105.偶にはこういう時間も、いいかもしれんな……。
お待たせしました。
では、どうぞ!
「ん~!! おいひぃ!」
タレにさっとくぐらせ、肉を上品に口へと運ぶ。
その志木の様子を微笑ましそうに見ながら、赤星は順次ハラミ肉を網へと置いていく。
「あっ、リヴィルちゃん、こっち焼けてるから、食べてね」
「ん、ありがとう、ハヤテ」
トングの先で教えられた肉を取り、リヴィルはそれをそのまま口に持っていく。
少し熱そうにはふはふと冷まし噛みながら飲み込む。
実に美味しそうに食べるな……。
「……そう言えばリヴィル、タレはいいのか?」
そうして右手にとった甘ダレを示す。
「ん~、あんまり甘いのはちょっと……そっちは何? そっちの試してみようかな」
リヴィルの視線の先にあったのは透明だが少し濁った感じのある汁。
それを手に取ろうと腕を伸ばす。
「あっ、それは止めとけ。それ、レモン汁だから、酸っぱいぞ?」
「えっ? あっ、うん、そだね」
俺の言葉に頷いて、リヴィルは大人しく手を引っ込めた。
代わりに辛口と書いてあるタレを取って勧めてやる。
リヴィルはそれを受け取り、皿へと傾け浸していく。
「…………」
「…………」
「えっと……何?」
赤星と志木が2人してキョトンとした顔を向けてくる。
「ゴメンなさい、ちょっと意外だったから」
「そうそう、リヴィルちゃん、酸っぱいの、ダメなの?」
二人の反応に、ああなるほどと納得する。
そっか、柑橘系を口にしたリヴィルのあの姿を、俺達以外は知らないのか。
「ダメというか……普通に口にはできるんだけど、ちょっと、その、相性が悪いって感じかな」
少しぼかしたような言い方になってしまう。
ただ、飲食したら酔っぱらっちゃうんです、とそのまま言う訳にもいかないし。
「そう……まあ好き嫌いは誰しもあるものよ。気にすることはないわ」
「そうだね。って、あれ? 志木さんもやっぱり苦手な食べ物ってあるんだ」
上手いこと話題が志木のそれへと移ってくれて少々ホッとする。
リヴィルも何となく安堵したような表情に見えた。
その後、志木がどうしてもホイップクリームの甘さが受け付けないという話でしばらく盛り上がったのだった。
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『〇〇の皆さん、ありがとうございました! 続いては、クリスマスの日に聴きたいあの曲ランキング100のコーナーです、ではどうぞ!』
新人の部類だが人気の男性アイドルグループの歌が終わる。
立石や木田、それに梓達の出番はまだ先らしい。
スマホで簡単に検索すると、かなり前から周知もされていたようで、話題性もある。
出来るだけ後ろの方に引っ張って視聴率を、との考えなのだろうか。
まあしばらくは普通にBGMとして流したままになるかな。
「ほらっ、律氷ちゃんもルオちゃんも、どんどん食べて!」
「そうです、特に皇さんは小柄なんですから、沢山食べて、たーんと太っ――大きくなってください!」
おーい、桜田、本音漏れてる。
「どうだ、ルオ、楽しんでるか?」
「あっ、ご主人! うん! お肉、とっても美味しいね!」
「そりゃ良かった」
ラティアと席を代わり、逆井達の方のテーブルに移動した。
こちらでは主に逆井と桜田が仕切って、皇さんやルオはどんどんお肉を頂いて楽しんでいるらしい。
「桜田も逆井も、甲斐甲斐しく焼き肉奉行か」
二人もいたらさぞ食べる方は楽だろう。
ルオと皇さんは皆でこうしてワイワイ楽しんで焼き肉を食べるなんて、初めての経験だろうし、なおさら楽しんでくれているに違いない。
「まあ私は下の妹や弟たちでこういうことは慣れてますしね~――あっ、これ焼けましたよ! 皇さん、どうぞ!」
「わぁぁぁ、ありがとうございます! はぐっ、むぐっ」
体の大きさに似合わず健啖家の皇さんはムシャムシャと美味しそうに肉を平らげていく。
それを眺める桜田はある種の戦慄を覚えているようだ。
「何で、もう10人前は軽く食べてますよね……全然衰えないし太らない……くっ、胃や体の作りも違うんですか!? これが庶民と御嬢様の格差っ!」
おーい、普通に俺には聞こえてるぞ~。
こんな超短期間でそんなに太るかよ。
呆れながら視線を変えると、逆井が笑いながらそれを見ていた。
視線が合う。
それで逆井がちょっと恥ずかし気にまた笑った。
「あはは、アタシもちゃんと食べてるよ? でも、何か……ルオちゃんや律氷ちゃんが美味しそうに食べてるの見たら、さ。それだけでもう、結構胸が一杯で、満足しちゃって」
「?」
見られていることを感じたルオが首を傾げて“おいしいよ!”とまたお肉を一口。
逆井はそれで更に目を細める。
……お前、母性溢れすぎだろ。
「逆井、お前……オカンっぽさ凄いぞ」
一瞬何を言われたのか分からなかったようでポカーンとする。
が、次第に意味が頭の中に拡がっていったようで、口をはわあわさせて顔を赤らめた。
「な、なななな……!? は、はぁ!? 意味わかんないし! 誰が未来の良妻だし!!」
いや、んなこと言ってないんだけど。
だが暴走した逆井はやはり織部のように人の話を聞かず――
「そんなこと言う口は、こう、だ!!」
焼いた肉を何枚も一度に取り、俺の口へとねじ込もうとしてきやがった。
「あ、熱い熱いっ!! おま、これはおでんでやる奴!! 肉はマジで熱いから――」
ただちゃんとタレへとくぐらせて、温度の管理を絶妙にしている当たり、何か良く分からん照れ隠しなんだと理解して、適当にあしらった。
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またしばらく食事を楽しんでいると、テレビでは状況が少し変わっていた。
司会者の隣には大所帯の大人気女性アイドルグループが詰めて座っている。
ただ、次の曲へのつなぎの会話で、立石達に話が振られたのだった。
『それで、立石君だっけ……今日5人目のメンバー発表するんでしょ?』
『はい! 僕らもまだ知らされてないんで、上の人もかなりマジなんだと思いますよ』
もうテレビでの受け答えも慣れたのか、代表して答えている立石に緊張の色は見えない。
彼の発言に、次に歌うだろう女性アイドル達が驚きの声を上げる。
『本当に~? へ~、それは凄いね、練習とか大変だろうに』
『はは、ですね、でも大変さで言ったら何十人もの人が一緒に歌って踊られるんでしょ? そっちの方が大変そうだなぁ……』
次のメインである彼女たちへと上手いこと話を戻した。
そこから2,3またやり取りをして、準備が整い、移動を促される。
少女たちがステージへと移って、歌が始まった。
「……あんまり歌については分からないので、どうなんでしょう、上手いんですか?」
俺の背中の方に座っているラティアが、箸を休めながら誰とはなしに訊いた。
「そうね……可もなく不可もなく、ってところじゃないかしら」
志木が彼女たちの歌を聴いて、そう評する。
まあ、そりゃ仕方ない部分もあると思う。
志木達はダンジョン関連でその身体能力を大きく向上させている。
それに伴って歌を歌う際の呼吸だとか、音を聞き分ける耳だとかも良くなっているはずだ。
歌唱が高いレベルで安定している志木達からすれば、そういう感じに聴こえるんだろうな……。
『――さて、続いては初の男性だけで構成されるダンジョン探索士のアイドルグループによるパフォーマンスです。先ずは、紹介映像を、どうぞ!』
少女達の番組限定スペシャルVersionとやらが終わって、とうとう立石らの番が来た。
……どうでもいいかもしれんが“男性だけで構成される”という部分にどうしても引っかかってしまうな。
まあ今のところは特に問題なさそうだし、良いんだけど。
そうしてお腹も膨れ始めて来た頃合いで、編集されていただろう映像に画面が丁度映り変わった。
さて、どうなることやら……。
逆井さんが正妻力を上げている、だと!?
ラティアはそれに微笑んでいるようです……。




