97.俺、ここでもいらなかったな……。
ふぅぅ……。
ではどうぞ。
「ふんっ! せぁぁっ! たぁっ!」
「ブニュッ、ニュウ、ブシュッ――」
赤星の力ある声に合わせて、芋虫型のモンスターが奇声を上げる。
分厚い肉にダガーが食い込み、痛みのあまり苦しんでいるようだ。
流石にここからだと詳細に見えるわけではないが、特に問題はないだろう。
「六花さん、効かなくてもいいので何度も打って下さい!! 颯様っ、ラスト1体、そろそろ!」
皇さんが状況を冷静に把握して各自に指示を送る。
「分かったわ――やぁっ!! とぉっ!!」
手にした鞭をしならせ、何度も往復させているのは逸見さんだ。
大丈夫だろうかと当初は心配していたが、意外に上手いこと鞭をコントロールしている。
表皮が硬いわけではない化け芋虫だが、特にダメージを受けている様子はない。
しかし、彼女らにしてみればそれでいいのだ。
「しらすん!! しらすんも攻撃、手緩めないで!!」
「逆井さん! だから“しらすん”は止めてって、言ってるで、しょ!!」
手にしたチェーンソーを駆動させ、赤星が攻め立てていた1体へと走っていく。
「私はしらす丼かぁぁぁ!!」と雄たけびを上げ、白瀬は切りかかった。
それでスプラッター映像が出来る……ことはなく。
威勢いい音を上げていた刃が、肉厚の芋虫に触れた途端に止まる。
ブチュっという気持ち悪い音と共に、薄気味悪い黄緑の液体が刃を溶かしたようだ。
「もう!! 何なのよ毎回毎回!! 何でチェーンソーで切断できないわけ!? あんたこれがスプラッター映画なら落第よ!!」
白瀬は振り返って志木に向け何事か叫んでいる。
「志木グループの! 特注製とか、言ってるけど! これ、欠陥品じゃないの!?」……。
白瀬、お前怖いもの知らずかよ!?
「ちょ!? 白瀬先輩、その発言も全部撮っちゃってますから!! ってか早く刃取り替えて!! 攻めて攻めて攻め続けて!!」
ほらっ、桜田が凄い怯えた声で手元震わせてるし。
「…………えーっと、知刃矢ちゃん、代わろうか? 凄い手元、ブレてるけど……」
桜田と同じく撮影係を任された飯野さんは……まあ頑張れ。
「……どう? かおりん、私、出ようか?」
「いいえ。大丈夫、梨愛さんが出なくても、颯さんと律氷が上手く動いてくれてるから」
一方の逆井と志木は、殆ど最後尾から動かず。
二人して戦況を眺めている。
今までの戦闘で逆井は何度か加わることはあったが、志木は見るだけだ。
だが、それで仲間達から不満の声が上がるでもなく、受け入れられている。
多分、今後のことを考えてのこと、なんだろうな……。
「そっか……うん、でも、結構六花さん、良い感じに動いてくれてるね」
「ええ。白瀬さんも、何だかんだ言ってちゃんと戦闘には参加してくれているようだし」
志木は今後、より注目を集める立ち位置に自らを置くことで、他のメンバーを動きやすくしようとしている。
だから、このダンジョン攻略は決して遠くない未来の予行演習なんだろう。
自分がいなくても、ちゃんと回せるように。
「そしてその保険が俺ってわけですか……」
そんな独り言を呟きながらも、自分の出番が来ることはないんじゃないかとも思ったり。
だって――
「はぁぁ、はぁぁ……」
「ふふっ……お疲れ様。白瀬さん」
「お疲れ~しらすん、頑張ってたね!」
「…………」
「ハハッ、返事する元気すら無さそう! ほんとにお疲れ」
「……ええ」
彼女たちだけで。
そして志木や切り札的存在たる逆井すら無しで。
きちんとモンスターを倒しているのだから。
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「もうほぼ倒しきったんじゃないかな……」
俺は彼女らの健闘に素直に感心しつつ。
念のためにとスキルを発動する。
この日のために、新たに入手しておいたおニューのスキルだ。
「――【モンスター探知】っ!!」
別に声に出す必要はないが、やることもないし、一応小声でね。
目には見えないが、自分だけが感じられるレーダーのようなものが前へと延びる。
ラティアや赤星が≪ダンジョン修練士≫を得た、あの親子ダンジョンで手に入れたものだ。
500DP×3でLv.3まで取っている。
かなり有用で、これのおかげで彼女たちのストーキング――ゴホンッ。
追跡の際も、必要以上にあたふたせず済んだ。
モンスターの活動が活発なところ、つまり戦闘しているところが要するに彼女たちのいるところだからな。
仮に見失ったとしても簡単に追いつける。
「んーっと……これは……」
ありゃ?
一匹……残ってる?
え?
「でも逆井達も……スルーしちゃってるけど?」
位置関係でいうと志木達|モンスター(?)|俺。
でも最後尾の志木や逆井、それに白瀬の背中はちゃんと見えているのに。
モンスターの姿は見えないが…………あ!
――上か!!
「ブニン――」
志木達の通り過ぎた直ぐ後に。
天井に張り付くようにしていた芋虫が落下してくる。
だが今までのそれよりも弾力がないというか、スラッとしているというか……。
地面に落ちた時の音が、ボヨヨーンという跳ねる感じではなく。
ガツッと直に衝撃を受けたような鋭い音を上げた。
「え――」
「何――」
「――キャッ、キャァァァァ!!」
白瀬の悲鳴に一瞬だけ怯むも、俺は直ぐに立て直した。
だって、芋虫――というか、さなぎか。
――そのさなぎ、滅茶苦茶痛みに悶え苦しんでるし。
陸に上げられた魚かよ。
普通に志木達をスルーして隠れてればよかったじゃん、何で落ちちゃったんだ。
……あれか、俺の【モンスター探知】に引っかかって、俺がそれで存在を認識したからか。
「うわっ、キモっ、まだこんなキモイの一匹残ってたんだ――って、かおりん? え、しらすんも!?」
「あ、あ……」
「…………」
流石に志木や白瀬も固まってる。
まあいきなり、今までとは違うタイプのモンスターが、それも背後、真上から降って来たんだからな。
そう言えば……志木はアーマーアントの時、結構危ない経験もしてたし、虫系統に良い思い出無いだろう。
もしかしたら、怖い記憶をちょっと思い出させてしまったかもしれない。
すまぬ……。
うん、思考に空白が生まれるのも仕方ない。
「俺が落としちゃったかもしれない申し訳なさもあるし、コイツは俺が狩っとくか……」
俺は灰グラスを装備する。
【業火】は流石にオーバーキルだろう。
それと一緒に覚えた【火魔法】で十分行けると踏んだ。
あのさなぎっぽいモンスター、普通にバタバタ暴れているが落下の痛みで戦闘どころではないっぽいし。
要するに、既にほぼ瀕死状態なのだ。
手早く詠唱を整える。
ヘイトは俺に向いているはずだが、ともかく大さなぎは痛みで暴れるのに夢中。
逆井は逆井で、どういう状況かに戸惑っている。
前方にいた赤星達も駆けつけてきたが同じく、どうしたものかと足踏みしているようだ。
志木、白瀬は共に安全圏まで下がりはしたが、さなぎ相手に警戒感剥き出しにしている。
スマン、それもう死にかけなんですわ……。
直ぐ終わるから――
「【ファイア・ボルト】!!」
燃え盛る炎の玉が、既に瀕死のモンスターに襲い掛かる。
俺の想定に反せず、さなぎのモンスターは体を焼かれ、息絶えた。
「……あなた、だったのね」
「……また、助け、られた」
ふぃぃ……。
――っとと。
詠唱時間を合わせると、もう直ぐ1分経っちゃう。
志木と白瀬が呆然とこちらを眺めて、何かを口にしたようだが勿論確認することはない。
俺はまた慌てて彼女たちと距離を取るためにせっせと元来た道を戻っていった。
まあ、後で更に彼女たちの方へと戻るけど。
彼女らが攻略を再開した先にいた、最後のモンスターを倒した合図だったのだろう。
その後、5分とせずダンジョンを攻略したことを示すアナウンスが流れたのだった。
流石にダルさも随分抜けました。
頭の靄がかかったような感じもかなりマシに。
本格化する前に休んでおいてよかったです、本当に。