109.これからも、その、よろしくな。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「ふぁぁぁぁ……」
「凄い欠伸だな……大丈夫か、ルオ?」
「ん……大丈夫、まだお腹、余裕、あるよ……」
いや、そうじゃないんだが……。
打ち上げが終わった帰り道。
タクシーを用意するとの椎名さんの申し出を丁重に辞して、徒歩にて駅まで向かっていた。
流石に食事代まで出してもらっていて、帰りの運賃まで持ってもらっては何だかダメになる。
「フフッ、あれだけ食べていたのに、凄いですね、ルオは」
「だね。私なんて今も少し苦しいくらいだよ」
眠そうなルオに対して、ラティアとリヴィルの足取りはしっかりしていた。
まあ目一杯食べた後だ。
軽く運動するのも悪くないだろう。
……ルオはちょっと心配だけど。
「なあ、大丈夫か? あんまり眠いんだったら、負んぶするか?」
「ん……大丈夫、ちょっとご飯食べて、うにゅぅぅって眠くなっただけだから」
「なら……いいが」
いつもならああして楽しんだ後、ルオは寝てしまうので俺が背負って戻るのが常だったが。
今日はこうして頑なに俺の背中を拒むのだ。
……あれ、もしかしてなんか警戒されてる?
「……ご主人様、ルオも、女の子ですから」
首を傾げていると、隣からラティアがそれだけを囁いてきた。
……え? “女の子”?
……やっぱり俺が体の感触を楽しむとか、そんな事を想われてるのだろうか。
軽くショックである。
「……はぁぁ。マスター、もしかして変なこと考えてない?」
普段はあまり変化のない表情だが、今は明らかに疑いの眼差しを作って俺を見ていた。
何か俺が検討違いのことを考えていると確信しているかのような、そんな目だった。
「変なこと? いや、何も……」
むしろ変なことを考えていると疑われているのではないか、それで落ち込んだだけなのだが。
「――んっ」
「うわっとと……な、なんだリヴィル!?」
いきなり俺の首に腕を回して抱き着いてきて、少なからず驚いた。
リヴィルの顔が直ぐ真横にあって、息遣いまで感じられる距離。
更には背中に当たる、柔らかな膨らみ……。
それをラティアは目を細めて嬉しそうに見守るだけ。
な、何なんだってばよ!?
「……マスター、私、重い?」
「へ? あ、いや、別にそんなことはないと思うけど……」
リヴィルはモデルのようにスラッとした体型だ。
だからむしろもっと食べた方がいいとさえ思ってるくらいで。
そんなことを簡単に伝えると、ググっと背中に伝わる体重が増す。
それに比例して柔らかな感触も、グニュっと押しつぶされるように……。
「そっ。ならよかった」
リヴィルはそれだけ言って、スッと首の拘束を解いて俺から離れた。
……い、いや、別にもう離れちゃうのか、とか思ってないし!
「…………フフッ」
うわぁぁ。
ラティアがニヤァァって感じでその笑みを深めてる!
何かこの一連の流れはラティアの喜ぶところだったらしい。
「うにゅぅぅ……」
そんなことはお構いなしに、ルオは眠そうな目をゴシゴシと擦る。
流石に危なっかしくなってきたので、心の傷を負う覚悟でルオの手を取った。
「あっ……っ!」
最初こそふにゃりと覚束ない感じだったが、ルオは数秒後、ちゃんと覚醒した。
そしてその手をしっかりと握り返してくる。
……手を握るのはOKなのか。
「えと、その、えへへ……」
感触を確かめるように強く握ったり、時にはあえて触れる程度に離してみたり。
何だか俺の手を使って新たな遊びをしているようで……いや、変な意味じゃなく。
「ふんふんふふふ~ん……」
ルオはもう完全に目を覚まして、今では鼻歌交じりに手を大きく振って行進中だ。
何だか先ほど頭を悩ませたことが馬鹿らしくなってくる。
電車を降りて家までの道中は、そんなルオの明るい鼻歌で飾られていた。
「楽しそうだな」
「うん! ご主人と一杯手も繋げたし、歩いて食べ物も消化したし、ルンルンだよ!」
そんな直ぐに消化されるほど、ルオの食べた分量は少なくなかった気がしたが、ツッコまずに置いておいた。
……って、あれ?
もしかして――
「――なあラティア、手、貸してもらってもいいか?」
「……はい? 何かお手伝い、ですか?」
「いや、そのままの意味。ちょっとラティアの手、触ってみたくて」
「…………」
沈黙。
「えと、その…………どうぞ」
消え入るような声。
普段から出し抜かれたり、意表を突かれることの多いラティアが赤面している。
そして右手を、俺の空いた右手にゆっくりと近づけて、触れた。
……ん、ルオとはまた違って少し大きめの、でも柔らかな手。
触れた瞬間は冷たかったのに、じっと握っていると、直ぐに温かくなって。
「ん、ありがとう」
「あっ……いえ」
その声は少し名残惜しそうな感じにも聞こえたが、ラティア自身は直ぐにその手を引っ込めて、左手で包み込んでいた。
「…………」
「いや、リヴィルはさっき身体接触あったでしょ」
何か期待するような眼差しを向けてくるリヴィルにはそう断りを入れる。
「むぅ……」
不満げながらも、渋々引き下がってくれる。
俺のラティアへの突然の行動を、何かしら意味があるのだと感じ取ってくれたのだろう。
今から告げる内容が外れていたら、ちょっと年越しまで引き籠もるくらいのダメ―ジを負うと思う。
だが、この先彼女らとの生活は続く以上、少しでも理解する努力はしないといけない。
俺は思い切って、3人に尋ねてみた。
「――えっと……じゃあさ、今、俺が負んぶさせてください、って言ったら……その、する?」
「…………」
「…………」
「…………」
圧倒的無言。
だがこれは俺が滑ったとか、そういうことではないと直ぐに分かる。
先ほど背中にしがみついてきたリヴィルでさえ、手を上げることをしない。
ああ、なるほど。
やはりそう言うことだったらしい。
「……スマン、あんまり気が利かなくて」
それは今の発言、というより。
帰る際、頻りに心配してルオに負んぶしてやろうか、と聞いていたことに対してだった。
「えと、うん、大丈夫だよ?」
ルオはちょっとハニカミながらも、そう言ってフォローしてくれた。
うぅぅ……申し訳ない。
「……スマンな、ラティアも、リヴィルも」
「いえ、やはり食後、しかも沢山お肉を頂いた後でしたので」
ラティアも、ヒントをくれていたのだ。
女子は男子以上に体重を気にする。
その前提さえちゃんと頭に浮かんでいれば、それを見逃すこともなかったんだが。
「……ん、まあ、私が女の子っぽくどうこう言うのも違うと思ったけど」
「いや、そんなことはない。助かった」
リヴィルのあの急なしがみ付きも、リヴィルなりのヒントだったのだ。
全部を言うのはダメだから、何とかこれで気づいてくれとのシグナル。
リヴィルなりに考えた末での、ベストな行動だったのだろう。
ずっとボッチ生活が染み付いている俺に、そういうのは難易度が高い。
だが、そうばかりも言ってられないんだろうな……。
「……全然ダメダメで、頼りなくてスマンが、今後もその、3人で支えてくれたら、嬉しい」
つっかえながらも、今の正直な気持ちを告げる。
これで嫌だとか言われたら、年始ずっと引き籠もるくらいのダメージを受けるかもしれない。
でも、3人からの返答があるのを辛抱強く待った。
「……勿論です! これからも、どうか御側で、ご主人様にお仕えさせてください」
「……ん。まあ、私は良いけど、もう少し交友関係は気を付けた方が色々心配しなくて済む、かな」
「……えへへ! うん! ボク、ずっとご主人と一緒にいるから、大丈夫だよ?」
3人から返って来たのは、それぞれ言葉は違うものの。
今までの生活を十分に楽しみ謳歌していると伝えてくれるものだった。
「あっ!? ルオ、ズルいです! “ずっと”とか“一緒にいる”とか、そういうことはもっと先の未来に私が使おうとしていたのに!」
「えっ、でも、ラティアお姉ちゃんも同じようなこと言ってなかった?」
「むぅぅ……これでは私の将来の退廃的ハーレム肉欲プランが……計画練り直しですね」
本気か冗談か分からない物騒なことを呟きながら先を歩くラティア。
ルオは悪いことをしたかな、と少し申し訳なさそうにそれを追いかける。
「フフッ……」
それを一歩引いてリヴィルは微笑みながら見守っていた。
本当に、今年の初めからは想像もできないようなくらいに賑やかになった。
そんな、人生の煌めくような一時を生んでくれている彼女たちの、その背中を見つめながら。
思い、そして密かに誓う。
既に俺の家は俺だけの家ではなくなった。
彼女たち3人にとっての帰るべき場所――居場所となっている。
ダンジョン関連、特に戦闘面では3人の世話になりっぱなしだが。
それでも、彼女たちの帰る場所は何としてでも俺が守ろう。
それが、3人の人生を預かった俺の責任なんだと思う。
これから先、もしかしたらその数は増えるかもしれないが……。
「ご主人様、どうかされましたか?」
「マスター、大丈夫?」
「ご主人、早く早く!」
少なくとも、今よりはマシになれるよう、ダンジョンの戦闘面はもっと頑張ってみよう。
目指すは、単独でボス戦攻略、くらいかな。
「今行く!」
返事をしながら、新年の大きな大きな抱負を今、決めたのだった。
これで3章が終わり……と思ってます。
ただ、書いた今でも後少し付け足そうかどうか悩んでまして。
どうなるかはちょっと考えますね。
特に変更なくこのお話で3章終了なら次に人物紹介を更新しようかと思います。
そうでなく、もう1話上げるとなったら人物紹介は1日ずれるという感じですね。
そんな感じでお願いします!




