表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第11話 日記

「心臓病でした……」

 リンの澄んだ音が辺りに染みるように響く中、彼女はそう語り出した。

「去年の12月の初め頃でした。部活の練習中にあの子が倒れたってコーチの方から電話が入りました。それから学校の先生が車で病院まで運んでくださって。

 私も急いで病院に向かいました。ですが病院ではあの子、いつもと変わらない様子で笑いながら『大丈夫だよ。ちょっとクラッとしただけだから』と言ってました。

 その日は一応検査をして貰い帰ったんですが、後日病院から『娘さんの検査結果の件でお話ししたいことがある』と電話がありました。

 検査の結果、重度の心臓病であることが判ったんです。かなり進行しているらしく、このまま行けばもってあと1年から2年と言われました。

 私は目の前が真っ暗になりました。主人に続いて娘まで私の元から居なくなってしまう…… そう考えると居ても立っても居られず、お医者さんに詰め寄りました。『助ける方法は無いのか』と……」

 そこで彼女はいったん言葉を切り、少し疲れたような表情で深く息を吐いた。

 そんな彼女の姿を見ながら、俺はかける言葉もなく、ただ無言で彼女の言葉を待っていた。

「心臓移植か、若しくは手術で心筋の悪い部分を切除するしかないとのことでした。ただ、あの子の場合、かなり広範囲に切り取る事になってしまうので、成功するかは五分五分だと言われました。

 心臓移植は今の日本では出来ないそうなんです。さらに提供者が少なく、順番待ちが長くて恐らく間に合わないだろうとのことでした。

 もうあの子に残された選択肢はその手術を受けるか、それとも病気が進行して死を待つかの2つしか残されてはいなかったんです。

 そのことを娘にどう伝えるか悩みました。先生は気を遣ってくれて、『私から伝えましょうか?』と仰ってくださったのですが…… お断りしました。

 なんと言うか、それは私の…… 親としての義務だと思ったんです」

 俺は聞きながら胸が締め付けられるような思いで一杯だった。

 俺にも娘が居る。親であるが故、彼女の気持ちが痛いほどよく分かる。俺が同じ立場だったらどうだろう。余命幾ばくもないことを娘に伝える勇気があるだろうか……

 だが、やはりそれは彼女の言うとおり、親の義務なんだと俺も思う。

「今の主人と相談して3人でそのことを話すことになったのは、それから3日たった夕食の後でした。

 私は身を切られるような思いであの子に話しました。病院で伝えられた事をそのまま話しました。努めて冷静に話したつもりなんですが、たぶん私の声は震えていたでしょう。

 そしたらあの子、少しうつむいてこう言ったんです。

『なぁんだ、やっぱりそうか……』って。

 知っていたの?って聞くと

『何となくね。夏ぐらいからかなぁ、練習中に時々胸が痛くなるときがあってさ。何だろ? って思ってたんだけど、それが最近頻繁にあったから……』

 何故言わなかったのかと聞くと『いつもすぐに治まるし、それに選抜選考近かったから』と言ってました。

 話の最中、あの子は終始普通に喋っていました。さも他人事のように。でもそれが強がりだって事は私にはよく分かります。私たちに心配かけさせないようにって精一杯強がっていたんでしょう…… 

 前の主人が他界したときもそうでした。努めて明るく振る舞って私を励ましてくれました。そういう子でしたよ、あの子は……

 でも、病気の都合でテニスを辞めなければならなかった時はかなり落ち込んでいる様でした。テニス自体も好きだったんでしょうが、それ以上に亡き父親との最後の接点が無くなってしまったことがショックだったみたいです。

 部活を辞めてもいつものクセで早く起きてしまうみたいで、時々そのままラケットを持って学校に行って朝練を覗いていた様です」

 ということは、俺と会った頃はもうテニスはやっていなかったということになる。レギュラーから漏れてしまったと彼女は言った。だが実際はレギュラーどころか、テニスができなかったのだ。『頑張って練習して、またレギュラーになればいい』と、気休めにもならない俺の言葉を、ミッキーはどんな気持ちで聞いていたのだろう…… 

 俺はなんて……っ!

「それからあの子はしばらく元気がありませんでした。手術のことも、受けるかどうか悩んでいました。成功しても今までのようにテニスは出来ないと言われた事が哀しかったんでしょう。

 どうせテニスが出来ないのなら…… あの子はきっとそう考えていたんだと思います。私たちがいくら言っても、あの子は首を縦には振ってくれませんでした」

 親としては辛い。

 そうこうしているうちにも、病気は確実に進行していく。だが、高校生なら本人の意思がない限り、手術はあり得ない。

「それがある日、急に『手術を受ける』と言いだしたのです。その数週間前から、テニスが出来なくなって、元気に振る舞っているのにどこか抜け殻のようだったあの子が、昔のような元気を取り戻しているのに気が付いていました。私は直感的に『好きな人が出来た』と感じました。女の感ですかね……」

 好きな人―――

 その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中を電気が走ったような、しびれを伴う痛みが走った。

 もしかしてそれは……

「42%…… あの子が受けた手術の術後生存率です。手術自体の成功率は五分五分とのことでしたが、後は本人の生命力の問題だと医師は言ってました。でも結局あの子は帰ってこれませんでした。

 それでもあの子にそれを決心させるほど、その人はあの子の中で大きな存在だったんでしょう。その…… 年齢差を考えると親としては複雑ですが……」

 そう言って彼女は俺に向かって頭を下げつつこう言った。

「今は感謝しています…… 俊介さん」

「あ、あの、未来さんは、私のことをなんと?」

「いいえ、直接には何も聞いてはおりません……」

 そう言うと彼女は仏壇の下の扉を開け、1冊のノートのような物を取り出し、俺の前に置いた。薄い緑色の表紙に金色の文字で【Diary】と綴られていた。

「葬儀の後、あの子の机の引き出しを整理していたらこれが出てきました。あの子が生前付けていた日記です。どうも去年の暮れぐらい、丁度病気が発覚してから書いていたらしく、それほど量があるわけではないのですが…… 実はこの日記で、私はあなたのことを知ったのです」

 そこで彼女は言葉を切り、俺の目を見つめてこういった。

「今日はこれをあなたに読んで頂きたくて来て頂きました。ここには、あの子のあなたに対する気持ちが、嘘偽りなく綴ってあります。あの子の純粋な気持ちが、あの子なりの言葉で書いてありました。母親として、そして同じ女として…… あの子の心をあなたに伝えてあげたかったんです」

 そう言って彼女は静かに目を伏せると、目尻に光る粒を人差し指ですくっていた。俺はそのミッキーの日記を両手で持ちながら、そんな彼女にかける言葉が見付からず、無言のままそんな彼女を眺めつつ、自分の無力さを呪っていた。


 ミッキーの家を後にし、そのまま家に帰った俺は夕飯を済ませた後、2階のパソコンの前で日記を読むことにした。時間的な都合もあって、俺は日記を借りてきていた。

 幸い妻はみたいドラマがあるとかで、夕飯の片付け後は今でテレビにかじりついてる。

 別にどうと言うことではないだろうが、やはり少々後ろめたい気分になるのは致し方ないだろう。

 俺はパソコン用のアームライトを付け、緑色の表紙を慎重に捲りミッキーの日記を読み始めた。



《日記》


 今日また朝練の時間に家を出た。

 もういい加減にって自分でも思うんだけど、やっぱりやってしまう。

 こんな自分にちょっと自己嫌悪…… ああ嫌だ


〜〜〜〜

 

 今日、正式に退部届けを出した。宮村コーチのあんな顔はちょっと見たくなかった。こっちもヘコむ。でも、自分なりのケジメ、これでおしまい。

 少しあっさりしすぎてたのかな…… おしまいってこんな物なのかもしれない。


〜〜〜〜

 

 やっぱり今日も朝早く出ちゃった。しかもラケット持って。

 何やってんだろ、あたし。

 でも今日、電車の隣の車両でちょっと気になる人発見!

 鼻を擦る感じがちょっとお父さんに似てる気がする。顔は全然似てないけど……


〜〜〜〜


 昨日見かけた人、今日も乗ってた。

 そんでもって今日も鼻擦ってた。やっぱり似てる気がする。

 明日も乗ってるかな?

 結構気になっちゃってるあたし……


〜〜〜〜


 今日は乗った瞬間からあの人を捜した。

 居た! 

 いつも同じ場所に座ってる。なんか指定席みたいでウケるんだけど。

 それで、今日はあたしも車両はさんで隣に座ってみた。

 そんでチラッと窓から覗いてみた。ちょっと緊張するね、コレ。

 新聞めくる度に『バレた?』とか思っちゃう。結構スリリング

―――と思ったら間に座られた。くそ〜っ 見えないじゃん! あたしの唯一の楽しみを邪魔しないでよっ!

 よ〜し、明日は同じ車両に乗って観察しよう

 ってあれ? 明日休みじゃん。う〜ん残念。月曜までおあずけかぁ……


〜〜〜〜


 そんな感じで日記は続いていた。俺は全く気づいていなかったが、どうやらミッキーは2月も前から俺に気づいて観察していたようだ。俺の鼻を擦る癖以外に他の俺ですら気づいていない癖も、細かく分析して見ていたようで、俺は読みながら少々恥ずかしくなってしまった。そして日記はあの日…… 俺が初めて彼女を知った日の部分にさしかかった。


《日記》


 今日思い切って声をかけてみた。

 って言っても『となり良いですか?』ってだけだけど。

 目があった瞬間、なんか一瞬びっくりした顔してた。

 ヤバイ、顔に出てたかな…… あたし。

 確かに他に席空いてたし、不自然だったかなぁ…… 変な子なんて思われたかな?

 ちょっとシクったかなって思ったけど、大丈夫だったみたい。

 なんか妙なかっこして新聞読んでるなぁって思ってたら、どうもあたしに気を遣ってるみたい。ちょっとカワイイ

 よかったぁ、想像通りの人で。ここで少々悪戯の虫が騒ぎ出すあたし……

 寝たふりして、ちょっと肩にもたれちゃったりしてっ!

 そしたらちょっとビクってした。そんでもって咳払いなんかしちゃって真面目に起こそうとするもんだから、あたしもう可笑しくて笑いそうだった。

 でも、少ししたら動かなくなった。どうやら起こすの諦めたみたい。

 そしたら今度は肩を動かさずに新聞めくってた。きっと寝てるあたしを気遣ってそうしてるんだって思った。それが伝わってきて、ちょっぴり悪いことしたなぁって反省……

 あたしの予想通り、とってもいい人。少し嬉しかったり……

 気を遣ってくれているせいか、彼の肩はかなり快適♪ とっても優しくて、暖かくて、マジで寝ちゃったよ。あたしってお馬鹿。もう少しで乗り過ごすトコだった。

 思わずダッシュで降りちゃったけど、窓からあの人が見えた。あの人もあたしを見てた。 あたしのこと、どんなふうに思っただろう……

 やっぱりちょっとシクったのかな……? あたし。


〜〜〜〜


 今日はちょと失敗だった。

 昨日のこともあって、ちょっと気分的に微妙だったから隣の車両から乗った。

 あの人がいつも座ってる席を覗くと、やっぱり今日も座ってた。

 でも今日は隣に先客が居た。仕方ないから前の席に座ったんだけど、彼ったら新聞で顔が見えやしない。あ〜あ、と思ってipod聞いてたら、なんと、あの人が声をかけてきた!

 もうメチャびっくり!! そしたら昨日あたしが落としたペンダントを持ってた。中の写真見て「彼氏かい?」って聞かれた。

 お父さんの写真なんて歩かないもんね…… 普通。

「お父さんです」なんて言えないし…… あ〜あ、よりによってこの人が拾うなんてなぁ…… 最悪だわ  


〜〜〜〜


 今日、朝少し胸が痛かった。最近間隔が短くなっている気がする。やっぱり死んじゃうのかな? あたし…… 

 なんて朝から少し悲劇ヒロインっぽい事を感じながら、やっぱりいつもの電車に乗り込む未来ちゃんなのであった、マル。

 今日は良いことが2つあった。

 まずひとつ目

 あの人の名前ゲット! 鈴木俊介って名前。歳は39歳だって。

 別に歳は聞いてないんだけど教えてくれた。ちょっと緊張しててウケるよ、俊介って。

 さらにウケるのは、あたしをお母さんの名前と間違えてた。ペンダントの裏にあった名前があたしの名前だと思ったみたい。それでそのまま成り行きであたしがアンドウミキコになってしまった。ちょっと小悪魔なあたし……

 そして二つ目

 俊介って呼んでもOKになった。ていうかちょっと強引だったけど……

 でもってあたしはミッキー。

 いくらなんでもミキコさんってよばれるのは正直微妙だから「ミッキー」って呼んでもらうことにした。お母さんミキコだし、違和感なし。

 俊介とミッキーって、けっこー響き良くない? 俊介はあたしのこと「ミッキー」って呼んでくれるかな……?

 明日もまたこの電車で会う約束をした。

 楽しみ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

    

 彼女の日記を読んでいると、あの時の状況が目に浮かぶようだった。

 そう―――

 あの時俺は、幾ばくかの罪悪感と恥ずかしさ、そして当の昔に忘れていた感情にとまどいながらも彼女に惹かれていったのだ。


 学校のこと

 部活のこと

 俺の娘の話

 一緒に聞いたコブクロの『蕾』


 少し右上がりの、丸みを帯びた彼女の文字は、彼女の心情とともに、その時の情景をなぞるように綴られていた。


《日記》


 昨日、今度の大会のメンバーが発表になったらしい。

 判っているけどやっぱり悔しい…… ホント、ヘコむよ。

 俊介は「次がんばれば良いじゃん」って言ったくれたけど、あたしには次も無いんだよね、実際。結局さ、あたしからテニス取ったら何にも残らない。

 病気になるって、こういう事なんだよなぁって実感した。

 俊介には罪はないんだよ―――

 でも、何も知らない顔して言うからちょっとだけ意地悪したくなって、俊介に「会社さぼってデートしよう」って言ってみた。案の定困った顔する俊介。

 期待なんてしてなかった。ただ、ちょっと俊介を困らせてみたかっただけだったんだ。マジごめんね、俊介。

 でも、俊介は私の後に続いて降りてくれた。

 ホント、びっくりしたけど…… ちょーうれしかった! もうね、駅だってこと関係なく、抱きついちゃおうかって思ったよ。

 あたし絶対顔に出るから後ろ向いちゃったけど、ほんとに嬉しかったんだよ、俊介。

 その後、横浜行って映画見て、元町行ってプリクラ撮って……

 あ、そうそう、まえ清美が言ってたおまじない試してみた。好きな人のプリクラを携帯の電池の裏に張ると両思いになれるってやつ。

 俊介にはちょっと教えられないけど……

 そんでもって俊介、ipodデビュー! パチパチパチ…… きっと俊介のことだから、ハルちゃんに教えて貰いながらも、必死に曲入れるんだろうなぁ……

 ちょっとハルちゃんが羨ましかったり……

 そして、生まれて初めて男の人と二人っきりで観覧車に乗った。夕日が凄い綺麗で、ずっとこのままだったら良いのにって思ってたんだけど、すぐに終わっちゃった……

 また、俊介と乗りたいなぁ……観覧車。

 帰りの電車の中で、また少し胸が痛くなった。もう、こんな時になんなのっ? って思ったけど、俊介にもたれ掛かってしまいました……(嬉

 でも、混んでたしOKだったかな?

 俊介ってば、少しドキドキしてたみたい…… カワイイ奴め!

 不思議と俊介にもたれてると胸の痛みが取れていくような気がした。ひょっとしてエスパー? なぁ〜んてね。

 今日は楽しかったなぁ……


 あ〜あ…… なんか悔し

 何で、俊介が17歳じゃないんだろう―――?

 何であたしが40歳じゃ無いんだろう―――?

 そしたらあたし、きっと俊介の良い奥さんになってたのになぁ……


 帰ってきて、夕飯のあとお母さんに手術するって言った。

 大丈夫、私は怖くない。

 きっと上手くいく。

 そしてあたしは絶対

 もう一度俊介に会う!



〜〜〜〜


 今日、とうとう手術の為に入院する。

 何だろ……

 やっぱり怖い! 凄い怖い! 怖くてたまらないっ!

 痛くないかな……

 麻酔が途中で覚めちゃったやっぱり痛いよね……

 お母さんやお父さんは大丈夫だって言ってた。でもそれって根拠無いじゃん!

 でも、それよりももっと怖い事がある。

 今更なんだけど、死ぬのが怖いよ…… 病気になって、今初めてそう感じる。

 死んだらどうなるの? あたしはどこへ行くの? お父さんのトコ? わかんないっ!

マジわかんないよっ!

 忘れられるのも怖い。

 そりゃ、お母さんやお父さんは覚えてるだろうけど、友達は? 先生は? クラスのみんなは? あたしのこと忘れちゃうんじゃないの? そんなの哀しいよぉ……

 俊介…… 会いたいよ!

 今すぐ会いたいよ!

 手術が失敗して死んじゃったら、俊介に会えなくなるんだよぉ……

 そんなの嫌だよ。

 ホントに怖いよ、俊介。あたしこんなに度胸無いなんて自分でも思わなかった。

 神様、お願い! 一生のお願いっ!

 他になんにもいらないから、また俊介に会わせてください……

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 彼女の日記はここで終わっていた。

 この翌日、彼女は手術を受け、帰っては来なかったそうだ。

 あの横浜でのデートの時、彼女はやはりどこか違っていた。何となく判ったのだが、それがどんな事だったのか、俺には判らなかった。

『あたしは俊介から勇気を貰ったんだよ』

 彼女の言葉が耳の奥でリフレインする。

 勇気―――

 あの小さな体で、そんな重い決断を迫られていたなんて―――

 あの時、何故俺は抱きしめなかったんだろう……

 世間体? 社会的立場? そんな物くそ食らえだった。感じ取ってやれていたら、判っていたら、もっと他になにか言葉をかけてあげられたのに。彼女の背負っている荷物を、ほんの何グラムかでも軽くすることが出来る言葉をっ!

 俺は痛恨の念とともに目頭が熱くなるのを感じていた。

 そして俺は、白紙のページをパラパラと捲ってあるはずの無い彼女の痕跡を探した。彼女はこの翌日手術を受け亡くなったのである。痕跡などあるはずがない。それは判っていたのだが、それでもほんのちょっとでも良い、何か彼女の『証』のような物がほしくて、俺は涙でぼやけた視界を拭おうともせず、ただページを捲った。

 そして、最後から2ページ目に、それはあった……


『ミッキーの手紙』  俊介へ



「俊介へ」

 俊介がコレを読んでいるって事は、あたしはもう居ないんだね。

 書いてるのはあたしなのにちょっと微妙だな……

 もし手術が上手くいって、あたしがまた俊介に会えたなら、コレはちょっと見せられない。恥ずかしくて。

 ゴメン、急に会わなくなって…… まあ、こういう訳ですから、許してくれたまへ。

 そっか、結局ダメだったんだね、あたし。

 この日記はあたしの本当の気持ち。あたしが俊介のこと、どう思ってたなぁんてのも書いてある訳よ。ちょっと恥ずかしいけど、まあいなくなるわけだし……

 あの日、あのデートの日、俊介の鞄にあのペンダントを入れて賭をしたのよ。きっと俊介はペンダントを見つけたら届けてくれるだろうって。

 そして、そのころにはお母さんはきっとこの日記を読んでるだろうから、俊介に渡してくれるだろうって思った。あたしの読みもなかなかでしょ?

 あたしね、病気が判ってテニスできなくなって、もういいやって思ってた。怖い思いして手術受けたって、長く生きられるか判らないって話だったし……

 でも、俊介と出会ってさ、もっと…… 少しでも良いから長く俊介と居たいって思った。もっと俊介のこと知りたかったし、もっとあたしのことも知ってほしかったし、もっともっと話したいことがいっぱいあったから―――

 だから手術することに決めたの。

 あのね、笑わずに聞いてくれる?

 あたし、俊介のこと、大好きだよ。

 世界中で一番大好きだよ。

 ちょっとさ、歳が離れてるけど『お父さんに似てるから』とかじゃなくて、ホントに大好きなんだからねっ!

 あ〜あ、言っちゃった。というか『書いちゃった』か……

 ハルちゃんと奥さんには見せられないね(笑


 ねえ、俊介?

 あたしが死んだら、いっぱい悲しんで。そんでもってもう涙枯れるぐらい泣いてくれる?

 でも引きずらないで…… あっ、でもちょっとは引きずってほしいかも。

 ありがとう俊介、あたしと出会ってくれて。

 ほとんどが電車の中だけだったけど、俊介と一緒にいたあの時間はあたしにはとっても幸せな時間だったんだよ。

 ほんと、短い時間だったけど、あたしはきっと一生分の恋をしたと思う。

 人生の最後に想う人が、俊介でホント良かったよ。

 最後に一つ我が儘を言って良い?

 あたしのこと忘れないでね。

 あたしが居たって事、あたしが俊介を好きだったって事……

 ついつい忘れちゃっててもさ、たまに思い出してくれればいいからさ。そしたら許してあげるさ。

 だから俊介、一生のお願いっ!

 忘れないで!

 大好きだよ、俊介……


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 何言ってるんだよミッキー

 ありがとうなんて言わないでくれ……

 俺は、何もしてあげられなかったんじゃないかっ!

 忘れないでだって?

 あり得ないよ……

 君にもう一度会いたくて、学校まで行ったんだぜ?

 君の気持ちを確かめたくて、家にまで行った。

 自分の感情にどうしても逆らえなくてこの日記をよんで……

 忘れられないから

 忘れられないからっ

 字が……

 字がぼやけて見えないほど、悲しいんじゃないか……っ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ