103.むむぅ……!
お待たせしました。
ではどうぞ!
「ギィィァァァ!!」
貧相な体格ながら、ゴっさん――ゴブリンは上手く攻撃を掻い潜って攻めている。
ヒット&アウェイで、小粒なダメージを積み重ねていく戦闘スタイルだ。
「Giiiii!! Gi,Gii!!」
一方ゴーさん――スモールゴーレムは大振りも大振り。
この一撃に賭けているんだと言わんばかりにその巨大な腕をゴっさんへと当てに行く。
だがするりとかわされ、短剣で引っ掻き傷のようなものを何度もつけられてしまう。
それでもめげずに振り回していると……。
「ギィッ!?――」
ゴっさんがいきなり膝を折った。
疲労の蓄積からか。
無理もない、今までギリギリのところでかわし続けて、しかもその隙を突く形で攻撃を仕掛けていたんだ。
足が悲鳴を上げていたのだろう。
「GIGIGIGIGI!!」
この一瞬を待っていた、と言わんばかりに吠えるゴーさん。
両手を組み合わせてハンマーのようにし、それをゴっさんの頭上から叩き落とす。
勝負あったか――
「――よし! そこまでにしよう!」
静止の言葉に、ピタリとその巨腕が止まった。
ゴっさんはうな垂れ、ゴーさんは体勢を元に戻す。
今日の戦闘訓練で、ようやくゴーさんがゴっさんから勝利を収めたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふぅぅ、いい気分転換になったな……」
帰宅途中、先ほどまでの模擬戦の様子を思い出す。
既に攻略した安全なダンジョンにて、あの2体のモンスター達の様子を定期的に見ていた。
灰グラスの30分の充電を兼ねていたり、あるいは召喚石に慣れるという意味もあったが、まあ将来を見越してのことだ。
今までは機転を利かせて一方的に攻め続けたゴっさんの連勝だった。
だが、今日の戦闘で、ようやくゴーさんが考えることを覚えたように思う。
これなら、今後俺が単独でダンジョンを攻略しようと思った際、お供にあの2体を連れて行くのもいいかもしれない。
ゴーさんが前衛、つまり俺が普段担うタンクやリヴィルの役割であるパワーアタッカー。
ゴっさんは中衛――ルオっぽい感じかな、まああそこまで自由に何でもできるわけじゃないが。
で、俺が後衛。
ラティアみたいに魔法を使ったり、あるいは普通に回復魔法でサポートしてもいい。
「うん、結構いい感じだ」
これならラティア達が眠った後でも安全性を高めて攻略を進めることができる。
出来るだけ負担はかけたくないしな。
「そう言えば……ゴーさん、結構シュッとした感じになってたな、ダイエットか?」
それもあって、あの大きさだが小回りも随分利かせられるようになっていた。
岩肌がスッキリして、丸みが出来た感じか。
「逆にゴっさんは……筋肉がついたのか?」
一回り体が大きくなったように思った。
今日の敗北も、成長して、まだその体の制御に頭が追いついてないのが要因の一つだろう。
その分見た目が随分人っぽさに近づいた気がしたな。
……まあ顔の方はお察しだが。
「うぅぅ、寒っ、早く帰って、寝よう――っと? 誰だ、こんな時間に……」
ほぼ室温で保たれているダンジョン内との気温差に身を縮ませていると、スマホが鳴った。
もう既に夜遅く、こんな時間に連絡してくるなんて常識知らずも甚だしい。
ガツンと一発、俺から世間の厳しさを教えて――
“椎名さん”
「…………」
その表示された名前を見て、思いなおす。
うん、普通に出よう。
ってか、椎名さんがこんな時間にかけてくるなんて珍しい。
まさか、何か問題でもあったのか――
「――はい、もしもし」
『もしもし。夜分遅くに申し訳ありません』
通話口から聞こえてくる椎名さんの声に焦りや切迫感のようなものはなかった。
「いえ……別に大丈夫です、普通に起きてますし。それで、こんな時間に、どうかしましたか?」
『……申し訳ありません、何度か電話したんですが、繋がらず……ダンジョンにいらっしゃったのでは?』
そう言われてハッとする。
ああ、そっか。
ってことは、模擬戦を見たり、考え事している間に連絡をくれていたってことか。
じゃあ多分、着信履歴を見れば、椎名さんからのが幾つかあるんだろう。
「すいません……その通りで。でももう用事は終わったんで、大丈夫っス。それで?」
用件を促すと、椎名さんは何拍か間を置いた。
スマホのヒヤっとした感触が耳に当たり続ける。
風が吹き、顔も、特に鼻も冷たい。
だが急かさず待っていると、椎名さんが話し出した。
『……電話越しで、変な感じになって申し訳ありません……クリスマスの件なんですが』
「ああ……」
あれからもメールで何度も訊かれたが、勇気を振り絞って断っていた。
だから電話をかけてきてまでその件を話されるとはと、少々ドキッとしている。
ただ先程の間のこともある。
椎名さん自身もおそらく、申し訳ない、話題にし辛いという思いがあるのだろう。
それが分かったので、無下にすることなく普通に応対することにした。
『……もう一度だけご一考くださいませんか? 本当に、御嬢様はじめ、新海様のご参加を皆さま楽しみにされているんです』
「…………その、ラティア達だけじゃ、ダメなんですか?」
高度な駆け引きをしているという感じではなく。
何か言葉に出来ないが、でも、俺が行くのもどこか違うんじゃないかという思いがずっとあった。
だから、ラティア達が参加する分には全然問題ないし、俺は普通にその日、家でゴロゴロするつもりなのだ。
つまり、予定が入ってるみたいな明確な理由があるわけではないから、ちょっと断るのが心苦しくはあるのだが……。
『勿論、ラティア様、リヴィル様、ルオ様、皆様共に歓迎いたします。それと合わせて、新海様にも、お越しいただきたいのです』
椎名さんは今度、一拍だけ置いて咳払いをする。
そしてカラオケで歌う前みたいに『あ、あ……』と声を鳴らす。
『――“貴方にも、その……来て欲しいの……待ってるから”……だそうですよ』
「…………あんま、似てないっスね」
『……自覚してますので。そこは一々言及するな』
軽口にちゃんと返してくれる辺り、椎名さんも徐々に調子を取り戻したようだ。
でもそうか……志木からもか……。
「――……分かりました。前向きに善処する方向で検討いたしたいと思います」
『来い』
「……考えときます、ウっス」
『……まあ、今日はその言葉を頂けただけで良しとします』
そう言って、椎名さんは軽く挨拶だけして通話を終えてしまった。
……“考えときます”しか言ってないのに。
「……まあいいや――ううっ寒い寒い……」
スマホを仕舞い、暗い帰り道を足早に帰ったのだった。
「――お帰りなさいませ、ご主人様」
そっと鍵を開けて中に入ると、玄関には俺を待ち構えていた人物がいた。
「な、ぜ……起きている――ラティア!」
だがその質問には答えず、ラティアは微笑むばかり。
しかもその笑みには何だか凄みがあって……。
「さあ、ご主人様、お体が冷えたでしょう。お風呂を用意しております、お入りください」
「え、いや、もう着替えだけして寝ようかと」
「え? 何ですか? 肌を使った別の方法で体を温め合いたいと?」
「入らせていただきます」
難聴系主人公スキルの使い方よ。
ラティアが待ち構えていた時点で……俺に選択肢などなかった。
玄関を上がると、丁度リビングから顔を覗かせている二人と目が合った。
リヴィルも、ルオも起きてたのか……。
「……~っ!!」
ルオは目をくの字の左右対称みたいにして、申し訳なさそうに両手を合わせていた。
“ゴメン、ご主人、ラティアお姉ちゃんを止められずに!”という心の声が聞こえた気がした。
そんなルオの頭に顎を乗せるようにしていたリヴィルはというと……。
「…………グッ!」
親指を上げて珍しくドヤ顔を向けて来た。
……ラティアにチクったのお前か。
そう言えば以前軽くだが、モンスターに戦闘を教えるにはどうすればいいか、みたいなことをそれとなく訊いていたことを思い出す。
クソッ、“私、ナイスアシストでしょ?”みたいな顔してるのが妙にイラっとした。
そんな殆どヒントとも思えないようなきっかけだけで気づくなよ、もうちょっと俺に関しては勘を弱めてくれ。
「ご主人様? どうかされましたか? あっ、御背中をお流しした方が?」
「いや、直ぐに入ってくる!!」
慌てて脱衣所へと向かう。
「……私の方が、メスのモンスターよりもご主人様に楽しんでいただける自信あるのに……」
頬を膨らませて何か良く分からんことを呟いていたが、そこで訊き返して藪蛇になってもあれなので、そそくさと風呂に行った。
……まあ、体が冷えたのは事実だし、有難く風呂で疲れを取るとしよう。
もう少しで3章が終わると思います。
それが終わったらまた人物紹介でも更新しようかな……と考えてます。




