最終話 なろう作品書籍化の現状と将来
これまでの考察では、『書報―出版作品紹介』ページのデータを元に、なろう作品書籍化の推移をみていきました。
これまでに分かったことしては、
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・なろう作品書籍化が活発になって来たのは2010年以降である
・なろう書籍出版のピークは2017年
・ただし月別でみると2019年3月がピークであるため、現在なろう書籍化市場が縮小化しているわけではない
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・なろう書籍化作者は現在少なくとも1092人は存在する
・出版巻数別の割合で見ると最も多いのは「1出版」の「435人(40.5%)」である
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・近年の出版社新規参入の減少と上位陣の固定化を見る限り、なろう作品書籍化市場の急激な成長期は終わり、現在は安定期に差し掛かっていると考えられる
・新規参入する可能性がある出版社は既に参入ずみであると言える。
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・なろう書籍化市場参入レーベルが増え始めたのは2012年頃からである
・現在までに最も多くのなろう書籍を出版しているのはKADOKAWAの『MFブックス(304)』、次点で主婦の友社の『ヒーロー文庫(279)』
・全体の出版総数が微減した2018年においても、出版数上位10レーベルに限ってみると出版総数は微増している
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・レーベル別の推移を見ると、上位10レーベルにおける出版総数が微増傾向にあることから『なろう書籍化市場は縮小しているわけではない』と考えられる。
・一方で、多くのレーベルにおいて出版数が倍々に伸びていく急激な成長期は終わり、現在は安定期に差し掛かっているというのが現状と言えそうです。
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最後に、あらすじでも書いた『なろう書籍化作者は増えているのか?』『なろうからのプロデビューは容易になっているのか?』という疑問を明らかにしたあと、全体的な考察をしていきたいと思います。
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<< 年度別『初出版作者の人数』 >>
□ 方法
ここでは出版作品紹介記事に記載されている『作者ID(なろうアカウントID)』のデータを用いて、各作者が初めてなろう書籍を出版したデビュー年について集計し、その人数の推移を示していきたいと思います。
作者IDは他人と被ることがない固有のIDであるため、仮に作者名義が変更されたり、別々の出版社から出版を行ったとしても、その出版作品紹介がその作者にとって初めての出版作品紹介かどうかを照合することが可能です。
□ 結果
また、上記の全体の出版作品紹介には、自費出版の要素が強いと考えられる出版作品の紹介も含まれていると考えられます。
なので念のため自費出版分をほぼ含まず、ほぼ全てが商業出版であろうと考えられる『出版数上位10レーベル』における集計も出しておきたいと思います。
□ 考察
初出版作者人数の年別推移を見ると、2013年から2016年までに急激に増加し、2017年以降は微増傾向にあることが分かりました。
最もなろう作品書籍化デビュー人数が多かったのは直近2018年の196人となっており、今年も四半期を残した8月時点で176人がデビューしていることから、このトレンドはまだ続きそうです。
上位10レーベルにおいても各レーベルで傾向に差はあるものの、新人作者をとらなくなってきていると言うわけでは無さそうです。
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つまり、なろう書籍化作家デビューのチャンスということに関して言えば
『書籍化デビューチャンスはこれまでになく広がっている』
というのが現状と言えそうです。
ただし第二話で触れたように、出版巻数別の割合で見ると最も多いのは「1出版」の「435人(40.5%)」ということからも分かる通り
『デビューはしやすくなったと言えど、継続して出版ができる作者は限られている』
というのもまた現状の実態と言えるでしょう。
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<< 総合考察 >>
まとめについては冒頭でしてしまったので、最後になろう書籍化市場の現状と将来について個人的な分析を書いて終わりにしたいと思います。
□ なろう書籍化市場の現状と将来
なろう書籍化市場の急激な成長期は既に過ぎ去り、現在は安定期に差し掛かっていると思われます。
市場に参入する可能性がある大手出版社・レーベルは既に参入済みであり、今後なろう書籍化市場が再度急激に成長することはほぼ無いと思われます。
一方で多数の出版社が市場に参入しているという現状から考えて、仮に市場から撤退する出版社が現れたとしても市場が急激に縮小するということは無いと思われます。
もしトレンドが縮小に転じても、一瞬で市場が崩壊するといったことはなく、徐々に変化してく感じになるのではないかと思います(最大手レーベルが撤退すれば話は別ですが)
□ なろう書籍化市場が抱える問題
多数のなろう作品が出版化される状況となった結果、主に以下の3つの問題が生じていると思います。
① 初刊打ち切り作品の増加
② 『書籍化作者』という肩書が持つ”価値”の低下
③ リスクのある出版の増加
[ 初刊打ち切り作品の増加 ]
これについては言うまでもなく、出版のハードルが下がったと言えどそれが商業的に成功するかどうかはまた別という話です。
売れるかどうかは結局のところ、市場によって決まることであり、書籍を購入するユーザーの購買力に限界がある以上、売れない出版作品は必ず生じることになります。
また出版作品が売れなかったとしても出版社に全ての責任があるわけでもなく『売れなかったから初刊打ち切り』というのは当然なビジネス判断だと思います。
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一方で、最初から『運良くヒットすればよい』という程度に考えている出版も確実に増えていると思われますが、この認識がどれぐらい作者と共有されているかというのは疑問です。
なので、なろう作品書籍化作者としては現状の状況を自分で主体的に調べ、そこにあるかもしれないリスクを把握した上で『出版』というプラットフォームを上手く、賢く、付き合っていく必要があるのだと思います。
具体的には、数ある新刊なろう書籍の海に埋没してしまうかもしれないという危機感を持った上で、SNSなどを利用した『宣伝活動』や商品価値を高めるための有形・無形の『特典サービス』など、少しでも勝ちの可能性を高めるための努力を作者自身が主体的に考えて提案し、活動した方がよいだろうということです。
また、一つの作品の出版に人生を全部掛けせず、様々な意味で保険を掛けながら多方面で活動するというのが現実的なのではないかと思います。
[ 『なろう書籍化作者』という肩書が持つ価値の低下 ]
これについては現在起こっていることではなく、これから起きるかも知れないことです。
現在の『なろう書籍化作者』という肩書が持つブランド価値は、過去の書籍化が困難だった時代に形作られたものであり、現在の年間約200人の作者が書籍化作者デビューするという現状の実態とはギャップが生じていると考えられます。
大学全入時代になって『大卒』という肩書がそれ自体ではあまり価値を持たなくなった様に、『なろう書籍化作者』が溢れる状況になれば、その肩書の希少性は低下し、肩書自体の価値が低下してしまうのもまた仕方がないことであると言えます。
でもまあ、この状況が世間一般に知れ渡ることは当分ないとも思われます。
[ リスクのある出版の増加 ]
多くのプレイヤーが市場参入する現状においては、各出版社は競合他社に先んじて行動する必要があります。その結果起きているのが下記のようなリスクのある出版です。
・青田買いによる出オチ作品・エタ作品の増加
・パクリ疑惑のある作品の出版
・pt不正疑惑のある作品の出版
これらのリスクある出版は個々の出版社のモラルの問題だと考えられがちですが、実際のところ市場自体が潜在的に内包する構造的な問題であるとも言えます。
真面目にやっている出版社・作者から見れば実に迷惑な話ではありますが、市場によって淘汰されない限り今後もこの様なリスクある出版が消えるということはおそらくなく『やったもん勝ち』な状況が続くと思われます。
でもまあ、この様なリスクある出版が大成功を収めることもほぼ無いとも思われますので、気にするほどのこともないとも思います。
□ なろう書籍化作家1000人時代のなろう作者のあり方について
なろう作品書籍化のチャンスがかつてないほど大きく広がっていることも確かであり、機会が増える事自体はとても良いことだと思います。
その一方で『書籍化というハードルを越えた先にも、更にもう一段高いハードルが存在する』のも現実であり、それを認識した上でなろう作者は出版というプラットフォームと付き合っていく必要があると思います。
現在は年間600冊以上なろう書籍が出版される時代となっているのですから。
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現在は一度書籍化できたら安泰という時代ではなくなっています。
なので、既に書籍化しているなろう作者様も、これから書籍化に挑まんとするなろう作者様も、継続的な作家活動を目指すのであればそれぞれが主体的に考えて、より積極的に行動する必要がある時代となっているのではないかと思います。
なろう作品書籍化分析2019 完
なお今回は『書報―出版作品紹介』に掲載されている出版作品紹介だけを扱っていますので、ここに掲載されていないなろう書籍化出版については捉えきれていないため『少なくともこれぐらいは確実にある』という部分の分析に留まっていることにご留意ください。
アルファポリスに行った分を含め、なろう出身作品という括りでみればもっと数字は大きくなると思います。
あと売上データについても合わせて見てみたいと思いましたが、個々の作品名と紐付いているきっちりとしたデータを見つけられなかったのでやめておきます……。
よろしければポイント評価いただけましたら幸いです。ぽいんっ!