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第8話 ペンダントの声

 翌日、俺は昨日の事を思い出しながら、いつもの電車に乗り込み、いつもの席に腰を下ろした。

 昨日の彼女とのデート。そして家での娘とのやりとりなどを思い出し、緩む口元をうつむきながら隠しては、外を眺めるふりをしていると、程なくして電車が走り出した。

 彼女に話したいことがたくさんある。家を出てからすぐにiPodのイヤホンを耳に嵌め、コブクロの歌を聴きながら駅まで歩いてきたのだ。鼓膜に響く音に、最初は戸惑ったものの、慣れてくると心地良い響きだ。どうだ、使いこなせているだろう? 娘にも色々教わったし、こんな俺を見て、彼女はなんて言うだろうか。

―――やるじゃん、俊介

 彼女の言葉を想像して、また口元が緩んでしまった。まったく、いい歳して何をやっているんだ、俺は。

 早く、彼女の乗る駅に着かないだろうか。何よりも俺自身が、彼女の顔が見たくてたまらなかったのだった。

 そうこうしているうちに、いつもより、速度の遅く感じる電車が、彼女が乗り込んでくる駅へとさしかかった。ゆっくりとホームに滑り込み、停車してドアが開いた。

 相変わらず疎らな乗客が、車内に乗り込んでくる。俺は乗り込んでくる乗客の顔を、さりげなく眺めながら、彼女が乗り込んでくるのを待った。

 しかし、彼女は乗り込んでこなかった。

 程なくして、ドアが閉まり、おきまりの発車アナウンスが車内に響き、電車が走り出した。

 どうしたのだろう。今日は部活を休んだのだろうか。昨日言っていた、礼の部活での出来事が、まだ引っかかっていて、朝練に出ることが出来ないのだろうか。それとも、体調を崩したのだろうか。

 どちらにせよ、俺は非道く残念な気持ちになった。今までも確かに彼女と、この電車で会い、話をすることを期待していたが、今日は特別に会いたかったのだ。しかし仕方がない。今日は諦めよう。彼女だって休む事だってあるさ。

 俺はそう思いながら、iPodのボリュームを少しだけ上げ、コブクロの『蕾』に耳を傾けた。


 しかし、次の日も、彼女は乗ってこなかった。その次の日も、またその次の日も。

 俺はさすがに心配になった。

 やはり、部活での出来事が、思った以上にショックだったのではないか。いや、風邪でも拗らしたんじゃ無いだろうか。あの日サボったことが親御さんに、はたまた学校にバレて、停学になったなんて事はないか。

 そして、1番考えたくないこと―――


 俺に会いたくないとか……


 それはない、と俺は思う。あの日、あんなに仲良かったじゃないか。まるで、本当の恋人のようだったじゃないか。それはないさ。

 俺はそう思いながらも、その可能性を捨てきれなかった。




 そして、彼女が俺の前に姿を見せなくなって、1週間ちょっとが過ぎた。

 何にでも、終わりはある。必ず最後はやってくるものだ。出会いが突然なら、別れも唐突だと相場は決まっている。結局彼女にとって、俺は単なる『暇つぶしの対象』でしか無かったのかも知れない。単に、同じ電車に乗り合わせた、ちょっと不器用なオッサンを、話し相手の対象に誘ってみただけ。あの横浜のデートだって、部活での嫌なことを忘れるための、いわば『憂さ晴らし』で、たまたま適当なのが俺だったって訳だ。

 俺は、いつもの電車のいつもの席に座り、新聞を読みながら、そんなことを考えていた。なに、別に当たり前のことなのだ。俺は中年のオッサンだ。彼女といくつ離れていると思う? 俺から見れば、娘と同じじゃないか。そんな女の子に、俺がいったいどう思われたいというのだ。年甲斐もなく、馬鹿な感情を抱いたものだ。まだクラブのホステスの方がまともな状況だろう。全く―――

 だが、彼女が乗って来ていた駅に電車が停車し、ドアが開くと、無意識に活字から目を離し、彼女を捜してしまう自分が居た。そのたびに、俺は自分に笑ってしまう。中年の道化か。そんなもんさ。

 俺はそう自分に呟きながら、会社に向かった。



 その日は少し早めに仕事が終わり、早めに帰路に就き、いつもより早い時間の電車に乗った。

 電車内は、俺のようなサラリーマンも居たが、部活帰りの学生が目立っていた。俺は運良く、座ることが出来、乗り込む前に買った夕刊に目を通しながら電車に揺られていた。

 電車は彼女が降りていた駅に近づいていた。

 不意に隣に座る女子高生の耳から、微かに音楽が流れてくる。ふと見ると、居眠りをしているようだ。部活の練習で疲れているのだろう。抱え込んだ鞄が、寝息に応じて上下していた。ちらりと横顔に視線を移す。ショートカットの横髪から、白いイヤホンコードが伸びていた。

 そう言えば、最近iPodも聞いてはいない。鞄の使わないサイドポケットの中で眠っている。また、終始、新聞オヤジに逆戻りだ。結局、衝動買いになってしまった。そんなことを思いながら、俺は久しぶりに、iPodを取り出そうとポケットに手を入れ、まさぐった。

 本体を引っ張り出し、続いてイヤホンを引っ張ると、何かが絡まって付いてきた。俺はおやっ?っと思い手元を見ると、それは鎖だった。俺はそれを引っ張り出してみた。

 出てきたそれは、彼女と初めて出会ったときに俺が拾った、あのペンダントだった。裏を見ると、彼女と彼の名前、それにあの暗号のような文字が刻まれている。間違いなくあのペンダントだった。

 何故、これが此処に入っているのだろう?

 俺はまるで手品を見ているような、不思議な気持ちになり、ペンダントを開いてみた。

 そこには、いつか見た、あのはにかんだ彼の写真ではなく、澄んだ美空のように笑う、彼女の写真があった。

『あはは、なに驚いてるの、俊介』

 俺の鼓膜に、彼女の声が響いた気がした。俺はこのペンダントが此処にある理由を、どうしても知りたい衝動に駆られた。

 いや、もう一度、これをきっかけに、彼女に会いたかった。会ってどうしても、直接彼女の口から聞きたかったのだ。たとえそれが、拒絶を意味する言葉だったとしても。もう一度、彼女の声を聞ければ、それで俺の中でのケジメが付くような気がした。

『またね』

 彼女はそう言った。確かにそう言ったのだ。俺は心の中で、そう自問自答していた。

 やがて、電車は彼女が降りていた駅に停車した。そしてドアが開く。

 俺は、ペンダントの蓋を閉め、握りしめると、意を決して電車を降りた。電車を降りた俺は、ゴミ箱に、脇に抱えていた読みかけの夕刊を放り込むと、改札に向かった。

 やはり不安はある。『拒絶の言葉でも良い』なんて、言うのは容易いが、実際に受けるのには、かなりの勇気がいる。誰だって、他人から嫌われることは避けたいと思ってしまう。それが、少なからず好意を持っている相手なら、なおさらではないか。

 だが、俺にはその不安を上回る気持ちがある。後悔することには慣れているが、出来るなら、自分に納得のいく形で後悔したかった。

 彼女の学校を尋ねてみよう。俺はそう決心していた。



 改札を抜け、さてどうしたものかと思っていたが、すぐに向かうべき方向が分かった。彼女と同じ制服姿の女子高生が、駅にぞろぞろと歩いてくるのが見えたからだ。皆徒歩で、駅からそれほど遠くないようだ。俺は駅に向かう学生達が歩いてくる方向へと歩いていった。

 程なくして、学校の校舎らしき建物が見えてくる。その姿が大きくなるに従って、俺の中に、不安が広がっていった。

 着いてどうする? 門から出てくる学生に、片っ端から聞いてみるか? いや、それじゃ変質者と間違われるに決まっている。しかし、クラスも分からず、いったいどうやって探すのだ? 部活。そうだ、部活だ。テニスラケットを持っている学生に声を掛けてみよう。不自然じゃないように、紳士然と言った感じで話しかければ、大丈夫……だろうか。

 俺は、小声で尋ね方を練習しながら歩いていった。

 そうこうしているうちに、校門の前までやってきてしまった。俺は緊張しながら、門から少し離れた場所に立ち、様子を伺った。

 程なくして、都合良くラケットケースを下げた、少し小柄な女子高生が門から出てきた。俺は早足で近づくと、その娘に声を掛けた。

「あの、スマンが、ちょっといいかな」

 女子高生は、少し引いた感じで振り返り、俺を見た。

「何ですか?」

 まだ日も少しあり、また下校中の生徒もいたせいか、それほど警戒されずに答えてくれた。

「君、テニス部だよね。私は人を捜して居るんだが、テニス部にアンドウミキコという生徒が居ると思うのだが、知らないだろうか?」

 俺の質問に、彼女は少し考えたようにうつむき、こう答えた。

「さあ、アンドウさんなんて名字の人、うちの部にはいませんけど?」

「えっ?」

 居ない? そんなはずはない。確かに彼女はテニス部だと言っていた。

「先輩や後輩には居ないかい? 居ないはずは無いんだが」

 俺は、尚も聞いてみた。結構人数が多い部活で、全員の名前を覚えていないかも知れない。

「いえ、居ませんよ。ミキコさんでしたっけ? そんな名前の人も居ないと思ったけど」

 どういう事だろう。学校が違うなんて事は考えられない。確かに、この娘が着ている制服だった。特徴のある制服だ。間違いない。

「他の部のことは分からないけど、ホントにウチの部なんですか?」

「ああ、そう聞いたんだが……背はこのくらいで、髪はこうポニーテールで。そうだ、『ミッキー』って呼ばれているって言ってた」

 俺は右手を頭の後ろに回し、髪を結ぶような格好をした。

「それってもしかして――― 板垣先輩の事かなぁ。たしか他の先輩達に『ミッキー』って呼ばれてた気がする」

 板垣? アンドウじゃないのか?

 俺は、「そうだ」と言いながら、ポケットからあのペンダントを出し、蓋を開けて彼女に見せた。彼女はペンダントを覗き込むと、頷きながら答えた。

「ああ、やっぱり板垣先輩だ。でも先輩、板垣未来【イタガキ・ミキ】って名前ですよ」

 板垣未来、ミキ、ミキだから、ミッキー。

 アンドウミキコではない。板垣未来。何故だ? 何故名前を偽ったのだ。ミッキーが板垣未来というなら、このペンダントに掘ってある、アンドウミキコとは、いったい誰の名前なのだろう。益々会って話がしたい。こうなると、俺は全くと言っていいほど、彼女のことを知らなかったのだ。そう、名前すら―――

「あの、もう良いですか?」

 一瞬考え込んでしまった俺を、不思議そうに見ながら、彼女は、そう言った。

「ああ、すまない。ありがとう。あっ、そうだ。職員室は何処だろう?」

 とりあえず、俺は職員室の場所を彼女に聞き、彼女と別れた。俺はそのまま門を潜り、校舎に向かって歩いていった。


どうも、鋏屋でございます。

初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方、大変感謝しております。

突然現れなくなった彼女に対する、不安や焦りみたいな物に突き動かされて、俊介はミッキーを探しに行く訳ですが、その辺りの心境が、うまく伝えられるか心配です。

もし自分が、この俊介のような状況になったら、と考え、私なら会いに行く勇気がなかったでしょう。年齢も年齢ですし。どうしても臆病になってしまうと思うのです。しかし、それでは物語は進みませんので、俊介には頑張って貰おうと思います。

中年男が見せた勇気によって、この物語が終盤に向かって動き始めます。彼女は何故、俊介の前に現れなくなったのでしょう。アンドウミキコとは誰なのでしょう。そして、俊介を待つ、現実とは? 中年男が少女に抱いた、仄かな感情の行方は……

次回も頑張りますので、最後までおつきあい下さいませ。

鋏屋でした


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