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お人好しのキツネ

作者: 羽栗明日

昔々、ある森に立派な虹がかかりました。

その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森はいつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるようになりました。

そんな森での出来事です。


ある日のこと。森の中をキツネがどんぐりを三つ、口に咥えてどこかに向かっていました。冬を間近に控えたこの時期には、森ではどんぐりがとても珍しいものでした。

 キツネは断ることが苦手なやつでした。自分が迷惑を被ったりするのを構わずに、他人のために働くことをいといませんでした。

 でもそのために、森の仲間達からはうまく使われたりして、不憫な生活を送っていました。

 そんな彼が、一心不乱にどんぐりを運んでいます。彼はたまたまどんぐりを三個見つけたのでした。

 そこにいたずら好きのリスが通りかかりました。

「おいキツネくん、どうしたんだい」

「ああ、リスくん。ちょっといま急いでいるんだよね」

「おや、その口に咥えているのはどんぐりかい? どんぐりを咥えてどこに急いでいるんだい?」

「うん、僕は今どんぐり池に向かっているんだ」

「へえ、それはどうしてだい?」

「どんぐり池にはどんぐりを投げ込んでお願いごとをすると叶うって噂があるだろう? だから僕はお願いごとをしようとおもったんだ」

「へえ、そうかい」

 ここでリスはいたずらを思いつきました。

「キツネくん。僕はコマドリさんに何か頼み事があるということで呼ばれてるんだ。しかしあいにく僕は冬眠にむけての準備で忙しい。だから君に行ってきてもらいたいんだが、どうだろう?」

「そうなの? でも僕も急いでいるんだけど」

「お願いだよ。君にしか頼めないんだ」

 こう言われるとキツネは断れません。

「わかったよ。コマドリさんのところに行ってくるね」

 そう言ってとキツネはコマドリの家に向かいました。

「こうしちゃいられない。ヘビくんのところに向かわないと」

 リスは去っていきました


キツネがコマドリの家につくと、コマドリの泣き声が聞こえてきました。

「コマドリさん、どうしたの?」

 心配したキツネが尋ねました。

「ああ、キツネさん。実は私の卵が食いしん坊のヘビさんに食べられてしまったの」

 コマドリはずっと泣いていたのかガラガラ声で答えました。

「それは大変だね」

「そうなの。それで一日中泣いていたら、さっきから声がでなくなってしまったの」

「それは大変だ。コマドリさんのきれいな歌声が聞けなくなってしまう」

 キツネはそう言うと、自分の持っているどんぐりを見せました。

「わかった。僕がこのどんぐりでコマドリさんの声が戻るようにお願いしてくるよ」

 コマドリの願いを叶えても、あと残り2つお願いできます。

そう言ってキツネはでかけてきました。


キツネが池に向かっていると、再びリスがあらわれました。

「キツネくん。そんなに急いでどうしたんだい」

「リスくん。コマドリさんと僕のお願いを叶えにどんぐり池に向かっているところなんだ」

「へえ、そうかい。実は僕はさっきアライグマくんがとても困っているのを見つけたんだがね、あいにく僕はまだまだ冬眠の準備が忙しんだ。誰かアライグマくんを助けられるやつがいないかなあ」

 リスはちらりとキツネをみやりました。

 彼はこういう状況になるとやはり断れないのでした。

「わかったよ。僕がみてくるよ。どこにいるんだい?」

「ありがとう! さすがキツネくんだ。アライグマくんは根っこ広場にいるんだったかな」

 キツネはそのまま根っこ広場に向かっていきました。

「こうしちゃいられない。クマさんのところに向かわないと」

 そう言ってリスはどこかに向かいました。


 キツネが根っこ広場に到着すると、頭から湯気を立てているアライグマがいました

「ぷんぷん。ぷんぷん。まったくクマのやつ。許さないぞ」

「アライグマくん。どうしたんだい」

 キツネがアライグマに訪ねます。

「どうしたもこうしたも、これを見てくれよ」

 アライグマはそう言って自分の足元を指さしました。

 見るとアライグマの右後ろ足に木の根っこが絡まっています。

「なにがあったんだい」

「俺は朝から寝起きが悪いことに怒ってたんだ。それであのおくびょうもののクマのやつが、俺に『アライグマくん、怒っているのかい?』って聞いてきたんだ。俺は怒っている時に怒っているのか聞かれるのが大嫌いだから、怒ってないと答えたんだ。すると」

 アライグマは自分の足から木の根っこをはずそうとひっぱりました。

「俺は嘘をついたつもりもないのに根っこが勝手に絡まってしまったんだ。これも全部クマのやつのせいなんだ」

 アライグマの怒りは治まりません。

「わかったよ。僕がアライグマくんの足が抜けるようにどんぐり池にお願いをしてくるよ」

 キツネはそう言うと、自分の持っているどんぐりを見せました。

 アライグマの願いを叶えても、あと残り一つお願いができます。

 そう言ってキツネは再びどんぐり池に向かいました。


 どんぐり池はとても濁っていました。牛乳みたいなくすんだ乳白色の水面には、顔を写しても反射がしないほど濁っているので、そこの水を飲もうと思うやつはいませんでした。

 到着したキツネは、早速お願いを叶えようとどんぐりを池に投げ込もうとしました。

「キツネよ。こんなところで何をしようとしているんだね」

 後ろから声をかけられたキツネが振り向くと、そこにはフクロウがいました。

「物知りのフクロウさん、こんばんは。僕はこのどんぐりの池にどんぐりを投げ入れてお願いを叶えてもらおうと思って」

「キツネくん。君はなんのお願いを叶えるつもりかな? 見たところどんぐりは三つあるようだが」

 フクロウはキツネに問いかけました。

「うん、僕が叶える願いの一つは、声が出なくなってしまったコマドリさんの声を治すこと。もう一つは足に根っこが引っかかってしまったアライグマくんを助けること」

「ふむ。君は三つのうち二つも他人の願いをかなえるのだね。それで、あとひとつはなんだい?」

「うん、あともう一つはリスくんの冬眠の準備がちゃんとできますように、ってお願いするんだ」

 キツネは、なんとはなしに言いました。

「それは……どうしてだい?」

 フクロウは優しく問いかけました。

「今日リスくんは僕が会うたびに冬眠の準備で忙しくしていたのを見ていたんだ。だからなかなか終わらない彼の準備を手伝ってあげようと思った。でも色んな人から色んなことをお願いされたから、手伝うことができなかったんだ。だからこのどんぐりを使ってリスくんを助けてあげられたらな、と思ったからさ」

「そうかい」

 物知りのフクロウはなんでも知っています。

 リスの冬眠の準備が終わっていることも、そのせいで森中のどんぐりがないことも、リスがヘビにコマドリの卵を食べるようにいったのも、リスがクマにアライグマに話しかけるようにけしかけたことも。

 それでも一つだけ知らないことがありました。

「キツネくん。君は一体何をお願いするつもりだったのかな? そんなどんぐりを三つも持って」

 そう言われてキツネは照れくさそうな顔をしました。

「うん。僕はね、本当はどんぐりは一つでもよかったんだ。僕の叶えたい願いは一つだけだったから。僕はね、逆さ虹が見たかったんだ」

 昔々、この森に立派な虹がかかりました。

その虹は逆さまで、珍しい虹がかかったその森はいつしか「逆さ虹の森」と呼ばれるようになったそうです。

「この間、コマドリさんとヘビくんとクマさんとアライグマくんと一緒に話していたんだ。この森の名前のもとになった逆さ虹を、一度見てみようって。それで僕どうやったらいいのかわからなかったから、どんぐり池にお願いしてみようと思ったんだ」

 フクロウは知っていました。どうやったら逆さ虹をかけることができるのかも。

「そうかい」

だから彼は静かにそう言っただけでした。

「だったらキツネくん。早いとこ君の願いを叶えようじゃないか」

「うん、そうするよ」

「ちょっと待ちなさい。実際に願いが叶うところをみんなに見てもらおう。呼んでくるから待っておいで」

 そう言ってフクロウはファサッとと飛び立ちました。


 しばらくすると、フクロウがコマドリとヘビとアライグマとクマを連れてきました。

 コマドリはまだ泣いていました。アライグマは足の根っこが強く絡まっていたので、まだ怒っていました。

 ヘビとクマは、バツの悪そうな顔をしています。

「さあ、みんな揃ったぞ。早く願いを叶えなさい」

「うん、わかった」

 キツネはそう言って、どんぐりを一つ池に投げ込みました。

 すると不思議な事に池が虹色に輝きました。

「お願いします。コマドリさんの声をもとに戻してください」

 キツネがそう言うと、

「あら、声が戻ったわ!」

 コマドリの嬉しそうな声が聞こえてきました。そしてラララと声高く歌いだしました。

 湖面は再び白く濁りました。

「じゃあ、次はもう一個」

 キツネはもう一つ池にどんぐりを投げ込みました。

また不思議な事に池が虹色に輝きました。

「お願いします。アライグマくんの足の根っこを取ってください」

 キツネがそう言うと、

「あっ、根っこが取れたぞ!」

 アライグマのホッとした声が聞こえてきました。

 湖面は再び白く濁りました。

 そしてヘビはコマドリに、クマはアライグマに

「キツネくん、ありがとう!」

 みんなが口々にキツネに感謝を述べます。

「さて、最後にもう一つ願いを叶えよう」

「そういえばキツネくん。最後はどんな願いを叶えるつもりだい?」

 ヘビがキツネに尋ねました。

「最後はね、リスくんの願いを叶えようと思うんだ。冬眠の準備ができてないというから」

「「「リスだって!?」」」

 みんなは一斉に驚きました。

「僕、あいつにコマドリさんの卵を食べていいって言われたから食べたんだよ」

 ヘビがそう言います。

「まあ、ひどい。そんなことだとは思わなかったわ」

 コマドリは憤慨しました。

「僕だってそうだ。リスくんが、アライグマくんにちょっかいを掛けたほうがいいっていうから話しかけたのに」

 クマも不思議そうに言います。

「なんだって!? そいつは聞き捨てならないな!」

 アライグマは再び怒っていました。

「ねえ、キツネくん。あんなやつの願いなんてかなえたってしようがないよ。冬眠の準備ができてないなんてきっと嘘に決まってる。そんな願いじゃなくて、君自身の願いを叶えないと」

 そうクマが諭しても、キツネは動じません。

「もし嘘だったらリスくんの準備がすんでたってことだから、それでいいんじゃないかって思うんだ」

「まったく。君は本当にお人好しだな」

 周りのみんなは口をそろえて言いました。

 キツネは少し笑いながら、どんぐりを池に投げ込みました。

「お願いします。リスくんが今年も問題なく冬を越せるようにしてください」

 キツネはそう言いましたが、湖に変化は起こりません。

 みんなは口々にどうしてだろうと言いました。

 そこへ、フクロウに連れられてリスがやってきました。

「みんなリスくんが やってきたぞ。さっきからそこで隠れておったんじゃ」

 実はリスはずっとそばでみんなの願いが叶う瞬間を見ていました。

「みんな本当にごめん。僕がいろいろいたずらをしてしまったせいでみんなに迷惑をかけてしまった。キツネくんに声をかけたたときも、実は僕は冬眠の準備は終わっていたんだ」

 リスがそう謝ってもアライグマの怒りは収まりません。

「君のせいでキツネくんの願いをかなえることができなかったんだ。キツネくんもなにかいったらどうだい」

 アライグマがそう促しても、キツネは首をふるばかりです。

「僕は何もリスくんに言うことはないよ。いや、一つだけあるかな。冬眠の準備が終わっていてよかったよ、リスくん」

 キツネは笑顔でそう言いました。

 リスは申し訳無さそうな顔をしました。

「みんな本当にごめん。もう二度とこんないたずらはしないよ。誰かを傷つけたり、騙すようないたずらは二度としない」

「うん、信じるよ」

 キツネはそう言ってリスと握手をしました。

 そうしてみんなの心が一つになった時に、濁っていた湖が澄み渡りました。

 続いて夜空に一本の虹が輝き、湖面に反射しました。

「わあ、これが『逆さ虹』なんだね」

 キツネは嬉しそうにそう言いました。

 

 それから冬が明けた頃。

 リスのいたずらはまだ続いていました。しかしそれは誰かを傷つけたり騙したりというものではなくて、みんなが心のそこから笑いあえるようなものでした。

 そしてキツネはまだお人好しでした。

 でもそんな彼を周りのみんな、特にリスがよく手伝ってくれるようになりました。

 

 次にまた『逆さ虹』がかかるのはいつでしょうか。


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