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プロローグ

 列車の発車到着を案内するアナウンスが流れる改札を抜け、俺は肩から下げた鞄の中から新聞を取り出しつつホームへと降りる階段を目指し歩いていく。

 通勤ラッシュの時間帯より1時間ほど早いせいもあってか、構内の人の姿は疎らで少々閑散としていると言える。

改札を抜けてすぐの階段に、小走りに向かう人を後目に、俺は一つ先にある階段へと向かった。手前の階段から降りるホームの乗客は当然多く、それを嫌い一つ先の階段を降りるのが俺の毎日のパターンだった。

 ホームに降りると、先客が1、2人ぐらいであとは駅員が1人、手に持った大きめの手帳でなにやら確認しているだけだった。

 俺はほとんど人気のないホームを少し歩き、足下のマーキングを確認して立ち止まり、手に持っていた新聞をに目を落としつつ電車の到着を待った。

 程なくして、電車の到着を告げるアナウンスとメロディが流れ、電車がホームに滑り込んできた。

 俺は読んでいた新聞を一旦わきに挟み、肩に掛けた鞄のスリングかけ直して電車に乗り込むと、周囲を眺める。いつも通り、乗客は4,5人程度でそれもよく見かける顔ばかりだ。俺は先頭車両の一番後ろのいつもの場所が空いているのを確認し、そこに腰を下ろした。そこは毎朝乗るこの急行電車での俺の指定席だった。

 小脇に抱えた新聞を広げ先ほど読んでいた部分を探し終え、続きを読み始める頃、電車はゆっくりと発車した。


 いつもと変わらぬ時刻の電車

 いつもと同じ乗客の顔ぶれ

 いつものアナウンス

 そして聞き慣れた規則正しい電車の駆動音

 13年間通勤している何の変哲もない通勤の風景だった。


 それから4,5分走った頃、車内に次の停車駅がアナウンスされ、徐々に電車はスピードを落としていく。

 俺は新聞越しに外の風景を眺めると、電車は踏切を越して駅のホームへと入っていくところだった。そこから見るホームには制服姿の学生達や、俺のようなスーツ姿のサラリーマンが並んでいる姿が見える。

 この駅は他の私鉄と交わっており先ほどの俺が乗った駅よりも若干多めの乗客が乗り込んでくる。

 この駅から乗り込む乗客に備え、俺は横に置いてあった自分の鞄を膝の上に載せながら開くドアを見やる。

 数人のサラリーマンやOL達に混じり、部活の朝練なのか、学生鞄の他にスポーツバックやテニスラケットなどを下げた高校生の姿が見えた。

 俺は自然と女子高生に目が行った。

 断っておくが俺はロリコンではない……と思う。

 もちろん女子高生に変な悪戯を仕掛けようとするなって気は一切無い。

 俺はドアから乗り込んでくる女子高生の中に、ある顔を探した。

 俺の乗っている車両に乗り込んできた女子高生は5人居たが、どの娘も俺が探している娘ではなかった。

 当たり前だ……

 彼女がこの電車に乗る事は無い。あるはずが無いのだ……

 やがてドアが閉まり、電車が動き出した。

 俺は少しの間、その閉まったドアを眺めつつ、空っぽな虚無感を感じていた。

 彼女の事を思い出すと、鼻の奥がツーンとして目頭にうっすらと熱を帯びるのを感じ、俺は慌てて新聞を広げ自分の顔を周囲から隠した。

 電車はゆっくりとカーブするレールに従い少し傾斜を付けて進み、俺の尻の下の座席から規則的な振動を伝えてくる。

 俺の隣の誰も居ない席……

 1ヶ月ほど前、此処で初めて彼女に出会った。

 彼女と出会ってからの数日間は、この1時間ちょっとの退屈な通勤電車をとても楽しい一時に替えた。13年間何も変わらない通勤時間を過ごしてきた俺にとって、それはとても新鮮で貴重な物になった。

 年甲斐もなく……

 まさに年甲斐もなくとしか言いようがないが……


 左肩にかかる、居眠りしてもたれ掛かった頭の重み

 柑橘系の微香をまとわせた瑞々しい黒髪のポニーテール

 ニキビを気にして少し降ろしている前髪

 猫のように良く回る瞳

 刃に衣を着せぬキツイ口調

 ipodの片方のイヤホンを借りて、一緒に聞いたコブクロの歌

 そのコブクロを熱心に俺に薦める時の熱血教師のような仕草

 時折見せる物思いげな横顔

 親父ぐらい歳の離れた俺を「俊介」と呼び

 少し鼻に掛かったような笑い声と

 5月の晴れ渡った透んだ美空のような笑顔……


 俺は鮮明に思い出すことが出来る。

 そして

 自分の娘とそれほど歳の変わらない少女に抱いた、認めたくない感情も……

 そうか、俺は彼女に……


 中年男が……と笑うかい?

 それとも、今風に言えば『キモイ』と言うのかなぁ……

 一つだけ確かな事がある

 俺は……ナイスミドルになれなかったのさ…… 

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