口実
「陽子。居るの?居るなら返事して頂戴」
インターフォンを鳴らして何時ものように陽子を呼ぶと、ドタバタと物音が聞こえ始めた
「また部屋を汚したのね」
まだ20代前半だというのに、17歳ほどの息子でも持っているかのような気分である。
陽子と付き合うようになってから、小説が何冊あっても足りない。
自室で落ち着いて読む時間よりも、陽子のアパートの玄関前で読む時間の方が長いくらいである。
どうして彼女は部屋を汚すのがこうも得意なのだろう。
最早、叱る気も失せてしまった。
そもそもお説教も何も、陽子は私の子供ではないし、お節介が過ぎるのではないだろうか。
実質、週に一度しかない休日に毎度押しかけられては、陽子も迷惑しているのではないか。
押しかけたことが、急に申し訳なく思えてきて、今日はもう帰ろうと思った。
その旨を伝えるため、インターフォンに触れようとしたが、突然開いたドアに遮られた。
「はいはい、居ますよー。で、なんの用?」
「もう少し顔を離して話しなさいな。掃除は済んだんですの?毎週大掃除をしているようじゃ、社会人になってから苦労しますわよ」
ああ、やってしまった。
「大丈夫だって。楓が毎週来てくれれば」
「休日が同じとは限らないでしょう。それに、社会人になってもこの生活を続けるつもりですの?倒れますわよ」
「じゃあいっそ同棲する?」
「それでは陽子が駄目人間になってしまうでしょう」
「仕事は私。家事は楓。ほら、分業すれば何ら問題ない」
「陽子にお金が稼げるのかが心配なんですの。お金に困っても私の両親は助けてくれませんわよ」
「なに、私はやればできる女さ。心配なんて必要ないのだよ」
「ならさっさと部屋の掃除を終わらせてくださいな。まだ終わってないのでしょう?私も手伝いますから」
「あらら、バレちゃってたか。悪いね、頼むよ」
部屋の中は、ゴミの山に獣道のような道があるだけであった。
「さっきはこれを作っていたんですのね。一体あなた、どうやって生活しているんですの?」
「失礼な。生活するスペースくらいは空けてあるよ」
昨日の大掃除で疲れ切っていた私は、目覚まし時計では起きられなかったが、普段決まった時間にゴミ出しに出る私がゴミ置き場に居ないことを不審に思った隣人のおかげで、なんとか遅刻を免れそうである。
勿論、陽子を起こしに行くことも考慮した上で。
陽子のアパートに着いた私は、インターフォンや、電話やメールなど、ありとあらゆる手段を用いて彼女を起こしにかかる。
5度目の着信で、ようやく陽子は目を覚ました。
「お早う。いつも悪いね」
「お礼なんて必要ありませんわ。もう慣れっこですもの」
「鍵開いてるから入って。まだ準備終わるまで時間かかるし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
急ぎながらも、慌てずに、支度をしている彼女を見ると、本当はしっかりしている人なのでは、そんな風に思えてくる。