100.俺たち、きっと協力できるはずだ。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「えと……律氷ちゃんのお友達、でいいのかしら?」
痛くなるくらい首を上げないと天辺が見えない立派なビル。
その入り口にて待ち構えていたのは、シーク・ラヴの一員、逸見六花さん。
テレビや以前の尾行なんかで何度も見ているのだが、こうして本物と対面するのは初めてなので、とても不思議な気分だった。
その彼女も、初対面の俺たちを見回して不思議そうな表情をしている。
「えっと……」
そして、今回同行を買って出てくれた皇さんは、その質問に即座には答えられず詰まってしまう。
ラティアを見て……小さく頷く。
リヴィルを見て……ちょっと首を捻りながらも、やっぱり頷く。
ルオを見て……ブンブンと鳴るほど、しきりに首を縦に振っている。
そして最後。
俺と目が合って、ハッとする。
直ぐに逸らされ、逸見さんに向き直る。
すると、普段の皇さんからは想像もつかないような早口でまくし立てたのだった。
「ちっ、違います! 陽翔様はその、お、お友達じゃありません!」
グフッ!?
カハッ!!
……今のはかなり効いた。
いや、確かにちょっと関係性曖昧だったけどさ。
そこまできっぱりと、明確に否定されるとは。
流石にダメージデカいわ……。
「あらあら……フフ」
何が面白いのか、逸見さんは皇さんの様子を見てウフフと優雅に微笑んでいる。
……何だこの人、髪と同じく頭もユルフワ系女子か?
今笑う要素あった?
ちょっと童貞を殺せる容姿・服装してるからって、流石に笑っていい場面とそうでない場面がありますよ!
これはちょっと抗議しないと――
「――ねえ、あなた、“陽翔君”って言うのよね? 私、逸見六花。よろしくね?」
「……ウっス」
クッ!
ふんわりと微笑んで綺麗なお姉さん感を出したって、そ、そうはいかんぞ!
何か良い香りが漂ってきてるが、俺はそんなものには騙されないからな!!
「むむぅぅぅ……」
皇さんが難しい顔して、子犬が警戒するかのように可愛く唸ってる。
だよねだよね!
やっぱりこの人は危険だ、俺も警戒しよう!!
「フフフ……」
ラティアさん、何で君もウフフ笑いしてんの?
最近その笑顔に含まれる妖艶さと色気が凄いんだけど。
「ラティア嬉しそうだね……」
「ご主人が綺麗な女性の知り合い増やす度に、ラティアお姉ちゃんも綺麗になってる気がする……」
それどういうからくりだよ……。
「――じゃあ、ボクはそこのロッカー内に隠れてるから」
既に多くの人が退社しただろう建物内にある、更衣室の一つ。
事前にやり取りが行われていたのだろう逸見さんに、そこへと案内された。
彼女と皇さんは一時その場を離れ、他の人が寄らないよう見張りをしてくれている。
「ああ。俺も、その時が来たら一旦消えるから」
逸見さんや飯野さんの所属する大きな事務所の自社ビルだけあって。
幾つもある更衣室の一つに過ぎないというのに、綺麗で、そして新品と見間違えるようなロッカーが両壁にずらりと並んでいた。
ルオはその一つに入って隠れる。
一方俺は、入口から死角となる奥のロッカー横に立った。
「ん、上手くやるから」
「タイミングはルオとご主人様にお任せしますね」
残ったリヴィルとラティアはこの場に相応しい動作をすべく、衣類を取り払っていった。
……大丈夫、俺からも死角だし、音だけで見えてないから。
スルスルッと脱衣の音だけが届いて来て、むしろ想像を掻き立てられるが、今は考えないようにしよう。
そして後はその時を待つだけとなった。
それから数分して。
ガチャリ――
――“アズサ”が来たっ!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「…………――えっ!?」
そう言えば彼女が直で言葉を発するのを初めて聞いたが……。
完全に想定外のことが起きたという驚きの声。
そしてその声は誰が聞いても可愛らしい少女の声で……。
人は予想していないことに直面すると素が出るとはよく言うが、この子、今まで良くこれでバレなかったな。
「おや? どうかされましたか?」
「……入れば?」
その姿は見えないが、ラティアやリヴィルのこの対応からするに、やはり目的の少女で合っているようだ。
「あの、えと、その……」
困惑、狼狽、焦り。
そんな感情が姿を視認できない俺にまで伝わってくる程、戸惑っているようだ。
そりゃそうだ。
女子の自分が、唯一誰にも見られずに着替えができる時間・場所として利用してる更衣室に、誰かがいたんだもんな。
だが、ゆっくりと扉を閉めるカチャリという音がした。
諦めたのか、それかまだバレてないと踏んで白を切り通そうとしたのか。
だが――
「大丈夫ですよ――」
ラティアが切り出し。
「……私達も、同じ所――同じ世界から来たから」
リヴィルが核心を突く言葉を告げる。
「――――!!」
最初こそ反応しなかったものの、直ぐにその言葉の意味が頭に浸透したのだろう。
言葉にならず息を飲む、そんな声にならない声が聞こえた。
「あの朝の情報番組での行動――」
「灰色のサングラスと、白色の手袋、着けてたよね?」
二人は思考の時間を目一杯与えるよりも、先に自分達の伝えるべきことを伝えきるという選択をしたようだ。
「あれってさ、メッセージだったんだよね?」
「自分以外にダンジョンを攻略して、そして特殊なアイテムを貰った人に向けた――そうじゃないですか?」
俺が今日までに彼女のその行動の意味を考えて、そして推測したことだった。
その考えを共有した上で、今、二人の言葉でしゃべってくれている。
彼女はどういう訳か、ラティア達がいた世界からこの世界に来ている。
あちらでは死亡したと言われているのだ。
何らかの理由があったに違いない。
「それで、もしかしたら、戻るための手がかり集めとして、この地球で仲間集めをしたんじゃないかって思ったんです」
「灰色のサングラスに、白い手袋――その二つも、ダンジョン攻略で得られる特典。それを持っている人と協力できたら、物事がグッと進むだろうしね」
二人の話が途中で途切れることはないし、扉が開く音も聞こえない。
ということは、彼女がラティアとリヴィルの話に耳を傾けているということだ。
大なり小なり興味を持ってもらえている――なら完全に信じてもらうための一手を打つのは、今だろう。
ガチャ――
入口のドアとは違い、薄いスチール製の板が開くような、そんな音がした。
そしてストっと軽快な足音を室内に響かせ、その人物がロッカーから出た。
「――え…………“シルレ”なの? どう、して?」
ロッカーから出てきた人物――シルレ……を再現したルオの登場が、一気に彼女の信頼を勝ち取ったように感じた。
その声は、もう男装で自身を隠すことなど頭にない、完全に寄る辺を見つけた幼い少女のもので。
後はもう仕上げをするだけだな……。
俺はサッと懐から灰グラスを取り出して装着し、死角になっているロッカー横から出て行ったのだった。
明日の更新はお休みすると思います。
感想の返信はお昼ごろに多分出来ると思うので、しばしお待ちを!




