104.まあ、そう言うことなら……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……ここ、なのか?」
メールで指示された場所と看板の名前とを対比し、確認する。
うん、ここで合っているはずだ。
「でも、お店で焼き肉? って、初めてだから、ご主人とも一緒に来られて嬉しいな!」
「うーん……まあ、そうだな」
煮え切らないような返事になって申し訳ないが、今日の打ち上げ、あまり乗り気なわけではない。
ただそれでも来ることにしたのは、まあ色々と裏で気を回してくれた奴がいたってことが大きいかな。
『今度の打ち上げさ、単にこの前のダンジョン攻略お疲れ様会ってだけじゃなくて、今後について色々と話し合う場にもなると思うんだ。だから新海君にも来てもらって、是非意見を聞かせて欲しい』
1週間程前に来たメールだ。
上手い言い方だなぁ、と感心したものだった。
多分俺の心境を汲み取って、言い訳を用意してくれたんだと思う。
そうした別角度からの出席要請のメールを2,3送られて、流石に頷かざるを得なかった。
このクリスマスでのお祝いっぽくない“こじんまりとした焼き肉屋”という場所の選定も、その配慮の一種だろう。
「ハヤテ達は先に来てるんだよね?」
そのメールの主、正にリヴィルが挙げた赤星は既に店にいるはずだ。
先ほど逆井からもそのようなメールが届いていた。
ただ何故か俺たちの到着は少しずらして欲しいとのことだったが……。
「まあ実際に入ってみれば分かることでしょう」
ラティアの言う通りだ。
外は雪が降っても可笑しくない程に寒く、時折風も吹いている。
中に入って温まりたい。
「だな。じゃあ入るか」
指定されていた時間通りだし、文句を言われることも無いだろう。
「えーっと……すんません、ここで――」
押し式のドアを開けて中に入る。
すると、赤い何かが駆けてくるのが見えて――
「――おっ、やぁ、いらっしゃい新海君、メリークリスマス」
「新海じゃん! ラティアちゃん達も、やっと来たし! メリクリ~!」
「ちょ、お二人とも、私だけ放っとかないでくださいよ!? 刃物持った花織先輩と二人きりとかヤバいんですって!」
騒がしい3人に出迎えられて、この場所で間違ってなかったことは直ぐにわかった。
だが同時に、別の疑問が真っ先に浮かんできたが……。
「えっと、赤星、逆井、それに桜田……ここって、そう言う店?」
3人が3人とも。
胸元や肩、太ももなど大胆に肌を覗かせるサンタのコスプレをしていたのだ。
俺がそんな疑念を持ったとしても仕方ないだろう。
「あはは……勿論違うよ、自発的に着替えただけ。ちょっと恥ずかしいけどね。でも新海君が来てくれる条件に、これ、入ってたからさ」
そう言ってスカートになっている部分をちょびっとつまんで見せる。
「十分に似合ってると思うよ? ね、マスター」
「うーん……まあ、な」
「そう? あ、あはは……それなら、良かった」
いや、確かに、椎名さんのメールでそんな感じのこと言ってたけど。
そりゃ随分色気出るよ、それで。
……でも、一つだけいい?
――お前らそれで焼き肉食うつもりなの?
焼き肉の際の油の猛威を甘く見過ぎだろ……。
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「え!? えとその、陽翔様、この恰好、ダメ、でしたか?」
赤星達3人に速攻で着替えさせに行ったは良いが……。
皇さんも同じような衣装を身に纏っていた。
この展開だと、もしかして志木もか……?
「えーっと……まあ、焼き肉って、油跳ねちゃうからさ、火傷しないように、着替えた方が、無難かな……」
似合ってる似合ってないの話には持っていきたくなかったので、何とかそれで説得する。
シュンとしてしまう皇さんにちょっと罪悪感を抱かないでもないが、事実だし仕方ない。
「リツヒ、大丈夫、凄くその格好似合ってるから! 焼き肉の後、またご主人に見てもらおう?」
「ルオさん……はい、そうですね!」
良かった……ナイスだルオ!
二人は手を繋いで楽しそうに階段へと向かっていった。
さて……。
「貸し切りか……まあそりゃそうか」
彼女たちは一応今を時めく探索士アイドルだ。
一般のお店で普通に打ち上げをする訳にもいくまい。
チェーン店ではなく個人で経営しているお店らしいし、その辺の融通も利いたんだろう。
「――ああ、そっちは後で運ぶから、椎名はこっち手伝って」
「分かったわ。じゃあ……」
3つしかないテーブルから、直ぐそこに見えている厨房奥から声が届いてくる。
若い女性と、そしてもう一つは椎名さんのものだった。
「――ここ、私や律氷が通ってる学院の卒業生の人が関係してる店なのよ」
ラティアやリヴィルと共に席につくと、丁度志木がその厨房から出てきた。
手にはお盆を持っていて、その上には水の入ったグラスが4つあった。
志木は……普通の恰好をしていた。
いや、普段着に、可愛らしいエプロンを身に着けてはいたが、あの赤星達のようなコスプレはしていなかったと言った方が正しいか。
俺たちの席まで来ると、丁寧にグラスを置いていく。
「……そか」
「……ええ」
ちょっとお互いぎこちないやり取りになってしまう。
いや、何でこうなってるかは俺も分からん。
「…………」
「…………」
志木は空になったお盆を胸に抱くようにして突っ立っている。
……え、何?
戻らないの?
「そ、そのエプロン姿! とても素敵ですね、カオリ様!」
この微妙な空気を和らげるためだろうか、気遣ってラティアが志木の衣装を褒める。
「ありがとう、ラティアさん。ラティアさんの外着もとても素敵よ? 同性の私でもクラっとするくらい」
お世辞と言うより、本音でそう褒め返したのだろう。
ただその後はまた彼女らしくなく、所在なさげにモジモジとして……。
「その、こういう恰好するの、初めてだから……えと、私も、あのコスプレ、した方が良かったかしら?」
2階を振り仰いで、本気か冗談か判別つかない調子で言った。
それに対して、俺は――
「いや、お前も油の餌食になりたいのか……」
普通に引き留めておいた。
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「さあ、皆じゃんじゃん食べてね! お代は椎名に貰ってるから!」
ポニーテールで活発そうな女性は腕まくりして、そう告げた。
三井名菜月と名乗った彼女は、椎名さん、そして逸見さんとクラスメイト・同級生だったらしい。
「折角の時間です、皆さん楽しんでくださいね」
そして小皿に盛られた肉の数々を運んでくるのは椎名さん。
今回は食べる側ではなく、給仕する側へと回るのか。
いつもいつも働いてるところばかり見ているから、いつ休むのかと心配になるが……。
「フフッ、誰かに頼るなんて殆どしない椎名が、頭下げてまで頼んできたんだよ?」
椎名さんと入れ替わりに白ご飯を運ぶ三井名さんは、内緒話をするように俺たちにそう伝えてきた。
「私はあんまアイドルとかダンジョンとか分かんないけど、出来るサービスは全部するから。楽しんでって!」
様になっているウィンクを決めて、戻っていく。
すると、厨房の方から何やらワイワイと声が聞こえてきて……。
「――菜月っ、今日はバイトの人も休みなんでしょ!? 切るのは貴方じゃないとダメなんだから、早めにお願い!」
「はーい、分かってるって……椎名はいつになってもせっかちさんだな……もう少し六花を見習ったら?」
「あの子のあのおっとりはもう不治の病レベルだから。見習って身に着くとかそういうのじゃないの」
忙しなく動く音と共に、楽し気な会話が漏れ聞こえてくる。
「あはは! 酷っ、そんなこと言ったら六花泣いちゃうよ?」
「良いんです、どうせ『え~? 酷いわ、椎名ちゃん、私これでも一生懸命急いでるのよ~』って言われるだけ」
「あははっ、いつ聞いても六花の真似上手過ぎ! 六花も何かアイドル? 何でしょ。六花が有名になったら、モノマネ芸人行けるって!」
それで、椎名さんが噴き出して笑ったような声も。
……なるほど、親しい友人と一緒に何かやってるのも、いい気分転換になってるのかな。
「さて、じゃあ始めようか――」
手を伸ばして、網が十分に熱せられているか確認する赤星。
それで、頷き、肉を網に置こうとしたが、それを志木が止めた。
「――あっ、颯さん、ちょっと待って」
何だろうと首を傾げる赤星に「ちょっと、ちょっとだけだから! 直ぐに終わるから!」と勘違いしそうなセリフを残し、志木は立ち上がる。
志木は奥に進んでいくと、店の角に取り付けられているテレビの電源を入れた。
少し古いタイプのもので、電源が入っても画面が映るのが少し遅い。
リモコンを使ってチャンネルをいじり、目的の番組が映ったのを確認して戻って来た。
『さぁ、今夜は生放送! スーパーミュージックライブと銘打ち、豪華なアーティストの方々の生歌と共に、今日のクリスマスの夜を飾っていきたいと思います!』
「ああ……そう言えば、今日か」
テレビの司会者の言葉の後、次々と出演者が出てくる。
「ええ。今日は打ち上げの他にも、ダンジョンの話もするって言ってたから」
椅子に腰を下ろした志木が俺の呟きに答えるようにそう言った。
そして、初めて誕生日ケーキの蝋燭でも目にしたかのように、その瞳を輝かせて網を見る。
「さっ、もう大丈夫! 焼き肉、始めましょう!」
普段見ないようなワクワクした様子の志木に、赤星は微笑ましそうな表情を浮かべて肉を網に置いていった。
それを皮切りに、隣のテーブル――逆井や桜田達も肉を焼き始める。
『――そして、今日デビューの! 男性探索士アイドルグループの皆さんです!』
志木達と同じように、番組内でグループ名、そして5人のうち最後の一人を発表するということで、各メンバーの名前が呼ばれていく。
「おっ、木田ッチ! 立ゴンもいる!!」
トングを手にしながら顔を上げた逆井が、知り合いを見つけてはしゃいでいる。
『――ミステリアスな雰囲気で周りの視線を釘付け!! 梓川要っ!!』
DJ風の男性に名前を呼ばれても、他の3人と違って特に反応しない。
画面上の彼女は正に、不思議な空気を身に纏っているアイドルそのものだった。
「……“彼女”は、もう、協力者、なのよね?」
顔はあげないが、いつもの志木の調子で聞かれた。
「……まあな」
なので、俺もそこはいつものよう真面目に、ちょっとかわすような感じで答えておいた。
「……やっぱり誑したのね」
……何でや。
ちょっと良く分からない微妙な空気が漂う中。
焼き肉店での打ち上げ兼会議が、始まる……。
すいません、感想の返しはまた明日以降にしようと思います。
読んではいるんですが、申し訳ありません、もうしばらくお待ちください。




