しんでもやっぱり会いたかったのです
ごぶさたしております、享年12歳の美幸です。みなさんはお元気でしたか?
え、私ですか?
幽霊に元気か聞くなんて、あなた変わってますね。
生前は元気ではなかった反動で、今はとても楽しい毎日です。現世に別れを告げ、迎えに来てくださった地蔵菩薩様とあの世に行ってから幾日経ったでしょうか。
死んでしまった子どもたちは父母の供養のために賽の河原で石を積んで塔を作ります。もちろん私もやりましたよ。ジェンガはわりと得意だったのです。せっかく作った積み石を壊しに鬼がやってくると先輩から聞いていたのですが、やって来た虎皮ビキニのお姉さんたちに地蔵菩薩様のブロマイドをプレゼントすると、たちまち親切になり、積み石を手伝ってくれました。どうやら地蔵菩薩様は賽の河原担当の獄卒ギャルたちのアイドルのようです。
そういうわけで、死後の裁判も終わり、あとはのんびりと極楽で皐月さんが来るのを待つ日々を送っていました。あ、裁判所である閻魔殿で、閻魔様には死後のイタズラに関してちょっぴり叱られました。
でも今回は口頭注意だけで済みました。
あの世には移動用の七色の綿雲がありまして、日本ではあの世は極楽と呼ばれていますが、綿雲に乗って天国と呼ばれている地域にも遊びにいくことができました。
本で読んだ偉人さんたちにお会いできるかと思いましたが、輪廻転生された方、まだ地獄にいらっしゃる方、さまざまなようです。
と、生前はあちこち旅行など行けなかった私ですが、天上の国限定とはいえ、色々な地域に遊びに行ってきました。パスポートが要らないので、現世よりゆるい感じです。一応地蔵菩薩様のお手伝いなんですよ。
さて、現世では年の瀬も近い12月中旬のころ、お忙しい地蔵菩薩に代わって、天国のご当地スイーツを買ってくるおつかいがミッションです。ついでにオーロラを見てきてもいいと言ってくれましたので、足を伸ばします。いえ、もう足はないんですが。
赤い鼻のトナカイを繋いだソリのそばで、赤いコートのおじいさんが腰に手を当ててうずくまっています。おや、この方はもしや、と思いつつ、人違いかもしれないので、あえてその事は触れないで声をかけました。
『おじいさん、どうされましたか』
おじいさんは、顔を上げました。真っ白なカールした髪、高い鼻、青い瞳、白い口ひげ、真っ青な顔色と脂汗。
『トナカイたちに餌をやっていたら、ぎっくり腰になってしもうた。お嬢さん助けておくれ』
天国には基本的に悪い人はいません。死後のイタズラを許し皐月さんと来世で恋仲になるために一日一善を実践することを閻魔様と約束したので快く頷きました。
『で、なにをすればいいですか?』
『日本の東京都○○区あたりの子どもたちにクリスマスプレゼントを配って欲しいのじゃ』
東京都○○区あたりといえば、皐月さんのお勤めしている極楽寺総合病院のある場所です。
『そこなら土地勘があります。任せてください』
死後、あちらこちらと浮遊霊していましたからね。
『それ以外の地域は大丈夫なんですか?』
おじいさんは脂汗の浮いた顔で優しく微笑むと頷きました。
『みんなが助けてくれるから大丈夫じゃ』
そして、たくさんのプレゼントが入っているはずの白い袋を手渡しました。袋はぺったんこです。
『子どものいる場所へは、このトナカイたちが連れて行ってくれる。その子の枕元でこの袋に手を入れれば、その子が必要としているプレゼントが現れる寸法じゃ。そっと枕元に置いておくれ。現世のものに触れたとたんにプレゼントは現世のものとなり、子どもたちの目に映る。びっくりさせないように寝ている子どもから配っておくれ』
『分かりました』
そして私は地蔵菩薩様に帰りが遅くなる旨と、ミッションのジャムクッキーを買って帰れなくなったことを伝えてから、トナカイのソリに乗り込みました。
極楽寺病院の窓の外側から、医局でコーヒーを飲んでいる皐月さんに手を振ってみました。
皐月さんは信じられないものを見るような顔をして、目を見開き、そして怒ったような、泣き出しそうな顔をしました。忙しい人ですねぇ。
皐月さんは転びそうに足をもつれさせつつ窓際まで来ると窓を開けました。冷たい風とともに雪が室内に入ります。
「おまえ、こんなところで何をしてるんだ」
いやだなぁ、見て分かりませんか? サンタさんのお手伝いです。○○区の子どもたちにはプレゼントを配り終え、あとは極楽寺総合病院の小児科の子どもと、一般病棟の個室に付き添いで泊まっている子どもたちに配れば終わりです。
赤いサンタのコスチュームのスカートの裾を引っ張り見せます。トナカイはピカピカのお鼻を皐月さんに誇らしげに見せていますね。
皐月さんは眼鏡を外して、ごしごしと目を擦りました。まあ、幽体が見えるのは特異体質とはいえ、見間違いではありませんよ。ほら、あなたの美幸です。
皐月さんは当直ですか? 大変ですねぇ。
見ない間にちょっとだけおじさんになった皐月さんはやっぱり生きている人です。その変化にちょっとだけ嫉妬してしまいます。
でも、おじさんになってもやっぱり皐月さんは素敵です。
「ははは、なんだそれ」
泣き笑いのような声を出す皐月さん。会いたくて会いたくて来てしまいましたが、やっぱり会わない方が良かったのでしょうか。
皐月さん、メリークリスマスです。
トナカイのソリから身を乗りだしました。幽霊ですから落ちることはないのですが、思わず両手を伸ばして支えようとしてくれた皐月さんの頬にキスをします。
とはいえ、触れあうことはできないので、そっと頬の位置に唇を寄せるだけなのですが。
しかし、聖夜の奇跡でしょうか。
もうしばらく感じることのなかった温かさというものを唇に感じたような気がしました。
皐月さんも同じだったのでしょうか。唇を寄せた頬に手を当て呆然としています。
皐月さんの首から提げた医療用の携帯電話が震えていますが気付いていないようですね。
さあ、私も仕事をしなくちゃいけません。皐月さんも患者さんが待っていますよ。さあ、行った、行った!
後ろ髪を引かれる思いでその場を離れます。とはいえ、ビルをくるりと回って小児科病棟に行くだけなんですが。いい子達はもう寝ているでしょうか。熱や痛みで眠りが浅くなってしまう経験は私にもあります。
そう、クリスマスの朝に熱が下がっていることがありましたね。奇跡のようだと主治医の先生が呟き、お母さんが安堵に頬を濡らしていたときもありましたっけ。
サンタさんのプレゼント袋からは、様々な奇跡が飛び出します。オモチャだけじゃないんですよ。
メリークリスマス!!
そして、サンタのおじいさんのぎっくり腰が早く治りますように。