社会不適合者であるということ
スマートフォンのバイブが鳴る。
"まあちゃん"からの返信だろうか。
ギターを抱えたまま、ピックを机に置いた。
その手で画面を開き、通知を確認する。
大学時代の友達である、樋口からのLINEだった。
あいつがメッセージを送ってくるなんて、珍しい。
『彼女に浮気された。殺したいくらい許せないけど、俺が悪いよな……』
だと。思わず笑ってしまった。
送る先を間違えている。もしくは酒を飲み過ぎて酔っている。
どちらかだろうな。
『どうした?大丈夫か?』
と、優しい俺は返す。
文面からすると情緒不安定にも程があるので、火に油を注ぐようなことはしないでおく。
既読がつかない。
しばらく待っておこう。
だいたい、俺の周りにはメンヘラが多い。
皮肉なことに、その多くが男子なのだ。
女子だったら狙ってたのにな、とか少し思ってしまう。
再びバイブが鳴る。無視していたが、長い。
電話だ。
出る。
「もしもし……」
「雨宮、だよな?ごめん!送る相手間違えた!」
「そんなことだろうと思ったよ。
てか何、お前彼女いたの?」
「浮気されたけどな!」
泣き声混じりに叫ぶ。
五月蝿い、声でけぇよ、とか思いつつも、何だかんだこういう所が憎めない。
「あー、ごめんごめん。
その彼女さんはどういう子なの?」
「会社の一個下の後輩なんだよ。
目がくりくりで童顔で、身長も低いザ・女子、っていう見た目なくせに態度は男顔負けでさ。
なんつーの、ギャップ萌えして。んで俺から告った。」
「マジか、女子の前ではコミュ障発揮してたお前が?」
「うるせーよ。社会人やってたら俺もそれくらいは変わったわ。笑
そう、でさ。あいつ、浮気してたって言ったじゃん。
その相手が本当に許せなくて、職業 "バンドマン" だぜ?」
ドキリ。
一瞬、自分の事かと思った。
その樋口の彼女が、過去に抱いた裏垢女子だったのではないか。
しかし、第一売れないバンドマンなんてわんさと居る。
メジャーに行っても売れずにライブハウス止まりのバンドも多い。
だが、次に続いた言葉が、俺にとっては鈍器と同等の重さに感じた。
「火遊びくらいだったらわかるよ。俺じゃ飽きたんだろうな、ってなるし。
でもあんな奴にメイを取られたのは、本気で納得行かない。
何なんだよマジで。
夢追ってるフリして真面目に仕事しないフリーターじゃん。社会不適合者じゃん。
俺は九時五時で残業してまでこんなに頑張ってんのに、何でそんな奴に彼女取られなきゃいけないわけ?」
その通りだな。
夢追ってるフリして真面目に働かないフリーター。社会不適合者。
新卒で就職したサラリーマンからすると、
いや、世間的に見ても、俺はそうなのだろう。
バンドマンというカテゴライズをされたからには仕方がない。
「…………。」
言葉に詰まる。
IT系のサラリーマンをやっていることにして、
"バンドマンってやっぱクズだよな〜"
と答えても良かった。
しかし、そんな嘘を突き通せる程の心の余裕はない。
「……どうした?
まさか雨宮がメイの浮気相手とか?」
「はぁ?何でお前の元カノと接点があるんだし。」
「だよなー!びっくりしたわ。」
「あれ、言わなかったっけ?大学の時に付き合ってた人。
就活の時に色々と縺れて別れたんだよね。だから今、彼女居ないし。」
「あー、マジか。知らなかったわ。」
「おう、だからその浮気相手は俺ではない。
つか俺に半泣きでキレられても困るから~」
明るい口調で言う。
口角を上げて、動揺を悟らせないように。
電話越しのために表情が見えないのは救いだ。
「そうなんだよなぁ、それは素直に謝る。
俺の何がダメなんだろうな。」
「顔じゃね?」と冗談で言う。
「雨宮よりはまだマシだと思うけどな」と少し拗ねた声が返ってくる。
フッと、笑いがこみ上げてくる。
全く、どの顔が言ってんだよ。
「 "俺の方が顔面偏差値高いから" ってか。」
見事に言い当ててみせた。
ムカつくわ~、とか言いながらも、樋口は笑った。
特徴のある笑い声は、大学の頃と変わらない。
暫く半分ふざけながら話し、電話を切った。
大学の頃と、笑い声は変わらなかった。
子供の様な、お茶目なところも変わらなかった。
だけど、樋口は変わった。
九時五時で残業してまで頑張っている。
社会人として当然なのかもしれない。
朝起き、満員電車に乗り、夜遅くまで働く。
ただ働くだけではなく、上司にいい顔をして気を使う。
うつ病になっても、薬を飲みながら働き続ける人が多いと聞く。
それが良いことである、と言っていいのだろうか。
きっと、誰の役に立つでもないバンドをやって、
たまにSNSで見つけた歳下を抱いている俺よりは
ずっと ずっと 良い筈だ。