.お泊り会だってさ!
お待たせしました。
ではどうぞ!
「――ん、何だ? 逆井、何かあったか?」
通話中になると、少しくぐもったような声が耳に届く。
逆井の声の他、ラティアやリヴィルの声もする。
『あっ、新海? おぃーッス、今だいじょぶっぽい?』
何とも軽い調子だな……。
まあいいけど。
「ああ、ぽいぽい。大丈夫っぽいぞ」
適当に答えてやると、可笑しそうな笑いが返ってくる。
『ハハハッ、何それ? 何で答える新海が“っぽい”って疑問形なの?』
「…………」
言い出した逆井自身にそんなことを言われるとは……。
流石に一瞬だけイラっとしたが、直ぐに持ち直し、用件を尋ねる。
『あっ、ちょっとチャット繋げる? ラティアちゃん達も話したいだろうし』
「……ん。分かった、ちょっと待ってろ……あ、一度切るぞ?」
『え? あっ、ちょっ――』
何か言おうとしていたが、直ぐに切ってやった。
……別に、今の仕返しとかじゃないし。
どうせ後でまたチャットで話すんだから、そん時話せばいいだけだし。
「リアお姉さん、何だって?」
「ん~? 何かとりあえずチャット繋げろってさ」
「へ~」
そんなゆるーいやり取りを交わして。
俺は一旦自分の部屋へ。
そこからノートパソコンを持って降りて、準備。
「んしょっと……」
「…………」
用意が整ったことを見て取り、ルオは再び俺の膝へと乗ってくる。
いや、まあ……いいけどさ。
『――あっ、ちょっ、新海酷くない!? 何でいきなり切るし!!』
テレビチャット機能を繋ぐと直ぐに、画面に映った逆井は騒がしく言い立ててくる。
「……いや、早い方が良さそうだったから」
『むっ! そりゃ、そうだけど、さ……』
ふふふ。
本音は勿論別のところにあるがな。
でもこういわれるとそれ以上の追及はできまい!
「で、何だ? ……何かあったのか?」
『な~んかはぐらかされてるような気もするけど……』
そうです、はぐらかしてるんです。
でも気づかない、そう言う所、良いと思うよ?
『えーっと……そだそだ――ニシシッ。ジャジャーン! 新海、ルオちゃん、私達、今どこにいると思う?』
何か悪戯を考えているような笑顔に切り替わる。
だが俺もルオも、多分同じようなことを考えただろう。
「……え、“赤星の家”だろう?」
「だよね? だって、ラティアお姉ちゃんとリヴィルお姉ちゃんがいるんだから」
そう。
逆井の後ろには口を挟まず控えている二人の姿が見えていた。
そして二人は今日、逆井と共に赤星の家へとお泊りなのだ。
それを提案してきたのは他でもない、逆井なのに。
だから――
『いや、そうじゃなくてさ、こう……ってうわっ!? 新海もルオちゃんも凄いどうでも良さそうな顔してる!』
そりゃそうなるだろうに。
だってもう既に知ってる情報なんだから。
むしろ“こいつ、頭大丈夫か?”的な顔をしてないだけでも有難いと思ってほしい。
『もう! ハヤちゃんの家はそうだけど違くて! お・風・呂! お風呂から上がったばっかだったの!』
……何で俺達怒られてるんだよ。
不満そうにしながらも、逆井は待っていたラティアとリヴィルを前に押し出す。
『ふふーん! ハヤちゃん家で、女子風呂を堪能したんだ~! いい湯だったよ?』
逆井はそれを示すように、肌を見せつけ、自分の手でなぞって見せる。
その湯をキチンと自分の肌に染みこませ堪能した、そう言いたいのだろう。
ラティア達も一緒に入ったようで、逆井の話に頻りに頷いている。
そして……ラティアの発言から、話は変な方向へと転がっていく。
『ですね! ご主人様にご用意いただいた物をお湯に混ぜたんですが……とても良かったです――白濁の湯!』
『ああ、あれ、マスターが準備してくれたんだ……うん、独特の香りで、トロッとしてて……私、好きだな』
…………。
何か、違和感。
だがその正体を掴み切る前に、逆井の言葉によって思考が中断されてしまった。
『ふぇ!? はひっ!? に、新海の、準備した、白濁の湯!? し、しかも独特の香りで……トロッと……』
「……お前は何を想像してんだ」
いや、普通に温泉の素だから。
赤星の家にお泊りだってことだから、手ぶらでってわけにも行くまい。
ラティアもリヴィルもそれぞれ手土産は持っていったが、俺なりに考えて持たせたんだよ。
だがそんな明らかな誤解にも関わらず。
それに無意識にも拍車をかけてしまう証言が、追加されてしまう。
「ああ! ご主人、結構前から頑張ってたもんね!」
うん、そうだね!
女子のお泊り会に何を持たせればいいか、探しまくってただけだけどね!
『こ、この日のために、結構前から!? ふ、風呂一杯になる程……新海、ちょっとハッスルし過ぎだし!』
「? ハッスル?」
『ア、アタシ……無茶苦茶、腕とか、顔とか……塗りたくっちゃったし、うわぁぁぁ! ど、どうしよう……』
「?」
ルオは逆井とどこか噛み合っていないことを察したらしい。
俺は頭を抱えたくなる想いで視線を彷徨わせる……と。
画面越しに、リヴィルと目が合った。
だがリヴィルはそれをさっと逸らす。
その先を追うと……。
『…………』
“どうしましょう……困りましたね”とばかりに眉を寄せているラティアが。
しかし……俺はそれを見逃さなかった。
その口が、うっすら弧を描くように上がっていたのを。
「…………」
俺は、今度は追及の眼差しで、リヴィルを見る。
だが、今回に限っては、決して俺と目を合わせようとしない。
頑なに、プイっと顔をそらし続けるのだ。
……なるほど。
――ラティアとリヴィルめぇぇぇぇ、結託しおったなぁぁぁ!!
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その後、何とか妄想を膨らませる逆井へと、“温泉の素”であると説明して誤解を解いた。
二人の結託は、友人宅へのお泊りでツイツイお茶目が過ぎたということで、まあ仕方なく見逃すことに。
何とか冷静さを取り戻した逆井は、まだ恥ずかしさは残っているようだ。
自分が変な妄想を繰り広げたことをかなり気にしているらしい。
それでもラティアとリヴィルを連れて、移動。
その間も、チャットは繋いだままで、逆井がスマホ越しに映像を届けてくれていた。
『ジャ、ジャジャーン! 今日アタシらが寝る部屋で―す!』
3人が入ったのは、綺麗に整理が行き届いている少し広めの部屋だった。
ベッドの他は本棚が一つ、そして飾り棚が一つ。
その棚には、賞状やらシューズやらが隙間なく飾ってあった。
そしてスマホを動かした拍子に、服か何かが干してあるのも目に入る。
……と、違ったようだ。
『……これ、ハヤテの?』
リヴィルも同じ物に関心が行ったらしい。
というか、二人も今初めて赤星の部屋に入ったのか。
『そそっ! ハヤちゃんの陸上時代のユニフォームでーす! どう、エロいっしょ?』
「真っ先にエロいかどうかを聞いてくんなよ……」
いや、まあ……うん。
飾るようにして壁際に吊るしてあった赤星のユニフォーム。
上はへそや肩が大胆に出るような意匠。
下も多分、本人が着ればピッチリと張り付く感じで。
上下合わせて、体のラインがはっきりと見えるのだろう。
勿論、激しく腕を振ったり、脚の稼働を最大限助けたりするためのものだとは分かっている。
分かっているが……。
赤星が着ているところを想像すると……うん、まあ、色々とあれですな。
『――梨愛ぁぁ、リヴィルちゃん、ラティアちゃん、私も上がったよ……』
部屋の外から届いてくるような声。
今はここにはいない、部屋の主の物。
それが段々と近づいてくるのが分かる。
そして扉が開かれると同時に、逆井のスマホが、そちらへと向けられた。
『――えっと……うん、着て、みたよ? せっかく、その、リヴィルちゃんがくれたんだし、ね?』
そこに映った赤星は……。
『うわぁぁぁ! ハヤちゃん、めっちゃ似合ってるじゃん、“レースクイーン”のコスプレ!! それ、リヴィルちゃんと色ちなんでしょ!?』
『うん……私が着るのは青を基調としてるから……ハヤテは、赤、かなと思って』
お泊り会のテンションでやったのだろう。
コスプレ衣装に身を包んだ赤星は、所在なさげに曖昧に笑って見せ、頬を掻いていた。
風呂上りで少し頬が赤らんでいる。
それがまた、赤いレースクイーン姿と相俟って映えていた。
『――どうどう、新海! ハヤちゃん、セクシーくて、エロくない!?』
何でお前がそれで盛り上がってるのか……。
逆井も逆井で、お泊りテンションなんだろうなぁぁ。
ルオもそれに当てられてか、膝の上でうずうずしている様子が伝わってくる。
明後日に皇さんとお泊り会だからと遠慮していたが、まあそうなるのも仕方ない。
『……え? 新海君? えちょっ、何で、待って――』
俄かに画面向こうが騒がしくなる。
こんな焦ったような赤星の声、初めて聞いたような気がする。
それこそ、皇さんや逆井になんかよく分からん伏兵判定されてた時くらいの……いや、それ以上かも。
『わ、私、聞いてないよ!? えっ、これ新海君とチャット!?』
『……何でそんなに慌ててるん? ハヤちゃん、打ち上げん時も、際どいサンタコス、してたじゃん』
『あれは! 事前に新海君に見せるって、心の準備できてて! それでも結構恥ずかしかったんだよ!? っていうか、これ今も新海君見てるってこと!?』
そこからはかなりわちゃわちゃし出した向こう側。
それに置いて行かれる感じになって……あ、こらルオ、あまり動かないで。
しばらく逆井と赤星との間で格闘が続き。
くんずほぐれつになり始めた時点で、チラッと画面にラティアの笑みが挟まり。
何かどさくさに紛れてリヴィルが自分の着替え――レースクイーンのそれを取り出した辺りで、こっちから切っておいた。
ルオの非難の声は一旦流して、俺はしばしリビングの片隅を眺め続けたのだった。
何かちょっと変わってましたね。
評価欄? それ以外も、ちょこちょこと。
まだ慣れないので見た瞬間は違和感がありましたが、まあ何度も見てたら慣れると思います。




