女を買うバンドマン
殺した、と言ったが、正確には違うかもしれない。
いや、何でもない。
どちらにせよ、あの子はもうここに居ない。
いつものように #裏垢女子 で検索を掛け、引っ掛かった女を片っ端から見る。
その中に、あの子は居た。
身体は普通。だが、見た目が他よりも可愛い。
無論、あげられた自撮りは加工されていたが、大きい目に黒髪ショートカット、ぱっつん前髪。
そこからは、幼さを感じた。
『まあちゃん』というハンドルネーム。
恐らく、本名は まあさ とか まり とかそこら辺だろう。
プロフィール欄には、「#裏垢女子 #家出少女 捨てられた私を拾ってね。拾ってくれる優しい人は→kma......@gmail.com まで」と書かれている。
ヘッダーには、V系と思われるバンドマンとのツーショットチェキの画像が使われていた。
顔は伺えないが、可愛い顔でV系のファンということは、恐らく "そういう事" だろう。
しかし、裏垢女子を名乗るアカウントにしては、珍しい。
見てきた多くの裏垢女子達は、手ブラや下着姿をヘッダーにする人が多いのだ。
まあいい。
目的を果たすことが出来れば、一度きりの関係なのだから。
そう言うと、ポイ捨てみたいな感じに聞こえて自分が少し嫌になるから、
いつもそこに関しては目を逸らしていた。
プロフィール欄に載せられたメールアドレスを踏むと、iPhoneのメール画面が開かれる。
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まあちゃん さん
初めまして。Twitterのプロフィールから飛んできました!
雨宮康太と言います!
早速なんですが、12月6日会えませんか?
実は僕、バンドやってて、
その日に新宿でライブがあるので、招待しますよ!
いっぱいお話したいです!
また、料金、有り無しなどの条件は、そちらにお任せします。
(あんまお金無いので、そこんとこよろしく……!笑)
返信いつでも大丈夫なので、お願いします(^-^)
雨宮康太
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そう入力し、送信する。
そして見返して思う。我ながらキモい。
ヤリたいだけだという匂いが、メールからも漂ってくる。
正直、身体を買うことに対して、少々の戸惑いは生じる。
何故だろう、ここ数回、メールなりDMを送る度に微妙な気持ち悪さを感じる。
クリスマスが近いからだろうか。
俺にだって彼女は居た。
高校の同級生に関しては、5年続いた。
同棲こそしなかったものの、地元が近く、週2〜3は会っていた。
しかし、彼女が頑張って就職活動をする中、俺はインターンシップそっちのけでバンドを続けた。
別に現実逃避をしていた訳じゃない。
当時の自分にとって大切なオーディションライブの2次審査に進んだのだ。
3次審査と最終審査が通れば、大手音楽事務所との契約とメジャーデビューが約束される。
俺はベースの奈津子とドラムの小松と、当時のリードギターであった金子との4人で、
毎日のようにスタジオ練習を重ねた。
彼女の目には、それが甘えに映ったのだろう。
「就活しないの?」と何度も聞かれた。
しかし俺は、バンドで食っていくとは一言も言わなかった。
正直に言って、バンドマンが音楽で食べていけるとは思えない。
だが、掛けてみたかったのだ。今の自分たちならやれる気がした。
馬鹿だったろう、いや、馬鹿だ。
彼女の言うことは正しい。正論だ。
それが当時の俺にとっては鬱陶しかったし、頑張って就職活動を続けている彼女を見て、
自分が劣っていることを見せ付けられているようで嫌だった。
彼女の言葉を無視し、バンドを続けた。
その結果、愛想をつかされた。
結局オーディションライブも、3次審査まで進んだが、最終審査までは残らなかった。
3次審査で落選したという連絡を受けたのは、4月の事だ。
一応、身の丈に合わないスーツを着て就職活動はしたが、内定が貰えたのは1社。
エンタメ業界に入りたいということだけはブレなかったのだが、
その1社も、某就活ナビサイトで見ていたところ、エンタメ業界大手企業の関連会社で出てきたところだ。
どんな会社かは、一次面接の1時間前にホームページで見ただけだ。
「ワタクシが御社を志望致しましたのは……」とかなんか言った気がする。
そんなのはテンプレートだ。
"ワタクシ" が "御社" を "志望" "致す" とか、訳が分からない。
「僕がこの会社良いなーって思ったのは……」くらいでいい筈だ。
何故かは分からないが、最終面接が通った。
だが、蹴った。
理由は覚えていない。
福利厚生が良くないとか、そんな理由だった気がする。
だがそれ以上に、自分を偽りまくって、「俺こんなに良い人材なんだぜ?」ってアピールして、
それで通った会社でやっていける気がしなかったのだ。
その時点で既に9月上旬。
嫌になった。バンド以外全部投げ出した。
グレたと言った方が正確だろうか。
金子に関しては内定が決まり、バンドを脱退することになった。
リードギターが脱退したところで、ギターボーカルの自分がカバーすれば何ら支障はない。
しかし、ボーカルが抜けるわけにはいかない。
奈津子と小松も、内定を半ば諦めていた。
要は、俺と似た感じだ。
そうやって音楽も就職活動も中途半端になった俺は、
ぐずぐず燻っている、"バンドマン"という名のフリーターになった。
そして、時々ではあるものの、いつしか抜く為に裏垢女子と会い、対価を払い、という今の生活になっていた。
馬鹿みたいだな。
流石にこのままじゃいけないことは知っている。
もっと良い曲を作ろうと、エレキギターを手に取った。
失恋バラードにしようか。
あの元カノのことを思い出して。
Cadd9 / G / Am / Em / F // ……
最近の、お気に入りのコードだ。