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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第一章
9/24

9

帰宅後ユレさんと待ち合わせて、隣駅前から自宅の方の駅に向かい20分ばかし線路沿いを歩いた。広い国道を横切った後からは線路に沿った道がなくなったので、ジグザグと歩くことになった。

この折りたたまれた道を一本にのばしたら、きっと余裕で線路間の倍はあるなと思えた。

それにしても、僕の家の近くの駅と隣駅の線路間の車窓にみえる区間は物侘しいものだった。

住宅はぽつぽつあるだけで、かわりに水田がそこらにあった。さらには砕石場のようなものや、広い工場らしいものが見える、視界をさえぎるような建物がすくないので、その辺を歩いて通るとは、静かさとあいまって何かに見られているような、妙に落ち着かない気分になった。


こんなとこ夜には絶対歩きたくないな そう思った次の瞬間となりのユレさんがこともなげに言った。


「うん、ちょっと気になる。明日の夜にでもまたここに来てみましょう」

「あ、はい」


W公園

このあたりには、人気のなさに不釣りあいなほどに非常に立派な公園があった。いや、もっとも公園でないという話もあった。たしか健康促進施設だとか、そういう種類の施設であると聞いたことがあるが、W公園でこの土地の人には伝わった。

公園の中にはグラウンド、駐車場、陸上コース、室内体育館、案内場、テニスコート、広い芝生、敷地の外周をぐるっと回る散歩コース、一通りある。そういえば、よくわからない汚い池もあった。

僕とユレさんは、トイレの隣の自販機の前に止まった。


「アリスという名前で調べたら、すぐにそれらしいのが出てきました」

「ああ僕も多分同じものを見ました。ここらであった10年前の交通事故の被害者の名前ですよね。そこから、どうして学校を恨む悪霊になったんだろう?」

「まあ、ありがちな話だと」

ユレさんは声を低くして言う。

「本当は学校でトラブルがあって自殺した、といったところでしょう」

「なぜ自殺だと?」

「強い恨み憎しみがあれば、事故で死んだという事でもありですが、よくあるのは自殺ということです」

「自殺ってよくあることなんですか?」

「よく、と言うとどうでしょうね。ただし自殺したのに、死因自殺となってない人の霊も多いですね。結構認定規準が厳しいみたいです。もっとも私はそういう決まり事には詳しくないので、どう厳しいかは知りませんけどね」

今の言い方は内田にそっくりだなと思った。

「自殺したのにそれを事故死と取り違えられることは、自殺する人たちの中のうちでも、ある種の人々にとっては、そのことに世の中に激しい怨嗟の念を持たずにはいられないようです。そのことによって悪霊になるほど。黒場さんはなぜかわかりますか?」

彼女は試すよに、僕に問いかけた。僕はそれにすばやく冷たい言い方で答えた。

「死んだ人の事は、僕にはわかりません」

「そうですか」

彼女は少し驚いたように返事した。

本当のことをいうと、僕にはなんとなくわかった。そういう死に方、自殺することを一つの復讐、道徳的な復讐の手段とすること、そこまで追い込まれてしまった人たち、もうそういうやり方でしか、反撃できないほど、追い詰められてしまった人たちのこと…、

最後の最後の捨て身の攻撃を、あろうことかずる賢くかわされてしまった人たち…


「アリスは住んでた家かお墓にいる可能性はありませんか?」

「ええ、まずその辺から探すのがいいでしょうね。探すのならね」

「探しましょうよ」

「私たちの目的とは違うでしょう。まあ何もしなくても黒場さんに向かってくるかもしれませんよ」

「矢橋と弓削の話だと、僕を害するほどの力はない、とのことですが、彼女、アリスがどうなっているの気になるじゃないですか」

「もしかして、野次馬的な関心からですか?それならはっきりと私は反対です」

「ちがいます。弔い的なことをしたいんですよ」

「またわけのわからないことを。弔い的なこと?」

「いや、弔いたいんです。なんというかもう僕ともう一人のアリスは無関係とは思えなくて」

そういいながらふと、弔うってどういう意味の言葉だろうという疑問が頭に浮かんだ。僕は茫然とした。

ちょっとユレさんは黙った後、ぼそぼそそっぽ向いてしゃべりだした。

「でも、それは黒場さんの個人的な用でしょ。私とは関係ありませんし…」

「えっ、そんな冷たい」

僕は出来る限り悲しそうな眼でユレさんを見た。ユレさんは困ったかんじに目をそらす。

「そういわれても…」

「じゃあ、お願いします。ほんのちょっとだけ探すの手伝ってくださいよ。」

たっぷりとユレさんは間を開けてはー、と息を吐いてから返事をした。

「仕方ないです。黒場さんがそっちに気を取られるようなら、私も不都合ですし、でもわがままはこれっきりにしてくだいよ」

ユレさんが不承不承と言った感じで、ぶつぶつ延々いってた。ふと、目を公園にむけると、グラウンドの向こうの暗い木々の間の歩行者コースから、僕らと同じ制服をきた女生徒が見えた。一瞬目を奪われた後、すぐに朝に矢橋と一緒にみた幽霊だと気付いた。

「あっ」

やはり、彼女は僕にひきつけられるのか。

霊はふらりと背をむけた。

「アリス!」

なぜか、僕は大声をだして呼んだ。たしかに霊は一度振り返った。その後消えるように見えなくなった。

隣を見るとユレさんが口を開けて驚いていた。

「いました。いまそこに!」

ユレさんは目を向けて言った。

「もういないようですね」

「ユレさん、なんで気づかなかったんですか!霊能力者のはずじゃあないんですか」

驚きが覚めてなかったので、うっかり無礼なことをいってしまった。やっぱりユレさんは怒った。

「馬鹿にしないでください。幽霊なんてそこらにいますから、雑魚にいちいち目を向けてられません。その辺にいた浮遊霊が当のアリスだなんて私が分かるもんですか」

「あ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしたもんで」

彼女は黙りこくってしまった。とりあえず、重ねて謝ってジュースでも奢って飲んでもらい、すこし落ち着いた後話を再開した。

「黒場さん。あの悪霊は矢橋さんの攻撃を受けて、強い悪意や憎しみ嘆きといった大部分が消し飛んで、のこったのは悪霊のなかの極一部あった、あいまいな情念だけのようですね」

「あいまいな情念とは?」

「さあ、なんとなくまだ死ねない、と思ってるわけです。こういうのは時間がたつと、自然にいなくなりますね。基本無害な霊です」

「ただ、他の霊にひきつけられる形で、悪さに加担することもあります。」

「なぜ、僕のところにきたのでしょう」

「あの悪霊には、自分の名前を知らしめたい、という欲望を感じました。それで同じ名前のアリスさん、あ、黒場さんに引き寄せられた。分かるのはそれぐらいですね。ああいう浮遊霊は一定パターンのコースをうろつくだけで、その霊にとってよっぽど特別なことじゃないと、何かに反応することはないです。」


「名前を呼んだときたしかに彼女は振り向きました」

ユレさんはすこしたってから答えた。

「それはもしかしたら、黒場さんは本当の弔いができたのかもしれませんね」


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